207
ギガントマキアと共に現れた敵連合メンバー、荼毘。


“酷えなァ…そんな名前で呼ばないでよ。
燈矢って立派な名前があるんだから。”


そう言ったあと、自分のことを少しずつ明かし始めた荼毘に、戦場は騒然としていた。

あの日以来、どうすればエンデヴァーが苦しむか、人生を踏み躙られるかだけ考えてきた、と。

“星のしもべ”や“エンディング”をあてがったのも自分で、完全作である焦凍が大成した時に殺そうと思っていた、と。

過去を後悔し、家族の絆を取り戻すように足掻くエンデヴァーを嘲笑った彼は、火傷で引き攣った口角をグッとあげる。



「未来に目を向けていれば正しくあれると思っただろう!?知らねェようだから、教えてやるよ!」

「「……」」

「過去は、消えない!!」


そう言って、心底楽しそうに笑った荼毘に、
エンデヴァーと轟は悲壮な面持ちで言葉を失った。

憂鬱で絶望的な気分が胃の底から頭まで広がる。
深く、深く絶望する。

満足げな表情で「ザ!!自業自得だぜ。さァ、一緒に堕ちよう轟炎司!!地獄で俺と踊ろうぜ!!」と手を広げる荼毘に、エンデヴァーはまともに言葉が出なかった。

やっとのことで「燈矢は死んだ。許されない嘘だ」と、覇気のない声で呟くが、


「俺は生きてる。許されない真実だ、お父さん!炎熱系の個性なんざ事務所にもいるしで俺が何者かなんて考えなかったろ」

「……」

「疑ってんなら血でも皮でも提供するぜ。DNA鑑定すりゃあいい。まァ、こっちはとっくに済ませて公表中だけどな」


疑う余地もない真実をまざまざと見せつけられ、声も出ないほどに打ちひしがれるエンデヴァーと轟。
荼毘はスケプティックと小声で話した後、2人に追い討ちをかけるように「エンデヴァーこっちは俺からのプレゼントだ」と続ける。


「……」

「スパイ野郎のホークスのことも調べて回った」


ギガントマキアの上からパソコンのスピーカーを通して音が聞こえてくる。


《彼は僕らに取り入る為にあろうことかヒーローを殺しています…休養中だったNo.3ベストジーニストを。暴力が生活の一部になってしまっているから、平然と実行できてしまう》


それは荼毘の声で、これが全世界に発信されているのだろうか、と周りは絶句する。


《それもそのハズ。彼の父親は連続強盗殺人犯…敵だった。彼が経歴も本名も隠していたのはその為でした》

《彼の父は、エンデヴァーに捕まっています。何の因果か…そういう性を持った人間ばかりが寄って集まる》

《僕は許せなかった!!後ろ暗い人間性に正義という名の蓋をして!あまつさえヒーローを名乗り!人々を欺き続けている!》

《よく考えて欲しい!彼らが守っているのは自分だ!皆さんは醜い人間の保身と自己肯定の道具にされているだけだ!》


叫ぶ荼毘の声がスピーカーから木霊する。
言ったもん勝ちのそれは、きっと国中の人々の心を揺さぶっている。
敵の言葉なのに、ヒーローと人々を引き裂くきっかけとなってしまっている。

エンデヴァーの表情からは戦意が喪失してしまっていて、
それを気の毒そうに、笑いながら、荼毘はダンッとギガントマキアから飛び降り、


「今日まで元気でいてくれてありがとう、エンデヴァー!!」


狂気の笑みで降りてくる兄を見、歯を食いしばりながら轟は叫んだ。


「親父!!来るぞ!!親父!!」


完全に戦意が喪失してしまった。
深い深い絶望の闇に落ちてしまった父親をどうにか奮い立たせようと絶叫する。


「梓と、緑谷たちを守ってくれ!!俺と先輩で戦う!!」

「……」

「頼む動け!!守ってくれ!!おい!!後にしてくれ!!」


絶望で目の前が真っ暗になってしまったエンデヴァーに、涙ながらに絶叫する。
轟だって、心が打ちのめされてしまった、
それでも、満身創痍の仲間を守る為には“兄”をどうにかして止めるしかなくて。

