数日後、教室に入ってきた東堂梓にクラスメート達はわっと駆け寄った。
「東堂、この度はご愁傷様だったな」
「梓さん、もう学校に来て大丈夫なんですの?」
「東堂、この前はいきなり押しかけてごめんな〜!」
「梓ちゃん、大丈夫っ?なんか月並みの言葉しか出てこなくてごめんね!」
「東堂〜!私らずっと一緒だからいつでも頼ってねっ」
常闇、八百万、切島、麗日、芦戸から立て続けに声をかけられ驚いた顔をしつつも梓はヘラリと笑ってみせた。
『うん!全然大丈夫だよー!』
「ホントっ?梓ちゃんこれからも雄英通えるん?」
『もちろん!お父さんの遺産があるし、学費の心配はいらないよ!ちゃんと保護者代わりの人もいるし、それに、』
みんなもいるしね!と
心配そうに席までついてくる友達たちを振り返り、フニャリと笑う。
安心させるような梓の笑みにまわりもつられて笑っていた。
意外に平気そうな梓の様子に周りは安心していた。
ーー
それから数日、周りが父が死んだことを忘れてしまうくらい梓はいつも通りだった。
が、一番仲のいい耳郎は微妙な顔で、放課後足早に帰宅する梓の背中を見送った。
「んー…、」
「どったの、耳郎」
「え?あー、いやさ、梓のことなんだけど」
東堂?と芦戸が首をかしげる。
「うん、なんかさぁ大丈夫かなぁって」
「あーー、意外と平気そうだし、大丈夫なんじゃない?」
「三奈ちゃん、そんな言い方ダメよ。言葉には出さないけど、きっと梓ちゃんだって辛いのよ」
「ごめんごめん。でもさ、東堂も言ってたよ?お父さん仕事人間だったからあんまり顔を合わせなかったみたいで、死んでもそんなに生活に変わりはないんだーって」
「うーん、、」
たしかにそう言っていたが、梓に会いに行ったあの日。梓の現状と、言い争いを見てしまったからこそ耳郎は頭を悩ませていた。
「そんなに単純じゃないと思うんだよなぁ」
「なに、どうしたのさ」
「たしかに梓自身からは、元気がない感じはしないよ?でも、あの子の幼馴染2人が、無理してるって断言してたしさ」
「へぇ、爆豪と緑谷が?」
「小さい頃から梓ちゃんのことを知っている2人にそう言われると、響香ちゃんが心配するのも頷けるわね」
「でしょ?でも、梓に聞いても大丈夫ってしか言わないしさ、すんごいやきもきする」
だから微妙な表情をしていたのか。
芦戸もつられて微妙な顔で梓の席をじーっと見つめる。
「皆さん、梓さんのことが心配なのはわかりますけど、もう直ぐ体育祭ですわ。人の心配の前にまず自分の心配を」
「ん〜、たしかにヤオモモの言う通りだね」
「そうね、梓ちゃんも私たちの助けは望んでいないわ。そもそも、大丈夫と言っている以上は私たちも普通に接するべきよ」
「梅雨ちゃんもそう言ってることだし、とりあえず東堂のことは様子見ね!」
ばん、と芦戸に強めに背中を叩かれ耳郎はわかったよ、と仕方なしに席を立つのだった。
ー
また数日後。
ホームルーム後すぐに帰ろうとした梓を耳郎は呼び止めた。
「あ、梓!今日どっか寄ってかない?」
『あー、耳郎ちゃんごめん。すぐ帰らなくちゃ』
「このまえもだったじゃん。少しは付き合ってよ」
いつも諦めるところで強引に引き止めれば、梓は苦笑して『ごめんね』と呟くと足早に教室から出ようとする。
が、
「おい待てやテメェ」
まるでヤンキーが喧嘩を売るかのような引き止め方をした爆豪によってガァン!と勢いよく教室の扉は閉められた。
教室中の注目が集まる。
『かっちゃん、何!?びっくりしたよ!?』
「何毎日そそくさ帰ってんだ」
『お家に帰る事悪い事じゃないよ!?』
「最近、テメー寝んの遅いだろ、何してんだクソ梓!」
『なんで知ってるの!?』
(本当になんで知ってんの!?)
若干ひいた梓の悲鳴とクラス中の心の声が一致した。
「ランニングの途中にお前の家があるから電気ついてると嫌でもわかんだよ!つーかあの位置の部屋、道場だろ!?お前あんな遅い時間まで何してんだ!」
『かっちゃんこそ、その遅い時間にランニングしてんじゃん!』
「それは、お前が…!」
あーはいはい、心配でランニングにかこつけて外から様子見てたわけね。と呟いた上鳴に、もしそれが本当だとしたらほぼストーカーだと切島は顔を引きつらせた。
『というかなんで怒ってるのさ!』
「テメーのせいだ!クッソ、イライラすんだよ。何平気な顔してやがる、平気じゃねェくせに!!」
平気じゃないくせに。
その爆豪の叫びにクラスは静まり返った。
梓も言葉を失って爆豪を見ている。
「平気じゃねェくせに、なんでテメーは!!」
『…平気だよ』
絞り出した言葉はかすれていた。
『平気に決まってるじゃん。べつに、お父さんいてもいなくても生活に変わりないよ』
「ハァ?」
『言ったろ、九条さんも水島さんもいる。平気だよ』
「俺ァ、そのことを言ってるんじゃねーよ!お前が、24代目に!」
『だからいいってば!!』
爆豪を上回る絶叫だった。
梓の瞳は見たこともないほど余裕なさそうに揺れていた。
彼女は震える手で首飾りをぎゅっと握っていて、爆豪を睨みつけている。
『いいんだよ、もう、構わないで』
「……」
『平気なの、平気だから来ないで』
まるで爆豪との間に境界を引くように一歩後ずさる。
爆豪だけでなく、心配そうに見つめる緑谷や耳郎、クラス中の視線から逃げるようだった。
と、その時、ガラリとドアが開き、
ひょっこり顔を出した相澤に梓は首根っこを掴まれた。
「叫ぶな、うるせェぞ」
『相澤先生…』
「東堂、指導だ。ついてこい」
「えっ、ちょ、先生待ってください!東堂は悪くありません!どっちかというと突っかかったのは爆豪の方で、」
「お前らはさっさと帰れ」
相澤に首根っこを掴まれ引き摺られていく梓に、声をあげた切島だけでなく周りはぽかんと口を開けて呆然としていた。
ーー
生徒指導室で怒られると思いきやパックジュースをどん、と置かれ飲めと言われ、梓は戸惑いつつもストローをさした。
机を挟んで向かいの椅子に相澤が座る。
「……。」
お互い沈黙だった。
相澤にじーっと見られ、居心地悪そうにジュースを飲み始めれば、
「それ飲んだら帰れよ」
相澤にそう言われ、彼はあの空間から自分を助け出すために指導と言って引きずってきたのだとわかり、梓ははっとした。
『ご、ごめんなさい、取り乱してしまいました』
「別に。まぁ、奴らも悪気はねェ。心配なんだろうよ」
『それは、わかってます』
「頼らねェのか?」
『え?だれを?頼る?』
本当にわからないと首を傾げた少女に相澤は頭を抱えた。
この子の意識には全くと言っていいほど人を頼るという選択肢がない。
全てが守る対象なのだ。
一種の洗脳であるそれに、相澤はどうしたものかと頭を悩ませていた。
_23/261