サポート科の研究室から何やら大きな箱を持って出てきた少年に、廊下にいた生徒達はびくっと肩を揺らした。
「あれ、」
「No.1の息子、轟焦凍だ」
端正な顔立ち。オッドアイに、髪は紅白の左右非対称で左目を中心に火傷があるその姿。
1年A組の中でも入学当初から一番有名な轟焦凍は、どこに行くにもよく目立った。
そして、その容姿と圧倒的な個性から、女性人気も高かった。
廊下で居合わせた女子生徒達がそわそわチラチラと彼を見る中、当の本人は視線に慣れているのかあまりきにしていないようで箱をよいしょ、と抱え直すと歩き始める。
「カッコいい…」
「インターンでも活躍してるって」
「何キャーキャー騒いでんだよ。どうせコネだろ」
「そんなことないよ!轟くんはすごいんだから!」
「ほんと美少年。ポーカーフェイスな所がいいのよね」
「孤高の王子様って感じ!」
うっとり轟を見つめる女子達に男子生徒はどこがいいんだよ、と悔しい気持ちで彼を睨む。
確かに端正な顔立ちをしているのは認める。でも、何だ孤高の王子様って、とむすっとしていれば、
ふと、静かに前を向いていたその目がパッと明るく輝いた。
思わずその視線の先を追えば、
そこにいたのは、ヒーローコスチュームのカバンを抱えた小柄な少女、学校内では轟と同じく知名度の高い、東堂梓である。
「梓!」
『?』
廊下を横切ろうとしていた少女を名前を呼んで咄嗟に呼び止めた轟(孤高の王子様)は、箱を抱えたまま彼女に駆け寄ろうとする。
その姿を見て、女子達は((名前呼び!?))と衝撃を受けていた。
「えっ東堂さんって、名前で呼ばれてなかったよね…」
「呼ばれてなかった!っていうか、轟くんはみんなのこと名字で呼んでたはず」
「文化祭以降ただならぬ関係だとは警戒してたけど…うそ、ただならなすぎない!?」
「何言ってんだ」
何でお前らが知ってんだ、と呆れた目を向ける男子生徒をよそに居合わせた轟ファンの女子達は警戒心マックスで2人の様子を見守る。
『焦凍くん』
「もう行くのか」
『うん』
「時間あったら、俺のサポートアイテムについてちょっと話さねえか」
『それはいいけれど。私、サポートアイテムの改良案なんて言えないよ?』
「そこは期待してねえから大丈夫だ」
『ちょっと失礼だぞ』
ぷく、と頬を膨らませる梓に周りの男子生徒は((可愛い))と顔をだらしなくさせるが、轟ファン達は心中穏やかではなかった。
「どっちも名前呼び…!?」
「やだ、距離縮まってんじゃん」
「そういやあの2人インターン一緒だもん…えぇぇ、みんなのショートくんが…」
「轟くん、あんな子うさぎみたいな子がタイプなんだ…ショック…」
打ちひしがれる彼女らを他所に2人は廊下の隅で何やらサポートアイテムについて話し始める。
『何その箱。大きいなあ』
「ガントレットが届いたんだ。あと、壊しちまってたブーツの修理が終わった」
『ガントレット。どんなやつ?』
見せて見せて、とコスチュームのカバンを一旦廊下の隅に置いて箱を背伸びして覗き込む梓に轟は優しげに目を細める。
「力の圧縮をサポートしてくれるらしい」
『圧縮。そう、焦凍くんが圧縮し始めたらますます強くなるね』
「だといいが」
『足元は圧縮しないの?点で放出して推進力をあげるのは?』
「足元は、今のでまあまあ形になってるからな。手が難しかったから、サポートアイテムに頼ることにしたんだ」
『ふぅん』
「お前はサポートアイテム使わねえのか」
『う〜ん……圧縮は常々やってることだから今更必要ないとして、放出操作にどれだけサポートアイテムが機能してくれるかなんだよなぁ…』
悩ましげに頬に手を当てて首を傾げた少女に、轟と同じように同じ方向に首を傾げて「それもそうだよな…」と難しそうな顔をする。
『スピード、少しも殺したくないからなぁ』
「確かに。速さは梓の代名詞だもんな」
『だといいんだけど。ていうか最近常闇くんすごくない?空ビューンって飛ぶじゃん!ちょっと焦る』
「飛んでたな。でも、お前の方が速いだろ」
『まだ、ね。でも、瞬発的な速さなら兎も角、…持続的なスピードで常闇くんに勝てるかと聞かれたら、それはわからんよ』
肩をすくめて箱の中を覗くのをやめた少女はちらりと廊下の窓から空を見上げると『師匠がホークスだからね、常闇くん』と感慨深げで。
一度会ったことがある轟も「あの人速かったもんな」と納得している。
『うん、負けられないなぁ』
「負けないだろ、お前は」
『相も変わらず無条件に信じてくれるんだねぇ』
「無条件?冗談だろ」
『へ?』
「背ェ合わせて見てきてるから、確信してるだけだ」
『……それは、光栄だよ』
当たり前のように轟に信頼され、思わず臨むところだ、と口角を上げた梓に、
一連の流れを見ていた女子生徒達は先ほどまでとは別の意味で色めきだっていた。
(東堂さん、可愛い系なのに最後の顔超イケメンじゃなかった…??)
