ギガントマキアの侵攻を阻むように嵐と共に空中に舞い上がった少女にクラスメイト達は絶句した。
クラスメイト達の周りにいつの間にか現れていた一族の面々も、怪我人に応急処置をしながらその光景を目の当たりにしていて、
その内の2人である梓の側近、香雪と水澄は、クラスメイトと同じく唖然とした様子で空を見上げていた。
「流石に無茶です…姫様」
「あの図体相手ならば空中戦は避けられぬ…梓様の武術は地上でこそ活きる、無茶が過ぎるぞ…!」
側近ですら動揺する梓の行動に、八百万の創造した大砲を扱っていた拳藤達も顔を青くする。
が、
《待って、ウチらの知ってる梓はこんな無鉄砲な奴じゃない!》
耐火服を着て八百万と共に炎の中で状況の把握を図る耳郎の声にA組の面々はハッとした。
「…、そうだよ、アイツは敵の力量が図れる奴だ」
「図った上で、あの行動、」
尾白、障子も今までの彼女の戦いぶりを思い出し、耳郎の言葉に同調し、そして、
この場にいるA組全員の脳裏に、福岡の一件が思い出される。
「まさか、」
《…ええ、そのまさかでしょう。梓さん、一世一代の囮作戦ですわ…!!》
《切島が奴に近づく音が聞こえる!麻酔瓶を切島に託す為に、梓がギガントマキアの的(まと)になるつもりだよ!》
彼女は“自分が一番前に出るから、後ろに倒れないように支えてもらえると助かる”と言っていた。
今がその時ではなかろうか。
そう考えたのは、A組だけではなかった。
「た、大砲だ!撃つ準備をするぞ!」
「少しでも、後ろから力添えを!」
B組や、唖然として空を見上げていた一族の人間達が彼女の守護に力を添えんと動き始める。
そして、小柄な仮免ヒーローの一世一代の大勝負が始まった。
ー
ーブォンッ!!
薙ぐように真横から現れた大腕を間一髪で避け、立て続けに自分を掴もうとしてくる右手を風のスピードで躱すと、梓はその手首に渾身の力で大太刀を振り下ろした。
『はァ!!』
ーガギィィンッ!
『硬すぎ…っ!!』
(手首切り落とせればと思ったけどコレは無理だな!!)
すぐに諦めると嵐を体全体に纏わせ、立て続けにくるギガントマキアの大腕を次から次に避けまくる。
(やばい、避けることに渾身の力を使ってる…!)
ブォンッ!ブォンッ!と体近くを腕が掠めるたびにその衝撃に眩暈がするが、梓は目に見えぬ程の雷のような速さでそれを避け切ると、少しの隙をついてギガントマキアの顔面に大太刀の斬撃を放った。
『ぜェ…ッ、疾風迅雷っ!!』
ーズガァンッ!!
「効かねェよ」
荼毘の声がギガントマキアの頭上から聞こえる。
チカチカする視界で見たのは、渾身の疾風迅雷をギガントマキアが手のひらで受け止めた姿だった。
『っ…、』
ヤバい、猛攻を避けるだけでもう息が続かない。
意識が飛びそうだ。
一瞬の隙を見出して爆発的に嵐を放出した技は、今出せる梓の最大火力だったのに、それすら手のひらで無かったことにされるなんて。
(…、歩く災害とは、恐れ入ったな)
自分の弱さを突きつけられ自嘲するが、
梓は諦めたわけではなかった。
インカムからは、身を案じる仲間の声が聞こえる。
(元より勝てないのはわかってる、ただ、時間を稼ぐ!!それだけ!!)
インカムからの声に背中を押されるように梓は狭窄し始めた視界の中で、ギガントマキアの猛攻を避けようと全身に嵐を纏った、
瞬間、
ーグググ…、
ギガントマキアの指がモグラのように鋭く伸びた。
『は…?』
まるでスローモーションのように、その何倍にも伸びた鋭利な爪のような指が振り下ろされる。
インカムからも後ろからも「避けろ!!」「頼む!避けてくれ!」という仲間達の悲痛な叫び声が聞こえるが、
(間に合わ、)
ードォン!!ドォン!!
確実に体が半分になる未来が見えたのに、
眼前まで迫った大きな手のひらに、砲弾が2発ぶち当たったことにより爆風で梓の体が後方に傾いた。
そのおかげで、間一髪、ギガントマキアの鋭い爪が彼女の眼前をブォンッ!と過ぎ去る。
衝撃波でスパンッと肩から胸元に掛けて裂傷が入った、が、即死は避けられたことで梓の顔には強気の笑みが戻っていた。
(みんなの、砲弾…!助かった!まだ動ける…!!)
