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待ち構えていたように現れたプロヒーローに歓声をあげたのは生徒たちだけだった。

相対して九条とハルトはこれでもかと顔を引き攣らせており、予想していたらしい西京は「だから、一筋縄ではいかぬと申しましたのに」と呆れ顔をしている。


「どうせそんなとこだろうと思ったよ。先回りしといて正解だった」


鬼の形相の相澤は「お前の考えそうなことは対策済みだ」と睨みを効かせていて、
そんな彼の態度に骨抜は(おいおい保護者に対する態度じゃないでしょアレは…)とカルチャーショックを受けるが、
切島を始めとするA組の面々は「保護者参上!」「やっちまえ」と安心し切った顔をしていて、ああ、家がこういう状況だから担任が保護者代わりになっているのか、と少し事情を察し、相澤にも梓にも同情した。


「…ハハッまさか回り込まれてるとは思わなんだ」


やっと動揺を消した九条の後ろではハルトが不機嫌を隠さず相澤を睨みつけている。


「九条殿、我が姫君の恩師とはいえ、この者…些か干渉が過ぎるのではないかと存じますが、」

「干渉?俺は受け持ちの生徒の保護者を丁重にもてなしているだけだが?」

「これは随分と丁重なおもてなしですな。…西京貴様の個性“聴覚強化”があればこのアングラヒーロー殿を掻い潜ることもできたのではないか」

「…さァ、どうだろうな。この人を出し抜くことが梓様のご命令ならば従うが、そうでないことについては俺は興味がない」

「堅物め」


だからカナタ派は嫌いなんだ、とムスッとしたハルトに思わず切島と耳郎が(アンタもついこの前まで梓派ですらなかっただろ)とジトっとした目を向けていれば、


『先生、九条さん達来てるんですか?』


保健室の奥のベットから能天気そうな声が聞こえ、ぴくっとハルトが反応した。


「姫様!はい!僕が参上仕りました!」

『うわっ、ハル達がいるんですか…』

「ええっ全然喜んでおられない」

「今のめっちゃおもしろくね」


ブハッと吹き出した上鳴たちに「お前ら見舞いならさっさと中入れ」と相澤か促せば、彼らは一旦顔を見合わせ、「俺はこの人たちが気になるから残るよ」と呟いた心操だけを残し、
「じゃ、俺ら先にお見舞い行っとくんで、皆さんイレイザーヘッドを攻略してから入室してくださぁい」と難なく相澤の横を抜けて保健室に入室したのだった。

保健室の一番奥のベットにはぽかんと不思議そうにこちらを見る包帯まみれの少女がいて、耳郎は良かった!と表情を明るくした。


「梓…!もう!すっごい心配したんだよ!」

「昨日の夜目ぇ覚めたんだろ?体調大丈夫か?」

『耳郎ちゃん、切島くん、うん大丈夫』

「どこが大丈夫なんだよ、包帯まみれじゃん!」

『包帯巻かれてるだけだよ、上鳴くん。それより、鉄哲くんと柔造くんも来てくれたの!?』

「おー、“嵐”の暴発はやべェって物間がひいててな。心配んなってさ」

「俺も鉄哲と同じ。物間が絶対手足ちぎれるとかいうから、冗談だろと思いつつ、様子見」

『あー…1回物間くんにコピーさせた時に“嵐”にびっくりしてたもんなぁ。大丈夫、ギリちぎれなかった』

「「何も大丈夫じゃねェよ!」」


グッと親指を上げた梓に切島と上鳴が声を揃えてツッコむものだから耳郎はホントだよ、と笑った。


「あの光景、夢に見るくらい怖かったんだから」

『うん、ごめんね。みんなに心配かけちゃったし、あのままコントロールがきかなかったらみんなを傷つけちゃうところだった…』

「いやそれはいいんだけどさ、結局ウチら被害ないし。それより、あの過保護三兄弟のが見てらんなかったよ」

『過保護三兄弟?』

「緑谷と爆豪が直ぐにやべェって気づいて全力攻撃ブッパしたんだけど“嵐”止まんなくてな、轟が半泣きで凍らせたけど雷天敵で効かなくてな、3人絶望してたぜ」


こーんな感じ、と顔真似する上鳴にちょっと悪意あるだろと切島が苦笑していて、
ああ過保護三兄弟ってあの3人か、とポンと手を叩いた梓は『あの3人にはもう謝ったよ』とへにょりと眉を下げた。


「え、アイツらもう来たの?」

『うん、かっちゃんは1時間めの休み時間に、いずっくんはその次の休み時間、轟くんはお昼休みになってすぐに来てくれたよ。かっちゃんには怒鳴られるしいずっくんは泣くし、轟くんは「凍らせちまった。悪かった」って真っ青だし、』

