184

無事、梓がインターンへの復帰を終えた次の日の朝。
チャイムがなり、A組の生徒たちはいつも通り一斉に席に着いた。


「おはよう」

「「「『おはようございます!』」」」

「今日の日程についてたが、午前中は通常授業。午後は個性圧縮訓練。それぞれ、個性の強化および必殺技の修練に努めてもらう。サポートアイテムやコスチュームについての相談が必要であれば、訓練の時間を使ってサポート科に行ってもいいぞ」


いつも通り、今日1日の流れを相澤が説明し終わったあと、「そして東堂、」ちらりと彼の目が自分を向き、梓はピシッと背筋を伸ばした。


「お前の圧縮訓練を再開する」


「マジか」「早くね?」「また暴発しちゃわないよね…?」と上鳴、瀬呂、葉隠がざわつく中、梓はやっとか、と少しホッとしたように笑みを浮かべた。

あの暴発の日以来、“嵐”という個性操作はリハビリから実戦まで行ってきたが、暴発の要因となった水の操作はまだ控えめだったし、そもそも前のようなギリギリの訓練はまだ禁止されていた。
どうやら、彼の中ではもう再開してもいいと目処がついたらしい。


「お前がまだだと思うなら、もう少し様子を見るが。いけるか?」

『もちろんです』


口角をあげて自信ありげに返事をすれば、少しだけ相澤は心配そうにしつつも、「よろしい」とだけ言うと教室を出て行った。


(あんだけの暴発があったのに二つ返事!)

(躊躇わねェねほんと)

(むしろ過保護三兄弟のほうが青い顔してた)





ランチ時、雄英高校の学食は大変混み合う。
相変わらずの混雑に梓は顔をしかめると、前を進む耳郎の制服の裾をキュッと掴んだ。


『耳郎ちゃんとはぐれちゃいそう』

「ははっ、梓小さいもんね。いいよ掴んでて」

『耳郎ちゃんもそんなに大きくないでしょ!』

「でも梓よりは大きいもんね」


にひひ、と笑う耳郎に梓が『そーいうのはどんぐりの背ぇ比べって言うんだよ』とぷんぷんするのを、近くに居合わせた普通科または経営科の生徒達はガン見していた。


「ヒーロー科の耳郎と東堂、初めてこんな近くで見た」

「耳郎ってあれだろ、文化祭ん時のボーカル。カッコよかったよな。東堂梓と仲良かったのか…!」

「そりゃそうだろ、文化祭であんだけ楽しそうにハモってたし。つうかやり取りが超かァいい」

「よく一緒にいるの見かけるよな…。東堂ちゃん天然そうだし、耳郎さんが面倒見てんのか」

「天然っつったって、戦闘の時はギャップすげェだろ。この前ニュースでエンデヴァーの後ろをサイドキックにくっついてチョロチョロしてたの映ってたぜ」

「エッ!?東堂ちゃんエンデヴァー事務所にインターンしてんの!?凄くね!?」


最期の1人の大声で、ひそひそ話されていることに気づいたらしい梓がビクッと肩を揺らして振り返る。
その目はまん丸と驚いていて、彼女越しに呆れ顔の耳郎もいて。


『う、うん、そうだよ。びっくりした…』

「………」

『あれ!?私の話じゃなかった…!?』

「……あっいや、あの、インターン…ガンバッテクダサイ」

『あっうん、ありがとう』


まさか話しかけられるとは思わず、咄嗟に硬直してしまった男子生徒はやっとのことで応援の言葉を絞り出すと、梓がお礼を言い終えるかどうかくらいのタイミングで一緒にコソコソ話をしていたクラスメイト達の後ろにピャッと隠れた。


『わっ、隠れた…、ごめん、なんかした!?』

「ああ何もしてない!こいつ君の輝きに当てられただけだから!」

「気にしないで!お腹すいてんだよね!?俺らに構わずどうぞ学食へ!ねっ耳郎さん!」

『ええっ私青山くんのような個性じゃないんだけどな』

「はぁーー…梓、行くよ。早く行かなきゃ日替わり定食無くなるよ。今日のデザートりんごだからどうしても食べたいんでしょ?」

『あ、そうだった』


耳郎のイヤホンがピッと学食のカウンターを指し、2人は揃ってまた人混みの中を突き進む。
それを見送りながら、話しかけられた男子生徒は(なんで会話しなかったんだろう…!友達になれたかもしれないのに!)と地面を叩いて後悔していた。






