195激突
ファットガムと別れた上鳴、骨抜、小森は自力で仲間達の元へ戻ってきていた。
ただいま、とやり切った顔で戻ってきた3人にクラスメイト達はホッと一安心するが、
その内の1人、上鳴がしきりに後ろを振り返っていて、彼の眉が心配そうに下がっていて、A組の面々は嫌な予感がする。


「チャージズマ?どしたの」

「耳郎、それがさ…、梓ちゃん…、リンドウとツクヨミが戻ってこねーんだよ」

「「「は!?」」」


まさかの事態に耳郎達A組メンバーの声が揃った。
聞こえていたB組の鉄哲や拳藤も、「どういうこと!?」と骨抜と小森を見遣る。


「ツクヨミが、“ホークスがピンチだ”っつって飛び出して、それを」

「リンドウが追いかけた。違うか?」

「…当たり。さすがA組、わかってるね」


骨抜の言葉の途中で梓の行動を当てた障子は「あいつがやりそうな事だ」と瀬呂と一緒にやれやれと肩をすくめている。


「でも飛び出したのがツクヨミって意外」

「確かに、逆っぽいもんね」

「どっちが先でも、リンドウの引き際の判断はポンコツだからツクヨミが冷静でいる事を願うしかねーな」


葉隠、芦戸、瀬呂の会話に混ざるように「2人を連れ戻しに行ったファットガムから、ついさっき“そのうちこっちに合流すると思う”って連絡きたから、多分無事っちゃ無事」と上鳴がインカムをちょいちょい触りながら言うが、彼の顔から心配の色は取れない。


「でも、2人とも空飛べんのに全然合流してこないから、まさか何かあったんじゃねェかって不安でさ」

「何かあってもあの2人なら、ちょっとやそっとじゃやられねーだろぉ」


心配しすぎだって、と余裕そうに肩をすくめた峰田を耳郎はギロッと睨むと、地面に刺していたイヤホンから友人の音を探し出そうと集中した。


「みんな静かに。もし梓がどっかで戦闘中なら落雷音凄いはず…」

「おお、耳郎ジャック頼むぜ!」


友人の音はずっと聴き慣れた音だ。
もしも彼女が戦闘中であれば、このたくさんの音の中でも聞き分けられる自信がある。

だが暫くして、耳郎は補足した音に大きく目を見開くと「うわあ!?」と後ろにひっくり返りそうになりながら地面からプラグを抜いた。


「どうした耳郎ジャック!?」

「ヤバイ!」

「梓さんに何か!?」

「いや、梓じゃなくて、」


梓の雷音を探す最中、全ての音をかき消すような地響きを聞いたのだ。
大きく目を見開いたまま伝えようとした時、側にいたプロヒーロー達が慌ただしい空気に鳴る。


「なに!?包囲が突破された!?」


“包囲が突破された”

そのプロヒーローの声にその場にいた仮免ヒーロー達は思わず身を固くし、ごくりと息を飲んだ。
包囲が突破されたと言う事は、すなわち、自分たちにも出番が回ってくる可能性があるということ。

