192共闘

背中というのは、死角である。

その死角を埋めるために天喰が合わせた背中は華奢で、一見頼りなく感じるが、真後ろから感じる殺気、闘気がそれを打ち消す。

ああ、背中を任せられる。そう確信し、そして、絶対にこの背中は守る、と天喰は決意を強く持ち、周りを囲む敵を睨んだ。


「リンドウ!」

『はい!』

「基本的に戦いというのは、数が多い方が有利だ。だが、俺は、君とならこの状況を打破できると、思っている」

『は、はい、』

「目の前の敵を斬り伏せてくれ。君が倒れなければ、俺は倒れないし、ファットガム達の退路も守れる」

『了解しました!!』


元気のいい返事。
全く敵に臆していないその声音は天喰の心も奮い立たせ、そして、


「全員残らず討ち取れ!!子供だろうが容赦するな!!」

「混成大夥、キメラ・クラーケン!!」

『紫電一閃!!』


背中合わせでの乱戦が始まった。


ーズガァンッ!


突然襲いかかってきた中距離攻撃の個性を梓は雷の高速攻撃で薙ぎ倒す。
すぐに距離を詰めてきた男が敵が個性で強化された岩のような腕を振りかぶるが、

梓はそれを避けることなく刀でガギィィン!と弾くと同時、
雷を帯びたブーツで下顎をガァン!と蹴り上げ、刀を持つ手とは逆の手に凝縮した風の塊をふらついた男の腹に打ち込み、
螺旋のように吹き飛ばした。


ードォン!


続いて真横から射抜くようにヒュンッと現れた弓矢のようなものを、持ち前の動体視力と反射神経でガッと素手で掴みパキリと折ると、飛んできた方角に『雷撃突きッ!』と雷をピシャァンッ!と飛ばす。


「ッ、」

「コイツが仮免…!?」


流れるような戦闘。
特に、最後の一撃を彼女はノールックで放っており、
代わりにその眼は真逆方向からの、2つ目の遠距離攻撃を察知し、見据えていて、

思わず遠距離で狙っていた敵は(なんで、こっちから狙ってるってわかったんだよ、!)と顔を引き攣らせたまま、個性で銃弾のように石礫を放つ。


「来るのがわかってても、防ぐ術はねェだろう!!」


梓の目の前には、攻撃を振りかぶる敵が複数いる。
其方に嵐を向けるのであれば、横からの攻撃の対応は出来ないはず。

が、


『疾風迅雷、』


彼女はズガンッ!!と前に大きな嵐の斬撃を生み出すと前にいた敵を一気に後ろに薙ぎ倒し、
そして、


ーガキィン!ガガガッ!


飛んできた銃弾並みのスピードの石礫をあろう事か嵐を纏った刀で全ていなした。


「はァ!?いなしやがった!」


一度嵐を振り抜いた後、次を放つまでには“溜め”があるはず。そう思って攻撃を仕掛けたのに、“溜め”るどころか刀に嵐纏っただけで、素の剣術で渾身の攻撃を弾き返された。

それは、訓練されている解放戦線の戦士が唖然とするほどの、圧倒的武勇。

本当に目の前にいるのは齢16の少女だろうか。
雄英に入学してまだ一年も立っていない仮免ヒーロー?
いや、そんなはずはない、と周りの解放戦士は顔を引き攣らせる。

目の前にいる少女は、プロヒーロー並みの経験値がないと出来ないような動きをしている。

彼女の方から崩せば、後ろのビッグ3の背中を狙えると思ったのに彼女を崩せる未来が思い浮かばないのだ。

だからと言って、後ろのビッグ3、天喰環を崩せるかと問われれば、それは否である。
彼も十分化け物じみた強さだ。

その2人が背を預け合い信頼しあって戦うものだから、
どこから撃ち崩せばいいのやら、敵が混乱したお陰で一斉攻撃が止み、梓はトン、と天喰の背中に自分の背をもう一度合わせた。


「まだいけるか…!?」

『余裕です!それよりサンイーター、敵の攻撃が止みました…』

「ああ、恐らく出方を窺っているんだろう。気を抜くな」

『はい!』


((余裕なのかよ!))


