190開戦
とうとう、大規模掃討作戦当日。
ヒーローコスチュームに着替えた梓はクラスメイト達と共に集合場所にいた。


「あいつらの顔すごかったな。今生の別れみたいな顔してたぞ」


あまり緊張していない様子の峰田に声をかけられ、誰のことだろうと首を傾げれば「あの3人だよ、爆豪たち」と言われ、ああ、と思い出す。


『顔青かったよね。確かにこんな大規模作戦初めてだから緊張するよね』

「いやお前が原因だぞ」

「やめとけ峰田。鈍感東堂にゃわかんねェよ」

『なんだと砂藤くん』


よくわからないなりに悪口を言われたことだけ認識してぷんぷんしていれば、B組も集合場所に着いたらしく、鉄哲と拳藤が駆け寄ってきた。


「東堂聞いたぞ、前線出るんだろ」

「あの天喰先輩とタッグ組むんでしよ?骨抜に聞いた!」

『うん、2人もこっち側だったんだね!前線から戻ったら私も混ざるから、宜しくね』

「おう、宜しくな。一緒に頑張ろうな!」

『うん!…あれ?』


がっちり握手をしながら他のB組の知り合いを目で探す梓に鉄哲は「半分は別のところなんだ」とニカリと笑った。


『そうなんだ。ウチも、半分は病院側だよ』

「さっき八百万から聞いたよ。エンデヴァー事務所組もあっちなんでしょ?」

『一佳ちゃん、うん、私だけこっち』

「エッジショットとファットガムの推薦でこっちに引っ張られたって、骨抜がびっくりしてたよ」

『前線の戦力削れないから、しょうがなくだよ』

「そうかなァ?」

「まァ、怪我しないように頑張れよ!」


ぽんぽん、と背中を叩く鉄哲と、無理は禁物だよと笑う拳藤に頷いていると、
集合場所に次々とプロヒーローが到着し始めた。


『わ、壮観だな…』

「雄英1年生はこっちよ!」


プロヒーロー達の邪魔にならないように、ミッドナイトの号令にクラスメイト達と共にぞろぞろ従う。


「あ〜…緊張してきた。梓、手が震える。どうしたらいい?」

『耳郎ちゃん顔引き攣ってる!手が震えるのはね“武者震い”だよ』

「梓に聞いたウチがバカだった。ヤオモモ〜」

『耳郎ちゃん!?』


冷たい目で見られショックを受けて思わず彼女の服を掴めば、耳郎は肩を震わせて笑っている。
それを見ていた八百万や芦戸、葉隠も緊張がほぐれたようで、


「いや武者震いはないわ〜」

『三奈ちゃん!?』

「ないですわ」

「梓ちゃんやっぱちょっとイカれてる」

『ももちゃんと透ちゃんまで…!』


揶揄われ『そんなこと言わないでよう』と彼女たちにくっつく姿が年相応で、緊張していた周りのクラスメイト達も、B組も、思わず笑ってしまっていた。
戦う前とは思えない雰囲気に、たった今到着したばかりのプロヒーロー達が首を傾げる。


「なんだ?緊張感がないな」

「…雄英とはいえ、今年仮免を取ったばかりの子達だ。実戦経験は乏しいし、しょうがないよ」

「何人か初動で前に出るって聞いたが、ヘマやらかさないか心配だな」


一部から咎めるような視線を感じ、八百万はパッと笑顔を引っ込めると「皆さんのお邪魔にならないよう、静かにしておきましょう」と纏める。

流石八百万ね、とミッドナイトが感心していれば、ふとこちらに近づくプロヒーローではない姿を見つけた。

和装と羽織、そして帯刀。
珍しい装備をした2人の男女がプロヒーローの合い間をぬって距離を詰めてくる。

それを見て、ミッドナイトはここにくる前に相澤に言われたことを思い出していた。


“一族の奴らは無意識に東堂に無理を強いるので、俺の代わりにアイツを見ててください”

(とは言われたけれど、)


闊歩してくる2人が服装から一族関係者なのはわかるが、梓にとって味方なのかどうかまではわからない。
いつでも間に入れるようにミッドナイトがじっと見守っていれば、その2人は案の定梓の側まで来た。


