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次の日、梓は無事保健室から寮に戻ってきた。

快気祝いだと盛大に迎えてくれたクラスメイト達。
『心配かけてごめんなさい』『びっくりさせて、危ない目に合わせてごめんなさい』とペコペコ頭を下げる梓に周りは気にするなと笑った。


「包帯はまだ取れないのか」

『リカバリーガールの処置が大袈裟なんだよ』

「それ、USJ事件の後、相澤先生も言ってたよな」

「似てきたな」


常闇の問いかけに包帯をいじりながらそう答えればコソコソ後ろで尾白と峰田に言われていて、当の本人は(相澤先生に似てきたって、褒め言葉かな)と呑気な考えでのほほんとしている。


「東堂くん、明日から学業には復帰する予定なのかい」

『飯田くん、うん、そのつもり』

「そうか。では、今日はもうゆっくり休んだ方がいい。リカバリーされてまだ日も浅いだろう」

『それもそうだね…』

「みんなも、東堂くんが戻ってきて話し足りないこともあるだろうが、今日は我慢しよう!」

「えー東堂話そうよお」「遊ぼうよお」

「だめよ三奈ちゃん、透ちゃん」


寂しそうな芦戸や葉隠に後ろ髪引かれる思いになるが、確かに飯田の言う通り、連日のリカバリーは体にこたえるのだ。
保健室だとあまり寝れていないし、疲れも溜まっている。
申し訳ないけれどまた明日ね、と飯田の言葉にあまえ、梓は早々に自分の部屋に引っ込んだ。





早く眠るために、早くベットに入ったのに。


ーぱちっ


夜中に目が覚めて、それから全然寝れなくて。
梓はどうしたものか、とゆっくり起き上がった。
まだ身体の節々が痛むが、それよりもお腹が空いたし喉が渇いて、元気になってきている証拠だけど逆に寝れない、と独りごちる。


(共用の冷蔵庫になんかあるかな…)


そういえば暴発させた日の朝、リンゴのゼリーをかっちゃんにもらったような…と少し前の記憶をたどり、梓は共用部分に降りることにした。


エッジショットの事務所で学んだ足運びで音を立てずに共用リビングに降り、小さな電気をつけて冷蔵庫を開ける。


(ん〜と、あったあった)


御目当てのりんごのゼリーの蓋の部分には爆豪らしき字で“梓”と書いてあって、相変わらず優しいよなとほっこりした気分になりながらそれとスプーンを持ってソファに座った。

ぺり、と蓋を取ってりんごの部分を多めに掬い、ぱくぱく食べ始める。


(んまっ)


美味しくて、お腹に染み渡るそれに目を細めたまま窓の外を見れば、まだ真っ暗で月明かりで少し建物の輪郭がわかる程度。


(ゼリーたべたら、部屋に戻ろ…)


明日からはまた通常通学なのだ。
少ししたらインターンにも復帰する。
ゆっくりしている時間などない。

明日の授業からリハビリがてら体を動かして、夕方の稽古までには本調子に持っていって、と頭の中で計画を立てていると、がた、と物音がして、梓は音がした方を振り返った。


『ん?』

「ん?あれっ梓ちゃんじゃん」


偶然同じ時間にリビングに降りてきたのはクラスメイトの上鳴電気だった。


『上鳴くん、どしたの』

「いやなんか寝付けなくってさ、お菓子でも食おうかと思って。って、梓ちゃんもなんか食ってる!」

『うん、私もお腹すいちゃって』

「ははっ、あんな怪我したのに元気だなァ」


おかしそうに笑って向かいのソファに座った上鳴の手にはポッキーが握ってあって、こんな時間に食べたら太るよ、と自分にもブーメランで戻ってくることを言いながら梓は笑った。





