206限界
どうしてだが、梓には幼い頃の記憶はあまりない。

楽しい思い出と言われても、あまり思い出せず、小学校の時の作文ではとても苦労した。
ずっと、稽古場にいたのだけは覚えているのだが、当時は何故稽古をしなければいけないのか、その理由もよくわかっていなくて、毎日痛くて泣いていた、ような気がする。

守るって何?だれを?どうして私が?
痛いのに、なんでそんなことしなきゃならないの?
と幼心に疑問で一杯だったような。

そんな疑問を解消したきっかけが、2人の幼馴染だった。
初めての、お友達。
仲良くなって、一緒に遊んだらとても楽しくて、遊ぶのに夢中で稽古に遅れてしまって怒られたけれど、それでもいいやと思ってしまうくらい幸せな時間だった。
毎日毎日飽きもせず迎えにきてくれる2人に、心を開き、それから世界が色鮮やかに見えるようになった。

それと同時に、この2人を失いたくないと、守らなければと強く認識した。

梓が守護の意志を自覚し、守る道を歩むことを覚悟したのは、2人の幼馴染との出会いがきっかけだったのだ。
守る意味を自覚してから、スッと一族の理念を受け入れることができた。
自分が大事なものを壊されたくないように、周りにもそういうものがある。

大事な人が笑顔で、死ぬまで笑顔で、幸せに暮らしていけたらいいなあ。
その命や大事なものが理不尽に踏み躙られることがないように、すべてを守らなきゃいけないんだな。

その過程で、たとえ、自分が死んでも、
これから先、その人のそばにいられなくても、
大事な人たちには生きてほしい。ずっと幸せに、生きていて欲しい。

なんの変哲もない日々がいつまでも続くように。


それが、先代たちが紡いできた心なのだ、と。


梓のオリジン。守護の意志の根源を走馬灯のように思い返した彼女の起こした風のお陰で、地上への落下は免れ、

轟は、巻き起こった優しい風に泣きそうなった。


“私の個性、優しくないんだよ”

“水も風も雷が混じっちゃうの。
嵐だなんて、超攻撃型だよね。轟くんが羨ましいなぁ”
と梓のむすっとする顔が可愛くて、よく個性の話を振ってしまっていたな、と
こんな状況ながら轟は平和な日常を思い出していた。

小柄な身体で、この失血は恐ろしい。
彼女の体を黒い何かが貫いた瞬間、自分も貫かれたように苦しくなった。

それなのに。誰よりも疲弊し、血を流しているはずなのに。


『ぜェっ、』


全員を風で落下から守り、
落ちてくる緑谷すらも守ろうと起こした風は、どこまでも優しく吹いていて。

彼女の渾身の風操作に報いるよう、轟は炎の推進力を利用し、緑谷を受け止めると全員揃って着地する。


ードサッ!


「梓っ、爆豪!緑谷!エンデヴァー…!」

『しょーと、くん、皆は』

「ああ、生きてる…!梓、動くな!みんな、すぐ処置するから、」


ゲホゲホと血を吐きながら、腹部を抑える梓に手を貸そうとするが、『急所、外した。止血、じぶんでできる』と呼吸を乱しつつも彼女は轟の処置を拒否した。


「けど、!」

『そこの3人のが、私より、』

「変わらねえよ!!」


思わず怒鳴ってしまい、ハッとして謝ろうとするがそれよりも早く梓が轟の腕を引っ張り、自分の後ろに隠した。


「は?」


彼女が、警戒心マックスで見つめる先。
そこには、梓達の体を貫いた触手のようなもの、鋲突を脊髄から発動し、動かない体を無理やり動かそうとする死柄木がいた。


誰かと会話しているような。まるで死柄木以外の人間があの体の中にいるような事をぼそぼそと呟くと、その目が、梓を射抜く。


「、どうして、そこまで」


かすかに聞こえた彼の声。


「所詮、他人…、」


なんでそこまでして、爆豪を、緑谷を、他人を命懸けで守ろうとするのか聞かれている気がした。


『………何故、かって、』

「……」

『あなた、みたいに、世界がどうとか、考えたことない』

「…呪いだ、…死してなお、受け継がれ、」

『守護の意志のこと、言ってんなら…失礼なやつだな』


うわ言のように呪いだと言われ、壊すと言われ、
梓は不機嫌そうに顔を顰めると、白刃を支えに、ゆっくりと立ち上がった。


『、これは、義勇の心だよ』

「……」

『っていうか、私は、あなたや、オール、フォー・ワンと違って、余裕がない、の』

「……」

『そもそも、この血筋が、なぜすべてに…っ守護を、誓ったのかなんて、興味がない。そんなこと考えてる余裕私にはない、私は、私の大事なものを守るために全力で、手一杯だから、むずかしいことは考えてない』

「……」

『小難しい話は、他の人と話してよ』


話は終わりだとばかりにこの状況で口角を上げた少女に、死柄木はピタリと動きを止めた。
それはまるで混乱したような間で、一拍おいて死柄木の体から別人格の声が「弔」と咎めるように呼ぶ。

と同時、
死柄木ではなくもう一つの人格の仕業だろうか、鋲突が迷いなくギュンッと攻撃を仕掛けてきて、

梓と轟が応戦しようとした瞬間、


ーボウッ!!


波動ねじれの衝撃波が真横から死柄木を襲った。


「皆!!」

『は、波動せんぱ、』


ーズザザッ!!