荼毘が降りてくる光景がスローモーションのように見える。

脳内に何度も“兄”の言葉がリフレインする。
まともに立っていられないほどのショック。

それでも、


「俺と、先輩で戦うから!!親父!!頼む!!」

「赫灼熱拳、」


ぶわり、と自分よりも父よりも強い火力が空から降ってくる。
ああ、この技は、親父の。止めなければ。
と轟が、死に物狂いで応戦しようとした、時。

トン、と肩に手を置かれ


『なんで、波動先輩なの。私でしょ』


ちょっぴり不機嫌そうな声音。
振り返らずとも、隣に誰が来たかがわかり、
轟は心配と安堵とが綯交ぜになって、
来てほしくなかったハズなのに、それでも縋りたくなって、思わず置かれた手の上にギュッと手を重ねた。


「っ…、!」

『荼毘、焦凍くん泣かせないでっ!!』


平然と武器を構え、刀に水ベースの嵐を纏わせた少女の登場に思わず荼毘は一瞬フリーズした。


(なんでここに!?つうか、重傷だろ…!?マトモじゃねェ!)


凝視してしまう程に驚いた。
本日3戦目ともあれば、流石に因縁を感じてしまう。


「ホークスの次は焦凍…、てめェは、俺の野望の前にとことん現れるな!!ここらで決着つけようぜ、東堂梓!!」

『いいね!!3戦目だ!!』


ギュルルッ!と嵐が梓から溢れ出す。
荼毘の炎と、梓の嵐と轟の炎。
2つがぶつかり合いそうになる、が、


ーズガガガガッ!!


それより先に空から降ってきた何かによって荼毘や敵連合側が一斉に攻撃受けた。
瞬きしているうちにいつの間にか荼毘はワイヤーのようなもので身柄を拘束されていて、

状況を理解する暇もなく誰かが空から降りてくる。


「遅れてすまない!!ベストジーニスト、今日より活動復帰する!!」


ドメスティックな告発でヒーローが築き上げてきた信頼が少しずつ崩れていく音がする中、
荼毘の発言では死んだはずの男が、ベストジーニストが戦場に戻ってきた。





ベストジーニストが編み上げた繊維が一瞬でギガントマキア達を捕縛した。


「行方不明って……」

「てめェ……!死んでたハズだ、本物の死体だった!」

「欲を掻くから綻ぶのだ、粗製デニムのようにな!」


爆豪や荼毘、ベストジーニストの生存を知らなかった者達が正反対の感情で動揺する中、
梓は誰よりも早く現状を理解して、1番仕留めなければいけない相手である死柄木へ距離を詰める為、
正面の荼毘に向かって地面を蹴っていた。


ーダッ!


強く地面を蹴った衝撃で腹から血がどくどくと流れるがお構いなしで、一気に距離を詰める彼女に荼毘は(イカれてんのかコイツ!)と顔を引き攣らせつつも応戦しようとチリチリ燃え始める。


「テメェがどんなに轟家(ウチ)の事情に割り込もうが…、過去が消える訳じゃねえだろ、なァ!?焦凍!?」


ーゴウッッ


「ぎゃ!!!」


癇癪を起こすように放出された青い炎は、波動を巻き込んだ。
くらったらひとたまりもないであろうその高温の炎に思わず梓は荼毘への攻撃を波動ねじれの消火に転換する。


『波動せんぱ、!』

「波動先輩!!」


「ははは!大変だエンデヴァー!!まただ!また焼けちまった!未来ある若者が!お前の炎で!!」


ゴウッッ!と己を顧みない程の炎が荼毘から放出される。
「やめろォ!!」と悲哀に満ちた轟の叫びは梓の心を締め付けた。


(止めなきゃ、死柄木もだけど、荼毘を、!!)


最短で死柄木を抑えるためには、荼毘を黙らせなければ。
死柄木がマキアに追加の命令をする前に。
ヒーロー社会を守るため、No.1ヒーローを敗北させないため、死柄木を止めるために、荼毘を。


「敵をけしかけたって言ったよな!?夏兄も死ぬとこだった!!泣いて縋ってたんだろ!夏兄に!!」

「それならそれで、エンデヴァーが悲しむ」

「イカれてんのかてめェ!!」

「そうだよ焦凍、兄ちゃん何も感じなくなっちまったぁ」

「燈…矢…」

「ようやくおまえを殺せるよ」


纏った水分が一気に蒸発していくほどの炎。
梓は雨を爆発させながら、
轟と言い荒いをしている荼毘へと距離を詰める。
見ていたベストジーニストが思わず「燃えるぞ!進むな!!」と叫ぶが、彼女はお構いなしで、
ぶわりと髪や、ところどころ皮膚が焼けていく。
その独特の臭いに轟は思わず「、梓、ダメだ!!!」と涙をこぼしながら叫ぶが、