他愛もない話をしながら、2人は深夜の通販番組を見てお菓子を食べていた。


「明太子だってさ。こんなにたくさんあっても食べきれねェよな〜」

『うん、4人家族とかでも多いよね。上鳴くんなんか通販で頼んだことある?』

「おー通販っつうか、結構俺ネットで注文してるよ。服とか小物とかさ!」

『そうなんだ!上鳴くんお洒落だもんね』

「そうか!?いやァ照れるな!梓ちゃんはアレだよな、ネットショッピングとか全然しなさそう。服とかもあの九条って人が和装送ってきそうじゃん」

『そうだよ。よくわかってるね』

「そりゃ、もうすぐ1年だからな」


そう、このクラスメイトと出会ってもうすぐ1年だ。
上鳴は感慨深げに目の前の同級生を見つめた。

初めて会ったのは入試の日、可愛い子だな一緒に入学したいなと思っていたら同じクラスになって、
それから、裏切りの連続だった。

儚げで華奢な見た目とは裏腹の超攻撃型で一気に頭角を表し、今では爆豪轟と並んで3トップなんて呼ばれ方をしている。
しかもお家が面倒くさいのなんの。

クラスの中で誰よりも苦労していると言っても過言ではない彼女に、上鳴は第一印象とは全く違う印象を抱いていた。


(最初は、守ってやんなきゃ。後ろに庇ってやんなきゃって思ってたんだけどなァ)


今は違う。


(今は、“力にならなきゃ”だもんな)


“守護の意志”は、上鳴にも伝播していた。
この小さな背中が負うものが大きくてしんどいのをクラスメイトとして知っているからこそ、それを少しでも軽くするために、梓が他を守りやすくするために。


(俺もちったァ力になってやれるといーんだけどな)


ポッキーをまた一つつまみながら、通販番組に目が釘付けの梓をじっと見つめる。

その目が、ふと上鳴の方を向き、ぱちっと目があった。


『なに?顔になんかついてる?』

「あっいや、なんでも」

『えーなぁに?』

「いや、俺も強くなんねェとって思ってさ」

『え〜上鳴くんは強いよ』

「梓ちゃんいつもそう言うけど俺ぜってー梓ちゃんに敵わねェもん!」

『確かに近接格闘なら負ける気しない』

「そこはそんなことないよって言うところ!!」

『あはは、でもほんとに、上鳴くんは凄いやつだって思ってるんだよ。だって、上鳴くんは…友達想いで、友達のためなら怖いの我慢できて、戦おうと思える人でしょ』

「……。」

『私知ってるんだよ。ずっと授業とかで上鳴くんのこと見てきたから』


友達のために敵に立ち向かうし、囮もするし、友達に心配かけさせないために大丈夫って笑うところがすごく強いなって思ってる。
と、はっきり言い切った梓に上鳴は顔が赤くなるのを感じた。


「い、いや、そんなんじゃねェって」

『そんなんだよ。上鳴くんが今まで私のことを見てくれてるように、私もちゃんと見てるんだから。人のために動くのは“守護の意志”だよ。“意志”がある人が仲間で、隣で戦ってくれるだけで後ろ全部守れるって、確信する』

「いやいやそんな大層なもんじゃないって!俺より絶対爆豪とか轟とかが隣にいた方が安心するじゃん!?」

『ええ…そうかな?轟くん熱いし冷たいし、かっちゃん爆破で痛いよ?私的には同じバチバチタイプの上鳴くん安心するんだけど』

「それ絶対2人の前で言うなよ!?てかバチバチタイプってなに!電気のこと言ってんの超可愛い」


俺らバチバチタイプなの、と顔をだらしなくさせる上鳴に『そうだよ、雷と電気だもん。兄妹みたいなもんだよ』と梓は笑う。


「兄妹か〜!だったら俺が兄ちゃんかな?」

『え〜私が姉ちゃんがいいな!』

「梓ちゃん姉ちゃんな感じしねェわ。戦うこと以外ポンコツだし」

『ひっどい!私最近救助とか上手くなってきたんだからね!』

「どうかなァ、いっつも不安そうに梅雨ちゃん見てんじゃん!」


図星を突かれ、梓が目を泳がせ『そっそれは、そうだけど。苦手なんだもん…。上鳴くんは結構落ち着いて救助できてるよね…』と沈むものだから上鳴は笑った。
救助系については自分はこの子より評価が高いのだ。
ドヤ顔で「コツがあんの。教えてやろっか?」と言えば、純粋な彼女はパアッと顔を輝かせる。