そして、ヒーローが集結しているにも関わらず突破されたという事実は、仮免ヒーロー達の大きな動揺に繋がった。

思わず「え。」と声を漏らした峰田に被せるように耳郎はプロヒーロー達に「めっちゃデカイのが向かってきます!!」と叫ぶ。


「ちっ、前に詰めるぞ!ラインを下げるな!」

「インターン生はその場で待機!」


プロヒーロー達が前線の方角へ向かう。


「ヒーロー集結してんだろ…?何で状況が悪くなるんだよ!!」


愕然とした峰田の叫びがプロヒーローがいなくなり一気に手薄になったその場に響いた。
辺りの空気が重みを増し、押しつぶされそうな不安や心配が息苦しさに繋がる。


「なに、このデカい音…どんどん向かってくるんだけど!障子、なんか見えない!?」

「Mt.レディは!?止められねェのか!?」


焦る耳郎と切島の問いに障子が複製腕を伸ばして状況を確認するが、見えたのは投げ飛ばされたMt.レディの姿だった。


「っ、投げ飛ばされたようだ」

「投げ飛ばされたァ!?Mt.レディが!?」


顔色を青くしたのは峰田だけではなかった。
誰もが体を強張らせ、どうすれば良いか分からず、場が静まり返る。
と、その時、


《…聞こえるかしら、クリエティ!!》

「ミッドナイト先生!?」


ミッドナイトとその場にいた仮免ヒーロー達のグループ回線が繋がった。
次の行動を決めあぐねていた彼らは「ミッナイの通信だ」と、インカムに集中する。


《状況は…、わかってるね?》

「ええ、耳郎さんの“音”と障子さんの“目”で!」

《力押しでは誰も止められない。眠らせたい》


何を眠らせたいのかは、何となく分かった。
この向かってくる巨体をだ。
ただ、なぜそれを、眠りの個性を持つミッドナイトがわざわざ自分に言うのかわからなくて、八百万は「え!?」と思わずインカムを抑えた。


《…法律違反になっちゃうけど、事態が事態よ》


インカム越しの声が掠れている気がして、やり取りが聞こえている面々は最悪の事態を想定してごくりと唾を飲む。


《麻酔で、眠らせるの》

「何を仰っているのですか、先生!?」

《ヒーローに、麻酔を渡して…!その場を、離れなさい…!難しければ…すぐ…避難を…!》


息も絶え絶えの声がインカム越しに仮免ヒーロー達達の心を揺さぶる。
自分の専売特許である“眠り”を八百万に託す判断をしたこと。
それは、ミッドナイトが戦線に立てない事を意味しており、骨抜や障子といった察しのいい面々は身を固くし、


《あなたの判断に…委ねます》

「先生?…先生!?」


プツンと切れた回線は彼らの不安を増幅させた。

A組、B組関係なく八百万を中心に集まり、それぞれが不安げに目を合わせる。


「何だよ…今の通信…」

「ヤオモモに委ねる?」

「眠らせるって…何で先生がやらねんだよ……」

「ミッナイが…なんで、」


上鳴の声が震える。
「それが出来ない状況って、ことだろ」と冷静そうに言う骨抜も、心中穏やかではなかった。
重苦しい空気が辺りに漂い、ミッドナイトから判断を委ねられた八百万はグッと、震える手を抑える。


(どうしよう…どうすれば、)


危険が重苦しい地響きとともに迫ってくる。
耳郎でなくとも聞こえ始めたそれに八百万はますます追い詰められ、胃が捻りあげられたかのようにキリリと痛む。


(どちらにしろ、逃げろと…、先生…!)

「どうする!?ヤオモモ!」

「俺たちこのまま、尻尾巻いて逃げろって」


急かすクラスメイト達の声で焦り、震える手をどうにか抑えようとグッと拳を握った時、


《ザザ…、》


インカムが、また繋がった。

ミッドナイトからだろうか、と
八百万だけでなくその場にいた全員がハッとインカムに集中するなか聞こえてきたのは、


《ももちゃんッ!!私、そっちに今向かってる!!》

「「「「梓(さん/東堂)!?」」」」


惚れ惚れするほど真っ直ぐで、澄み切った強い声。
それはその場にいた彼らの耳を大きく震わせた。

誰かを認識した瞬間、八百万は思考停止していた自分の頭が急速に回転し始めるのを感じる。


「梓、さん…!」

《通信は聞いてた!!大体のみんなの居場所はわかる!駆けつける!間に合わせるよ!!》


インカム越しにドンッ、という雷の音が聞こえる。
きっと全力でここに向かってくれているのだ。

息切れしているが、“間に合わせる”という自信に満ちた梓の声を聞き、ぶわりと謎の安心感と、勇気が湧いてくる。
この状況の最中、ふと八百万は、前に彼女に言われた言葉を思い出していた。


“百ちゃんの頭の良さは武器だから、きっと仲間を助けるよ”


(そう、あなたが…そう信じてくださるなら、)


頭の中で作戦が急速に構築されていく。


(この行動は、きっと仲間の…為になると、私も私を信じることができますわ)


八百万は、焦りで頭が働かないなりにも、ぼんやりと考えていた作戦があった。
それを遂行する為には、撹乱力と戦闘力が絶対に必要で、でも現在のメンバーでそれを補えるかが不安で彼女は決めあぐねていたのだが、
A組随一の戦闘力を持つ少女がそのぽっかり空いた最後の部分にハマった今、彼女のオペレーションに不足な部分などない。

