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幾人ものプロヒーロー達のコスチュームがはためく。
これだけの数が攻め入る為に走る音は、まるで地鳴りのようでそれは梓の心をドクンドクンと震わせた。

戦争だ、これは。


初めて経験する大きな戦に、震えそうになる手を抑えてグッと前を向く。


(この日のために、強くなった。ホークスさんに、エンデヴァーさんに、相澤先生に…みんなに守られて、ひたすら強くなった)


全てはこの日のためだ。
少しでも役に立ってやる。恩返ししてやる。
そして平穏を脅かす思想とぶつかり合い、淘汰し、平和を守り通してやる。

意気込み、梓の刀に触れる左手に力が入るが、肩にふと誰かの手が触れた。

ハッとして走りながら右側を見れば、大きめなフードを被った天喰が眉を下げて梓を見ており、


「……大丈夫、気負わず行こう」


その小さな呟きが、肩に力が入りまくっていた梓の緩和剤になった。
少し息がしやすくやり、大きく深呼吸をする。


『ふぅ…はい、サンイーター』

「リンドウ、」

『はい』

「困ったら呼んでくれ。必ず駆けつける」

『…ふふ、サンイーターかっこい!』

「本当やなァ、リンドウちゃんおるとサンイーターが強気になるから楽やわ」

「やめてくれ…!そんなつもりじゃ…!」


そんなやりとりをしていればファットガム事務所、緊張感ないぞ!と周りのプロヒーローからから怒られ「2人のせいで怒られてしもたやん」とファットガムが頬を膨らませる。
その表情が面白くて思わず笑ってしまって、やっと梓は緊張が解けたのを自覚した。


『ファットさん、サンイーター、私いけそうです』


戦闘時の感覚が戻り、身体中の血が巡り、感覚が研ぎ澄まされ始める。
「そうかい」と頬を緩めるファットガムと共に前を走るエッジショットを追いかけ、


そして、


「開けます!」


セメントスが前に出て、最大出力で広範囲の山荘の壁や地面を畝らせ始めた。
ベキ、バキ、と凄まじい音が鳴り、屋敷がセメントに飲み込まれ、
道が大きく開け始める。

初めて見る、最大規模でのセメント操作は圧巻だった。


「開けた!!」


しかし、


「来るぞ!!」


セメントスの大規模操作を持ってしても全ての出入り口を封鎖することは出来ず、
次から次へと屋敷外に超常解放戦線の戦士達が臨戦し始める。

その数は想定しているとおり多く、そして、デトラネット社の装備によってサポートアイテムも充実しており、
なにより、奇襲への対応が異常に早い。


「死柄木など待つからこうなる。始めてしまえばよろしいのだ」

「今ここより、解放(革命)を!」


セメントスの奇襲からものの数秒後には戦闘態勢に入った超常解放戦線の動きを見て、
咄嗟にエッジショットは叫んだ。


「1人たりとも逃がすな!!彼らは訓練されている!全員が目的成就に命をかける!!」


その声がビリビリと緊張感を高める。
初めて聞く、攻めを煽る彼の怒声に、最前線に抜擢された仮免ヒーロー達は緊張で身を固くする。

鼓動がどくん、と鳴る。

仮免ヒーローの中でも上鳴は完全に萎縮していた。


「1人逃せば、何処かで誰かを脅かす!!守るために、攻めろ!!」

「…っ、」

「チャージ!雰囲気に飲まれるな!」

「ミッナイ先生…」


思わず足が止まりそうになった時、ポンとミッドナイトに背中を叩かれ、限界まで恐怖で固まっていた上鳴の顔が少しだけ和らぐ。


「“どこかの誰か”が難しいなら、今一番大事なものを心に据えな」


そう言われ、ふと思い出したのは同じクラスの仲間たち。
そして、その中でも鮮明に上鳴の記憶に呼び起こされたのは、群青色の羽織にリンドウが旗めく背中だった。


“自分が一歩でも下がれば誰か死ぬって教えられてきたし、守るためなら、絶対退かない”

“守ると決めたら、それ以外のことは考えてない”


入試の時に目を奪われた可愛らしい女の子は、いつも真っ直ぐ、皆んなを守るために戦場に突っ込む勇ましい子だった。
1年間その姿を見てきて、その姿に時には守られ、時には奮い立たせられ、時には酷く心配した。

勿論、真似すべき生き方でないのは分かっているが、その姿は、生き様は、意志は、確実に上鳴の心に火を灯していた。


(言ったじゃん、俺)


“梓ちゃんは大丈夫。轟もいるし爆豪も、緑谷だっているし、俺も耳郎も、切島も、なんていうか、その守護の意志に影響されちゃってる奴等多いから、”


(みんながいれば敵連合だろうが怖くねェって、言ったじゃん)