(“光栄だよ”ってニッて笑った顔にドキッとしたんだけど)
(ちょっと早く寮帰ってあの子の出回ってる動画探そ……ヒーロー名なんだったっけ)
(リンドウ!確かリンドウだよ!)
(お前ら結局どっちのファンなんだ)
ー
更衣室に向かうところで偶々轟と会って、軽くサポートアイテムについて話した梓は、流れのまま彼と共に更衣室まで向かい、そのまま一緒に訓練場まで向かっていた。
『お、いいじゃんガントレット。かっこいい』
「そうか?」
『試し打ちするの?』
「まだ慣れねぇから、今日は様子見だ」
『そう』
「お前は、圧縮訓練を再開するんだよな」
さっきまで楽しそうな声音だったのに。
少し沈んだ気がしてふと隣を見上げれば、少し気落ちしている相棒がいて梓はこてんと首を傾げた。
クールな彼は基本あまり表情が変わらない。
しかし、付き合いも長くなるとその些細な変化が梓は少しわかるようになってきた。これは何か心配している表情だ。
『なにかあった?』
「…本気で言ってんのか?」
心配なって聞けば、なぜか引かれ、梓は解せぬ、と頬を膨らます。
『本気だよ』
「……暴発が心配だ」
『あっ私のことだったの』
「悪いかよ」
『…ううん、でも、大丈夫。もう暴発しない』
「………可能性はゼロじゃねぇ」
『そうだけど。……、もしもの時は、また止めてくれると助かる』
「止めたのは俺じゃない」
『消してくれたのは相澤先生だけど、轟くん達が勢いを殺そうとしてくれたから意識保っていられたんだよ。感謝してる』
軽くそう言った彼女に、何でそんな軽いんだ、死にそうだったくせに、とじとりとした目を向ける。
あの時の光景は轟にとって軽くトラウマなのだ。
梓が視線から逃げるように早足で歩けば、逃すものかとばかりに轟が隣をピッタリついてくる。
そうしているうちに訓練場に着いて、
困ったように眉を下げた梓は、そんなに怒らないでよ、と苦笑しながら、ゆっくり訓練場の扉を開けた。
『もう2度はあんな失態起こさないよ』
「そもそも“暴発なんてさせないよ”って言ってたのに暴発させたのはお前だぞ」
『私の信用ゼロじゃん』
自業自得だと思う、と珍しく厳しい轟に(心操みたいな小言言ってくる…)と微妙な顔の梓だったが、訓練場を見てその透き通った目が大きく見開いた。
『あれ?』
「やァ、A組の3トップ、轟くん、東堂さん!奇遇だねェ!聞いたよ、個性のコントロールも満足にできないトップメンバーが暴発したん、ッ痛」
「悪いね、梓。鉄哲から話は聞いたけど、もう体は大丈夫なの?」
『物間くん、一佳ちゃん!?だ、大丈夫だけれど、物間くん大丈夫?』
「B組が何人かいるぞ」
物頭を殴った後何事もなかったかのようにニコリと笑みを浮かべた拳藤。
そして周りにはB組の生徒が10名程いて、梓と轟は揃って首を同じ方向に傾げた。
「俺ら、訓練場間違ったか?」
『あれれ?』
「間違ってないよ」
「『相澤先生…』」
先に来ていたらしい相澤がひょっこり現れ、そう言うものだから、じゃあ合同訓練?と梓はますます首を傾げる。
「いや、単にダブルブッキングした」
「予約システムに手違いがあったようだ」
すまんな、と相澤とブラドキングに謝られ、
びっくりはしたが特に困ってはいないので轟と共に首を横に振れば、相澤が改めて珍しそうに2人を見た。
「お前ら2人が1番乗りとは珍しいな」
『あ、私は早めに行って体慣らしとこうと思って、』
「俺は、梓につられて」
「そういうことか。さっき飯田にダブルブッキングした伝令を頼んだところだが、お前らとはすれ違いになったようだな」
「伝令…ってことは、今日の圧縮訓練は中止ですか」
「いや、前半と後半でメンバーを分けてずつ使うことになった。お前らは前半、後ろの彼らはB組の前半組だ」
「『なるほど』」
だから半分くらいしかいないのか、と納得した梓の隣で轟は不思議そうに「残りの奴らは何してるんすか」と相澤を見上げる。
「サポート科に行ったり、トレーニングルーム使ったり、だな」
「そうですか」
「時間も短い。早速始めようか」
轟は体慣らしてこい、東堂お前はあっちだ。
とテキパキ指示が飛び、梓達はB組に混ざって一足先に圧縮訓練を始めた。
ー
B組の生徒は、各々自分の個性に合ったスペースで訓練をしつつも、少し気になる様子で梓と轟の圧縮訓練をチラ見していた。
「うわ、轟の圧縮訓練って、ひたすら炎を凝縮して放出すんの?あちちち、こっちまで熱さが」
「相変わらずのチート個性だよな。エンデヴァーかよ」
円場と回原が顔を引き攣らせるのは、セメントス作の崖の上でひたすら氷に圧縮した炎を撃ち込む轟である。交互に放出することで、周りは水蒸気のような煙が立っていた。
「あっちもすげェ」
嵐やべェ、と梓に釘付けになる鉄哲の視線につられるように柳レイ子も彼女の訓練を見るが、
「相澤先生付きっきり…。確かに、暴発したって聞いたし、まだ完治して日も浅いんでしょ。ウラメシいよね」
「まーねぇ。でも、全然ブランク感じさせない動きしてるけど」
合同訓練の時より個性操作上手くなってない?と感嘆する取蔭切奈の問いに物間は「確かに。暴発の後であそこまで出来るなんて、やっぱ彼女、頭のネジが飛んでるよ」と引き気味に頷く。
そんなことを話していたら、わらわらとA組の他の前半メンバーが訓練場に入ってき、
彼らと軽く挨拶を交わし、人数も揃ったところで本格的な個々の圧縮訓練が始まったのだが。
(やっぱすげェな)
なかなか見られないライバルクラスの上位組の訓練は気になるもので。
鉄哲だけではなく、その後もB組の面々は、自分の訓練もしつつ時々梓と轟の訓練を時折眺めていた。
と、暫くして、ずっと梓の水操作を見守っていた相澤が動いた。
彼は一旦彼女を制止すると、轟に「こっちに来てくれ」と声をかけ、不思議そうな彼はきょとん顔で梓と相澤に近づく。
「?何すか?」
「…悪いな。ちょっと手伝ってくれ」
「『手伝い??』」
同じ方向にこてん、と首を傾げた2人に相澤はいつものやる気のなさそうな目でじろりと梓を見ると、「轟、お前も知っての通り、東堂は大規模操作は苦手分野だ」と何故かお説教のようなものが始まって話題に上がった当の本人は罰の悪そうな顔をした。
そんな彼女の感情などいざ知らず、轟が「知ってます」と即答するものだから梓が若干ショックを受けたような顔で自分よりも背の高い彼を見上げる。
『そんなはっきり言わなくても』
「あ、わりい」
「本当のことだろ」
『先生、私、前に比べたら随分コントロール力上がりましたよ…!』
「確かにな。やっと自在に出力量の操作はできるようになってきた」
『でしょ!?』
「が、そもそも敵の個性を相殺するのにどれくらいの出力が必要か、わかってないだろ」
『ぐっ』
すぐ論破されダメージを受けた梓に轟が「気を確かに」と寄り添うのを見ていたB組の面々は思わず吹き出した。
「何あいつら、漫才してんの」
「2人ともちょっとアホだよな」
笑いを堪えるように肩を震わす取蔭に回原が頷き、「そこが東堂ちゃんの可愛いところでしょうが」と円場が胸を張るものだから「何でお前が誇らしげなんだ」と拳藤のツッコミが入る。
そんな中、鉄哲は神妙な顔で顎に手を当てていて、
「確かに、東堂の訓練、ちらっと見る限りだと、出力の調整は出来てるっぽいよな。でも、そうか、ああいう出力系の個性は、敵の大規模攻撃を相殺する技術もないといけないのか」
「なるほど!敵の力を相殺か…確かに、必要だよな。物理的な攻撃は鉄哲や俺でも防げるけどさ、炎とか氷とか、雷とか、自然現象系の範囲攻撃って、やっぱ同じような範囲攻撃返しで相殺するしかないもんな…。まさに轟じゃん」
だから呼んだのか、と円場が自分の推理に結論づけていれば、丁度相澤が轟に同じようなことを言っているところだった。
「例を出せば、“荼毘”。あんな範囲攻撃を相殺できんのは、お前らのような自然現象系の個性だけだ」
『そりゃそうですけど…、瞬時に奴の出力量を見量って、同出力の水ベースの嵐を叩き出すってことですよね…?ハードル高っ』
「雷がちと漏れる分には構わんが、風は炎を助長させる。9割は水だろうな。あと、火力が強けりゃそれだけ水の量も増える。同出力じゃどうにもならん時もあるぞ」
『もっとハードル上がった』
「加えて、今は荼毘を例に出したが、荼毘だけじゃない。敵には、轟のように氷を出すものもいれば、お前のように雷を出すものもいるかもしれん」
『…氷は同出力の雷で砕き、雷は相殺するほどの暴風で吹き飛ばす』
「そうだ。お前が今一番出来ていないことが、それだ。そして、その点について轟は東堂よりも上手い。教えてもらえ」
「確かに…個性重視の俺は、そういう使い方しかしてこなかったですから」
『私と焦凍くん、真逆だからなぁ…』
そうして、轟の炎、梓の嵐(水)をぶつけ合い相殺する訓練が始まった。
ー
個性ぶつけ合い相殺訓練が始まる前に、轟が梓に炎を向けたくないと駄々をこねる一悶着があったものの、「この訓練がひいては東堂自身を守ることにも繋がる」と面倒そうに相澤に説得され、やっと訓練が再開された。
それを自分の訓練がてら見ていたB組の面々は(気持ちわかるけど、首横に振りすぎだろ)(顔青かった。どんだけ東堂のこと好きなんだよ)轟に少し引いていたりしたのだが、腹を括った彼らの訓練に、ああ轟ちょっと可哀想、と周りは同情し始めていた。
ーズガァンッ!
『でっ!あっつ!!?』
「わりい!!」
「気にするな。進まん」
『あちち、いたた』
何度かぶつけ合った炎と水。
だが、どうしても出力の加減が難しくて、3回に1回は炎に押し返された梓は、火傷まではいかないものの、ヒリヒリとした傷を受けて顔を顰めていた。
それを見てすぐに轟が駆け寄ろうとするが、相澤の捕縛布が巻き付く。
「先生、離してください…!」
「ミスったアイツが悪いんだろうが。お前が、アイツがミスるたびに駆け寄って何になる」
「でも、」
『しょ、焦凍くんごめん、私下手くそで。でも、大丈夫、ちょっとヒリヒリしてるだけ』
「前髪チリチリしてるぞ」
『え゛っ、あ、本当だ。大丈夫です、先生。いずっくんが、チリチリしててもかわいいって言ってたので』
「結構チリチリしてるけどな」
『え……』
ちょっと自信がなくなって前髪をぺたりと手で抑える梓に轟が「大丈夫だ、責任取る」と真剣な顔をする。
それを興味本位で見学していたB組の面々は、訓練中に何を言っているんだ、と思う手前、一見儚げで華奢な少女に炎をぶつけなければいけない轟の心情を思うと少し同情してしまう。
「東堂ちゃんが燃えかけんの心折れそう…」
「円場まで顔真っ青」
「だって取蔭、カワイソーだと思わねェのか!?」
「イレイザーヘッドも言ってたけど、あれがあの子の飛躍のためでしょ」
「でも轟、顔真っ青すぎて見てらんねェ」
「多分トラウマなんだよ」
後ろから掛けられた声に、話していた円場、取蔭、鉄哲がびっくりして後ろを振り返れば、そこには眉間に皺を寄せた耳郎がいた。
「耳郎…トラウマ?轟の?」
「そ。轟、仮免試験で梓のこと燃やし掛けたらしいし」
「「そうなんだ!?」」
「しかも、もともと親父さん関係で炎に対して拒否感持ってたしな」
耳郎に続けてそう言ったのは切島で、2人の話を聞いて改めてB組の面々は轟に同情した。
きっと彼にとって、梓は一番炎を向けたくない相手なのだ。
そんな彼女が自分の炎で怪我をしている。
訓練中で、相澤も言う通り、ミスしているのは梓のほうで、決して轟は悪くないけれど。
それでも、いつもクールな彼の表情が強張っていて、
ーゴウッ!!
『うっわぁ、間違った!熱いっ!』
「っ、わりい!」
また相殺がうまくいかず、梓がぎりぎりで炎を避ける。
それを見た轟の表情が暗くて、辛そうで、
でもこれは梓が強くなるためには必要なことで。
周りが同情の目で見ていた、その時だった。
『……、先生、やり方変えていいですか?』
暫く顔色の悪い轟を見つめた後、何かを決心したように前髪がチリチリした梓が、相澤に向かってそんなことを言うものだから相澤は思わず「は?」と疑問符を投げた。
「やり方を変えるだと?」
「梓…?」
『焦凍くん辛そうで見てらんなくて』
「いやどっちかというとこの場合辛くてしんどいのはお前なんだが」
『私もそうかなって思ってたんですけど、でも焦凍くん、私が燃えるのすごく嫌いみたいなんですよ』
困ったように頬に手を当ててそう言う梓に聞いていたB組の面々プラス耳郎と切島は(そりゃそうだろ)と内心ツッコミが揃った。
彼女は真剣なようで、『だから、しんどそうで見てらんなくて』と続ける。
「……何か良い方法があるのか?」
『やってみないと何とも言えないんですけど、』
「俺は、お前に炎を向けない方法があるならそれが良い」
『うーん…どうだろ。とりあえず、やってみよ』
自分についた煤を払ってスタスタと轟まで歩き始めた彼女は、彼の真ん前に立つと、『ん。』と両掌を前に出した。
「??」
『焦凍くんも、合わせるの』
「?おう」
言われた通り、轟も同じように両方の掌を前に出し、
少し低い位置にある梓の両手とぺたり、と合わせる。
『わ、焦凍くん手大きいね』
「梓は、小せえな」
『ふふ、そうかな』
そのやりとりで、やっと強張っていた轟の表情が少し緩む。
梓はそれを確認すると、ゆっくり、轟の手に自分の指を絡めた。
「…梓!?」
『焦凍くんも、ギュッと私の手を握って』
「は!?」
『いいから』
クールな轟の表情が、真っ青から落ち着いたかと思えば真っ赤に変わり、狼狽えながらも言われた通りにおずおずと指を絡める。
それを見ていた面々は、発狂し掛けていた。
「あれ!?なんかいきなり少女漫画始まったんだけど!?」
「ひゃー!何あれ!?A組いつもあんなことしてんの!?」
「してねぇよ!!」
「梓ってば、人との距離がちょっとバカなところがあるからなぁ…」
「バカどころじゃないでしょ!?何耳郎さん慣れた顔してんの!?」
「円場興奮しすぎてうるさい。確かにちょっとびっくりはしたけど…理には敵ってるかも」
考えるように頬に手を当ててそう言った取蔭は「だから、イレイザーヘッドも見守ってんでしょ」と梓の保護者のような担任を指を指す。
彼は、なんだか複雑そうな形容し難い表情をしていたが、暫くして「成る程。やってみろ」と梓に先を促していた。
「は?」
『焦凍くん、息を合わせて同出力で相殺させていこ』
「……」
『ぶつけ合わせるんじゃなくて、この状態のまま放出する。私が焦凍くんに合わせる。微量から、徐々に出力を上げていってほしい』
「……」
『ちなみに、手繋いでんのは、直に出力量を見るため。雨のベールを大目に纏った上で出力していくから、火傷はしないよ』
ニッと上がった口角は相変わらずカッコよくて。
轟は梓に応えるようにコクン、と小さくだが力強く頷くと、
「手、離すなよ」
ギュッと一回り小さな手を握る自分の指に力を込めた。
そうして、約1ヶ月の間、轟と梓は出力調整訓練を重ねた。
毎日ではないが、時々行われるその訓練に爆豪が「他にやり方あんだろが!!」と目くじらを立てたのは言うまでもない。
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