205激闘
いつも穏やかで、
優しくて、人懐っこくて、修羅の道を歩んできたとは思えない子。
生い立ちは、よくぞまあ純粋に育ってくれたと感心するほどで。

そんな彼女は、どんな危険に晒されてもどれだけ窮地でも、まるで不安などないかのように強い瞳をしている。
それはまるで希望の象徴だった。

が、

誰がわかってくれようか、この子のことを。
彼女がどれだけ手一杯か。どれだけ心に余裕がないか。
人のために生きることが、どれだけ心を削るか。

相澤は、初めて縋るように自分のところに彼女が現れた日から、その不安定さを感じ取っていた。

彼女を見ると、キリキリと心が痛む。


願うことなら、側で守ってやりたかった。


意識が飛ぶ前、決死の思いで掴んだ彼女のボロボロの羽織。
それはすでに相澤の体にかけられ、梓は彼の想いを知っておきながらもやはり、戦場へと一歩踏み出していた。





「梓ちゃん、グラントリノ達を頼む!もしまた浮遊が必要になったら、梓ちゃんの風で全員浮き上がらせて…!!」

『それはっ、そうするけど、ちょっと待っていずっくん…!』


全員地面に降ろされながら、私も空に行くよ、と走り出しそうになった梓の首根っこを爆豪がガッと掴む。


「待て梓!デクも、!」

『かっちゃん、』

「お前が1番そいつに近づいちゃいけねェんだぞ!“抹消”はもう…消えてんだぞ!」

「じゃあ他に誰が死柄木を空に留めておける!?」


思わずグッと黙ってしまったエンデヴァーと爆豪。
2人に腕と首根っこを掴まれたまま『私もできるよ、多分!』とバタバタ梓が暴れるが、


「空が好きならOFA奪った後天国にでも送ってやるぜ!下のジジイ共も同伴でな!」

「これ以上みんなを!!傷つけるな!!」


すぐに手を出しようがないほどの空中戦が始まった。




血飛沫が舞う。

持ち前の動体視力で、その血が破裂しかけている緑谷の腕から噴き出したものだと気づいた梓は、思わず爆豪とエンデヴァーを振り払い、強く地面を蹴っていた。


(さっきの2発で左腕が潰れた…!左を守んないと!)


空中で行われているのは、ワン・フォー・オールとオール・フォー・ワンの激闘。
梓が行っても割り込むことは困難なはずなのに、その部分を考えずに思わず飛び出してしまった彼女に爆豪とエンデヴァーは「「あの馬鹿…!」」と声を揃える。

当の本人は、雷の如きスピードで緑谷の左に迫っていた死柄木の腕を思い切り蹴飛ばすと、目にも止まらぬ速さで2人の間に攻撃を撃ち込んでいる。


ーズガガガッ!!


稲光が迸り突風が吹き荒れる。
無理矢理ではあるが、2人の激闘に緑谷のサポートとして割り込んだ梓だったが、

戦闘が苛烈するにつれ、血飛沫が舞うにつれ、
彼女の動きは地上から見ても精彩を欠いていき、

そして、


ーダァンッ!!


一瞬の隙を突かれ、地面に叩きつけられた。


『ぐッ…!』

「「梓ッ!!」」


咄嗟に轟と爆豪が駆け寄る。
梓は2人の手を借りながらなんとか立ち上がると、
ゲホゲホと血が混じった咳をしながら『くそ、』と小さく悪態をついた。


「大丈夫か!?」

『大丈夫、じゃない、見えない…!全然、追いつけない…っ』


轟は怪我のことを言ったのに。
梓は戦況の事を語っていて、ギラついた目を悔しそうに歪めている。


『勘で、運良く避けれてる。このままじゃ、私が、一番に潰れる…、けど、目が、慣れれば』


目を細め、空を見上げる梓はまだ戦う事を諦めていなくて、思わず爆豪は強く腕を掴んだ。


「ダメだ、わかってんだろ、反応の問題じゃねェ、今のお前じゃあのパワーに太刀打ちできねェ!木っ端微塵だ!」

『待って、かっちゃん、手離して』

「離すかバカ」

『離して、離してよ、私、まだ、戦える、今度は足引っ張らないようにするから』


震える声で爆豪の手を引き剥がそうとする梓の手は血まみれで、身体も軋んでいて、酷い怪我だった。
頼むから、あそこに行かせてくれと空を見上げるものだから、爆豪はいろんな気持ちが綯交ぜになって、泣きたくなった。