「姫様っ!お久しゅうございます!」

「今日は戰日和でございますね。ご機嫌いかがでしょうか」

『水澄、香雪』


目を丸くした梓に名前を呼ばれ、嬉しそうに瞳を緩めた2人にミッドナイトは(あら、味方ね)と少し警戒を解いたのだが、


「南の分家の人と、北の分家の人だ」

「北は確か、梓派じゃなかったよ」


相澤さながら警戒態勢の切島と耳郎が梓の両隣に陣取り、聞き耳を立てていたミッドナイトは(どっちがどっち?)と困惑する。


「はい、南の分家の水澄です。姫様のご友人である仮免ヒーローの皆様にご挨拶申し上げます!わたくし、この場に参戦でき、姫様と、貴方様方と共に守護に身を捧げることができとても光栄に、嬉しく思いますわ」

(あっちが南の分家、ってことはあの男が相澤君の言ってた厄介な派閥の…)

「北の分家、香雪です。かつてはカナタ様を押し上げておりましたが今は違います。梓様が我が主人、御当主としっかり認識しておりますゆえ、そろそろその厳しい目を緩めていただきたいのですが…」

(???)


厄介な派閥の方か、と警戒した矢先に香雪が苦笑してそんなことを言うものだからミッドナイトはますます混乱した。
お手上げである。


『山荘側に2人が来たんですね』

「ええ!わたくしも香雪も、戦う事に重きを置く家の出ですから!」

「九条殿、水島殿、泉殿を含む前当主派閥、そしてハルト率いる東の分家と、西京率いる西の分家は蛇腔病院側の避難誘導を行います。とは言っても、西の分家からの参戦は西京とごく一部のみですが」

『うん、それは西京から聞いてる。東の分家は?』

「東の分家と、こちらの水澄率いる南の分家は殆ど臨戦しております。そして、自分率いる北の分家についてですが、約半分が臨戦しております」

『半分も!?叔父さん派なのに?』

「元々我々北の分家は、西の分家ほどは強硬なカナタ様派ではありませんでしたからね」

『そうか…、みんな、なんだかんだで人を守る為なら力を貸してくれるんですね』

「守護の意志を全うするのに派閥など気にしていては人の命がこぼれ落ちてしまいますから。とは言っても、山荘側に参戦する南と北の分家の者共は、ヒーローではない為個性の使用は認められておりません。そこを考慮され、最前線での臨戦はありませんが」

「元々個性には恵まれておりませんし、個性など無くとも剣術武術で充分対応できるとわたくしは不満なのですけれど、」


最前線でもよろしいのに。と少し不満げな水澄に香雪が「身の程を弁えよ」と苦言を呈す。
そんな2人に梓が苦笑して『敵は多い。後ろに控えてくれてるだけできっとみんな心強いです』と言えば、香雪は少しだけ嬉しそうに笑った。


「そう言ってくださると、有り難いです。貴方様のお力になれるよう意志を貫く所存です」

『命は大事に、ね』

「ええ、死なぬように致します。あなた様も、ご武運を」

「姫様、ご武運を!」


最敬礼の形を取った香雪はキラキラとした目で梓を見る水澄の後ろ襟をむんず、と掴むと「それでは、我々はこれで」といい名残惜しそうな水澄を引き摺っていった。

それを見守ったミッドナイトはすぐに梓の側に行く。


「東堂さん、大丈夫だったかしら」

『え?ミッドナイト先生?』

「あなたの担任の先生に頼まれてたのよ。俺は近くにいられないから、見ていてくれって」

『アッ相澤先生に…。すみません、ありがとうございます』


別の地にいる担任を思い出し、まさか離れてまで迷惑をかけているとは思わず申し訳ないのと恥ずかしいので梓の頬が少し赤くなる。


「問題児ね。相澤君、とっても心配そうだったわよ」

『え゛、私だけですか…?』

「そりゃあ、受け持ちの生徒みんな心配ではあるだろうけれど、あなたが一番危ういもの」


危ういと言われショックを受けている梓を見つつ、ミッドナイトは相澤のことを思い出す。

ミッドナイトには、相澤の心情が理解できた。

勿論受け持ちの生徒に危害が及ばないか心配だが、その中でも特に心配なのが東堂梓だと相澤に愚痴られ、ミッドナイトは確かにと思わず頷いてしまったのを思い出す。

別に、梓の能力を過小評価している訳ではないのだ。

寧ろ、戦闘の才能は頭ひとつ抜けている。
それはミッドナイトだけでなく、学園の教師陣の総意だった。
特に、心操の編入試験を兼ねた合同訓練での戦闘力は目を見張るものがあった。


