次々と襲ってくる脳無を間一髪で九条やハルト、西京がいなし、水島が相澤をほぼ抱えた状態で幾多の攻撃を回避する。
「ぐっ!馬鹿力の化け物どもめ、くそ、避ける事といなす事に渾身の力を使う羽目になるとは、!」
「ハルト、喋るな舌を噛むぞ!2人とも、堅守の陣だ、死ぬ気で守れ!!」
「わかっております…!」
ハルトや西京を叱咤しつつ、超最前線で脳無と戦う九条の体は猛スピードで疲弊していった。
生身の身体で脳無の攻撃を2度3度と受け流した手のひらは、血だらけだ。
たった数発、気力が削ぎ落とされるほどのとてつもない力を受け流し、少し心が折れそうになる。
くそったれが、と思わず悪態をつきながら、目の前の化け物を睨みあげる。
「…こちとら、命さえもかなぐり捨ててるっつうのに、」
ーガギィィン!!
「防戦一方かよ…!!」
「九条、無茶だ、下がれ!!」
「てめェは黙って、死柄木視とけ!」
叫び返され、その必死な声音に相澤は彼の余裕のなさを悟る。
ぼたぼたと手のひらから垂れる血に九条は「くそ、滑りやがる」と悪態をつくが、息をつく間も無く傷を修復した脳無が襲ってき、
「物陰に隠れてろ、イレイザーヘッド!!」
視界が狭窄するほどの猛攻を耐え抜きながら、息も切れ切れに叫んだ彼の横顔を視界の端に入れ、見て相澤は悟った。
彼は、本当に命をかなぐり捨てる覚悟でいる。
絶命する事を厭わぬ、ゾッとする戦い方をしている。
自分を守る為、否、梓の守りたいものを守る為に。
一族の掟や生き方に厳しい彼は、自分にも厳しいのだ。
己が使命を全うせんと戦う背中に相澤は、思わず「やめろ!!」と叫ぶが、
「見てるってことは、見られてることも考慮しなくちゃあな」
脳無だけではなく、死柄木本人が彼を消すべくこっちに向かってきており、いち早く気づいた九条が脳無の相手を西京とハルトに任せると、一気に盾になるように相澤と死柄木の間に現れる。
が、
「どけ、おまえじゃない」
「グッ!」
ードガァァンッ!
一瞬で距離を詰めてきた死柄木に投げ飛ばされ、瓦礫の山に突っ込む。
瓦礫の下敷きになり生死もわからない。
そんな姿を横目に、相澤は腰に手をやりナイフを取り出していた。
命をかなぐり捨てる程の覚悟で戦う無個性の男の背を見、「邪魔だ、イレイザーヘッド」と目の前に迫る死柄木の殺気を感じ、
相澤は今までにない程に死を身近に感じていた。
それと同時に、死んでたまるかという生への執着が湧き上がる。
(死んで、たまるか。俺が殺られたら、歯止めがきかなくなる)
(まだ、見ててやらなきゃ、あいつらを、卒業させてヒーローになるまで、
まだ、あいつらを。)
走馬灯のように受け持ちの生徒たちの顔が浮かぶ。
その中の1人が、泣いていて、
ぎゅっと抱きついてきて、小さく体を震わせて泣いていて、
そんな彼女にまとわりつく様に、死柄木が迫っている様に見えて、相澤はそれを振り払う様に「邪魔はおまえだぁ!!」とナイフを振りかぶった。
瞬間、
「駄目、だって」
瓦礫の山に吹き飛ばされ、大きな瓦礫の下敷きになったはず。
なのに、何故か目の前に現れた血塗れの男は、狂気に満ちた目で相澤の盾になるように死柄木の前に現れ、
思わず死柄木が目を奪われる程の狂気。
一心に、ここを通さんといわんばかりの威圧は、コンマ数秒の歪みを生んだ。
九条が命懸けで作ったその一瞬。
その一瞬の間に真横からフルカウル状態の緑谷が飛び出してき、ドン!!と死柄木を遠くに押しやる。
「“最悪”は、先生を失う事!!ずっと!守ってきてくれた先生を、失う事です!!」
「緑谷、」
「合理的に行こうぜ!!」
割り込み、押しきった緑谷を援護する様に爆豪の徹甲機銃がドドドッ!!と炸裂する。
戻ってきてしまった2人の教え子に思わず相澤が立ち尽くしていれば、体勢を立て直したエンデヴァーが割り込み、もう一歩死柄木を一歩後ろに追いやる。
一歩、危機が後ろに去ったことに相澤の足代わりをしていた水島は、久方ぶりに大きく息を吐いた。
「緑谷くん…、あの泣き虫だった子が、」
彼は感慨深げにエンデヴァーと並ぶ緑谷と爆豪の背を見つめ、直ぐに前に立つ満身創痍の同胞に声をかける。
「九条さん、大丈夫、って、」
「お前…」
前に立つ九条の姿を見て、水島は青ざめ、ロックロックとマニュアルは思わず息を呑んだ。
「腕が…!」
彼の左腕、肘から下が無かった。
思わず緑谷や爆豪も振り返り、幼なじみの親代わりな彼が相当な深傷を負ったことに愕然とした表情をする。
が、当の本人はギラついた目のまま、
何も言わずにビリッと羽織を破り、キュッと切断面すぐ上を止血の為に縛り、あろうことか右手だけで刀を構え直した。