「アイツら行動はっや!!」

『短い時間だったから、あんまりお話はできなかったけど、体調はもういいよって言ったら3人とも帰ってったよ』

「そうか、だから3人とも顔に生気が戻ってたのか」


さっき見かけたんだよね、という耳郎に「逆に朝まで生気なかったのかよ」と骨抜が苦笑する。


「なかったよ、昨日とか顔死んでたもん」

『暴発させちゃってごめんね…。みんなにも謝らなきゃなぁ』

「いいって。びっくりしたし心配したけど、梓が無事ならそれでいいよ」

『耳郎ちゃん優しいなぁ…。あ、そういえば、廊下に九条さん達来てるの?』

「ああうん、九条さんと側近の人2人。今相澤先生と心操が対応してるよ」

『心操もいるのか。ハルが来てるのはわかったけど、あと誰がいた?』

「あー、名前覚えてないけど、物静かな感じの、少し癖っ毛で、」

『西京か』


3人だけだよ、と教えてくれた耳郎に梓は少し真剣な表情になると思案するように目を瞑った。


『……、見舞いに来るようなメンツじゃないし、一族関係で用事かなぁ』

「当たり。さっき九条さんがそんなこと言ってたよ」

『やっぱり。もう。ごめんね、鉄哲くん、柔造くん、あの人ら仰々しくてびっくりしたでしょ』

「予想以上の家すぎてビビったわ」

「驚きはしたし姫様って呼ばれてんのに笑いそうにはなったけど、東堂ちゃんが謝る必要はないでしょ」

『げっ、外部ではあの呼び方はやめてと何度も言ってるのに…』


もう、ちょっと黙らせてくる、と徐にベットを降りようとした梓に周りが「安静にしてろ」と慌てていれば、


「東堂、九条が話がしたいそうだが、どうする?お前の体調が芳しくなければ帰らせるが」

(((いやどっちが保護者)))


生徒たちに内心ツッコまれていることなどいざ知らず、「無理はするなよ」と念押しする相澤に梓は大丈夫です、と笑った。


『ちょうど私もお話しすることがあったので、』

「…そうか。俺も同席するぞ」

『はい』

「お前らは教室に戻っておけ」


心配で後ろ髪ひかれる思いだが、身内の会話を邪魔することもできない。
相澤に促されるまま一行は、名残惜しげに目を合わせると「しょうがねェか」「また来るわ」と梓に手を振り、ぞろぞろと保健室を退出する。

そんな彼らと交代するように、九条たちよりも早く保健室に1番乗りしたのは心操だった。


「心操、お前は戻んねェのか」

「戻りません。俺まだ見舞い終わってませんし」

「お前とイレイザーが揃うと話がしづらいんだがなァ」


ムスッとする九条を完全に無視して
ベットに座る包帯まみれの梓に険しい表情で駆け寄る。


「具合は、」

『心操、ごめんね。さっき携帯みたらメッセージがたくさん』

「いいから。で、」

『リカバリーガールに治癒してもらったから大丈夫』

「そうか。…個性の暴発って、何があったんだ?」


心操は、今回の暴発騒動は梓のコントロールミスではないと考えていた。


(ずっと嵐の特訓は稽古の時に見てきたから、暴発の危険性はよくわかるし、その危険性を梓が理解していることも知ってる。なのに、なんで今になって暴発なんて、)


