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「梓ちゃんが荼毘の気を引いた!今だ!」


震えているのに迷いのない声。
ポルターガイストの個性を持つB組の柳レイ子は信じられないとばかりに隣に立つ上鳴を見た。

彼はいつもおちゃらけていて、少し軽薄で、あまり勇猛果敢なイメージはないのに、梓の作った一瞬の隙を見逃さないように駆け出していて。

上鳴だけではない。
尾白も、障子も、青山も、
敵正面を彼女が担うから、とすぐに後ろに回り込んでいる。

柳だってこの場で一番厄介な個性を持つ荼毘をどうにか抑えなければと考えてはいたが、正直本物の敵連合とギガントマキアを目の前にして気圧された。
体が硬直したように動かなかった。
東堂梓の一撃で恐怖は吹き飛ばされたが、それでも、


(あの子の動きに合わせるように連撃するなんて、A組ウラメシすぎでしょ)


場数の違いを見せつけられた気がして、悔しくて、柳は上鳴のポインターを運ぶポルターガイストに力を込めた。


「東堂梓!ホークスどこにやったァ!?」

『、誰が言うか!言ったろう、あなたがあの人を狙う間は私があなたの敵だ!!』

「どーゆー状況だよ!?!?」


あのNo.2ヒーローを梓が守っている?彼が原因で会敵したのか?
思わずツッコんだ拳藤に切島が「よくわかんねぇが因縁あるっぽいな!!荼毘は梓に任せようぜ!」と思い切った事を言うものだから思わず拳藤はギョッとする。


「冗談でしょ!?梓が荼毘に敵うわけ…!」

「燃やされてお終いだろ!」


拳藤に鉄哲も同意見だと顔をしかめるが、それよりも早く梓の雨を纏った刀が荼毘の炎をぶった斬った。


ーザンッ!


「伸びる炎を、」

「斬って消火しやがった!」

「アイツがこの数ヶ月誰と特訓してたか、お前らも忘れたわけじゃないだろ!」


信頼しきった目の切島にそう言われ、拳藤がふと思い出したのは紅白頭の彼だ。
梓の相棒を自称し、最近ではメディアでも他称されてきた炎個性を持つNo.2の息子、轟焦凍。
彼の炎に慣れていれば、確かに荼毘の相手も不可能ではないかもしれない。


「…ハハ、だからって、あの高温に飛び込むのは勇気以前にちょっと頭バグってるよ」

「ああ、そうだな!だから引き際は俺らが見極めてやんねーと!」


そう言って切島が梓の背を追いかけようとした、その時。

突然、ギガントマキア上空に大量の瓦礫の山が現れた。
それは空中から電撃を喰らわせようとしていた上鳴のすぐ側まで迫っていて、

荼毘しか眼中になかった梓の視界が揺らぐ。


『上鳴くん!!!』

「よそ見すんなよ、お嬢ちゃん!!」


ぶわりと膨れ上がる炎、それを無視して上鳴を助けるため空中を蹴るが、
多量の瓦礫が上鳴にぶつかる方が早かった。


ードドドッ!!


「ぬ゛ぁ!?」

『っ、上鳴く、!』

「危ねー!山荘で電撃吸ってたもんなァ!思わずストック使い切っちまった」


全身に瓦礫をくらい、
ふらりと空中姿勢を崩し落下し始めた彼に、このままでは受け身も取れず落下してしまう、と風で掬い上げる。


『大丈夫!?』

「ッ…、梓ちゃ、おれに構ってちゃ、…」

「東堂さん!彼は私が引き受けるから!」

『柳さん…!頼む!』


風を操作して上鳴を柳に託した、瞬間。



ーボッッ!!


『なっ!?』


突然真横から放たれた爆風で、梓の体は一気に体を投げ飛ばされた。
踏ん張り用もないほどの突然の爆風でなす術もなく仲間たちも遠くまで吹き飛ばされる。


「「「うわああ!?」」」


(何、このくっさい風…!?体が、飛ばされ、)


空中にいたせいで踏ん張りが効かない。
嵐で相殺できるレベルでもない。

勢いよく枝をへし折りながら吹き飛ばされていれば、ふと、梓の腕を誰かがパシッと掴み、もうひとつの手が彼女の羽織をギュッと引き寄せた。

ガクン、と体が止まり、目を瞬いて自分を止めてくれた2人を見る。


「大丈夫か、梓!」

「東堂、ちっちゃいからって吹っ飛ばされすぎ!」


腕を掴み、羽織を掴んで体を止めてくれたのは、切島と芦戸だった。
2人は木に掴まって爆風を耐えており、梓を庇うように離さないように手を握ってくれている。


『三奈ちゃ、切島、くん、!』

「息切れしてる場合じゃねェ!梓、お前の力で、俺と芦戸の麻酔を奴の口まで届けさせてくれ!!」

「みんな吹っ飛ばされちゃったんだ、やれる奴がやるしかない!そうだよね、東堂!?」


振り返った2人の目はギラついていて、思わず梓は目をぱちくりとさせる。

なんとなく、自分がよくぎらついていると言われる言葉の意味が分かったのかもしれない。
この状況なのに少しだけ笑ってしまう。

『私に似てしまったら、相澤先生に怒られるよ』と笑い混じりに言いながら、梓が反撃の態勢に入った、次の瞬間。
激しい噴出音と共に視界いっぱいに真っ青な炎が放出された。