その様子を見ていた死柄木は、ポカンとしたあと、何か理解した様に「ああ、そのイカれた目、アイツに似てるな」と口角を上げた。
「瓦礫の下に埋めたが、腕は斬ってねえ」
「……」
「自分でやりやがったか」
「…、瓦礫から抜けられそうに無かったからな。時間もなかった。腕斬るしかねェだろう?」
アドレナリンが出まくっていて痛みも感じない。
死んでも立ちはだかりそうな狂気を携えたまま、そうニヤリと口角を上げた九条に「生粋の守護者か」とバカにした様に死柄木が笑う。
それを聞きながら、相澤は怒りとも悲しみとも言えぬ感情に苛まれた。
犬猿の仲である男が腕を落とした。自分を守る為に、一瞬の時間を作る為に、自分で自分の腕を落とし、前に立った。
そんな生き方、相澤は好きではなかった。
あの教え子に、梓に、こんな生き方をさせたくなくて、ひたすら一族の重圧から守ろうとしたのに、その生き方をした男に守られた。
「なんで、」
「……」
「そこまでして、」
そこまでして守ってほしくなどないのだ。
自己犠牲などクソ喰らえだ。
思わず非難をする様な声音を出せば、
「しょうがねェだろう」
「しょうがなくない、お前が腕を落として何になる!?“抹消”を消させないためとはいえ、ヒーローでもない無個性のお前が死に急ぐ必要は、!」
「、抹消なんて知るか!お前が死んだら、お嬢がすげえ泣いちまうだろうが!!」
相澤を上回る絶叫だった。
バッと振り返った九条は狂気を少しだけ引っ込め、目に涙を溜めていて、そんな切羽詰まった表情を見たことがなくて思わず水島達もギョッとする。
「知ってるだろうが、俺ァお嬢泣きやませらんねェんだよ!お前、勝手に甘やかしやがって!甘やかすんなら最後までお嬢の面倒みろや!!責任取れ!!絶対死なせてやらねェからな!!!」
「…………」
イカれてやがる、思わず呟いてしまったロックロックに、様子を静かに見守っていた西京は「結局、身内であの方が、梓様のことをいっとう大事に思っておられるのです。多少歪んではおられますが」と肩をすくめ、
動揺していたハルトや水島も、彼の叫びを聞き、彼の行動の意味を再確認し、納得している。
「とはいえ死ねば、姫様の御心を傷つけます。九条殿、血を流しすぎるのは些か心配ですよ」
「だから止血、してんだろが…!」
「お嬢、ねェ」
「「「「ッ!」」」」
地を這う様な、狂気じみた声。
バッ反射的に堅守の陣を組み直した東堂一族の彼らはその圧倒的存在感とおどろおどろしい殺気に冷や汗を流し、死柄木を睨む。
彼は、じっと九条を見つめ、口角を上げていた。
「お嬢、姫………、忘れもしねェよ、あの瞳、そうか、お前ら、東堂梓の身内か」
死柄木の口から出た少女の名前に、思わず緑谷は顔を顰め、爆豪は嫌悪感をあらわにするが、
「ああ、夏はウチの姫サマが世話んなったな」
「あのじゃじゃ馬は、近くにはいねェみたいだな」
「……、いてもお前さんにゃ渡さんがな。あの子は俺らの象徴、太陽だ。死柄木、お前がどんなに焦がれても、お嬢はお前の軍門には降らんよ」
「さて、それはどうかな」
何故そこまで執着するのか。
牽制するつもりでいたのに、全く揺らがなかった死柄木の言葉に九条は静かに眉間に皺を寄せた。
どうやら彼は、単純に梓を仲間に引き込みたいと思っているわけではないらしい。
殺したいと思っているわけでもない。
具体的に彼女に何を望んでいるかがわからなくて、探るような目で黙れば、ちらりと爆豪が振り返る。
「九条サン、」
「うん?」
「…アイツ、どんな状態でもいいから梓を側に置く気でいんだよ」
無理矢理でも、引き摺り下ろそうとしている。
そう吐き捨てる様に言った爆豪に、九条は妙に納得した。ああ、彼は奴がその思考に至った現場を神野で見たのか、と。
「ヒーローとか関係ねェ、守りてェもんだけ守るっつう、梓の思考。相手が誰だろうとどんな状態だろうと馬鹿みてェに屈さねェ、イカれた思考を、」
「そうか、守護の意志に感化され、それごと取り込みてェって訳か」
「あの目障りな光が消えるところが見たいだけだ」
少しだけ納得したように頷いた九条に、死柄木がゆっくりと構え、ぎろりと視線を向けてくる。
今度は、九条ではなくその後ろの相澤に。
「イレイザーヘッド、アイツにとってお前は、守りたいものなんだな。なら、あいつ、」
来るよな。
口角を上げ、ドッと死柄木が一気に距離を詰めてくる。
それに咄嗟にエンデヴァーと爆豪、緑谷が応戦し、
苛烈な戦いが再開された。
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