203信念
死柄木とエンデヴァー、緑谷、爆豪、そしてグラントリノの戦闘は苛烈を極めた。


「死柄木弔、いくら…力を得ようとも…っ!信念なき破壊に我らが、屈する事はない!!」


満身創痍で息を切らしそう言ったエンデヴァーの前には、死柄木が這いつくばっている。
それでも、前を見る目には憎悪の炎が燃え盛っていて、


「ハァア…!…おまえら…ヒーローは、他人をたすける為に、家族を傷つける…!」


絞り出された言葉は、エンデヴァーだけでなく、東堂一族の関係者達にも刺さった。
「父の言葉だ」としゃがれた声で紡ぐ死柄木の体はビキビキ、と軋み始めていて、
彼は、とてもじゃないが立ち上がれないほどの大怪我を負っているはずなのに、ゆっくりと立ち上がり始める。


「信念なら…ある…!あったんだ…!」


早くとどめを刺せばいいのに、その場にいた全員が死柄木の雰囲気に一瞬飲み込まれるほどの絶望と憎悪に、誰も動けなかった。


「おまえたちは、社会を守る、フリをしてきた」

「……。」

「過去…何世代も…、守れなかったモノを見ないフリして、傷んだ上から…蓋をして、浅ましくも築き上げてきた」

「……。」

「結果、中身は腐って…蛆が湧いた」

「……。」

「小さな、小さな積み重ねだ」


吐き捨てる様に言った死柄木は、じっと、社会への憎悪をエンデヴァーに向ける。


「守られることに慣れきったゴミ共、そのゴミ共を生み出し庇護するマッチポンプ共、これまで目にした全て、おまえたちの築いてきた全てに否定されてきた」

「……」

「だからこちらも否定する。だから壊す。だから力を手に入れる。シンプルだろ?理解できなくていい、できないから、“ヒーロー”と“敵(ヴィラン)”だ」


言い切った後、死柄木は一旦口を閉じた。

一拍おき、「だが、アイツは、少し違った」と小さく呟いた声は少しだけ怒りの感情が抑えられていて、

エンデヴァーに向けられていた憎悪の目を、今度はリンドウの家紋を背負う九条に向ける。
“アイツ”と言われ、ああお嬢のことね、と九条は冷や汗を流しながらそれを悟られないように死柄木の狂気の目を見返す。


「アイツも、シンプルだった。“ヒーロー”とか“敵”とか関係なく、守りたいモノを守るんだと、ゴミを生み出すことに変わりゃしねェが、妙に自己中なソレは、テメェらヒーローが語る崇高な理念よか理解はできた」

「………」

「守りっぱなしで後先考えてねェ無神経さはどうかと思うがな」

「…無神経て…言ってくれんじゃねェか」


(いやでも、たしかに。御当主直系は守ることだけに心血を注ぎ、生かされた者がどう生きるかには干渉しねェ、たしかにヒーローの枠組みとは少々乖離した思考か)

だから、分家や傘下を纏めるのが苦手、戦い守ること以外に無関心で、側近が苦労するのである。
心当たりがありすぎる悩みをズバリ死柄木に言い当てられ、九条は少しげんなりする。
それと同時に、死柄木が梓を欲する感覚がさっきよりも少し理解でき、あのバカ敵も味方も魅了しやがって、ああもう面倒くせェなと悪態をつきたくなった。


「そこまでウチの姫さんの思考を理解してくれてんなら、わかんだろ?この大事なセンセーに、友だちに手ェ出されて、あの子が黙っているはずがねェだろう?」

「ああ、そう言われたよ。友達傷つけて幼馴染攫ったおまえは守りたいとは思わないってな」

「なら…」

「お兄さん、俺ァ思うんだよ。テメェらのその思想は、呪いだと」


「守護精神を呪いだと…!?貴様、」と食ってかかりそうになる西京を止めつつ、九条は注意深く死柄木の言葉の続きを待つ。
彼は、先ほどまでの憎悪が鳴りを潜め、面白そうに口を歪ませていて、


