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梓の嵐がギガントマキアに炸裂する数分前。

Mt.レディを持ってしても止まらないギガントマキアの進行は、プロヒーローを、そして梓の側近とその分家一派を絶望させていた。

山荘側に配置されていた梓の側近、水澄と香雪は顔を青くしたまま成す術もなく木の上からその進行を見つめる。


「歩く災害、ギガントマキア…プロヒーロー達ですら歯が立っていませんわ…!アレを止める術などあるのですか!?」

「Mt.レディが対抗できないとなると力押しでは不可能なのではないか」


そもそもあのレベルの敵であれば自分たち個性の使用を許されていない一族が刀で対抗できるはずもない。
無力さに眉間に皺を寄せていれば、木の下から「香雪殿!」と同じ分家の者に声をかけられ香雪は下を向いた。


「なんだ!」

「御当主様はどちらに!?」

「………」

「まさか、お逃げに、」

「それはない。無礼が過ぎるぞ」


香雪は舌打ちをすると水澄と目を合わせ、インカムに触れた。


(梓様の実力に半信半疑の者どもがそろそろ騒ぎ始めるな)


香雪が所属する北の分家は元々カナタ派である。
インターンでの梓の活躍を垣間見、此度の動員に賛同した者が半分以上はいるのだが、
とは言ってもまだ梓の実力に対しては半信半疑だ。

その理由は、インターンでの相澤の取材制限にある。
そばで見ている香雪達側近からすれば梓はプロヒーローと遜色ないほどの活躍をしていたが、彼女のメディア対応がポンコツなことを心配した相澤が取材に対して制限をかけたせいで分家側が梓の活躍を目視できる機会が減ったのだ。


(イレイザーヘッドの過保護が無ければもっと動員できただろうし、梓様の実力に対する信用も今の比ではなかっただろうに…)


ずっと気に食わないと思っている主上の担任の黒尽くめの男を思い返す。
気に食わないが、先程病院側から繋げられた側近+梓のグループ回線で相澤が危機に瀕していると聞き、そしてハルト達がそれを阻止するべく動いていると聞き、柄にもなく彼の無事を祈った。


(ここにきてハルトの未来視が役に立つとは。生きているかどうかもわからない瀕死状態とは、向こうもとんでもないことになっているのだな…)

「香雪、いかが致します?“歩く災害”ギガントマキアの進行と、先程のハルトからのグループ回線を聞くに、恐らく蛇腔病院側が失敗したのだと思われますが、わたくし達には現状できることがありませんわ」

「…そうだな。梓様は先程の通信でハルト達に“こちらでやるべき事を終わらせたら駆けつける”と言っていた。つまり、あのお方の性格上…このギガントマキアの進行に一矢報いようとされるのではないかと考える」

「ご冗談を。Mt.レディ殿が投げ飛ばされるほどの力を持っているのですよ。姫様はお強いですが、正面切って敵うはずがありませんわ」


驚いた表情の水澄にそう言われ、「それは…そうだが、」と香雪は口籠もっていれば、
水澄は考えるように頬に手を当てて、


「それよりも、姫様は…蛇腔病院側に駆けつけると仰っていましたわ。ここから80キロの道のりを姫様のスピードで行ったとしても些か時間がかかり過ぎます。どうされるおつもりなのでしょう」

「そこは俺の出番だと考えているよ」


はっきりと香雪がそう言えば、今度は水澄は大きく目を見開いた後、睨むように香雪を見た。


「…まさか、香雪。転送の個性を発動させるおつもり?お言葉ですが、貴方の個性は方角しか指定できず、距離も場所もランダムでしょう!それに一度転送したら貴方は数日寝込んでしまいますし、そもそも貴方の思い入れのある者しか転送できませんのでしょう?」

「ああ、方角のみ指定した一か八かの転送術。それしかあのお方を蛇腔に届ける可能性のある道はないと思うよ。そして、俺にとっての主人はあの人しか考えられない。転送できると、確信しているよ」