緑谷のこともだし、目の前のこの少女のこともだし、死柄木に対する焦りもあるし、
どうにかしなければ。

梓も緑谷も冷静ではないから、自分が、どうにかしなければ。


(デクと、梓は止まらねェ、から、止めるためには)


「梓、聞け。いいか」


冷静に、息を吐き、静かに彼女の名前を呼べば、やっと梓は爆豪の目を見た。
彼の目を見て、梓は少しだけ安心した。
案ずるような目じゃなかったのだ。止めるために説得されるのではない、それを目から感じ取り、じっと爆豪を見返せば、彼はまるで緑谷かのような分析を始めた。


「足やエアフォースで反動を殺しつつ、複数個性を並列コントロール、死柄木を空に留めるためにデクは今まで習得したもん総動員してるのは、わかるな?」

『う、うん。でも、消耗戦になってる。いずっくんが削られる前に、』

「そう、再生持ちの奴相手に生身が粘れるわけねェ。削られてんのはデクだ」

『だ、だから早く行かなきゃ。このままじゃ、力盗られて、死んじゃう』

「わかってる。でもお前だけが行っても戦況は変わらねェ。筋道立てて、合理的に行くぞ」


合理的に。
そう言われて、焦りと失血と激闘で狭窄していた視界が少しだけクリアになった。


『合理的に…』


ずっと4月から聞いていたその単語で、ふと冷静になる。息がしやすくなる。
爆豪は、梓のほぼ精神安定剤である相澤の口癖をあえて口にしたのだが、その効果がテキメン現れ、少し複雑な気持ちである。
それでも、彼女が無謀に飛び出して行かなくなったことに少し気を休めた彼は、轟とエンデヴァーの方を向いた。


「轟、処置は済んだな!?」

「ああ、何を…」

「うるせー俺に捕まれ!梓、お前も俺に捕まれ、上昇手伝え!」

『う、うん!』

「エンデヴァー!!上昇する熱と風は俺と梓が肩代わりする!轟はギリギリまでエンデヴァーを冷やし続けろ!」

「俺の最高火力を以って…一撃で仕留めろということか…任せろ」


エンデヴァーが爆豪の作戦に了承するのを見て、思わずロックロックは愕然とした。
エンデヴァー以外、全員子どもなのだ。
上昇を肩代わりする爆豪も梓も、ギリギリまでエンデヴァーをサポートしようとする轟も。

思わず「そんな…子どもに、」と言いかけるが、梓の細い肩を支えながら「先生を頼みます!」と決死の表情で言ってきた轟を見て、彼は何も言えなくなった。
何を今更、とっくに自分は子どもをヒーローと認めたじゃないか、死穢八斎會の時。

あの時と同じように、梓の爆風が吹き荒れる。
それに合わせるようにBOOM!!と爆発音が響き、勢いよく彼らは上昇した。


「黒鞭が伸びきったところを狙う!俺が出たら、リンドウ!お前が機動力となって3人はすぐに離れろ!巻き込まれるぞ!」

『は、い!』


近づくにつれて緑谷の決死の形相が視界に入る。
命を削る激闘に思わず轟が祈るように頑張れ、と呟く中、ドンッ!!と一際大きな1発が死柄木に入り、ビュン!と黒鞭が伸びた。


『っ!いまだ!』


その瞬間、梓は全力で爆風を起こすとエンデヴァーを空に押し上げ、
彼が死柄木を羽交い締めにしたのを視界の端で確認すると、
すかさず爆豪と轟の腕を掴み、風の推進力でエンデヴァーの射程範囲から離れた。


『っ!』


爆豪は兎も角、轟は浮けない。
ぎゅっと力を入れて抱えると傷が痛んで、梓は思わず涙目になるが、痛みに構っている暇などない。
すぐにエンデヴァーの必殺技が炸裂し、目を覆うほどの光が辺りを包んだ。


ードォォンッ!!