『えっいいの?』

「おー。えっとな、梓ちゃんは多分、自分のコントロールに自信が持ててねェから、救助が不安になっちゃうんだよ。俺もさ、クラスにすごいやつばっかいるから、戦うの自信なくってさァ…その自信のなさが立ち回りに出ちまってたんだよな」

『うんうん』

「でも、仮免試験とかインターンとかで、出来ること増えてってさ!自信出てきて、そんくらいから色々任せられることも、仲間に頼りにされることも増えてきたんだよ。そんなに実力変わってねェ気はすんだけど、要は気の持ちようだと思うんだよな」

『…つまり、私はもう少し自分のコントロールに自信を持ったほうがいいと』

「そういうこと!わり、なんか語っちゃったな」

『ううん、とてもありがたいけど、でもなんかこの前暴発させたから自信持てない』

「そうだった」


この子つい先日暴発させてヤバかったんだった、と思い出し、いやでも、と上鳴は首を振った。


「相澤先生が、言ってた!梓ちゃんのコントロール力が向上してたから暴発に耐えられたって。つまり、コントロールがあがってんのは間違いねェよ」

『え、そんなこと言ってたの。まあ確かに、前よりはできることも増えたから、上鳴くんの言う通り苦手意識を少しなくした方が救助の時、自分の行動に自信が持てるのかもしれない…』

「だろ!?俺も結構気の持ちようで調子左右されちまうからさ〜、メンタル面って結構大事だぜ」

『そうだよね、ありがとう…!』


八百万や蛙吹のアドバイスに比べれば大したことはない。のに、ぎゅっと手を取って丁寧にお礼を言う梓に上鳴の頬はまた赤くなった。
「いいってことよ」と照れ笑いで握り返せば、触れる手の皮がマメやタコで硬くなっていることに気付いてハッとする。


(刀、ずっと握ってるからだよな)


そりゃこんな手になるよな、苦労してるもんな、と彼女が歩んできた道を思い返す。


「……」

『上鳴くんはやっぱすごいよ。教えてくれてありがとう、参考にする』

「大袈裟だって」

『そうかなぁ…』

「それより、俺も梓ちゃんに教えてもらいたいことがあんだけどさ、」

『え、なに?』


キョトンとこちらを見上げる顔は優しくて、可愛くて。
ほんっと、ギャップがが凄いよな、と上鳴は戦闘時の梓のギラついた目を思い出しながら、口を開いた。


「……梓ちゃん、ヴィランのことを怖いって思ったことある?」

『んと、あるよ。脳無とか普通に怖かった』

「そんなやつと戦うの、怖くねェ?ぜってー負けるじゃんって思っちゃわね?」


ずっと聞きたかった。
なんで、戦いの場にああも迷いなく踏み出せるのか。
上鳴は、敵が怖かった。ヒーローにはなりたいし、もちろん戦うけど、怖いことには変わりないのだ。
足もすくむし手も震える。

なのに、目の前の少女はいつも自分の前にいる。
強い敵にも立ち向かう。

梓は今、脳無が怖かったと言った。
なのに、あの日、USJ襲撃事件の日、彼女はあのイレイザーヘッドをダウンさせた脳無相手に一騎打ちを挑んだという。
オールマイトが割り込まなければ死んでいたかもしれないのに、実力差をわかった上で戦いを挑んだのだ。

何故それができたのか、上鳴には理解ができなかった。


『むずかしいけれど、自分が死ぬより、大事な人が死ぬのが、怖くて』

「……」

『ちっさいころはね、怖いから戦いたくないって思ってたの。でも、毎日死ぬ思いで鍛錬をして、シャレにならない殺気を浴びせられて、ああ死ぬってこういうことかって思うたびに、かっちゃんといずっくんの顔がちらつくんだよ。こんな思いあの2人にしてほしくないって』

「……」

『だから…なんていうか、自分が一歩でも下がれば誰か死ぬ、って教えられてきたし、本当にそうだと思ってるから、絶対退かない。守るためなら戦うことは怖くない。もっと怖いのは、大事な人が死ぬことだから』