荼毘の広域火炎放射だ。

咄嗟に梓は握っていた刀にゴウッ!と嵐を急速に纏わせ、切島と芦戸を守るように自分の後ろに突き飛ばすと一気に嵐を放出させる。


ーゴオッ!!


「マジ!?」

「すっげ…」


斬撃で天蓋を作った梓に切島と芦戸は空いた口が塞がらなかった。
この技は轟との特訓でも見たことがない。
きっと、荼毘との連撃の中で彼の火力を思い知り、そして防ぐ為の技を編み出した。

大きな丸い嵐の天蓋は2人だけでなく、その後方にいた鉄哲達をも守る。


『いいか!?私の水量じゃ奴の火力は相殺できない!アイツの火力は焦凍くんを遥かに凌ぐ!』

「そうなの!?」

『うん!超熱い!今だって炎に触れた面から急速に蒸発していってる!だから、この広域火炎放射を私が中和する事はできない…、だったら!…三奈ちゃんの言う通り、いけるやつが行く』


最後の一言は、
炎の蒸発する轟音でかき消されそうになるほど小さな声だった。

梓の横顔は、口角が上がっており、そのギラついた目で切島や芦戸、その後方にいる鉄哲達を見やると、


『3秒後にこの嵐の天蓋を消す。…来れるやつはこの業火の中に来てほしい。まっすぐ進んで、ギガントマキアの口にそれを、放り込んでほしい』

「「「……。」」」

『わたしが、必ず、マキアと荼毘を止める』


そう言って、背負っていた大太刀に武器を持ち替えた彼女の恐れを知らぬ自信に満ちたその目に周りは魅せられる。人を焼く業火を前にして、できる気がしてくる。
この子なら本当に、誰も死なず、ギガントマキアを止めることができる気がしてくるのだ。

そうして、
超最前線、戦闘のカリスマは
意図せず仲間を鼓舞、戦意を奮い立たせた。





ーゴウッ!!

青い劫火によって天蓋が破られる。

瞬間、先陣を切ったのはやはり梓だった。
雨のベールもそこそこに一気に炎に突っ込み、青い炎によって姿が見えなくなる。


それにつられるように芦戸も飛び出していた。
小さなクラスメイトの背に引っ張られ、劫火を前に恐怖にすくみかけていた足が自然と上がるようになる。

すでに梓の背は見えないが、
まっすぐ進むだけだ。
まっすぐ進めばギガントマキアがいる。

その口に、この麻酔瓶を投げ入れるだけ。


(大丈夫、粘性アーマーで火には捕らわれない!行ける!行ける人がやらなきゃ!恐怖ですくむ心を、溶かして…、東堂の、力に!)


青い炎を抜ける。

視界が広がり、最初に芦戸の目に飛び込んできたのはギガントマキアの大きな口だった。
その上顎にはMt.レディの手が掛けられており、傷だらけの彼女がギガントマキアの上から無理やり口を開けさせているように見える。


「アーンしなさい!ほら、アーン!!」


口に何かを放り込もうとしている自分たちを見ての、Mt.レディの助太刀。


(今だ!!)


芦戸は一気に開けた炎の道を突破すると、麻酔瓶をギガントマキアの口に放り込むべく振りかぶった。

が、


「二度と集らぬよう、払うが最短」


ゾッとするほど低い、押しこもった声。
不機嫌で重々しいそれは、希望の光を易々と消すほどに空気を一変させた。


「あ。」


目の前でMt.レディが頭を掴まれ、轟音と共に軽々と投げ飛ばされる。
そして、ギガントマキアの殺気立った目が自分に向いた時、芦戸は数秒前に梓が言った事を思い出していた。


“奴に、殺気がない!今がチャンスなんだ!!”

“前進することに全振りしてて、多分周りを敵とは認識してない!なら、まだ、抗う手立てはある!”


あの時は、殺気?敵とは認識してない?どういうことなんだろうと思っていたが、今ならわかる。


(コイツ…、私らを排除する方向にシフトした…!)


