◆超短編 瀬呂・冬のインターン中
「あ、東堂梓」
誰かが呟き、聞こえていた生徒は皆一様に同じ方角を見た。
階段をタタタッ、と降りてくるのはヒーロー科の中でも特に話題性に飛んだ女子。
『ほっ』
ぴょーん、と階段下まで一気に降りた彼女はとても楽しそうで、見ていた他科の生徒は思わず「ほんとにあの子、敵連合に攫われたんだよな」と首を傾げた。
とてもじゃないが、そんな過去を背負っているようには見えないのだ。
というか、そもそも、本当に噂通りの戦闘タイプなのか?エンデヴァー事務所にインターンしているとは聞いてるが、あまりニュースでも見かけないし。
階段を降りた彼女はるんるんと弾むような歩き方で職員室に向かっている。
と、その時、
「東堂ー、待て待て」
彼女を追いかけるようにバタバタと階段から現れたのは、同じA組の瀬呂範太である。
ヒーロー科の中でも平凡な雰囲気で気さくな彼に親近感を抱いている他科の生徒も多い。
「瀬呂と東堂の組み合わせ、珍しくね?」
「確かに」
こそこそ話す周りの生徒に瀬呂は「どもども」と会釈をすると、梓を追いかける。
「こら、東堂ー。待てって」
『瀬呂くんはやくはやく』
「階段5段飛ばしすんな。パンツ見えるぞ」
『下履いてるからだいじょうぶ!』
ぴらっとスカートを捲る彼女に周りはギョッとするが、瀬呂は「ったく」とため息をつくとグイッとスカートを元の位置に戻す。
「だめだろ、そういうことしちゃ。俺が爆豪に怒られんの」
『なんで瀬呂くんが』
「なんででも」
『ふうん、あ、瀬呂くん、職員室ついた。早く相澤先生に日誌渡そお』
梓にぐいっと腕を引っ張られ「はいはい」と困ったように笑いながら職員室に入っていった瀬呂に、
彼に対して謎の親近感を抱いていた他科の生徒は少しだけショックを受けた。
(瀬呂のやつ、東堂と仲良いんだけど…!)
(世話焼いてんのマジ妬ける)
(あいつは普通科よりだと思ってたんだけど…。そうだよな、アイツもヒーロー科で、東堂と同じ寮にいるんだもんな…)
しばらくして、2人が揃って教室から出てくる。
「よし、日直終わりー」
『瀬呂くん!稽古行っていい!?』
「お前ほんと体力お化けだなー…。授業で戦闘訓練あった日にソッコー稽古ぉ?」
『だってにぶるもん』
「にぶんねーよ、お前は。さっき相澤先生に身体休めろって言われたろ?」
『む。』
「む。じゃなァい」
ため息混じりに注意されムッと膨らんだ梓の頬を瀬呂がギュッとつまむ。
そんな一連のやりとりに思わず近くにいた男子生徒は(俺も同じクラスで世話焼きてえ)と瀬呂を羨んだ。
他の居合わせた生徒も興味があるのか、ジッと2人のやり取りを観察している。
『いはいよ、はなしてえ』
「ほい」
『瀬呂くん見逃して、わたし稽古行きたい』
「だァめ。先生に必ず寮に連れ帰るように言われたかんな。俺の保身のためにもワガママはききませーん」
ほら帰んぞ、と梓の首根っこを掴んだ瀬呂に周りが何度目かわからない(いいなァ)という感情を持っていれば、
『ぬう。仕方ない、』
梓が動こうとした瞬間、「先手必勝!」という瀬呂の声とともに彼女の体にテープが巻きついた。
『わっ!ひどい!』
「逃げようとしたろ?」
『ぐっ』
「逃げられたら俺絶対お前に追いつけないもん。ほら、帰るぞー」
『くそお、瀬呂くん覚えてろぉ!次、対戦するときは容赦しないからなぁ』
「やめてやめて!真っ向勝負で勝てる気しねーから!」
じゃれあいのような押し問答の末、結局引き摺られていったA組の守護天使。
かっこいい、可愛い、強い、彼女に関する色んな噂を耳にするが、一連の流れを見ていた生徒達は、
(((ただの問題児だったな)))
と瀬呂の世話焼きに同情と羨望の目を向けるのだった。
_240/261