「………元カナタ派の言うことは信用できませんわ。それに、転送術はリスクを伴いますから、不確かなものに姫様の命を預けるなんて、わたくしは反対です」

「まあそこは、梓様のご意向に従おうじゃないか」


元カナタ派の呪縛はいつ解かれるのやら。何度も現当主をお慕いしていると言っているのに。
香雪は苦虫を噛み潰したような顔で進行を続けるギガントマキアを眺める、

と、その時。
彼は、ギガントマキアの進行方向を見てある事に気づき、思わず眉間に皺を寄せた。


「っ、まさか、あのデカブツ、真っ直ぐと蛇腔を目指しているのではないか!?」

「…っええ!?」


香雪と水澄の大きな声に、周りにいた分家の人間達もギョッとした。
つまりそれは、市街地を通るということだ。


「香雪殿、ご冗談でしょう!?あの巨体が市街地を縦断するとなれば、未曾有の大災害になりますぞ!?」

「よく見てみろ!争うプロヒーローを攻撃するというよりは、払い除けている!前に進むために邪魔なものだけ排除していると考えられる!」

「そ、そんな!…あんな巨体が街に降りてみろ、人が大勢死ぬぞ!?」

「今から避難誘導に向かうか…!?」

「間に合うわけがなかろう…!もう数分もないぞ!」


顔を真っ青にしてザワザワと騒ぎ始めた南の分家と北の分家の者達だったが、
本家に側近として登用されている水澄と香雪がスタッと木の上から降りてきて、「話している場合ではありませんわ(ない)!」一目散にどこかに向かって走り出したものだから慌ててそれを追いかける。


「水澄、其方いったいどこに向かうつもりだ!」

「香雪!お前も、」


「っ、よく聞け北の分家の者達よ!奴の進む先には、御当主の友人達が控える陣がある!!蛇腔との一直線上にあるのだ!」

「姫様はたとえどんな状況に置かれていても、たとえ相手がギガントマキアであろうとも、ご友人を守るためにその陣に馳せ参じると断言できますわ!!」

「「「はァ!?」」」


そういうお方ですもの!と断言する水澄は鬱蒼とした森の中を物凄いスピードで駆けていく。


「南の分家の者達よ、ここからは命の危険が伴いますわ!わたくしは、姫様が命懸けで守るであろうヒーロー科の彼らを、共に守りとうございます!同じ志の者は付いてきてください!」

「水澄、お前何を言っているのだ!Mt.レディや他プロヒーローがなす術もなかったギガントマキア相手に仮免ヒーローである姫様が太刀打ちできるはずもなかろう!?」

「わたくしもそう思っておりましたが、ヒーロー科の彼らの陣を縦断するとなれば話は別ですわ…!太刀打ちできるかできないかなど関係なく、必ず、姫様は友人の為にギガントマキアの前に立ち塞がるはずですもの!」


清々しいほど梓を信じ切った発言をする水澄に思わず香雪は笑っていた。
周りの分家は理解し難いとばかりに困惑していて、何事においても冷静な香雪が止めるだろう、とチラチラこちらを見てくるが、残念ながら期待には応えられない。

香雪も水澄と同じ考えなのだ。


「正直我々は、正面戦闘では何の役にも立てぬだろうが、フォローアップとなると話は別だ!梓様のご友人は仮免ヒーローとは言えまだ年端もいかぬ学生である!戦場での引き際、怪我人の回収、土壇場での攻撃回避は我らでも通用する!後ろに我らが控えれば、梓様の負担は減る!そうだな、水澄!?」

「ええ!そういうことですわ!ですが、人が多くても姫様のお邪魔になりますから二手に別れましょう!!」

「ああ、俺と水澄、そして、北と南の分家所属で俊敏さや危機察知、攻撃回避に長けている者の中で、この先に進む気概のある者は我らに続け!他の者は至急街に降りて住民避難だ!!」


