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翌日、朝からエンデヴァー事務所は慌ただしかった。
来所するヒーロー達を迎える為、サイドキック達がバタバタと動き回る。


「あ、リンドウ、この会議資料2部足りなくて、コピーお願いしていいか!?」

『アッはい!』


なまじお嬢様として育ったせいでこういう時に何をすればいいかわからず、ぽかんと突っ立っていればサイドキックの1人に仕事を告げられ梓は慌ててコピー機へ走った。


(コピー機の使い方はこの前キドウさんに教えてもらったから大丈夫…!)


1人で使ったことがないので少しドキドキだが、
教えてもらった通りに原稿をセットし、ボタンを押そうとした、その時。


「アーッ!リンドウちゃんやんか!元気しとった!?会いたかったんやでー!」


真後ろから大声で声をかけられ梓はビクッと体を浮かすと同時にコピー機のボタンを押し間違えた。


『あっファットさん…って、あわわわわたくさん出てくるどうやってこれ止めるの!?』

「リンドウちゃん?アレ?聞こえとらん?おーいそこのコピー機の前の東堂梓ちゃーん!!」

『き聞こえてます!でもコピー機が!』

「なんや聞こえとったんかいな!」

『ファットさんこれどうしようコピー機が!』

「久々の再会やのにさっきからコピー機コピー機言うて。もうちょい“会いたかったですぅ”とかないんかい」

『紙たくさん出てくる!!』


「見てられない」


むすっと腰に手を置くプロヒーローはファットガム。その付き添いで来ていた天喰環は一連の流れに顔を青くすると、コピー機の前で慌てふためいている後輩の元へ急いだ。


「…これを、押せば止まる」

『たっ環先輩〜!!』


ぽち、と中止ボタンを押せば、印刷が止まり歓喜のあまり腕に抱きつく梓に今度は天喰が慌てふためく。


「ちょっ」

『止まった!よかった!!ちょっと多めにコピーしちゃった!環先輩助けてくれてありがとうございます!』


ガバッとお礼を言った梓はすぐに近くのサイドキックにコピーをした資料を渡すと、いまだ腰に手を当てむすっとしているファットガムに向き直る。


『ファットさん、お久しぶりです!』

「やあっとこっち向いた。ずっと待っとったんやで!」

『すみません、コピー機と格闘してました』

「見てたで。えらい慌てとったな」

『ほぼファットさんのせいですよう』

「言うようになったやないか」


ファットガムと会うのはインターンぶりだ。
梓はフォルムもノリも変わらない彼に、会えてよかったと笑い駆け寄った。


『ファットさんも呼ばれてたんですね』

「おん、リンドウちゃんおるって聞いとったさかいちぃと早めに来たんやで。お喋りしよや」

『わあ、したいで、』


頭を撫でようと手を伸ばしてくるファットガムに警戒心ゼロで近づいたところで、梓はハッとした。


“たとえ見目がお前の知り合いと一緒でも中身まで一緒とは限らんぞ”

“トガヒミコの存在を忘れたわけではないだろう”


エッジショットに言われた言葉を思い出し、
思わず後ろに下がろうとしたところで天喰にぶつかり、また気づく。


(天喰先輩もいるってことは、トガヒミコは2人には化けられないはずだし、本物だよね)


それでも緊張して、固まっていれば、


「何やってんだサボり野郎」

『……かっちゃん』


爆豪に腕を掴まれ引っ張られた。
少し顔色悪く彼を見上げれば、察したようにファットガムと天喰を交互に見、眉間に皺を寄せる。


「切島んとこのか」

「切島くんの友達かいな。アッそういや目つきと柄ん悪い友達おるって言うてたわ。アンタやろ」

「ファットガム、それ多分本人に言っちゃいけないやつだ」


本当目つき悪いわ!とゲラゲラ笑うファットガムに俺まで睨まれる、と天喰が顔を青くする。
それを見て、ああ本物だと梓は肩の力が抜けた。


(本物だ、切島くんが言いそうだし、よかった、)


安心して、ファットガムに近づこうとしたところで爆豪に首根っこを掴まれ『ぐえっ』と呻き声がなる。


(え、なに?もう大丈夫じゃない?)