あのハイエンド脳無を消し炭にした威力。
これが効かなければなす術がなくなる。

どうか、これで終わってくれ、と地上にいるヒーロー達も、空中にいる轟や爆豪も光の中を必死に目を凝らす中、

一番最初に行動したのは梓だった。
雷で光慣れした目は、死柄木弔の体から異質な何かが現れたのを目視で確認したと同時、
パッと轟と爆豪から手を離すと、数秒滞空できるほどの風を瞬時に起こす。

その瞬間、異質な何かにエンデヴァーの体が貫かれていて。
周りが状況を把握する頃には、すでに梓は動き出していた。


『っ!!』


嵐最大出力で空中を蹴り、最高速度で緑谷の元に向かうと、彼を庇うように勢いよく抱きつく。


「梓ちゃ、!?」


刹那、死柄木から顕現した黒く異質な何かが梓の体に突き刺さりそうになるが、
そのコンマ数秒前に現れた爆豪が、爆破の勢いのまま2人を突き飛ばしていて、


『かっちゃ、』


ダメだ。刺さってしまう。
かっちゃんの体に、黒い何かが。

突き飛ばされながらも梓は無意識に後ろに嵐を発生させ、爆豪に手を伸ばす、

が、


ードスッ!!


その黒い何かは枝分かれし、爆豪と梓の2人を串刺しにした。


『ッ、!』

「ッ、一人で…、勝とうと…っ、してんじゃ、ねェっ」

「かっ、梓ちゃ、!」


太くて黒い何かに腹と肩を貫かれ、血が吹き出す。
爆豪は息も絶え絶えながら、呆然としている緑谷をギッと睨むが、彼が自分だけでなく、梓の方も見ていて、
そして、自分に突き刺さっているモノが、梓の脇腹にも一本突き刺さっているのを確認して、爆豪はハッと息をのんだ。

助けたと思ったのだ。
まさか、近くまで戻ってきてるなんて。
自分と違い一本しか刺さっていないとはいえ、元々彼女は手負いである。

しかも、体格も違うのだ。
ぶらん、と刺さった何かに体重を預けるようにぐったりした彼女の腕を思わずガッと掴む。


「梓ッ…」


ズボッ、と突き刺さっていたものを引き抜かれ、
ふらりと梓の体が力なく傾く。

薄れゆく意識の中、爆豪は必死に彼女を引き寄せ、抱きしめ、

そのまま、2人揃って重力に従い落ちていきそうになったところを間一髪で轟が掴んだ。


ーガッ!!


「梓!爆豪!」


聞いたことがない程に必死で、泣きそうな轟の声。
自分を抱きしめる、震えた手。

梓もまた、薄れゆく意識をどうにか留めようと、戦線離脱してたまるかと必死だった。


『ゲホッ、かっちゃ、』

「なんッ、で」

「2人とも喋るな!!」


風を起こさなければ。


(かっちゃん、私よりひどい怪我…、エンデヴァーさん、も!焦凍くん、そら、飛べないから、私が)


落下を止めなければ。


焦る心とは裏腹に、体が動いてくれない。
が、自分を支えてくれている轟が空を見上げ「緑谷ァ!!」と悲痛な声を上げたことで、
梓は(いずっくんを助けなくちゃ、やらなきゃ!!)と火事場の馬鹿力で思いっきり風を起こした。


それは、地面にぶち当たる寸前だった。

_206/261
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