心が奮い立つ。
一気に手足の感覚が戻ってきた気がして、上鳴はやっと、下がっていた眉を吊り上げ、顔を上げ、
すぐに視界に入ってきた状況にハッと息をのんだ。


「数は無意味、」


敵側の幹部であろう男がスタンガンを手に当て、最大電力でバチバチと身体に流していた。
上鳴は、すぐにあれが自分の相手にしなければいけない敵だと認識した。

そして、その男の前に運悪く居合わせた少女を見つけ、


「“増電”増やして放つ!我が個性こそ最強にして至高!」

『…増電…!エッジさん私でます!!』


増幅する幹部の男の電気を前に、対抗しうる“雷”を持つ梓が咄嗟に刀に手を添え前に出ようとする姿を見て、
上鳴は芦戸や耳郎が前に言っていた言葉を思い出していた。


“梓の信頼ってさ、なんか君ならできる!の問答無用最上級バージョンだよね!自分のこと過信しちゃいそうになるもん”


彼女は、誰よりも実力を認めてくれる。
できるに決まってる。だって上鳴くんだもん。

私知ってるんだよ、授業とかでずっと上鳴くんのこと見てきたから。

あるよ、守護の意志。上鳴くんは誰かを守るために強くなれる人だと思う。


そう言って、信頼しきった目で見られ、
半ば無理やりだが次のステージに手を引っ張ってくれて、本当にできる気がしてくるのだ。
そして、


“本当にやばい時は、守ってくれるんだよね”


耳郎の言葉が頭の中で反復される。

目の前には、上鳴の仕事を請け負うようにエッジショットの前に出て雷を刀に凝縮させている梓がいる。


「いけるか!?」

『やります!』


いけるかいけないかではなく、やるのだと、
返答でエッジショットに断言し、速戦即決で超最前線に立った梓に容赦なく電気の大技が向けられる。


「制圧放電、雷網!!!」


バリバリバリッというけたたましい音ともに放出された電気を相殺すべく、梓が刀を振りかぶった瞬間。

上鳴は恐怖など忘れ、思わず飛び出していた。
彼女を庇うように前に出る。


『っ!!』


その影に梓は一瞬戸惑うが、すぐに誰かを認識した。
逆光ながらも鮮明に見えた金髪と、見慣れたコスチューム。
あげた右腕を中心に一気に電気が彼にまとわりついていき、どんどん吸収されていく。


「ハイ幹部一名無力化成功!後衛に心配かけねーためにも皆さんパパッとやっちゃって!」


この状況でも震える声でおちゃらけた彼に
梓は思わず『っ、チャージズマ、ありがとう!!』と大きな声で叫んでいた。


「最高だよチャージ!リンドウもよく前に出てくれた!」


ぐっと親指を上げるセメントスに上鳴の「あざぁぁっす!」という元気の良い返事が響く。
対して敵幹部は不快極まりないとばかりに眉間にシワを寄せており、


「…チッ、“帯電”といったところか。だが、果たして何百万Vまで耐えられる、」

『アホんなっちゃう!』

「梓ちゃん、ちょ、言い方」

「リンドウ、下がれ」


過ぎる電圧は上鳴がショートしてしまう。
守るために梓が刀を振りかぶろうとしたところで真後ろに腕を引っ張られ、と同時にエッジショットが前に出た。


「忍法、千枚通し!!」


その必殺技は、細く引き伸ばした身体を相手の体内に侵入させるもので、目に戻らぬ速さに、最前線に出ていた増電の幹部を始め、複数が突如ガクンと膝をつく。


「肺に小さく穴を開けた。暴れれば死に至る危険はあるが、安静にしていればすぐ治る」


エッジショットを皮切りに、ミッドナイトとシンリンカムイの必殺技が敵の動きを止め、敵の編隊をぐちゃぐちゃにしていく。

立て続く広範囲攻撃はそれだけに留まらなかった。


「グチャグチャだ!編隊もままならない!ええい、1匹でも多くの犬どもを討つべし、」


ーズズズ、


第二陣をすかさず骨抜が足止めする。
広範囲の地面を液状化され、敵が底無し沼にハマったかのようにズブズブと沈んでいき、それが目の前だったものだから、梓は『わぁ、地面が!凄い!』と骨抜を振り返った。


「お役に立てたかな」

『とっても!!』


まさに、第二陣と臨戦する寸前に目の前で起こった出来事だったのだ。
戦う手間が省けて、自分の仕事に集中できる。
嬉しそうにそう言った梓の笑顔が戦場とは不釣り合いで、思わず骨抜がヘルメットの中でぽかんとしていれば「いーぞ、マッドマン!」とギャングオルカにも褒められる。

「マジすか」とクールに褒め言葉を受け取りつつ、「リンドウちゃん、這い上がってくる奴等が来るから俺の後ろに」と梓を呼んでいれば、その這い上がってくる奴等は小森のキノコ責めによってなす術を失った。


「ゲホッ、ガハッ…なっ、キノコ!?」

「広域制圧はお任せノコ!」

「凄いぞシーメイジ!後は任せろ、我々が総力で中枢を叩く!」


ギャングオルカが液状になった地面の横を駆け抜ける。
それを見て、骨抜と小森はもう一踏ん張りだ、と個性発動に力を込めていると、


『…凄いなァ、B組は』


しゃがむ骨抜の隣でカチャリと刀の音がした。
見上げたその横顔は精悍で勇ましく、前しか見ていなくて、骨抜と小森は思わず見惚れてしまうが、

次の瞬間、2人の視界から梓は消えていた。


「「リンドウちゃん…!?」」


彼女は飛び出していた。
骨抜の個性範囲、小森の個性範囲、そして崩れた陣形、その戦術眼で数多の敵の分布を目に焼き付けると、瞬時にこの敵の壁をすり抜ける突破口を見つけたのだ。

骨抜と小森が崩した陣形を足場に、一気にエッジショットよりも前に出る。

そして、


『疾風、迅雷!!』


ーズガァンッ!!