『学食、久しぶりに来た気がする』

「そうだね。一時期あんた、お昼も軽食で済ませて鍛錬してたし、暴発のせいでつい最近までご飯も普通食じゃなかったもんね」

『ちょっとなんで睨むのさ』

「心配してたの!」


もう、こっちの気も知らないで。
と少し不服そうな声を出す耳郎と、『ごめんって』とへにょりと眉を下げる梓は、学食内でも少し目立っていた。

それもそのはず。
耳郎は文化祭で存在を大きく知られた上に、今はギャングオルカの事務所にインターン中である。
そして、彼女と仲良さげな話をしている女子生徒も、有名だ。


「東堂梓、近くで見ると目ぇキラキラで超可愛いな」

「なんか体育祭で見た時より結構華奢だよな…アレで、エンデヴァー事務所にインターンしてんだろ?爆豪、轟、緑谷と一緒に」

「ええ、マジ?ついていけてんのかな?」

「時々エンデヴァー事務所のネットニュースに名前載ってるけど、テレビの取材とかは見たことねェよな?」

「ああ、噂だと、イレイザーヘッドが彼女のメディア露出を止めてるって話」


経営科の生徒のいう“噂”に、周りで聞いていた友人達はマジか、と驚いた。
イレイザーヘッドが特に彼女に肩入れしているのは聞いたことがあるが、それは彼女の両親がすでに死亡しているから、と風の噂で聞いたことがあった。
だが、


「担任がそこまでする?」

「しねェよな、普通。だからあんまり知名度上がんねェんだよ」

「爆豪や轟と互角の実力なんだろ?エンデヴァー事務所にインターンすんのも認められてるくらいだし」

「噂だろ?流石に盛りすぎだって。見てあの白い細腕、めっちゃ怪我もしてるし」

「メディア露出を避けるって…実力ないのにコネで事務所に受け入れてもらったから、とかそんなんかな?」

「どうだろ?まあでも、ほんとに強いんだったら、見てみたいよな」

「アッ、見ろ、他にも来たぞ」


ヒソヒソと周りの生徒が噂話をしていると、いつの間にか梓と耳郎が座るテーブルに赤い髪と黄色い髪の少年が近づいてきて、


「よっ、梓、耳郎。隣いーか?」

「梓ちゃん学食使ってんの久々見たわ」

「切島、上鳴…いーよ。この時間帯、どこも空いてないよね」

「まァ、学食は人気だからな」


周りが遠慮して座っていなかった2人の隣の席に何の躊躇もなく座ったのは、彼女達と同じ1年A組の切島鋭次郎と上鳴電気だった。


「うわまた一気に華やかになったぜ」

「目立ってんな。流石ヒーロー科」

「上鳴ってなんかヒーロー科の中じゃあんまりパッとしてなかったのに、チームラーカーズにインターンしてんだろ?ちょっと舐めてたのになァ」

「切島の方は、アレだろ。ファットガム事務所。あの指定敵団体死穢八斎會逮捕すんのにも関わってたってニュースで見たぜ」

「それ東堂ちゃんもじゃん?あの首謀者とやり合ったんだろ。オールマイトの元相棒が死んじまうほどの戦いでよく無事でいられたよな…」


想像するだけで身の毛もよだつ。
想像してぶるっと震え「よくヒーロー科続けられるよ…」と恐々するが、噂されている当の本人達は呑気に普通の高校生活を謳歌していて、


「梓ちゃんデザートりんごじゃん!やったじゃん」

『そうなのっ、今日は日替わり定食のデザートがりんごだよってかっちゃんに教えてもらって』

「はい出た爆豪。すぐ出る。梓ちゃんのお世話係その1」

「お世話係て」

「その2は耳郎だぜ?」

「上鳴やめてよ。つうか、轟と緑谷がその2と3でしょ」

「何言ってんだ。轟はあんな澄ました顔して梓ちゃんと同類だし、緑谷はただのオタクじゃん」

『同類とオタク。エンデヴァー事務所組散々な言われよう』


地味にショックを受ける梓に上鳴と耳郎が同時に吹き出し、切島が困り顔で「いじめんなよ」と笑う。
それを近くから眺めていた他の生徒は「会話平和すぎて尊い」と昼ごはんを食べる手を止め盗み聞きに集中した。