「生まれた時から決められた宿命、呪いだ。じゃあ、守るものがないほど壊してやれば、アイツはどうなる?」

「は???」

「アイツは、守る為に戦うと言った。だから、守るものがないほどこの世界を壊せば、アイツは解放される。だろ?」


ニヤリ、と口角が上がり、
その発言と、表情に九条はゾッとした。

思わず言葉を失ったのは、九条だけではなかった。
梓を太陽と崇めるハルトも、慕う西京も、兄がわりの水島も、一様に言葉を失う。

死柄木の梓に対する考察は、核心をついていると思ってしまった。

もし奴の言うように守るものなどないほど壊されてしまえば、梓はどうなるだろう。
たとえどんな逆境だろうが光は消えないと思っていたが、心の支えとしていた大事なモノを守るという守護精神が働かなくなった時、彼女はどうなってしまうだろう。

死柄木の言う“闇に引き摺り下ろす”という言葉の意味がよくわかり、思うように言葉が出なかった。


「……、お嬢は、…」

「何も言えねェよなァ?守ることが存在意義、守る為に生きろ、折れるな、そう育てたのはお前らだ。それがなくなっちまったら空っぽになんのは目に見えてんだろう?」

「……」

「それを、側に置くんだよ。俺と真逆、生まれながらに光となる事を強要されたアイツに、こっちの世界を見せる。自己責任でどうとでもなる世界、案外、気に入るんじゃねェかな」


歪んだ守護精神の核心を突かれ、何も言い返せなくなった九条に緑谷と爆豪は動揺した。
が、顔色の悪い九条の後ろに、怒りで目が血走ってはいるがあまり動揺していない相澤がいて、ふと2人の脳裏に彼の言葉が蘇る。


“アイツは頑張ってる。本当に頑張っているが、。どうやっても、思い通りにいかないことは、ある”

“アイツの心を守れ”


相澤は危惧していたのかもしれない。
守ることが存在意義という彼女の考えが、どれだけ諸刃の剣か。
守るものが壊された時、梓がどうなってしまうのか。


「…九条、」

「……」

「オイ、」

「アッ何」

「いつもの威勢はどうした」


後ろから相澤に声をかけられ、九条は自分が今までにないほど動揺していたことに気づき、ハッと武器を握り直した。
息を整え、集中力を高めながら、またじっと死柄木を見返す。


「…死柄木、お嬢は強い。お前の思う通りにはさせない。全てを壊すなんて、させ」

「そうじゃねェだろう」

「っイレイザー煩い。俺今頑張って話してんだから、」

「とっくの昔に、アイツの存在意義は変わってる」

「は?」

「誰が担任だと思ってんだ。何のために俺が今までお前と非合理的な言い争いを、」

「いや、だからって、お嬢の考えがそう簡単に変わる訳ねェだろう」

「変わってるよ、きっと。俺はそう信じてる」


子供の成長は早いからな。
そうため息混じりに言った相澤に九条は思わずぽかんと口を開けてしまった。
なんでこいつはここまで赤の他人であるはずの梓に無償の愛情を注げるのだ、なぜ自分ができないことをこの男はできるのだ、と呆気に取られていれば、
対照的に死柄木は不機嫌そうに顔を歪めていて。

イラついたような声音で「っんと、かっこいいなァ、イレイザーヘッド…!!」と目に憎しみを込めた。

と同時、その憎しみをぶつけるかのようにドンッ!と地面を蹴り腕を振りかぶる。
イレイザーヘッドが梓に向ける庇護、愛情ごと全てをぶっ壊そうとせんその動きにすかさずエンデヴァーが炎を噴射し特攻を阻止しようとするが、


「させんぞ!貴様ももう虫の息だろう!!観念、」


それを死柄木は難なく避けると、
とてもじゃないが動ける体じゃないはずなのに、今まで以上に俊敏に動き、
カバーに入ったグラントリノすらも物ともせず、あろうことか彼の左足を握力のみで潰す。


「っ!!」

「グラントリノォ!!」


そして身動きの取れなくなったグラントリノを地面に押さえつけ、その腹を血飛沫がまうほどに強く殴った。


ードガァンッ!