少しは息が切れてて欲しかった、と敵の1人が小さくボヤく。
刀を構え、ギラリと殺気を帯びた目で当たりを窺う少女は、すでに戦場で立派な脅威となっていた。


「終わったで、2人とも!」


暫く続いた膠着状態を終わらせたのは、ファットガムだった。
お腹に常闇を入れており、梓はホッと息をつくと背中合わせで戦っていた天喰を振り返る。


『サンイーター、』

「ああ、後衛まで戻ろう」


大きな怪我もなく元気そうな彼に梓は安心したように笑みを浮かべると、ひょっこりファットガムの腹の中から顔をのぞかせている常闇を見た。


『ツクヨミくん、通路ぶっ壊せた!?』

「…ああ、リンドウ、待たせたな」

『全然待ってないよ』

「3人とも、戻るで!サンイーター、リンドウちゃん、想定より敵さんが多いわ、しんどいかもしれんけど、もうちょい頑張れるか!」


目的は果たした。あとは後衛まで戻るだけ。

しかし、常闇はファットガムの腹の中から退路を見て、顔を顰めた。

確かに彼の言う通り、敵が多い。

完全に退路は塞がれており、
この敵の壁を打ち破っていくのは至難の技だと常闇は眉間にシワを寄せ、その大役を担う2人を見る。

しかし、天喰も梓も、特に動揺した様子はなくて、
それどころか退路目掛けて一気に走り出した。


「何や、ノリノリやん2人とも!かっこええわ!」


思わずファットガムがハイテンションになる程ノリにのっている2人は一気に壁となる戦士の包囲網目掛けて駆けていく。


「止めろ!!壁だ、壁になれ!!」

「これ以上ヒーローどもの好きにさせるな!!」

「消し炭にしろ!!」


解放戦士達が迎え撃とうと武器や個性を構えるが、

それを全て受け止めんと、天喰はもう一度クラーケンを再現し、その攻撃を一手に引き受けようとたこ足をギュルルッ!と四方八方に伸ばす。
天喰が防御に全振りしてくれたおかげで、梓は難なく敵陣真ん前まで躍り出ると、

霞の構え。

切先にはいつの間にか嵐が凝縮されており、キィィンッ!とけたたましい音を立てていて、


ファットガムは、その後ろ姿に懐かしさを覚えた。


「…、最強の矛や、貫けッ!!」


その技は、インターンで天蓋のバリアを破り、治崎の企てを阻み、その後も幾度となく敵の野望を打ち砕いた破壊力抜群の一撃。
彼女が“最強の矛”と言われる所以。


『、渦雷突きッ!!』


次の瞬間、
激しい音ともに敵の壁が抉られ、その場を爆風と雷光、そして豪雨のような水が襲った。


ードガァァンッ!!


人々がその破壊力に吹き飛ばされ、遠くにいた者が強い光に目を閉じて何事だと狼狽え、

そして、暴風が止んだ頃には、
梓達の退路を阻んでいた敵の壁は跡形もなく崩れ去っていた。


「よくやったリンドウちゃん!!よっし、一気に抜けるで!!」

「リンドウ!手を!」

『あっ、環先ぱ、』


最大出力で思わずふらついたところをグイッと天喰に引っ張られ、梓はそのまま一気に敵陣を駆け抜ける。

そして、天喰に引っ張られるがまま味方陣地に戻れば、方々から「よくやった!」と声が上がった。


彼女の“突破力”と“戦闘力”を見込んだエッジショットの人選は間違いではなかった。
サンイーターはともかく、まだ仮免なりたての1年生に任せる仕事ではない、と彼女の推薦に否定的な声も多かったが、
文句のつけようのないほど完璧に任務をこなした梓は、見事エッジショットの期待に応えてみせたのだ。


「やるじゃないかリンドウ!」


ギャングオルカに褒められ、Mt.レディに「本当に仮免?プロの立ち回りじゃない。そりゃ信頼されるわ」とちょっと引いた目で見られ、
よしよしようやった、と後ろからファットガムに頭を撫でられる。

まさかこんなに褒めてもらえると思わずフリーズしていれば、「リンドウ!」と前線にいるエッジショットに呼ばれ梓はハッと振り向いた。


「よく、突破した!」


グッと親指を立てた彼はそれだけ言うとすぐに戦場に戻っていく。
その背を見て、梓は、やっと恩を返せただろうか、と少し感傷に浸った。

職場体験で強くなるきっかけをくれたプロヒーロー。
ヒーロー殺しとやり合い、いろんな大人にこっぴどく怒られた後彼に言われた言葉は、今でも梓の心の中に残っている。


“お前が気持ちでも技術でも一歩もひかなかったことが全員を生へと導いた”

“よくやった。よく守りきった”