まるで八百万が考えていることがわかっていたかのように“そっちに向かっている”と“間に合わせる”と開口一番にそう言った梓。
その期待に応えるように、八百万はグッと前を向いた。


「“イヤホンジャック”!“テンタクル”!」

「「!」」

「音の位置から距離とここへの到達時間を!巨人の大きさを目算でいいのでお伝えください!!“マッドマン”あなたの力もお貸しください!!」


叫ぶような指示を飛ばした八百万は真っ直ぐ前を見据えていて、
「皆さん動く準備を!!」という彼女の指示に彼らは弾かれたように顔を上げると、大きく頷きすぐに指示通り動き始める。

しかし、ギガントマキアは直ぐそこまで迫っており、「つーかもう見えてるし!速いよ、10秒もかかんない…」と耳郎が不安げに眉を下げた、

その時、
耳郎の耳をガガガ、というMt.レディが引き摺られるような音が震わせ、ギガントマキアのスピードが緩んだ。


「!!減速した!でも、少し、」

「約25メートルだ!Mt.レディより大きい!!」


少しでも時間が出来ればそれだけ準備ができる。
八百万は「敵に背を見せるヒーローになれと…教わった事はございません」と真剣な目でミッドナイトの指示通り麻酔を生成し始める。


「ったりめーだ!」

「私は…戦います…!皆さんは、」

「言うな!ヤボだぜ。コス着て外出りゃヒーローなんだ」


グッと無理やり口角を上げてそう言ったのは上鳴で、怖いだろうに彼はしょうがなさそうに笑うと、


「それに、梓ちゃんこっち向かってんだろ。俺らがどうしようが、あの子、多分突っ込むから、俺らが引き際見極めてやんねェと!!」


冗談めかしたその言葉に思わずA組の面々は「確かに」と口を揃えて笑い、
八百万はそんな彼らに後押しされるように「ここで迎えうちます!!」と強い光を放つ目で前を見据えた。





「背中から青い炎が見えた。恐らく連合が乗ってる。…東堂は危ないんじゃないか」


そう苦虫を噛み潰したかのような声を出した障子に耳郎は「止めたって止まんないと思うよ」と肩をすくめるとインカムを手で押さえた。


「梓、連合いるって。こっち来ない方がいんじゃない?」

《え!?関係ないよ!向かうね!!》

「はいホラ、一蹴」


やれやれと両手を上げた耳郎に(そうなるよな…)と障子も微妙な顔で頷く。


《それより、耳郎ちゃん!オペレーション教えて!》

「ああ、うん!ヤオモモが生成した麻酔液の瓶を口から放り込むの!その為にB組の骨抜が地面柔化させたり、地面に爆弾埋めたりしてる!」

《そう!他は!?》

「…ヤオモモ!」

「ええ、聞こえていますわ!恐らくイヤホンジャックが聴き取った雷音の位置からするにリンドウが到着するのとあの巨人が到着するのはほぼ同時刻です。瓶を渡す余裕はないでしょうから、」

《ああそう言う事!じゃあ、ギガントマキアとの正面戦闘は私が引き受ける!!》


八百万の説明を遮っての漢気発言に、グループ回線で聞いていたA組B組の面々は「躊躇いなさすぎんだろ!?」「Mt.レディが投げ飛ばされた巨大だぞ!」とギョッとした。

指示を出そうとしていた八百万も思わず面食らっていて、


「梓さん!?確かに、最前線での撹乱と投与を試みるメンバーの補佐をお願いしようとは思っていましたが、戦闘だなんて…!!」

「無理があんだろ、梓!」

「無理っつうか無謀だ!!」


流石にそれは看過できない、と切島と骨抜がインカムで割り込むが梓にそれよりも大きな声で
《奴に、殺気がない!今がチャンスなんだ!!》と叫び返され、ビリビリとその場に彼女の闘気が立ち込めた。