イレギュラー発生時ならともかく、訓練中に暴発するなんて、何かキッカケがあるに違いない。
と彼には確信があった。

案の定、梓は言いにくそうにチラリと九条達を見、心操の気怠げな目と視線を通わす。


『後で話していい?』


九条達には聞こえないほどの小さな、窺うような声に、ああやっぱり何かあったのか、と心操は秒で頷いた。


「お嬢、派手に包帯巻かれたなァ。元気か?」

「姫様、ご機嫌いかがですか。嵐の暴発とお聞きした時はヒヤリとしました。ご無事で何よりです」

「ご無事ですか」

『九条さん、ハル、西京、来てくれてありがとう。まだ包帯は外れないけど、体調はもう大丈夫!』

「そうかい。ならよかった。見舞いのついでにちと各分家と本家の現在の状況を…」

『ごめん九条さん、面会時間も限られてるだろうから出来れば別の話がしたいんだけど』

「はァ?お前なァ…こういう隙間時間に当主としての自覚をだな」

『あの件、で2人と少し話がしたい』

「「「……。」」」


あの件、と言われ、九条とハルト、西京は面食らったように黙った。
彼らはチラリと相澤を振り返ると、口パクで梓に(こいつの前で?)とびっくりしたような顔をする。


『うん、あの本の話は、先生にも話した』

「……マジか」

「っ御言葉ですが、梓様、たとえ顔見知りとあれど、信用ならぬと申し上げたはずです。今はその事は誰にも他言すべきでないと、」

『西京、ごめん、先生は絶対に大丈夫』

「ですが、」

『西京、ハル、解放軍に与する人たちについて、もし何か知っていれば教えてほしいんだけれど』

「「……」」


相澤の前でどストレートに聞かれ、「は?解放軍?何?」と困惑する心操をよそに、西京とハルトは眉間に皺を寄せて梓の側に駆け寄った。


「何かあったのですか」

『…それっぽい人に、遭遇して』

「謀られましたか」

『…ううん、結果的に大丈夫だった。それより、とても自然に近づいてきたから、本当に解放軍に所属してるのか、他にどんな人がいるのか、わかる範囲で知りたくて』

「どこの者かは存じませんが、現時点で誰が解放軍に所属しているかということに関しては確証を持てるような情報はございません」

『そうか…。少しでも何かわかれば教えてほしい。もう二度と失敗するわけにはいかない』

「ご期待に添えるよう、西京と共に諜報を重ねましょう」

『…私がいう必要もないかもしれないけど、くれぐれも引き際だけは見極めてね』

「「存じております」」


一族の最敬礼の形を取った2人に梓は『任せます』と同じく最敬礼の形を取った。

その後、暫くその件や家の現状について話を聞いた後、
痺れを切らした相澤が「時間だ」と九条を引きずって保健室を出て行った。
それを梓は苦笑しながら見送ったのだった。

残された心操は、残りの昼休み時間をちらりと確認した。


(あと5分)


梓の怪我が完治するまで稽古はお預け、となるとこの時間を逃すと2人きりで会うのは中々難しい。
すぐにそう状況を整理した彼は忙しなくパイプ椅子を持ってきて梓の側にガタン、と座った。


『心操?教室戻んなくて大丈夫?』

「大丈夫じゃない。5分で話して」

『え?あ、なんで暴発させちゃったか?』

「そう」


急かせば、梓はワタワタと支離滅裂に話をし始めた。


『あのね、焦っちゃって』

「?」

『強くならなきゃって。もっともっと強くって思ってたんだけど、少し前にインターンで、やらかしてしまって』

「やらかす?」

『うん、さっき解放軍とか言ってたでしょ?敵連合と手を組んでるかもしれない組織なんだけどね、その解放軍っぽい人に騙されちゃいそうになっちゃったの』

「………」


守秘義務もしがらみもあるのだろう。
何か重要なことを隠しながらではあるが、断片的に教えられたそれに心操はサッと顔を青ざめさせた。


「もしかしてそれって、緑谷の話と関係ある?」

『え?』

「俺、緑谷に“梓から目ェ離すな”って忠告してたんだが、さっき謝られた。目を離したことでエンデヴァーに叱られたから、今度からは本当に目を離さないって」

『えっ。いずっくんごめん。私のせいで怒られたのに』

「まあそれはいいとして。そうか、それで焦って手元が狂ったと」

『そんな感じ…周りも危険に晒したし、反省してる。少しは人を疑うようにしないと…』


暗い表情でそう呟いた梓に心操は目つき悪いままに大きなため息をついた。
その険しい目も、ため息も、自分に向けたもの。


『?』

「…俺普通科だから、インターンは一緒にいられないけど」

『うん…』

「俺は、アンタの苦手な部分が得意だと思ってる」

『うん?』

「人を疑うこと、策略を見破ることが」

『それは…確かに、そうだね』

「俺は普通科だから側にいられない。でも、一族関係なら近くにいられる」

『うん、そうだけど、』


ギュッと心操が梓の手を握る。
豆やタコが潰れた硬い手のひら。
剣や捕縛布の血の滲むような鍛錬に耐えてきたその手のひらに、梓が(初めて会った時とは別人だな…)と少し感傷に浸っていると、
ふと心操に見つめられていることに気づいた。

いつもの気怠げな目が鋭く、まるで自分を追い込むかのような決意に満ちた目をしていて、思わず目を奪われる。


「俺は、誰よりも狡猾に計算高くなって、人の心や考えを読み取り、アンタの苦手を補う」

『………』

「だから、苦手は苦手なままでいいよ」

『…、心操』

「げっ、泣いてる?泣くなよ。心臓バクバクしちまう」

『泣かないよ、でも、心操…ありがとう』


最初はポカンと口を開けていたが、ぎゅっと強く手を握ってやれば、少しずつ瞳がうるうるし始めるものだから心操は焦った。
泣かないように口をへの字に曲げ、そう礼を言った少女の顔には少しだけ笑みが溢れており、
ああよかった、と心操はホッと一息ついたのだった。


(心操、相澤先生も同じこと言ってた)

(は???俺かっこよく決めたつもりなのに二番煎じ?)

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