天喰はケンタウロスの姿で背に切島を乗せると気絶した梓を腕に抱え、真っ青な顔で仮免ヒーロー達の前に現れた。
同じく真っ青な顔をした砂藤と鉄哲が真っ先に3人に駆け寄り、鉄哲は切島に肩を貸し、砂藤は天喰の腕から梓を受け取り、横抱きにする。
「東堂…!気ィ失ってるだけだよな!?死んでないだろうな!?」
「…裂傷が酷いが、生きてるよ。応急処置を頼む」
震える手で少女を砂藤に託した天喰は、
名残惜しそうに彼女の頬に手を当てた。
数十分前まで元気そうにこの子と肩を並べて共同戦線を張ったというのに、今は酷い怪我を負い、気を失っている。
(この肩から胸にかけての傷は、致命傷ではないが確実に痕が残る…)
もっと早く駆けつけるべきだった。
先輩として、この危なっかしい後輩をフォローすると誓ったのに。
グッと唇を噛み、
「ここからは、俺が引き受ける」
天喰は梓の頬から手を離し、対ギガントマキアへの戦闘へと戻っていった。
ー
天喰からクラスメイトの少女を受け取った砂藤は、クラスの中でも特に華奢なその身体を抱えたまま、立ち尽くした。
群青のコスチュームだから一見目立たないが、酷い怪我である。
この身体で、あの化け物相手に持ち堪えたのか、と思わず砂藤は絶句した。
駆け寄ってくるクラスメイト達も皆不安げな顔で「砂藤、東堂は生きてんだよな!?大丈夫なんだよな!?」と涙声で訴えてくる峰田に、切島はコクリと頷いた。
「気絶してるだけだ」
「切島ァ!」
「東堂もだけど、お前もよくやったよ!!」
「本当にな!あのバケモン相手にヤベーだろ!」
鉄哲が指さした先には未だ猛威を振るう歩く災害がいた。
ギガントマキアは依然止まっていない。
麻酔瓶を口に投げ入れたのはつい先刻のこと。
薬の効き目が現れるまで時間がかかるのはわかっていたつもりだが、
奴の凶暴さは梓が戦っていた時よりもはるかにエスカレートし、現場には絶えず地響きと人の悲鳴が鳴り響いており、
それを呆然と見て立ち尽くす仮免ヒーロー達は皆顔色が悪い。
それでも、クラスメイトである東堂梓と切島鋭次郎の無事に安堵し、
八百万は創造のしすぎでふらついたまま、耳郎や尾白、他のクラスメイトと共に梓に駆け寄った。
「梓さん…!」
「梓!もう、無茶して…!」
八百万が創造したマットの上にゆっくりと彼女を寝かせながら、耳郎は震える手で梓の手を握る。
血塗れで、皮がめくれた手のひらは、ギガントマキアとの死闘を物語っており、
なんでこんなに無茶するんだ、と言いたい気持ちと、
彼女がここまで身体を張ってくれなければ麻酔瓶を口に放り込むことは出来なかったかもしれないという気持ちが綯交ぜになって、
言葉にならなくなって、耳郎は梓の手を握ったまま、唇を震わせる。
「…、っ、死ぬかと、おもった」
「耳郎さん…」
「尾白たちが、大砲、撃ってくんなきゃ、絶対真っ二つだったじゃん…」
震えた耳郎の言葉は、他の者の脳裏にあの光景をフラッシュバックさせた。
あの時、確実にこの少女はギガントマキアの間合いにいた。誰もが確実に死ぬと思った時に、砲弾の爆風で彼女の身体が傾き、致命傷は免れたものの、大きな怪我を負った。
梓は、即死を免れたことで強気の笑みを浮かべていたけれど、地上から見ていた側としては、洒落にならない出血量と戦闘量だったのだ。
畏怖するほどに。
「と、とりあえず手当てしてやらなきゃだ」
顔面蒼白の峰田が梓の羽織を脱がそうとするのをナチュラルに尾白がゲンコツで止める中、耳郎は助けを請うように八百万を見た。
「ヤ、ヤオモモ、止血、仕方わかる?」
「ヤオモモ、血が止まんないよ…どうしよう、」
すぐ隣で目を潤ませ、唇を噛んでいる芦戸にも請われ、八百万はパニックになりそうになる思考を深呼吸でおさめる。
そして、震える手で、梓の傷の具合を確認しようと手を伸ばした時、
「姫様!!」
悲鳴にも似た水澄の声に一同はハッと顔を上げた。
彼女は、自力でギガントマキアを回避し、自分たちがいる崖の上まで登ってきたらしく、大層息切れをしながら走ってくる。
後ろからは同じようにリンドウの家紋服を着た者達もついてきていて、
「…東堂、一族」
ぽつん、と骨抜が呟く。
水澄は梓の周りにできていた人だかりを、「御免!」とかき分けるとすぐに梓の側まで駆けつけ、
「姫様!!寝ている場合ではありませんわ!!」
あろうことか少女の肩を掴みグワングワンと揺らすものだからA組の面々は「「何やってんの!?」」と悲鳴にも似たツッコミで水澄を止めにかかった。