彼女の登場にびっくりしていれば、目の前に見覚えのあるアーマーが現れ轟と一緒にギョッとする。


「大型敵が向かっているここに向かっている!向こうで脳無と戦っているヒーローにも伝えてある!!」

「飯田…!緑谷達を運んでくれ!梓もだ!」

『い、飯田くん!私はいい!』

「まったく、どおりで帰ってこないわけだよ!って、リンドウくん!?何故ここに!?それに、ひどい怪我じゃないか…!!」

『飯田くん、離して、いずっくん、連れてって』

「僕は……、死柄木といなきゃ…!死柄木はまだ、僕を狙ってる…!僕の次が、梓ちゃんだから、飯田くん、梓ちゃんと、かっちゃんと、エンデヴァーを、」


息も絶え絶えに言葉を紡ぐクラスメイト達に飯田は(なんてことだ)と真っ青だった。
3人とも、命に関わるほどの大怪我だ。
誰が優先かなんてわかったもんじゃないが、一番出血量の多い緑谷を支えなければ、と震える手を伸ばす。

そんな彼らを守るように轟は一歩前に出る。
ここで奴を止めなくては。何がなんでも止めなくては、負の連鎖が起こる。
緑谷が削り、エンデヴァーが削った死柄木を、残された人員で迎え撃つしかない。


「再生能力も牛歩…、だいぶ弱ってる!波動先輩!」

『波動先輩じゃなくて、わたし。私でしょ、しょうとくん、!』

「ぐっ」


梓と連携が取れない以上、この場にいる実力者、波動ねじれと力を合わせるしかないと思ったのに。
この地獄のような戦場とは不釣り合いな、駄々をこねるような声音に轟は思わず(すげえかわいい)と動揺した。

そうだな、お前しかいない。と振り返りたい。
それでも、梓を戦わせるわけにはいかない、と心を鬼にして空にいる波動を見上げるが、
後ろからは、『げほっ、ごほ、私がいるのに、なんで波動先輩と組むの』と吐血にまぎれて可愛い声が聞こえる。


「ショ、ショートくん!心を鬼にするんだ!」

「わかってる…!!」


そんな時。
地響きのような音が遠くから聞こえ始めた。


ードドドド…


それは少しずつ大きくなっていき、地面が揺れ始める。
地響きが脳を揺らし、ドクンドクンと心臓が脈をうつ。

飯田は大型敵が迫っていると言った。
まさか、これがそうなのか、と、

音のする方を見た轟は、その大きさに愕然とした。


ードドドドッ、


「主よ、おオオオオ!!!」


雄叫びを上げ、障害物をものともしない破壊力。
遠くからでも、その巨体に纏った覇気をダイレクトに感じ、轟は体から一気に恐怖が溢れ出すのを感じるが、


『ギガントマキアより、先にあっちだ』


息も絶え絶えなのに、冷静に言い切った少女の声に背中を押されるように轟は死柄木への距離を詰めた。
それを援護するように梓も続く。


(あの巨人と死柄木を同時に相手にするのは無理だ!手負いの死柄木を先に倒す!)


轟が赫灼熱拳の構えをし、波動が100%出力の構えで死柄木を挟み撃ちにする。

梓もまた、刀を大きく振りかぶっていて、


「赫灼熱拳、噴流熾炎!!」

「出力100%、ねじれる洪水(グリングフロッド)!!」

『ッ、迅雷風烈!!!』


動けているのが不思議な程の怪我なのに。
轟と相殺し合わない、風と雷の大技を死柄木にぶち込んだ少女に、反対側から見ていた波動は(なんて子なの)と驚愕していた。

3人の攻撃はモロに死柄木に当たったが、奴の状態を確認する前にエンデヴァーの「逃げろ゛ぉぉ!!」という雄叫びが聞こえ、

そして、


ードガアァンッ!!!


全ての障害を薙ぎ払いながら、主である死柄木の下にギガントマキアが到着した。


ーー


ギガントマキアの大きな爪を間一髪で避けたが、
身体中に痛みが走ったせいで受け身もそこそこに梓は地面をゴロゴロと転がった。


『うぐ…』


痛い。

でも、立ち上がらなきゃ。
すでにボロボロのコスチュームは家紋すら確認できないほどで、梓はゼェゼェと呼吸を乱しながらも刀を杖のようにして、なんとか立ち上がった。

ギガントマキアと、連合メンバーの到着。
おそらくオール・フォー・ワンが操作している死柄木の体。

どれを、抑えればこの最悪の状況から打開できるか。


(呼吸だ、まずは呼吸を整えて、脳に酸素を行き渡らせて、)


必死だった。

チカチカとする視界で、緑谷や爆豪の状態がフラッシュバックする。


「リンドウくん…!!」


遠くにいる飯田に名を呼ばれる。
彼が支えている怪我を負った爆豪を見て、地面に倒れた緑谷を見て、そして今まで起こった惨状を思い返して、

梓は痛みを自分の意識の外に追い出すようなイメージをした。


(私の体はもう多分限界だけれど、どうしても退けない)

(ここは、どうしても退けないから)


自分の体をどんどん追い詰めていく。
そうすると、徐々に痛みがひいていった。

痛みは体を守るための危険信号で、それを認識しなくなるということは、きっと命に関わるのだろうけど、梓は今目の前の惨劇を止めることしか考えておらず、自分のことを考える余裕がなかった。

大きく何度も深呼吸をするにつれ、
先ほどまで爆豪や轟に諭されるほど焦っていたのに、何故かどんどん思考がクリアになっていく。

それに連れて、少しずつ呼吸も戻ってきた。


かなり失血しているはずなのに、狭窄していた視界も徐々に鮮明になってきて。


『…ふぅ、』


きゅ、と刀を握り直す。


(お父さんに、聞いたことがある)


死の淵を垣間見た者は、より強くなると。
生死の瀬戸際に立たされて初めて得る感覚があるのだ、と。

きっと、父も、そのまた先代も経験した感覚。
寿命が縮む、由縁。

梓はまるで己の命を削るように、戦闘における至高の領域に入った。
_207/261
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