嵐の斬撃が一直線に敵の壁を貫いた。


「「「なっ!?」」」


それは敵だけでなく、味方であるプロヒーローたちも驚かせた。
初動で力を少し借りると聞いていた雄英のヒヨッコが、誰よりも速く敵陣を切り裂いたのだ。

超最前線に向かうファットガムチームに必要だった突破力と戦闘力。
それを補う人選は難航を極めたが、エッジショットが彼女に任せると言ったこととファットガムがそれに乗ったことで彼女に決まった。
仮免1年目に任せる仕事ではないと反対する者も多かった。
しかし、エッジショットが“戦闘に於いて、彼女より信頼できる仮免はいない”と断言したから、渋々了承したのだが、意味が、その一撃でやっとわかった。


「エッジショット、彼女、本当に仮免か!」


驚きを隠せないギャングオルカにエッジショットは「戦闘以外は、まだ半人前だ。守ってやってくれ」と驚く様子もなく肩をすくめる。

あからさまに表情には出さなかったが彼もまた、梓が期待以上の動きをしたことに感心していた。
真横を通り抜けた後の“疾風迅雷”。
エッジショットの助言により出来た梓のはじめての必殺技が、あの時よりも数段レベルアップして目の前で炸裂したのだ。

思わず彼は「やるじゃないか」と小さく呟いていた。


綻んでいた敵の壁目掛けて放たれた嵐の斬撃によって、一気に屋敷までの道が開ける。


(突破力においては、プロと遜色ないなァ、ホント…究極の矛じゃん)


骨抜が唖然としている間も梓は一気に敵陣に空いた“穴”に飛び込んでいっていて、
思わず(おいおい少しは臆するだろ)と顔を引き攣らせる。


『ファットさん道開けましたぁ!』

「リンドウちゃんええ矛やったで!ツクヨミ君、こっちや!!」

「御意!!」


梓が開かせた道を、ファットガムとサンイーター、そして常闇が一気に駆け抜ける。
4人が合流するのを視界に捉えたエッジショットから「援護しろ!ファット達の退路を塞がれるな!」と他プロヒーロー達に指示が飛び、周りがファットガム達4人を追随する。


「リンドウ!」

『常闇く、じゃなかったツクヨミくん!落ち着いてますか!』

「ああ!凄いなお前は、こうも早く道が開かれるとは思っていなかった!」

『あはは、上鳴くんと、骨抜くんと希乃子ちゃんが根性見せてくれたからさァ…、3人が作ってくれた綻びを、見逃したくなかった』


隣を走る梓の目がギラつく。
要は、仲間が頑張って作ってくれた敵の綻びを無駄にしたくなかったのだと、口角を上げたその横顔に思わず常闇は「…凄いな、お前は」ともう呟く。


「リンドウ、ここから俺と連携していくぞ!」

『はい!』

「2人とも頼むで!」


先頭にファットガム、その後ろに常闇、右に天喰、左に梓という布陣で一気に屋敷まで駆け抜ける。


「地下の巨大神殿に敵さん仰山集まっとる状態や!」

「地上に上がる道は外にいくつかあるが、事前に潰し、」

「残るは屋敷内に5箇所!」

「その通路はセメントスの射程外!よって俺たちで塞ぐ!」

「そや、ええ子やね!」


屋敷内に侵入すれば、丁度その通路から敵が大人数で上がってきたところだった。


「なんでこの通路がバレてんだ!」

「守れ!死守しろ!!」


敵が臨戦態勢に入るが、ファットガムは少しもスピードを緩めることなく一気にその通路まで走っていく。
それは、左右に控える雄英コンビへの信頼の証。


「任せたで、サンイーター、リンドウちゃん!」

「ああ!!…、混成大夥キメラ、ケンタウロス!!」


ードドドッ!!


複数同時再現、牛の下半身により速度と馬力を強化したそれは凄まじく、ファットガムの前にいた敵を一気に蹴散らした。


「悪いが、少しおとなしくしていてくれ」


目の前にいた敵も倒され思わず『わっ、私の分まで!』と梓はびっくりしたように天喰を見上げるが、彼は「カッコええやんもっかい言って!」とファットガムに茶化され「やめろ!」と両手で顔を覆っていた。


『サンイーター、すみません、私の分まで!』

「いや、いい。それより、ファット達が戻るまで退路を守るぞ!」

『はい!』


ファットガムと常闇が通路側に向かったのを見届け、その2人を守るように天喰と梓は背中合わせで敵と対峙する。
あれだけ天喰が蹴散らしたにもかかわらず、敵の母体が大きいせいか、すでに周りは囲まれていた。

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