止血は後回しだ。
砲弾の煙幕に隠れて、爪と爪の間を一気にすり抜けると、ギガントマキアの腕に着地し、ダダダッ!と一気に腕を駆け上がる。
そして、
『おまえとっ、正面戦闘したって…ッ私に勝ち目はないから、な!!』
ーズガァンッ!!
腕の上を走り、もう片方の腕の攻撃を持ち前の動体視力で最小限の被害で避け、
少しの隙を見て嵐を全力ブッパ。それは、ギガントマキアにではなく、奴の頭上を狙ったものだった。
咄嗟に荼毘達を守るようにギガントマキアの腕が頭上に被さる。
その一瞬の隙、猛攻が止んだ一瞬の隙を梓は見逃さなかった。
『っ、いまだ!!』
合図と共に体から雷光を迸らせ、ギガントマキアの目を眩ませ、
それと同時、いつの間にかギガントマキアの背をザグザグと硬化で登ってきていた切島が、すでに奴の口の側まで来ていて、
「俺は、烈怒頼雄斗!!俺の後ろに!!血はァ流れねえ!!」
魂の叫びと共に切島の手から麻酔瓶が放たれた。
が、トガヒミコのナイフによって妨害され、
しかし、切島は諦めていなかった。
「小蝿」
払おうと、ギガントマキアの腕が迫る中、彼はポケットに入れていたもうひとつの麻酔瓶、芦戸の麻酔瓶を手に取ると、ブンッ!と力一杯投げ入れる。
(東堂、芦戸、おめーの漢気は、俺が受け取った!!)
ーパキャ
口の中で瓶の割れる音がし、インカム越しに索敵組の《切島がやったぞ!》という歓喜の声が聞こえる。
狭窄した視界の中でも状況を理解した梓は、切島に迫るギガントマキアの攻撃を、
奴よりも素早く動く事で回り込むと、切島に抱きつき、そのままグォンッ!!と上空高く舞い上がった。
キィィン、と耳鳴りがするほどの高度に思わず切島は顔を顰めるが、それよりも、
この土壇場で自分を信じて命さえもかなぐり捨てる覚悟でギガントマキアを相手にした、満身創痍なクラスメイトを、溢れる感情のままぎゅっと抱き締め返す。
「っっ…梓っ、ありがとう…!!」
駆けつけてくれて、信じてくれて、頑張ってくれて。
色んな感情が混ざり溢れ出し、思わず涙まで出てきてしまって、少し恥ずかしくなってきて、
「梓…?」
彼女の顔を見ようと抱きしめる力を緩めれば、
だらん、と重力に従うように彼女の腕が下がった。
「は??」
周りに纏っていた風が消え、切島はやっと事態を察する。
「梓!?おまっ、気絶!?いま!?マジか!!!」
そりゃ凄い死闘だったけども。
まさかこんな上空で気絶するなんて。
真下はギガントマキアなのに、このままじゃ2人揃って死ぬぞ!?
言いたい事はたくさんあるのにヒューン、と自然落下が始まり、そうさせてもらえない。
「うわああああ!?」
ギガントマキアの頭上、敵連合まで真っ逆さま。
思わず梓だけは守らなければ、と切島が彼女を守るように固く抱きしめなおした、その時だった。
ギガントマキアの上空、自分たちよりは下空に、魔法のようなリングがギュン!と現れ、
ードッ!
乗っていた見慣れた人物がリングのまま2人の下に滑り込むとギリギリで2人を同時に受け止めた。
「っ、切島くん、梓ちゃん、無事か!?」
「た、環先輩!?」
2人の救世主となったのは、天喰環だった。
「なんでここに!?」
「…約束した、困ったら呼べと、駆けつけると」
「……、」
「でも、そうだな、この後輩は困っても人を呼ばない。もっと早くに駆けつけるべきだった」
フードに隠れた顔は真っ青で、彼は震える手で梓の怪我を確認しようとするが、それよりも早くリングがヒュン!と動いた。
「うわ!?なんだ!?」
「マジェスティックの個性“マホウ”だ」
「さぁ皆さん!インターン生に頼りっぱなしはここまでにしよう!…彼女らの頑張りに報いなければね!!」
沢山のプロヒーローが駆けつけ、そのうちの1人のマジェスティックが、熱い瞳で気を失った梓を見るとそう周りを奮い立たせた。
そして、プロヒーローvsギガントマキアの戦闘が始まった。
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