ヒーロー殺しとやり合ったのは浅はかだったと注意を受けはしたけれど。
彼が、守るために必死に戦った自分を尊重してくれたことに、どれだけ救われたか。

あれで決意したのだ。ルールを守った上で、今度はちゃんと役に立つと。


『……、よかった』


少し泣きそうだが嬉しさを噛み締めるように口元をきゅっと結んだ梓に、天喰は「…頑張ったね」とファットガムの真似をするように頭を撫でるのだった。





敵陣を貫く雷光は上鳴の目にも届いていた。
「何!?すげェ音したけど!」と驚く骨抜に彼は「リンドウだ!」とクラスメイトの活躍を確信する。


「今のはリンドウの、梓ちゃんの嵐だった!」

「ええ!?あそこ、敵陣地ど真ん中ノコ!?」

「あんな渦中で戦闘してるってこと…?」

「いや違う、あれは、多分梓ちゃんの渦雷突きだから、きっとこっちに戻ってくる!」


「渦雷突きってナニ」と信じられないような目で見てくる骨抜と小森に「前にほらB組3人の罠ぶっ壊したアレ!」と雑な説明をしつつ、上鳴は戦場に目を凝らす。

そして、


「帰ってきた!!」


一番最初に大きなファットガムを見つけ、その後ろに天喰に手を引かれた少女を見つけ、上鳴は安堵したようにホッと息をついた。


『チャージズマ、みんな!』


少し疲労の色は見えるが意外と元気そうな彼女は天喰のエスコートで上鳴の元まで戻ってくる。


「よかった!無事かァ!」

『うん!チャージは!?』

「無事よ無事!まだまだやれるけどミッナイ先生がもう下がれってさ!」

『あはは、まだまだやれるか。流石だなぁ』

「あれ?常闇は?」

『ん、ここ』


梓の指差す先にはファットガムのお腹の中にすっぽり収まっている常闇がいて、「3人も早く俺の腹に入り!」とファットガムが上鳴、骨抜、小森を手招きする。


「まさかのタクシー係!ファッタクや!」


そして上鳴たちがお腹に入ったのを確認すると、ファットガムは、敵を警戒していた天喰と梓を振り返った。


「んじゃ、サンイーター、退路頼むで」

「ああ」

「リンドウちゃん、一緒にいこか。もしサンイーターが捕まえ切れんかった敵が来たら、リンドウちゃん頼むで」

『はい!』


ファットガムの指示に梓と天喰は大きく頷くと、「リンドウ、ファット達を頼んだよ」『サンイーター、退路頼みました』とパチンとハイタッチをし、2人は背を向け逆方向に走り出した。





「どけどけ、ファッタクのお通りや〜!」

『殿(しんがり)私が務めます。ファットさん、前だけ見て進んでください!』

「ははっカッコいいやんリンドウちゃん!!」


ファットガムの背中を守るように後ろを走る梓に上鳴が「しんがりって何?」と首を傾げる。
骨抜は「退却の時に敵の追撃を防ぐ最後尾のこと」と手早く説明すると、ファットガムを見上げた。


「本当にもう後衛回っていいんスか?」

「俺らまだやれますぜ!」

「君らを始めとした広域制圧“個性”で相手の初動を挫く!したら包囲網を狭めてく!そうやってじわじわ潰すんや。狭なると広範囲攻撃は却って味方の足引っ張ってしまうやろ」

「「なるほど…」」

「君らの力借りんのはここまでや!後は大人でケリ付ける!」


そうか、と骨抜と上鳴が納得し、サンイーターが守る退路を進み始めたファッタク一行。
ふと、常闇はずっと気掛かりだったことを、後ろにいる梓に聞こえるように少し大きな声で問うた。


「リンドウ、お前は知っているのか!ホークスのことを!この作戦の元となる戦線の情報は、ホークスが調査して掴んだらしいが、」

『……』


返事がない。
前に一族関係でホークスとは個人的な繋がりがあると言っていたから、もしかしたら何か知っているのかもと思って聞いたのだが。
どうしたのだろうか、と彼女の方を見たいがファットガムのお腹に入っているせいで見れず、常闇は眉間にシワを寄せる。

しかし、「リンドウちゃん、俺も聞きたいわ。どうなんそこらへん」とファットガムが常闇に加勢した事で梓はしばらく黙ったのちに、『…調査していたことは、知ってる!』と絞り出すように言った。


「知ってたんか!いつから!」

『少し前です。でも詳しくは知りません!多分あの屋敷にいるとは思うんですけど、』

「てことは俺とおんなじくらいしか知らんな!」

『そうなります!機密だから言えなかった、常闇くんごめん!』

「いや、いい。気にするな」


やはり知っていたのか、と思う反面、プロヒーローであるファットガムですら仔細を知らない状況にいるホークスが心配になる。
が、ファットガムが「No.2がそう簡単にやられるわけないやろ。とりあえず、後衛まで送るで」と常闇の思考を遮り、


「リンドウちゃん、なんかあったら声かけーよ!」


ふと、最後尾を走るリンドウを振り返った時、
常闇の視界に、アジトとなる屋敷から上がる火の手が見えた。

その炎の中に、剛翼が見えたような気がして、目を凝らし、


「ッ!!」


常闇は確信した。


(あれはホークスだ!!)


瞬時にぶわりとダークシャドウを暴れさせ、ファットガムのお腹から這い出ようとする。


「!?あかんツクヨミ!」


ファットガムが止めようとするが常闇は止まらず、


「出たら、あかーん!!」


鍛冶場の馬鹿力で彼のお腹を這い出た彼は一気に空へ飛び出した。


『えっ!?何事!?』

「何してんだバカ!!」

「最上階!!ホークス!おそらくピンチだ!!」


驚く梓と上鳴に常闇はそれだけ言うと一気に屋敷まですっ飛んでいく。


「ホークスが!?」


ホークスのピンチよりも驚くべきは彼のパワーである。


(俺の脂肪から抜け出す奴なんて初やで、まったく!)


ファットガムは仕方がない、とお腹に入れていた3人をぽん、と地面に放り出すと


「リンドウちゃん、この3人と一緒にこっから後衛まで走、アレェ!?」


後ろを振り返るが、梓がいなくて。
「リンドウちゃん常闇追いかけました」と一部始終を見ていたらしい骨抜にそう報告され、ファットガムは「これだから考えるより先に体が動くあの一族厄介やねん!ふつー俺が行くやろ!」と思わず地団駄を踏むのだった。


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