今がチャンスと言っていた梓の言葉を痛感する。
殺気を向けられ、恐怖で全身が強ばり、手足の感覚が無くなる。

投げようとしていた麻酔瓶も震える指先からすり抜けてしまい、
ああ死ぬ、終わった、そんな絶望と共にじわりと目に涙が浮かぶ。

ギガントマキアの大きな手が芦戸を叩き潰そうとぐわりと真横から現れ、その大きな影が彼女を暗く覆った時、


ードンッ!


後ろから炎を切り裂いて現れた切島に強く体を押された。

投げ出され、体勢を整えられないまま振り返れば、彼の体がギガントマキアの巨大な掌に押しつぶされる所で、


「っ!きりし、」


刹那、


ーガギィィンッ!!


その巨大な手を下から弾くように青い光が真上に登った。

梓が間一髪で手のひらの下に滑り込む、切島が潰される直前に最大雷力で上に向かって斬撃を飛ばしたのだ。
その威力、本来であれば天高く登っていたであろう雷柱もギガントマキアのパワーを弾く程度にしかならなかったが、
その一瞬の内に彼女は切島と共に手の下から脱出していて、

涙で潤む視界の中一部始終を見ていた芦戸は、鉄哲に支えられながら安堵と恐怖、そして悔しさにぎゅっと唇を噛み締める。


「っ、」

「行くぞ!!立てる!?マッドマンが沈めて消火する!」

「て、鉄哲、切島と東堂を、」

「ああ!あんにゃろ、燃えねえだけで熱ィだろうに、俺より早く!突っ走っていきやがった!」


芦戸を一旦炎から遠ざけようとする鉄哲の声は震えていた。


「お前もだけど、A組…なんなんだよ、根性やべェだろ!切島もだが、東堂!!切島は硬化で潰れねェが、アイツは違う!なのに、あの手の下に体滑り込ませて、攻撃逸らしやがった!!」

っ、先見据えてんの、アイツはいつも、戦いのその先を見るから、」

「は?」

「なんかわかんないけど、切島は何があっても折れないって、東堂は、すごく信頼してる。ギガントマキア相手に、東堂は有言実行で一矢報いるつもりで、その為に、当然切島はついてくると思ってて、だから、硬化の耐久性を削らせない為に割って入ったんだと思う…!!」


半泣きな芦戸の言葉に鉄哲は思わず絶句していた。


麻酔瓶を放り込む事を諦めたわけではなかったが、ギガントマキアがこうも攻撃的になった以上、体勢を立て直す必要があると思っていたが、
2人は違った。

切島と梓は、未だ戦場にいる。
梓は直ぐにギガントマキアの殺気が膨れ上がったのを感じ取ると、
麻酔瓶を持ち、かつ戦意が衰えていない切島を助け出し彼と共にまた一歩前に踏み出したのだ。

切島の硬化の耐久力を削らせない為に、一か八かギガントマキアの腕力を嵐フルパワーで相殺してまで。


(その、2人は今どこに、)


ーゴゴゴ、


地響きと共にギガントマキアが立ち上がる。
あたりを見渡しても2人の姿が見えず、


「蝿は払った。同志よ、掴まってろ」


地を這うようなドスの効いた低い声でギガントマキアがそう呟くと手のひらに乗せた連合の敵達を自分の頭の上に乗せるような仕草をする。

このままでは行ってしまう。
と、誰もが焦燥したその時だった。
炎と土煙からボフッと1人の少女が風と共に上空に舞い上がった。

ひらりと舞う羽織は所々焦げているが、五体満足で彼女はバチバチと雷と風、そして水を自分の周りに凝縮し漂わせながらギガントマキアの真っ正面に浮く。


「「東堂!!」」


芦戸と鉄哲の声が重なり、あちこちから彼女の名を叫ぶ事も聞こえるが、
彼女はギガントマキアしか見えていないようで、

その目はギラつき、挑発するように口角を上げ


『誰を払ったって?』


初めて彼女の全力の殺気を目の当たりにした気がして、芦戸は息をのんだ。
それは恐怖で周りを覆い尽くすようなギガントマキアのものとは違い、澄み渡る空気の中でビリビリと雷のようにギガントマキアだけに向けられたものだった。

インカムの向こうから、八百万の《無茶です!!》という悲痛な叫びが聞こえ、ハッとする。


(いくらなんでも戦いにシフトしたアイツに東堂が敵うわけない!)


《挑発するな!何考えてんだ!》
《一旦体勢を立て直すぞ!》
という瀬呂や骨抜の焦った声がインカムから聞こえ、鉄哲と芦戸も同じ気持ちで顔を見合わせると梓に届くよう大声を出そうとする、が、


「小蝿が、まだいたか」


時すでに遅く、ギガントマキアの目はすでに梓を捉えていた。


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