『私ちゃんと自分のことは自分で出来るよ?』

「何当たり前のことドヤ顔で言ってんの。戦闘面以外アンタのこと頼りにしたことないんだけど」

『ひっどくない?切島くん、私頼りになるよね!?』

「おお!後ろ守るためなら敵の殺気にも臆さねェ漢気、どんな状況でもブレねェA組究極の矛!超頼りにしてんぜ!」

『それ戦闘面じゃん』

「「ぶふっ」」


『何が究極の矛だ』「わり、それしかパッと思いつかなかった」『切島くんが一番ひどいよ』とA組の平和なやりとりが続く中、聞き耳を立てていた他の生徒達は思わず互いに目を合わせていた。


「聞いたか?今、あの“漢気”が代名詞と言われる切島に“漢気”って言われてたぞ?あの東堂ちゃんが。手から花出す個性持ってそうな東堂ちゃんが!」

「A組究極の矛!?A組って轟とか爆豪とか、パワー系の緑谷や砂藤、常闇もいるよな…」

「究極の矛ってヤバくね?あの“盾”の切島が言う程だぜ?」

「やっぱあの子が爆豪と轟と同格って噂、本当なんだって!」


信じられないが、本当なのかもしれない、と生徒達はごくりと唾を飲んだ。

体育祭では爆豪とやり合ったが負けてしまい、連合には連れ去られ、見た目の印象もあり、荒々しい“嵐”という個性を使いこなせておらず戦闘はそこまで得意ではないのだと噂されていたし、仮免を取った後も身内同然であるイレイザーヘッドにインターンしたと聞いて、まだインターンするには早いと学校側に判断されたのだと噂する者もいた。

だが、その後は同一人物か疑うほどの“噂”や“情報”が続いた。


「あの噂は本当だったのか?ほら、死穢八斎會の一件では、とんでもない破壊力で敵のシールドを壊したとか」

「その後、首謀者と戦ったってか?無理だろ!?」

「AB合同訓練の時は、3対1だったのに優勢だったらしいぜ」

「3人相手に優勢ってどんなチートだよ…流石に話盛ってんだろ」

「バンディット強盗団も捕縛したんだろ?」

「あれは、轟、爆豪、緑谷とイレイザーヘッドもいたらしいからな」

「エンデヴァー事務所にインターンしてる間も、なんか政治活動家の公演中のテロ食い止めたとか、エンデヴァーへの逆恨みで襲ってきた奴も捕縛したってネットニュースで名前載ってたし、」

「どっちもインターン中なら、エンデヴァーや他の奴らが…、って思ってたんだが……もしかして全部あの子も最前線で活躍してる感じ?」

「じゃないと“究極の矛”なんてクラスメイトに言われねェだろ」


俺たちの認識が間違ってたのか?と生徒達が恐る恐るA組4人が固まるテーブルを見れば、上鳴の冗談に花のように笑う梓が見えて、(ほんとにあれが究極の矛?)と自信がなくなる。