(あの時は、先を見る目は評価に値すると言ったけれど…)


あの時、梓は自分の身を顧みず緑谷の暴走を自分が的となってコントロールしようとした。
その後も、全員からの総攻撃を全て引き受け、あろうことか真っ向勝負を受けて立った。

そういう、戦闘時の思考は、秀逸すぎて感嘆するとともに“あの思想所以、自分のことを勘定に入れてない”という相澤の心配にミッドナイトは確かに、強くと同意した。


(常に肉を切らせて骨を断つような判断を、平然と出来るのは尋常じゃないわよね…)


つくづく、彼女の担任が彼でよかったと思う。
彼はある意味ひねくれていて、生粋のヒーロー像に一石を投じるような思考を持っていて、だからこそ彼には梓の動きや思想がイカれていることがすぐにわかった。
その上で、彼女の思考を矯正し、自分のことを大事にするよう、親がしなければならないような指導をしてくれている。

他の生徒たちと違って引き際のラインがバグっている彼女を守るために、彼がどれだけ尽力してくれていることか。


「ミッドナイト!そろそろ、」


遠くにいるギャングオルカから名前を呼ばれる。
どうやら、もう、最前線に行く生徒を連れて行く時間らしく、ミッドナイトは引率するべく上鳴、骨抜、常闇、小森に手招きをしつつ、梓をチラリと見た。

相澤が公私混同しているとは思わないが、彼ほど彼女に肩入れできるかと言われれば、それはノーである。
大変だとは思う、呪いのような宿命だとも思う。
だが、“家”と敵対してまで、生徒の思考を矯正してまで、その生徒自身の安全を守ろうと思う人がどれだけいるだろうか。


(私には、出来ないわ)


“守護一族”を敵に回し、その一族を崇拝する者達を敵に回し、公安からも面倒な目で見られ、
当の本人の思想は相も変わらず。
本当に、相澤だからこそここまで彼女に介入できると思うし、彼が梓の担任で良かったと心の底から思う。



「ミッナイ先生、全員揃いました」


骨抜に声をかけられ、緊張した面持ちの小森、上鳴、常闇が目の前に並ぶ。
ミッドナイトは気合を入れるように深呼吸をすると、歩きながらちらりと梓を見下ろした。


「…相澤君のようにあなたの家に介入したりはしないけれど、」

『……』

「一つだけ。私にとってあなたは生徒です。無茶な行動は控えるように」


誰にも聞かれないほどの小さな声でそれだけ言えば、梓は少しだけ目を見開くと、嬉しそうに『はい』と笑った。





最前線側には、テレビで見たことがあるようなヒーローが勢揃いだった。
上鳴は(ヒィ…!)と顔を青くしながら常闇達と共にミッドナイトについていく。


「ミッドナイト、彼らが例の?」

「そう、初動で力を借りるの」

「随分ビビってるが、大丈夫なのか?」

「半年前に仮免を取ったばかりの1年生だろう?」

「直ぐに下がらせるわ」


周りのヒーロー達にそう言われ、ますます自分たちが場違いのような気がして萎縮してしまう。
視界には山荘があり、多分あれが敵のアジトだ、と上鳴はますます顔を青くした。


「敵軍隊長共の集まる定例会議、それが今あの館で開かれている」


静かに状況を伝えるエッジショットの低く落ち着いた声が森の中に響く。
空気がどことなくピリピリしていて、息がしづらい。


「ワープが怖いが、発動者は病院側にいるとのこと。“逃がしてくれる者”が捕らえられたら、逃げ場は無くなるというわけだ」


エッジショットの淡々とした説明を周りのプロヒーロー達が聞いているが、
上鳴はとてもじゃないが冷静に聞ける状況ではなかった。
それは小森も同じようで、「私たちここにいて大丈夫?敵連合って雄英を狙ってたノコ?」とぷるぷる震えながらミッドナイトを見上げる。


「彼らは大きくなりすぎた…」

「ミッナイ先生」

「強大な力を手にした今、死柄木は最短で“目的”を達成するつもりよ。危ないのはもう、あなた達だけじゃない」

「「「……。」」」

「大丈夫よ!初動で少し力を借りたいだけだから!すぐに後方に回します」


あまりにもガチガチな小森と上鳴を安心させる為、ミッドナイトはそう言うと2人の背中をポン、と叩いたが、
それでも上鳴の緊張は解れなかったようで、「なんで俺が最前線なんスか!?わぁーんみんなが恋しい!A組が恋しいよぉぉぉ!」と癇癪を起こしたように弱音を吐いたものだから梓は吹き出した。