ちらりと爆豪を見上げれば彼はジッとファットガムを見定めていて、


「……、切島が、最近アンタんところにホークスが来たって言ってた」

「おん、なんか本もろたわ」

「……」

「読んどらんけど。俺本読まんもん」


少し緊張が走ったあとすぐに拍子抜けなことを言われ思わず梓は『ぶふっ』と吹き出した。
爆豪も警戒するのを止めたようで、少し呆れた表情でファットガムを見上げている。

「コイツは大丈夫だろ」と掴まれていた首根っこが解放されたところで遠くから「バクゴー!こっち手伝えっつったろ!」と聞こえ、ああ仕事すっぽかしてこっちに来てくれたのか、と梓は申し訳なさそうに眉を下げた。


『かっちゃんごめん』

「チッ、俺あっち行くからお前はコイツらから離れんじゃねェぞ」

『うん!』


「リンドウちゃんまたちょっとお姉さんになって可愛なったなァ〜!」


小声で交わされた会話はファットガムには聞こえていなかったようで、首根っこを解放された梓はしばらく、ヨシヨシヨシヨシと撫でくりまわしてくるファットガムにされるがままになるのだった。





右にファットガム、左に天喰環。
性格真逆な2人に囲まれて、梓は安心し切ったように笑っていた。
結局役立たずのまま会議の準備は終わってしまったが、「始まるまでうるさいファットガムの相手をしていてくれ」とキドウに言われ、サボりではなく正式にお喋り中である。


「それにしてもリンドウちゃん活躍目覚ましいな!大阪でも、エンデヴァー事務所のインターン組がヤバい言うてるで」

『そうですか?ファットさんのほうが大人気ですよ』

「リンドウちゃんも人気やって。ネットじゃこのままエンデヴァー事務所のサイドキックになるんやないかって噂されとるけど、お家の方がうるさいやろ」

『あ、はい、卒業後はどこの事務所にも所属せずフリーでやります』

「かつてのイレイザーとおんなじやな。フリーのノウハウやらメディア避けはアイツの言う通りせなあかんで!?リンドウちゃんちょーっと抜けとるからな」

『あははっ、そうですね、頼りきりになりそうです。あっでも、最近頼りになる側近がついたんですよ!』


思い出したようにそう言った梓にファットガムは、はて?と首を傾げた。


「九条と水島、泉やろ?」

『泉さんはお父さんの部下ですよ?』

「ハヤテさん死んだやん」

『そうなんですけど、泉さんはお父さんにしか忠誠誓わないって。それに、さっき言った側近っていうのは、九条さんと水島さんじゃなくて、』

「は??」

『東西南北の分家から1人ずつ登用したんですよ』

「そうなん!?大丈夫なん!?リンドウちゃんお世辞にも身内に味方おるとは言えんかったやろ!?」

『まあなんとかなってます。結局みんな守護のためにうごいてくれるので』


お家騒動のことなど掻い摘んで事情を話せば、ファットガムは「ファー…、やっぱイカれとるわ、東堂一族」と少し引いていて、ずっと黙って聞いていた天喰に至っては顔色が悪く「耐えられない…」とつぶやいている。


「なんやねん側近任命式って怖いわ。つーか俺呼んでくれてもよかったんやで?後ろ盾欲しかったんやろ」

『ええっ、そんな、ファットガムさんに頼むなんて!』

「ええって。で、結局だれが後ろ盾になったん?イレイザー、は当確やろ?」

『あ、はい、あとマイク先生も!ほかは、有名事務所にインターンしてるクラスメイト達が』

「え、じゃあ切島くんも?」

『あ、そうなんです環先輩。切島くんも来てくれてっ』

「なんやねん。俺の方が絶対ええやん」


むすっと大きな頬を膨らませるファットガムは不服そうで、プロヒーローにそんなことを頼めるわけないとブンブン首を振る梓に天喰はそりゃそうだと理解を示す。


「随分大変な目にあっていたんだな…胃に穴が開きそうだ」

『ほんと、胃が痛かったです』

「胃薬ならいつでもあげるよ」

『なんでいつでも持ってるんですか』

「ファットガムといると常に胃が痛くて」

「なんや俺のせいみたいな言い方やな!豆腐メンタルの環があかんのやろ」


ぷんぷんしているファットガムはフォルムのせいか迫力がなくて、思わず笑ってしまえばつられたように天喰も目を緩めた。


『相変わらず、ファットさんところは楽しそうです』

「そうやろォ。ああそういや、切島くんがな、インターンで友達連れてきとってん。そん子も梓ちゃんのこと楽しそうに話とったで」

『だれだっけ?』

「…B組の、鉄哲君。知り合いだろう?」

『ああ!てつてつくん!知ってます。前に毒ガス敵と戦った時共同戦線張りました!』

「鉄哲君も同じこと言うとったわ!梓ちゃんが刀で銃弾弾いたありえん言うてな。あと、“生きて会おう”言うて次の敵倒すために走り去った背中に“漢気”て書いてあった〜かっけ〜ってずうっと切島君と話とったで」

『えっはずかしい』

「なんでや。かっこええやん」


顔を少し赤くし『結局あのあと連合に捕まっちゃったからなんもかっこよくないです』としょんぼりする梓の隣では、「クラスメイト達から尊敬の目で見られるなんて」と天喰が眩しそうな目をしている。

と、そこで、キドウ達から会議が始まると声がかかり、ファットガムは「まだ話し足りんのに」と少し残念そうにしつつもよいしょ、と立ち上がった。


「じゃ、梓ちゃん。またな。今度なんかあったら俺か環を頼り」


よしよし、と撫でてくれるファットガムに『ありがとうございます』とぺこりと頭をさげ、次は天喰の方を見れば、彼は自信がなさそうに「俺が力になれるとは思えないけど、」と眉を下げていて、


「でも、」


天喰の脳裏に、あのインターン後に交わした会話が思い出される。

あの日、ナイトアイとのお別れの日、
部屋の隅で立ち尽くしていた彼女は自分の弱さをひたすらに責めていた。
ナイトアイの死も通形の個性喪失も、もう少し自分が早く着いていれば状況が変わったかもしれない、と見ていられないほど憔悴して自分を責めていて。

天喰からすれば、彼女の活躍はまさに太陽のようだった。
インターン初参加、仮免取り立てながらにあんなに大健闘したにも関わらずそこまで落ち込むものだから、自分のようなものがと思いつつも彼女を慰め、励ました。
その時に、言われたのだ。


“治崎だけじゃない、まだ敵はわんさかいる。俯いてる時間はありませんもんね。すぐにでもサンイーターの隣に並べるように、私もがんばります”

“待っててください、追いつきます”


天喰は意識していなかったけれど。
彼女の中で自分は、追いつく存在。隣に並びたいと思う存在だとあの時、言葉で教えてもらった。

天喰からすれば、彼女はミリオのように太陽のような存在で、まさか彼女が自分を上位に置いているなんて思わなかった。のに、彼女は。


『環先輩?』


緩く、優しい目がどうしたの?と自分を見上げる。
それを見て、天喰は、ああ俺はこの子の先輩だ、頼りにならなきゃならないんだ、とあの時と同じようにキュッと彼女の両手を掴んだ。


『?』

「何かあったらすぐ駆けつける」


彼女をじっと見下ろし、そうはっきり言えば、「まじか環」とぽかんとするファットガムをよそにその目が少し見開き、そして嬉しそうに笑った。


『サンイーターが、駆けつけてくれるんですか』

「ああ」

『…、安心感しかないです。ありがとうございます』


キュッと両手を握り返してくれた少女に応えるように、天喰は先輩だから、とコクリと大きく頷いた。


その後、無事会議は何事もなく進行し、ファットガムや天喰環を含むプロヒーロー達は帰路についたのだった。

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