「ちょー怪我人なんだよ!?揺らさないでよ!!」
「ちょ、なんなんですかあなた!」
珍しく激しい口調の葉隠や、咄嗟に水澄を羽交い締めにした拳藤。
鉄哲や尾白は慌てて梓を守るように間に入っていて、
「誰だ!?また例の一族関係者!?」
「そう…!南の分家で梓の側近の水澄さん…最初から梓には友好的だったけど、」
「…当主としてってことだろ」
一度保健室前で九条達に会ったことがある鉄哲は周りに疑問を投げかけつつも、水澄を見てすぐに一族関係者だと察した。
すぐに説明してくれた耳郎と尾白の表情を見て、“一族関係は色々と厄介だ”と聞いたことを思い出す。
案の定、目の前の水澄は殺気を含んだ目で「どきなさい」と目の前の2人、尾白と鉄哲を睨んだ。
「ど、どかねェ。満身創痍で失神してんだぞ!?血だって止まってねェ!」
「少年、貴方が背に庇うのは、守護一族の当主です。ギガントマキアの猛攻はまだ止まっていない。解放軍だってまだ止め切れていない。寝ている場合ではないのです!」
「もう東堂は動けません…!さっきの死闘、あなたも見てたんじゃないんですか!?」
「………、動けます。まだ、姫様は、戦いの最中にいます。それを、あなた方もわかっているはず」
「……。」
静かに、そう強い瞳でそう言った水澄に、
なんだか痛いところを突かれた気がして、尾白は思わず黙ってしまった。
B組の拳藤や鉄哲は依然「失神してるんだよ!?動けるわけない!」「もう十分頑張っただろ!」と水澄を説得しようとするが、
尾白を始めとしたA組の面々は、水澄の言わんとしていることがわかり、少なからず動揺する。
耳郎は、顔色を悪くしたままぎゅっと梓の手を握る。まるでそれは、水澄から奪われないようにしているようで、切島も同じようにその手に手を重ねた。
「…、水澄サン」
「なんでしょうか、烈怒頼雄斗殿」
「もう、梓は死力を尽くしただろ」
「………、ええ、あなたの言う通り姫様は死力をつくされましたわ。ですが、姫様にはまだ守るべきものがあるのです」
「…、水澄さん、待って」
「……イヤホンジャック殿、あなたが姫様のいっとう仲の良いご友人であることは承知しておりますが、私情を挟むのは」
「わかるよ、言いたいこと。きっと梓は、起きたらまた戦いに行く。水澄さんの言う通り、守るもの守んなきゃって、自分の身の安全よりそっちを考えるバカだから…、」
「なら、」
「わかってるから、起こしたくないんだよ!もう十分だよ、これ以上無理したら死んじゃう。だってほら、プロヒーローですら、どんどん…、」
死んでる。
ギガントマキアの猛攻の後を見ながら思わず涙が溢れ言葉に詰まった耳郎に、思わず周りもブワッと涙がせり上がってきそうになる。
その涙を見て、思わず水澄が罪悪感に苛まれた、その時だった。
『うっ…、』
気を失っていた梓が呻き、
その目がうっすらと開いた。
「「「梓!?(東堂!?)」」」
ぼんやりと、空を眺め、
強く手を握る耳郎に視線を映し、ゆっくりと
意識が戻ってくる。
そして、
『……っ、私、気ぃ失ってた!?ったあ痛たたたた!?』
ガバッと勢いよく上半身を上げた彼女は全身の痛みに呻きつつ、すぐにあたりを見渡し、視界に切島を捉えた。
『切島くん!!』
「お、おう」
『良かった!無事か!ごめん私記憶飛んでて、君と一緒に空に上がってから、どうなったか……あ!!マキアは!?っていうか、気ぃ失ってどんくらい経った!?』
「叫ぶな!傷に障る!」
「姫様が気を失われてまだ数刻と経っていませんわ。ですが、ギガントマキアの進行はいまだ止まらず、すでに森を降り、住宅地を横断しております!」
『は…!?』
「あの化け物、姫様との戦闘後にもみるみる破壊力がエスカレートしていったのです。ご覧の通り、プロヒーロー達の抵抗虚しく、ギガントマキアはすでに遠くに」
水澄が指さした光景を見て、梓は絶句した。
『………』
抉られたような山肌、倒れたプロヒーロー達、まるで地面ごと削ったような痕は真っ直ぐ街まで降りていて、それ以降は土煙でよく見えなかった。
悲壮な面持ち表情で言葉を失った梓をよそに、水澄は続ける。
「わかっていらっしゃると思いますが、この戦いはまだ続きますわ」
『……。』
「姫様は我々の剣です、そして我々はそれを守る盾!ご命令とあらばすぐにでもギガントマキアを追いかけ、」
『間に合わないよ』
水澄を遮ったその言葉は、固く、辛そうに紡がれた。
_200/261