「でさ、」

『あっはっはっ』

「梓ちゃん笑いすぎだろ、俺だってアホになりたくてなってんじゃねーの!」

『ごっごめん、でもエッジショットさんに“阿呆になっている場合ではない”って言われてるのを想像したらほんと笑い止まらなくて』

「素直にひでェ!」

『ごめんって!ひー…笑った。あはは、エッジさんまた会いたいなぁ』

「ああ、そういやあの人、この前梓ちゃんに会ったって言ってたぜ?いつ?」

『うん、暴発する少し前に』

「ならちょっと前の話か…。って、そうだ!今日からあのギリギリ訓練するんだろ!?大丈夫なのかよ〜…?」

「ああ、そうだ。俺らまだ結構心配なんだけど、本当にやれんのか?」

「不安でしかないんだけど…」


楽しそうにしていた上鳴と切島、そして耳郎の声のトーンが落ちる。
少し重い空気になったソレに周りの生徒達はますます耳をダンボにした。


「ついこの間まで暴発で内臓傷つけて普通食避けてたやつが、またあの訓練するって、早くね?って思っちゃうよやっぱ」

「また暴発したらどうすんだ」

『もうしない。暴発させない自信がある』

「信用できないんだけど。ウチあれトラウマだよ」

『あの時100%で“嵐”出し切って、逆になんか“嵐”の激流の感覚が少し掴めたし…そもそもあの暴発、原因があるんだよ』

「「「原因?」」」

『うん、“焦り”。私、あの時周りが見えなくなるほどに焦ってたの。強くならなきゃって』


あっけらかんと言われたそれに、耳郎たち3人は思わず眉を下げて黙った。
それを周りで見ていた生徒達も、少し察する。


「東堂ちゃん、個性暴発させちゃったのか…」

「そうだよな…、エンデヴァー事務所にインターンって着いていくの必死だよな…」

「しかも周りには轟と爆豪だもんな…焦っちゃうよな…」

「…そっちかなァ?俺は、敵連合のこと言ってんじゃないかと思ったけど」

「敵連合?いや、もう学校の庇護下にいるし、エンデヴァー事務所に守られてるし、あんな奴ら敵じゃないだろ」


だってあの怪人脳無を倒したエンデヴァーだぜ?とエンデヴァーファンである生徒が誇らしげに語る中、『私が、私の身を守る術をつけなきゃ、周りを守ることはできないから』と後ろから決意を含んだ声が聞こえ、周りでヒソヒソしていた生徒たちはパタリとおしゃべりをやめた。


『あの時、強くなるよう言われた気がしたから』

「…それ、冬のインターン始まってからよく行ってるよね」

『うん、強くならなきゃ。それに、いざって時に大事なものを守れないし、サー・ナイトアイの時のように失った後で嘆くのはいやだ』

「…だな。俺も、あん時のこと今でも夢に見るよ」

『うん。めそめそしたって縋ったって失ったものは戻ってこないから、』


神妙な顔になった元祖インターン組に、耳郎と上鳴が少し心配そうに眉を下げている。
それを盗み見していた他の生徒達も、つられたように眉を下げた。


「そっか、あの2人…目の前でナイトアイが死んだんだもんな。まだショックだよな…」

「だから、強くならなきゃって焦ってんのかな」

「そんな落ち込まないでほしい。楽しそうにしてる東堂ちゃんが好き」

「お前ちょっとキモいぞ」



あんな子が、女の子が、気負わなくてもいいのに。と周りが少し同情する中、『だから、少々無理してでも暴発間際の圧縮訓練は必要だと、私も、先生も思ってるんだよね』と梓は気合を入れ直すように明るい声でそう言うものだから、周りは大丈夫だろうか、とますます心配になった。

もっと、強い人に、プロヒーローに任せればいいのに。まだ仮免取り立ての高校1年生なのに。
イレイザーヘッドもスパルタすぎんだろ、と周りがひそひそ話す中、

梓は続ける。


『敵連合は私が強くなるのを待ってはくれないからね』

「…そうだよな。自衛の術は持っとくべきだよな」

「だけど、あんまり無理しちゃダメだよ」

『わかってるよ』


本当かなァ、と耳郎が微妙そうな顔をする中、梓は『というわけで私早くご飯食べて訓練場行くね!』とデザートのりんごを勢いよくシャクシャク食べ始めた。

それを盗み聞いていた周りは、見た目と噂と言動がごちゃごちゃで結局強いのか強くないのかよくわからない1年A組3トップのうちの1人に、(よくわかんねェけど、しんどそうだから幸せでいてほしい)と親のような心境になるのだった。

_185/261
[ +Bookmark ]
PREV LIST NEXT
[ TOP ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -