大規模掃討作戦、前日。
梓は常闇、上鳴、B組の骨抜柔造、小森希乃子と共に昼食をとっていた。
骨抜のお誘いによる最前線チームのこっそり親睦会である。
食堂だと誰に話を聞かれるかわからないとの彼の判断でお弁当を購入し、外の木陰にシートを敷いてのんびりする。
「東堂さん、あの、」
『あっ、小森希乃子さんだよね?私、東堂梓っていいます。喋るの初めてだよね、よろしく』
「あ、うん!希乃子でいいよ!よろしくノコ」
長い前髪の隙間から見えた目が少し恥ずかしそうだけれど緩んでいて、梓は嬉しそうに小森と握手した。
同じくらいの低身長。
可愛らしい雰囲気の2人が醸し出すふんわりとした空気に、骨抜は微笑ましそう笑う。
ついさっきまで、小森は梓のことを怖がっていたのに、目の前にしてふにゃりと笑みを浮かべられ、すぐに警戒が解けたらしい。
クラスメイトである彼女に「な?怖くなかったろ?」と聞けば、梓が不思議そうに首を傾げる。
『私怖がられてたの?』
「そりゃァね、A組スリートップの破壊神サンだし」
『破壊神!怖い!』
「東堂ちゃんのことだよ。俺らからしたら、小大達3人相手に無双し、トラップごと破壊した君の戦闘力は見た目とのギャップがあり過ぎてね」
「最初は、私と同じでアイドルヒーローになりたい子だと思ってたの。でも、前の合同訓練で目がぎらついてて、…戦闘狂だと思ってたノコ」
『そんなわけないじゃん!ひどいイメージだな』
「あながち間違ってないぞ」
『こら常闇くんシーッ』
『なんか戦いに集中しちゃうと目がちょっとね、ギラっとなるみたいで』と少し顔を赤くする梓に、彼女のクラスメイトである常闇と上鳴は(ちょっとじゃなくね?)と頼もしい彼女の姿を思い返していた。
『希乃子ちゃん警戒解いてくれてよかった。私、仲間守るためにしか目ぎらつかないから大丈夫だよ!』
「超戦闘タイプ発言惚れ惚れすんだけど。いいなァA組」
「だっろー?時々自分が情けなくなるけど」
『なんで情けなくなるの』
「いやだって俺梓ちゃんみたいな度胸ねーもん!」
羨ましそうな骨抜に上鳴がドヤ顔しつつもちょっぴり本音を漏らせば、それを梓の耳は拾っていたようで。
自分でもカッコ悪いとは思っているが、彼女に度胸で敵う気がしないのだ。素直にそういえば、梓は不思議そうに頬に手を当てたあと、こてんと首を傾げた。
『前も言ったけれど、上鳴くんはとても凄いやつだよ』
ぱちりと目が合い、にこりと笑われる。
純粋なその目に、いつかに彼女と深夜お話ししたことを思い出した。
下手すれば自分よりも、自分のことを一心に信じてくれる彼女に少し気恥ずかしくなって「おんなじバチバチタイプだもんな」と笑って誤魔化せば、梓も乗ってきた。
『うんっバチバチタイプ!』
「なぁに?バチバチタイプ?」
『私と上鳴くん、個性バチバチするタイプだから!』
「何それ超可愛い。つか上鳴ずるい」
『柔造くんはドロドロタイプ?』
「なんかヤダ」
『希乃子ちゃんは…何タイプだろ?』
「きのこノコノコタイプノコ!」
『なにそれかわいいね!』
パァッと2人で笑い合う姿が微笑ましくて、上鳴の顔がデレデレと崩れる。
だが、ふと梓は『そっか、希乃子ちゃんの個性、めっっちゃきのこ生やすやつだったもんね』となにかを思い出すように顎に手を当てると、ちらりと常闇を見、そして、
『思い出した。ウチの常闇くん、負かしてくれちゃったあのエゲツないきのこ責め』
その目は、少し強い光を放っていた。
少しだけ口角があがり、『あれは、初見殺しだし防ぐの難しいよね』と言いつつも、自分ならどうするか、脳内で戦略を巡らせるような目をするものだから、小森は慌てる。
「今回は、共同戦線ノコ!」
『あっそっか』
「やっぱ戦闘狂じゃん」
「骨抜やめたげて!守るのに純粋なだけなの!」
「それより東堂、そろそろ本題に入らないか?」
「「「『あ。』」」」
常闇の冷静な助言で、昼食を食べながらはしゃいでいた4人は(そういえば明日作戦決行日だった)と思い出し、少し背筋を伸ばすのだった。
ー
昼食を食べ終えた5人の目の前には、小さな巻物が広げられていた。
「東堂ちゃん、これは?」
『幹部構成図と山荘付近の地図』
「は?」
「な、なんで持ってるノコ!?」
『調べたんだよ、まさか自分のためにもなるとは思ってなかったんだけど…』
仮免ヒーローも動員されると聞き、できる限り情報を集めようとした結果集まったのがコレだ。
仲間たちの助けになればとまとめはしたが、まさか自分にも恩恵があるとは、と梓は苦笑する。
それに対し、骨抜と小森は何のことやらと頭にハテナがいっぱい浮かんでおり、見かねた常闇が「お家事情だ」と言えば、ある程度事情を知っている骨抜は「あぁ…」と納得した。
「理解はしたけど、ちょっとまだ混乱してるわ」
「どういうこと?」
「…東堂、お前の家について、仔細はこの2人に伝えた方が良いのか?」
『秘密にしてるわけじゃないからいいけれど…でも、今は、私のことよりこっちの話をしよう』
骨抜くんは知ってるから、気になるようであれば骨抜くんに聞いてね、と頭にたくさんハテナを浮かべている小森に伝えると、
梓は巻物に書かれている地図の上に、近くにあった小石を乗せた。
『山荘はこの辺、んで、ABクラスの山荘組が待機してる地点はココ』
「俺たちは、プロヒーロー達と共にこのラインまで行き、初動のみ参戦し、仲間達のところに戻るということだな」
『うん、多分広域制圧組の柔造くんと希乃子ちゃんはこのラインで止まって範囲制圧かな…』
ことん、とまた小さな石が2つ置かれる。
上鳴くんは、増電個性の幹部がどこにいるかによって参戦位置が変わりそうだね、と真剣な目で手のひらに乗る石を転がしていて、
『喧嘩っ早い人だといいね』
「えぇ…怖いんだけど」
『でも、最前線に出てきてくれないと、上鳴くんはこのラインより先に進まなければならなくなるよ』
「それは嫌だ…!怖ェ!」
「東堂、俺の動きはどう見る?」
『常闇くんは…ハルの見立てだとここ付近の地下通路じゃないかって言われてる。少し入り込んだところだから、多分、柔造くんたちが広域制圧した瞬間一気に中央を抜けて塞ぐんじゃないかな…』
「と、なると、俺と共に行動するプロヒーローがいるだろうな。師は、招集されていないとサイドキックから聞いたが…」
『………ホークスさんは、まぁ、そうだね。別の人が護衛で付くだろうけど、誰だろ』
近接格闘強い人になるとは思うけど、と顎に手を当てて考えに耽る。
それを見て、骨抜は(さすが戦闘一族、戦術眼やば)と感嘆した。
(A組普通にしてるけど、この石の位置とか、戦局の状況予想とか、並のプロヒーローでも出来ないだろ…。経験値あってこその技術だぞ、コレ)
『奴ら、遊撃連隊・情報連隊・支援連隊・人海戦術隊って組織してるらしいんだよね』
「ふぅん、名前からして遊撃連隊と人海戦術隊が前に出てきそうだなァ」
『ね。情報連隊は下がるだろうなァ…』
「なんで?」
『本丸が議事堂だから、下がるさ。戦線整えたいはず』
「ほぇーー」
『でもその前に、整わずして決めたいところだよね。編隊組まれたら厄介だし、籠城される前に落城させたいもんなァ』
「ごめんちょっとなに言ってるかよくわかんね」
「わかれよ上鳴。つーか東堂ちゃん、兵法とか学んでた?戦略思考が仮免の其れじゃない気がすんだけど」
『うーん……小さい頃から、籠城された時にどう攻めるかとかどう打ち負かすかとか、戦略思考ゲーム的なのをずっとさせられたからかな。実戦演習も森や建物でよくやってたし…』
ころころと巻物の上で小石を動かしながらそう昔を思い出す梓に骨抜は思わず眉間にシワを寄せる。
上鳴はそんな彼を見て、(あー…そう言う反応になるよな)と苦笑した。
初めて聞いた時、大体みんなひくのだ。
そして、哀れに思う。
血反吐吐くような鍛錬を続けてきた目の前の少女の反省を、哀れに、可哀想に思う。