「……っで、でもさ、自分が死んじゃったらって」

『んー…私、たぶん戦闘中に、あまり“そこ”考えてなくて…』

「考えてない!?」

『もう、守ると決めたらそれ以外のことは考えてない。どう守るかしか考えてない』

「アッ、だから時々自分の危険を顧みないイカれた動きすんだな」

『ひど…。でもそうなんだよなぁ…相澤先生にも引き際見極めろって怒られるんだけど、引く気ないしなぁ』

「梓ちゃん怖いもう考えが怖いやめてその考え自分大事にして」

『あははっ、上鳴くん顔青いよ』

「そりゃね!!」

『ごめんごめん、冗談なんかじゃないんだよ。でも、そうだな…改めて、自分が死んじゃったらって考えてみると、やだなって思うよ』

「……」

『1回だけ、戦いの最中に過ったことがあるの。あ、死ぬ。いやだって』

「え!?いつ!?」

『福岡の…空で』


そう言われて、あああのヤバイ脳無の時だ。と上鳴は顔を顰めた。
あの、エンデヴァーとホークスを追い詰めたとんでもない脳無。あの日梓は数秒上空で囮になった。
あの一瞬のことを言っているのだろう、とあの時のことを思い出して少し背筋が寒くなる。


『走馬灯みたいに、A組のみんなの顔がよぎった』

「……そうだったんだ、梓ちゃんなんも言わねェから」

『うん、一瞬だったし』

「そっか」

『死にたくないと思ったけれど、たぶんあのまま戦うことになっても私は退かなかったと思う』

「……」

『あの時私は、脳無を倒すことよりも、次に繋ぐことだけを考えてたから…』


それは暗に、脳無に敵わないとわかっていながら時間稼ぎのために参戦したことを肯定していて、上鳴はますます顔を青くした。
が、梓は思い出すように頬に手を当てて、話を進める。


『ちっさい頃から、お父さんに言われてきたの…。“守護の意志”は永遠だから、自分にできなくても、必ず他の誰かが引き継いでくれる。次に繋ぐために命を賭けろって』

「……命って、」

『もちろん、私が倒せればいいけれど…倒して、みんなと笑い合いたいと思っているけれど、志半ばで死ぬかもしれない。でも、きっと誰かが意志を継いで、大事なものを守ってくれるって、』

「………」

『そうやって、先代から紡がれた意志を、私は受け取っているから、そういう意味でも絶対に退けないな』

「…紡がれた意志かァ、おっもいな、梓ちゃん」

『うん、重い』


梓の苦笑いに、上鳴はなんだか少しだけ泣きそうになった。
梓もその父親も、そして先祖たちもイカれてると思う。

でも、


「きっと、梓ちゃんのご先祖さんたちは、未来に賭けて、死ぬ気で戦ってきたんだな」

『…うん。願わくば、次の代は泰平の世でありますように、って手記が残ってる』

「そっか…」

『ずーっと、願って、願って、死んでいったんだ。いつか、守る必要のない世界になったらいいなぁって、きっと思ってたと思う。守護の役目が必要無くなればいいなって』

「そうだよなァ」

『私も、私の代でこの守護の役目を終わらせられたらいいなって思ってる!そう思いながら同じように、未来に賭けることになるのかもしれないけれど』

「大丈夫、なんか梓ちゃんは大丈夫な気がする。だって、轟もいるし爆豪も、緑谷だっているし、俺も耳郎も、切島も、なんていうか、その“守護の意志”に結構影響されちゃってる奴ら多いから、みんながいれば敵連合だろうが怖くないだろ」


言って、上鳴はハッとした。
いつもおちゃらけた反応ばかりするのに、なんだかクソ真面目に俺もいるぜみたいな事を言ってしまった。
ちょっと恥ずかしくなって、パッと梓の方を見ればキョトンとしていて、思わず顔が赤くなる。


「アッ今のなし!俺そんな役立たねェし、ビビリなのに“守護の意志”があるみてーなこと言っちゃってごめん!」

『…あははっ、ありがとう、上鳴くん。本当に』

「えっ」

『あるよ、守護の意志、さっきも言ったけど、上鳴くんは誰かを守るために強くなれる人だと思うから』


その目は強く光っていて、その無条件の信頼は温かく、そして少しだけ強引に上鳴の背中を押した。


(もっと頑張んなきゃな)

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