大声で、訳もわからず後ろから追いかけてくる分家の人間にそう指示を出せば、困惑の色が広がる。

なぜ側近2人が梓が現れると確信を持っているのかもわからないし、そもそも仮免ヒーロー達が進行方向にいたとしてもきっと避難しているだろうし、と違和感づくめなのだ。
だったらば、早く街に降りて避難誘導した方が人を助けられるのでは、と1人また1人、離脱していく。

が、ふと水澄が振り返り、そのギラついた目が自分の分家の人間達を捉え、


「よいものが見れますよ」


刹那、



ーズドォォンッ!!!



耳をつんざくほどの落雷音と、暴風、眩い閃光がギガントマキアの頭上から炸裂した。

まるで神の天罰のように叩き落とされたとんでもない破壊力の嵐。
その青い雷光はまさに希望の光のようで。


「あのお方は、自分ではない誰かのために、信じられないような力を発揮するお人なのです」


慈しみを込めた香雪の言葉に、
分家長達は今までグダついていた思考を振り切りすぐに人員を二手に分けると、嵐が降り立った地点に向かって走り出した。





間に合った。

A組3トップが1人、東堂梓の嵐槍は、爆音と共にギガントマキアを地中深くに沈めた。

梓の最大火力攻撃と骨抜の罠で沈んだギガントマキアの顎裏に峰田のもぎもぎとロープがくっつく。


「位置ドンピシャあ!」


まずは計算通りに行ったことに耳郎は安心していれば、視界に群青が過った。



「梓!」

『っ!みんなお待たせ!』


攻撃した勢いのまま味方陣地に現れた梓は羽織をはためかせて勢いを殺すように地面にズザザッ、とスライディングし、それでも止まらなくてザクッと地面に刀を突き刺す。

そしてその刀を軸にクルンと横回転すると、
ダンッ!と雷混じりのスタートダッシュを決め、


『さァ、一矢報いてやろう!!』


今までにないほどギラついた目で、
今度は誰よりも早く前に出た。


「ゴーゴー!!」

「ゴー!!総員、リンドウに続けッ!!」


梓の飛び出しに咄嗟に反応した耳郎と障子の号令で、嵐の大規模攻撃にポカンとしていた面々も一斉に動き始める。


「多勢に無勢をお許しください」


塩崎が茨のツルでギガントマキアの顔を拘束し、顎裏に付いたもぎもぎとロープを拳藤、砂藤、宍田のパワートリオが一気に引っ張る。


「立ち上がられたら望み薄ですぞ!!」

「寝ぇぇてぇぇろォォ!!」


硬く閉ざされたギガントマキアの口。
パワートリオですら太刀打ちできない程の強靭な力をもつ奴の頭には連合メンバーが乗っており、当初の予定通り尾白、障子、青山が後ろから回り込み、

それを援護するように横から耳郎のイヤホンジャックが連合に照準を合わせる、が、
一瞬でそれに気づいた荼毘の炎が耳郎に向けられる。


ーゴウッ


「い゛っ」


うめく声に思わず八百万が「イヤホンジャック!」と心配そうな声音を出すのとほぼ同時、やり返すように雷光が荼毘を襲った。


ーズガンッ!


『荼毘…誰に炎、向けてんだ』


その物凄いスピードで戦場を駆け抜けた嵐の一撃を放ったのは耳郎の1番の友人である梓。
彼女の目はギラリと殺気に燃えていて、
すかさず嵐を炎で相殺した荼毘は同じように殺気の帯びた目で彼女と目を合わせた。


「……、奇遇だな、2戦目行くかァ!?」


狂気の篭った目でそう怒鳴る彼の口角は上がっており、彼のその言葉が聞こえていた周りの仮免ヒーロー達は、梓と荼毘が最前線で一度やり合ったことを察した。


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