だが、当の本人は特にそんなことを思っていなくて。
『やっててよかったよ、私団体戦術編むのは苦手だからさ、こういう考察で少しはみんなの役に立てる』
パッと顔を上げてそう言う彼女の目がキラキラしていて、骨抜は面食らい、上鳴は予想していたように「ははっ、ありがと!なんかイメージできるだけで結構緊張ほぐれるわ」と笑い返した。
「……すげ、」
『すごくないよ。戦術眼なんて戦う内にいやでも鍛えられるし、そもそも私は状況が理解できても、それに応じて団体戦術を編むのはすごく下手なんだ』
「作戦は大体ヤオモモ任せだもんなァ」
「確かに八百万の戦略は常に先を見据える。そして窮地にこそ彼女の本領が発揮されるからな」
『常闇くんの言う通りだよ。ほんとに百ちゃんのオペレーションはすごい…。飯田くんのリーダーシップもね』
「そう考えると、ヤオモモと梓ちゃんって窮地で噛み合ったらマジやばそうだよな。一気に逆転しそう」
『あはは、ももちゃんなら命預けられる〜』
楽しそうだが物騒である。
少し小森が震えていれば、いきなり梓がクルッと巻物をしまった。
「「「「?」」」」
見ていたものがいきなり無くなり、4人が目をぱちくりとさせ彼女を見るが、彼女は別の方向を向いていて。
『……視線感じた、』
「え、すご。誰だろ?」
『警戒してたからわかった。向こうは殺気ないし、ただ私たちの誰かに用があるだけだと思うけど、って、あ!』
誰かが木の影から覗いている。
それに気づいた梓は少し大きな声をあげると、きらきらと目を輝かせて大きく手を振った。
『たまきせんぱーい!!』
「たまき先輩?だぁれ?」
「あ!あそこの木の影!ほら、ビッグ3の天喰環先輩じゃん!」
「上鳴、よく見つけたな。逆光でよく見えんぞ」
「ほら、あの人目立つの嫌いだから、ジメジメしてそうなところ重点的に探した。つか、あそこからの視線で気づいた梓ちゃんヤバい」
『警戒態勢だったからね。普通の時じゃ全然気づかんよ』
話していれば、
大声で名前を呼ばれた天喰が顔を青くして足早に近寄ってくる。
「大声で呼ばないでくれ…!」
『環先輩がいたからつい』
目立つのは好きじゃないんだ、と顔色悪く梓の側にしゃがみ込んだ天喰に上鳴が「天喰先輩こんちは!」と屈託ない笑みを向け、常闇、骨抜、小森はぺこりと頭を下げる。
「ビッグ3と仲良いのか」
「梓ちゃんはインターンで一緒だったからな」
少し驚いた様子の骨抜に上鳴がそう伝えれば、彼は「ああ、死穢八斎會の」と納得する。
『環先輩、何でこっちを見てたんですか?』
「…明日の件で、ちょっと。メンバーを見るに、君たちも明日の件について話していたんだろ」
『そうです。明日の件って、何か言伝ですか?』
じっと梓が天喰を見れば、彼は少し心配そうに眉を顰めつつもコクリと頷き、彼女の肩にぽん、と手を置いた。
「ファットが、申し訳ないことをしたな」
『え?』
「エンデヴァー事務所の君をこっち前線に引っ張り込んだと聞いているんだけど、」
『あ、気にしてません。必要とされているのであれば、頑張ります。それに、エッジショットさんの推薦もあったと聞くし』
「……」
『でも環先輩、私わからないんです。具体的に私は何を任されるのか』
「…それを、俺が伝えにきた」
ずっと下を向いていた天喰の目が前を向き、かちりと目が合う。
彼の目が心配そうだが、真剣で、(あ、環先輩すでに戦闘モードだ)と彼の強い目に梓は背筋をピンッと伸ばすと『なんでもやります!』と一族形式の最敬礼の形をとった。
「な、なんでもはダメだけど…、とりあえずやってもらうことは俺と一緒、常闇君と、その後のファットの護衛だ」
オールオッケーな彼女に天喰が戸惑いつつもそう伝えれば、梓は不思議そうに『常闇君?ファットさんの護衛?あの人護衛する必要あります?ヒヨッコの私が』と首を傾げた。