「うわぁあああ!!」

「力を、」

「出るなデク!!」


思わず飛び出した緑谷と爆豪だったが、
死柄木のスピードはすでに常軌を逸しており、難なく2人を抜き去ると、一気に相澤への距離を詰める。


(更に、)(疾く…!)


来る。
九条は覚悟したように相澤を支える水島や、周りのハルト、西京に目配せすると、壁にならんとばかりに一歩前に出た。
もはや死柄木のスピードや力は、常人が刀で去なすことができるものなどではない。

正直言って彼の動きを目で追うのもやっとだし、片腕で数秒持つとも思えないが、いち早く九条の意志を汲んだ水島がグイッと相澤の腕を引っ張る。

だが、


ーバギャッ!!


何かにめり込むような、軋む音ともに死柄木が突っ込んだのは、助太刀に来たリューキュウの竜の手だった。


「リューキュ、」

「ぬぅ…!」


腕一本。二の腕までめり込み、否、貫通し、
その状態のままドドドッ!!とリューキュウごと突っ込んでこようする死柄木に今度は緑谷の黒鞭が後ろから巻きつく。


「死柄木ィ!!おまえだけは、許さない!」

「俺は誰も許さない」


まるで怒りや憎しみを増幅するほどに力を増す死柄木は、黒鞭の拘束を掻い潜り後ろの緑谷に攻撃をくらわせるが、血を吐きつつも「ッ、締めろ黒鞭!!」と根性で死柄を拘束した彼にエンデヴァーは「そのまま頑張れ、デク!!」と鼓舞すると、

グッと強く強く拳を握り、振りかぶった。
満身創痍なのに、歯をギチギチに食いしばり、もう一度最大火力を出すために振り絞る。

スピードは死柄木の方が上。
だから、この攻撃は緑谷が奴を拘束している間にぶち込むしかない。


(一刻も早く終わらせて、グラントリノを、)


が、


「消失弾を…!!」


絞り出すようなリューキュウの声。
かすかに見えた死柄木の手。

そして、飛んできた弾丸は九条の真横をすり抜け、
同じタイミングで緑谷の攻撃が死柄木の後頭部に炸裂する、が。
すでに、


ードッ!


九条の後ろから被弾したような鈍い音が聞こえた。
ハッと後ろを振り向けば、自由の効かない右足に消失弾がめり込んでおり、

咄嗟だった。


「イレイザー、足、ッ」


斬り落とすぜ、と九条が刀を振りかぶるが、
それよりも先に、
相澤は持っていたナイフで自分の足を切断した。

彼らしい、合理的な判断。
一瞬で淀みなく対処した彼に思わず(僕らに負けず劣らずこの人もイカれているのでは)とハルトは顔を引き攣らせるが、それを言葉にする前に爆風が吹き荒れた。


ードパァンッ!!


衝撃波の加速。
足の切断で一瞬綻んだ相澤の抹消の隙間を、死柄木は見逃さなかったのだ。


「ようやくクソゲーも終わりだ」


一瞬で、壁になっていたはずの九条を抜き去り目の前に現れた死柄木の万力の指圧が、相澤の顔面に食い込む。
が、すでに彼は抹消を発動し直していて、
それでも、死柄木がその顔面ごと握り潰そうとした時、


ーズガァァァンッ!!


けたたましい音と共に、氷と雷が死柄木の身体を質量で勢いよく押しのけた。


「『先生ぇ!!!』」


悲鳴のような叫びで現れた2人の子供。
その内の1人、すでにボロボロの傷だらけで、焦げ付いた羽織を着た少女は地面を破壊する程の雷と共に一気に死柄木までの距離を詰めると、


『私の、先生に、触んないで!!!!』

ードガッッ!!


涙ながらの梓の渾身パンチは、USJ以来、死柄木の頬にクリーンヒットした。

_204/261
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