『ぶふっ、ちょ、上鳴くん、叫びすぎ。山荘に聞こえちゃうよ』

「なんで呑気に笑ってんの梓ちゃん!きみ俺より大役!もうちょいプルプルしててよ俺かっこわりーじゃん!」

『いや、緊張してたけど、上鳴くんの叫びが面白くって』

「なんも面白くねーよ!!」


ウケ狙いでも冗談でもねーの!とぷるぷるすれば、やっと笑いが収まったらしい梓が優しげな緩い目で上鳴を見上げる。


『ふぅ…、笑っちゃってごめん。でも大丈夫だよ、だって、』

「リンドウ」

『あ、エッジショットさん』


話している途中でエッジショットに声をかけられ梓の意識がそちらに向く。
エッジショットは山荘から目を離さず、「すまないな、俺が推薦した」と言葉だけで梓に断りを入れた。


『いえ!光栄です』

「ファットガムとサンイーターとは旧知の仲だと聞いている。お前は引き際の見極めが上手くはないから、2人の指示に従うように」

『あ、はい』


話す間も視線は山荘から離れていなかったが、


「心配なのはそこだけだ。戦闘については、好きにやってくれて構わない。手の届く範囲なら俺がフォローしよう」


最後に一度だけ、ちらりと梓を向いたその目が優しげで、それに気づいたMt.レディが思わず目を見開く。


「へェ!エッジショットさんがそう言うなんて珍しいですね!東堂さん、あなたとっても信頼されてるのね」

『…そうですか?引き際ポンコツって言われたようなもんでしたけど』

「それはそうだけど。でも、あの人があんな言い方するなんて」

『?』

「戦う事において、あなたはエッジショットの信頼を得てるってことよ」


ちょっと妬けちゃうわ、と肩をすくめるMt.レディに、『いやまさか』と梓が半信半疑でいれば「私語は慎め」とエッジショットに怒られた。


『…、Mt.レディさんのせいで怒られました』

「何よ。インタビューポンコツドベだったくせに」

『むう』

「レディ、相手16歳の仮免ヒヨッコだぞ、張り合うな。リンドウ、お前はファットガムとサンイーターの側にいろ。2人の指示をしっかり聞くように」

「『はぁい』」


ピシャリとしたエッジショットの指示通りに、キョロキョロとあたりを見渡してファットガムと天喰環を探す。
が、人が多く、小柄な梓は2人をすぐに見つけることが出来ずへにょりと眉を下げた。


『ファットガムさぁん、環先ぱぁい』


どこ、と情けない声を漏らしていれば、
セメントスに肩をちょんちょんと叩かれ、「あそこにいるよ」と指で示される。


『セメントス先生、』

「リンドウは小柄だから、ファットが見つけられないみたいだ。また見失わないように、此方に呼ぼうか」


ファットガム!とセメントスの珍しく大きめな声が通り、少し遠くから「なんやそっちかいな!」と笑いまじりの声が聞こえ、少しして目の前にファットガムと天喰が現れた。


『あっファットガムさん、環先輩!』

「ごめんなァ梓ちゃん、見つけるの遅なってしもて」

「すまない、このまま合流できないかと肝を冷やしたところだった…」

『環先輩私より顔色悪いです』

「こいつなァ、ずっと梓ちゃんとも常闇君とも合流できんかったら自分はなんのためにおるんやーってネガティブなことばっか言うとったんやで」

「だって…!こんなにたくさん人がいて、梓ちゃんは小柄だから…」

「確かに。セメントスの隣でピョンコピョンコ飛んどったけど全然見えてへんかったで」

『なんですって』


ガーン、とショックを受けた梓にファットガムが笑いながら冗談や、とヨシヨシ頭を撫でる。ついでに天喰の頭も揺らすように撫で、


「頼むで、雄英コンビ」


その言葉が、いつものおちゃらけた感じではなくて、天喰と梓は顔を見合わせると「『はい』」と力強く返事をした。

そして、


「各地、拠点とやらは全て包囲している。アリ1匹逃さぬ」


病院側と合わせたエッジショットの号令で、
ヒーローが一斉に動き始めた。

その揺れる大地の振動は、梓の心臓をバクバクと揺らした。


(開戦だ。)


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