「ある。聞いたかもしれないが、初動で、そこの常闇君の力で塞いで欲しい通路がある。そこに行くまでの護衛がまず1つ。これは俺とファットと君の3人でやる」
『ほう』
「無事通路が塞げたら、常闇くんと他の3人はファットガムの脂肪に入って退散する予定なんだが、その間、ファットは攻防疎かになるため周りからの護衛が必要になる」
『なるほど。前線まで行き、常闇くんを連れて一気に屋敷内に侵入し、常闇くんが通路塞ぐまで護衛をし、そのままファットさんと一緒に上鳴くん、骨抜くん、希乃子ちゃんを連れて退散するってことですか?』
「理解が早くて助かるよ」
『退散する時、私たちどっちもファットさんに付き添って退がるんですか?』
「いや、俺が退路を守る。君はファットに付き添き、そのまま一緒に退がる」
『了解です!…でも、私でいいんですか?環先輩の肩翼を担うって事ですよね?』
内容は分かったが、なかなかな大役である。
他4人はあくまでも足止め、直接的に戦うというわけではないが、梓は違う。
場合によっては戦うことになるのだ。
最前線で、超常解放戦線と。
務まるだろうか、と眉を下げる梓とは別に、骨抜も複雑な表情をしていて、
「俺らを後ろに下げるためにファットが必要で、ファットを守るために天喰先輩と、もう1人必要な理由はわかりました。けど、それが東堂である理由は何すか」
意を決してそう天喰に質問を投げかけた骨抜に、上鳴も小森もコクコク、と何度も頷く。
常闇も、考えるように腕を組んでいて、
「確かに骨抜の言う通りだ。わざわざ東堂をそこに配置する理由がわからんな」
「……思慮深いな。説明するよ」
そう簡単には納得しないだろう2人に天喰は感心したようにそう言うと、ファットガムから聞いた内容を思い起こした。
「一気にアジト内部に突入し、すぐに抜け出す必要があるから、スピード及び近接格闘に優れていることが第一条件だった。そして、四面楚歌状態でも戦闘中の決断力があり立ち回れ、ファットガムと俺とコミュニケーションが取りやすく、最前線の戦力を削がないことも重要。退路を塞がれた時の突破力もあると尚良し」
「スピード、近接格闘、戦闘中の決断力、立ち回り、」
「ファットガムと天喰先輩と仲良しで、最前線の戦力じゃないコ…」
「んで、突破力と来たか」
「ああ、その条件に合致するプロヒーローを探したらしいが、結局今回の山荘側のリーダー格であるエッジショットが君を机上に挙げた」
確かに、彼女は条件にピタリと当てはまると思う。
骨抜は心配そうにしつつも、エッジショットの推薦ならば仕方ない、と降参したようにため息をついた。
他の3人も、適任だけど心配だなぁとチラリと梓を見る。
だが、当の本人は自分に求められている役割の難しさや多さなど気にせず『成る程』と巻物の地図を見直していて。
「俺も、君を前線に引き摺り込むのは気が進まなかったが、要求されている条件をクリアし熟るとエッジショットが信頼し、ファットガムがオーケーを出したのが君だった。君に、白羽の矢が立った」
『ふぅん』
「勿論、俺なりに最大限フォローはする。ただ、困難な任務であることには変わりはない…。やれるか?」
『やりますよ』
もしも不安であれば、ファットガム伝いで断ろうと思ってたのに。
即答すぎて、天喰は一回フリーズした。
『正直嬉しいです』
「え?」
『エッジショットさんの元にいた時、私はとても未熟だったので。その姿を見ていたのに、白羽の矢を立ててくださって、同じ戦場に並ぶ機会をくれた』
「……」
『期待に応えなきゃ。それに、天喰先輩と共同戦線ってことでしょう?なら、大体大丈夫ですよ』
「……太陽」
『え?』
「ミリオみたいだ」
『あははっ、最大級の褒め言葉です!』
明るく笑ったその太陽が沈まないように、
天喰は明日の作戦決行に向けて、静かに気合を入れ直したのだった。
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