どうやら、無鉄砲に突っ込むわけではないらしい。


《前進、することに全振りしてて、多分周りを敵とは、認識してない!!なら、まだ、抗う手立てはある!!》


最前線で戦った後の全力疾走で流石に息切れしている彼女の途切れ途切れの声がインカムを震わせる。


「殺気がないって、」

「どうやったらわかんだよ…!」

「でも確かに、周りを攻撃するってよりは前進する音って感じだよ!〜ッ、梓、あと10秒もない!!」

《耳郎ちゃんそっち何人いるの!?》

「A組は知ってるでしょ!?B組は、えっと」

「11人!私と鉄哲、宍田、茨、骨抜、希乃子、切奈、黒色、あと梓と戦った3人!」

《一佳ちゃん!?ありがとう!》


えっと、3人って小大さん柳さん庄田くんか、と梓は思い出すように小さくつぶやくと、スゥッと息を吸い込み、


《A組は兎も角、B組の方々!わたしが一番前に出るので、後ろに倒れないように支えてもらえると助かります!!》

「「「「!」」」」


A組ではなく、B組に向けられたメッセージ。

それを聞いて、拳藤の脳裏に、花が咲いたように笑う隣のクラスの友人が浮かんだ。
平均よりも華奢で、とてもじゃないけれど強そうには見えないのに、林間合宿で見た“漢気”の背中はどこまでもかっこよかった。

心が震え、思わずインカムを押さえた拳藤は、同じように決意に満ちた表情をする鉄哲と目が合い、


「「「任せて!(任せろ!)」」」


自然と、2人の返答が重なった。
2人どころか骨抜も被っており「お望み通り、お膳立てするよ」とメットの中でニヤリと口角を上げていて、そんな3人を見て他のB組の面々も気合を入れる。

一方その頃、A組の面々は、各々顔を見合わせて苦笑していた。


「A組は兎も角〜、だって」

「ハハッ」


まるでA組は当たり前に隣に並ぶだろうと言わんばかりだ。

無条件に信頼し、それどころか少しだけ乱暴に戦線に引っ張られた気がして、心地よく、思わず笑みが溢れる。


「これぞ、君ならできる!の問答無用最上級バージョンだよね!!」

「ったく、迷惑な奴だよな!やる気になっちまうじゃねーか!」


葉隠と砂藤がグッと気合の拳を作り、その隣では「当然、隣に並ぶって思ってるよねアイツ」「いいじゃん、合ってるし」と耳郎と上鳴が苦笑する。

周りもそれにつられて笑みが溢れ、
しかし、

その束の間の和やかな雰囲気を掻き消すように、
益々地面が揺れ始めた。


ードドドッ、


地響きが脳を揺らし、ドクンドクンと心臓が脈を打つ。


「耳郎、!」

「…ッ、来るよ!!」


そして、とうとう
ギガントマキアが彼らの目の前に現れた。

巨体に纏った得体の知れない覇気。
それをダイレクトに感じ、彼らの体から恐怖心が一気に溢れ出す。


「「「「ッ!」」」」


化け物を目の前にし、体がすくむ。

戦慄し、手足が思うように動かなくて、
ここで少しでも躊躇えば死んでしまうと頭ではわかっているはずなのに、それが出来ないほどに圧迫された、瞬間、


まるでそれをかき消すかのようなタイミングで、上空でピカッと稲光が走った。

と、同時、


『ッ、沈めェええ!!!』


ーズドォォンッ!!!



耳をつんざくほどの落雷音と、暴風、眩い閃光がギガントマキアの頭上から炸裂した。


まるで神の天罰のように叩き落とされたとんでもない破壊力の嵐。
八百万はチカチカする視界の中、その青い雷光がまさに希望の光のように見えて、泣きそうに震える唇をグッと噛む。


(梓さん…!)

(ホントに間に合いやがった!)

(嵐のおかげで、怖いの吹っ飛んだかも…!)


とんでもない嵐の塊は、ギガントマキアを柔化した地面に沈めるだけでなく味方の恐怖をも一瞬で吹き飛ばしていた。

大きな雷鳴と共に現れたA組“究極の矛”は、
周りの期待通り、ド派手に開戦の狼煙をぶち上げたのだった。


(なに、今の…ッ!?)

(Mt.レディ、どうやらあの子だ!嵐の、東堂梓!!)

(進行を止めやがった!)

(環!今の雷光、)

(ッ、ファットガム、早く行こう!!)

_196/261
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