『、泣かすなよ!!!!』


髪が短く焼けてしまっている。火傷もしている。
それでも炎の圧力を突っ切ってきた彼女は、灼熱で真っ赤になってしまった刃を荼毘に振り下ろした。


「どうかしてんだろテメェ!!」

『どうかしてんのはお前だ!!弟だろ!!泣かすなよ!!』

「家族のいねェイカれた家系が口挟むんじゃねえ!!」

『挟んじゃいけない決まりなんてないだろ!』

「…っ、腹に穴空いてるはずだろうが、ギガントマキアに肩切られたはずだろうが!!なんで動けんだよ!!!」

『焦凍くんが泣いてるからだよ!!お前がいじめた!!!』


世界のためとか、国のためとか、顔もわからない人のためだとか。
守るためとか。
大義は色々あるだろうに。
シンプルすぎるその答えに思わず荼毘は呆けてしまって、炎が緩んだ。

瞬間、


ーゴウッッ!!!


間髪入れずに一気に嵐に巻き返される。


(やべ、コイツが変なこと言うから、!)


国の行く末の決めるほどの戦いで。
ヒーローと敵との頂上決戦のような場で、泣かしただのいじめただの、ガキのような事を言って灼熱の炎に飛び込んできた。

荼毘は前に死柄木が言っていたことを思い出していた。
奴の主張だけはシンプルだと。ヒーローの概念とは少し離れていると。
ああ、こういうことか。別の意味でイカれてる。イカれ具合は自分達と一緒だ。


嵐に押し返されないように、荼毘は焦凍から視線を外し、梓を睨んだ。


「テメェ個人に恨みはねえが、邪魔すんなら、!」

『勝負だ、お前の捻じ曲がった根性ごとその炎、蒸発させてやる…!!!』

「燃えて息すんのもギリギリのくせによォ!!」


ードオン!!!


荼毘VS 梓の自然現象同士のフルパワーが辺り一帯の空気をめちゃくちゃにし始めた。
高校生1人で荼毘を抑え始めているこの状況にベストジーニストはギョッとする。


(エンデヴァーは動けない、他のヒーローも駆けつけられない、全員満身創痍で、自分も…加勢する余裕がない…!!あの子、本当に1対1で、)


仮免の手も借りたいほどの今の状況。
瀕死の重傷を負っているはずの彼女が1人で荼毘を抑え始めたことは、信じがたいことだが、ベストジーニストにとってかなり有難いことだった。





自分が荼毘と1対1で激突し始めて暫く、雨が高速で蒸発するけたたましい音の中、微かに「大・爆・殺・神ダイナマイトだ!!!」と幼馴染の声が聞こえ、梓は荼毘から目を離さないまま、少しだけ口角を上げた。

荼毘にとってそれは気味が悪くて、それを紛らわせるように「向こうは楽しそうだなァ」と梓の後ろに崩れている轟と、エンデヴァーを、見た。


「可哀想になァ。お前はこんなに辛いのに」

「梓、やめ、」

『少しでも下がったら、全員燃えるから、やめない』

「おいイカれ野郎。見ろよあの顔、最高傑作のお人形が失敗作の火力に及ばねえうえに、インターン生に守られてよォ、」

『イカれ野郎って私のこと…!?』


ひど、とショックを顔に出す梓に伝えたいことはそこじゃないんだけど、と荼毘は毒気を抜かれながらも、絶望したエンデヴァーに笑いが止まらなくなる。


「グプッ…なァ、見ろって!壊れちまってるよ!ははは!!焦凍!!俺の炎でおまえが焼けたら、お父さんは、どんな顔を見せてくれるかなァ!?」


荼毘は、まずはお前だと言わんばかりに火力をガンガン上げながら、梓を無視して焦凍を見る。
まずは、梓を焼かなければ。
彼女は死なないとここを退いてくれないと、荼毘は感じ取っていた。
この子を焼いたら次が弟だ。
彼は今、自分が炎を出したら梓の邪魔になるとわかっているから、手も足も出ない。
おそらくエンデヴァーより思い入れの深いであろうこの子を焼き、次に絶望に伏している彼を焼く。

そう、思っているのだが、


『喋んな、集中が切れるでしょうが…!』


どんどん安定感の増す梓の嵐に荼毘は徐々に押され気味になっていた。
付け焼き刃で突っ込んできたと思っていたのに、今は立派な大きな壁だ。
死地が彼女をどんどん成長させている。

しかも、黒鞭が飛んできて、思わず荼毘は梓から緑谷に少しだけ神経を逸らした。


「他所の家に首突っ込むなよ!」

「突っ込む!梓ちゃんを、梓ちゃんをこれ以上燃やすな!!!それに!!轟君は大事な友達だ!!エンデヴァーは僕を強くしてくれた恩師だ!過去は消えない!だから頑張ってる今のエンデヴァーを僕は見てる!お前はエンデヴァーじゃない!!」

「どいてくれりゃ俺だって燃やしたくねえよ、どかねえこのチビが悪い。それに、俺はかわいそうな人間だろ?正義の味方が犯した罪、それが俺だ。悪が栄えるんじゃねェ!正義が瓦解するだけ!俺はその責任の所在を感情豊かな皆々様に示しただけだ」

『っ…』

「これから訪れる未来はきっと、キレイ事など吹けば飛んでく混沌だろうぜ!!」


荼毘の宣言と、ベストジーニストがギガントマキアとの力比べに負けたのは同時だった。
繊維が引きちぎられ、奴の巨体が立ち上がった衝撃で梓と荼毘の立っていた場所も揺れる。


『ッ、』


最悪だ。
ギガントマキアが復活する。

梓は咄嗟に、荼毘を倒そうと攻撃を繰り出すが、


「そういうとこがイカれてんだよ、!」


ギガントマキアの復活を予期し、自分の安否や状況の確認の前に荼毘を倒す決断をするところが、狂っている。
判断が速すぎる。まさに戦闘脳のそれに荼毘は少しばかり顔を引き攣らせつつ、梓の攻撃を間一髪で避けながら状況を確認。

目まぐるしく状況が変わる。
もうダメだと思っていたエンデヴァーの躍動。
それによってか、麻酔の作用か、ギガントマキアが倒れる。

入り乱れる脳無と、強さを増すベストジーニストの再拘束。
そんな中、敵連合の旧知の仲、Mr.コンプレスが己の身を削って仲間を活かそうと行動するのを見て、


「!!、残念だがここまでだ」


荼毘は咄嗟に梓に最大火力の炎を噴射した。


『うわっぷ!?』

「東堂梓、俺を重要視してくれてるところ悪いが、事情が変わった。焦凍もごめんな」

『は!?』

「轟炎司が壊れてない上に気絶しちまったらこのショーの意味がない。ごめんな最高傑作」


来い、荼毘!とMr.コンプレスに呼ばれる。
退散を察知した梓が炎を撃ち返して、距離を詰めようとするが、荼毘は「次は邪魔すんなよ」とだけ言い、一気に距離を空けた。


『ぐっ、待て!!!』


これくらいの距離、一瞬で。

しかし、梓の体は言うことを聞かず、がくん、と膝から崩れ落ちた。


ッ、!!』


轟が名を叫び、体を引き摺りながら寄ってくる中、
梓はどうして身体が動かない、とパニックになる。


「梓、無茶だ、だめだ…!血が!火傷が…!!」

『やだ、だめだ、いかなきゃ、止めなきゃ…!逃げちゃう!!!』

「ダメだ!!」

『っ、焦凍くん、お願い、お願い、私の背中、蹴っ飛ばして』


悲痛だった。
彼女の怪我は、意識があるのが不思議なほどだ。
命に関わる怪我だ。それは轟でも見てわかる。
なのに、痛みなど感じていないような振る舞い。


“一族みんな短命だったの。寿命が短いのかな”


少し前に、なんとなく彼女が言っていた言葉。
ああ、こんな戦い方してりゃ命も削れるわ。
すでに彼女の体と意識はおかしいのだ。
ここで止めなければ、本当の本当に死んでしまう。


「頼む…、」


ぐっと梓の腕を掴まれたことで、梓は轟の手が震えていることに気づいた。
ハッ、と振り返れば彼の瞳に涙がいっぱい溜まっていて、


(あれ、今泣かせてるの…私?)


自問自答し、戦闘ではなく轟に意識が向いたことをキッカケに全身に痛みが戻ってきた。
ドクドクと血が流れ、皮膚が爛れ、一気に視界が真っ暗になる。


『…、』

「梓、梓…!!」


限界などとっくの昔に超えていた。
命の限界ギリギリのところで轟に止められ、梓は絶命することを免れた。
そして、轟に抱き抱えられながら、梓はそのまま気絶した。

_208/261
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