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1年A組3トップの1人、見た目と戦い方のギャップNo.1、戦闘センス抜群の東堂梓が個性を暴発させて大怪我を負ったらしい、という噂はすぐに隣のクラスのB組にも広がった。


「おーい、切島、上鳴、ちょっといーか」


暴発から2日後、梓と交流のあったB組の鉄哲や骨抜にその件で声をかけられ、食堂で昼食を取っていた切島と上鳴は、うん?と顔を上げた。


「東堂、個性暴発させたんだってな。怪我やべェんだろ?大丈夫なのか」

「あー…、結構大怪我してたけど、昨日の夜目ェ覚ましたって先生が言ってたぜ」

「そうか!良かった良かった」


朝礼で「東堂の意識が昨日戻りました」と淡々と言った担任を思い出す。
そういえばクマ凄かったな、まさかずっと付き添ってねェよな、と切島が別のことを考えていると、いつの間にかB組の面々が同じテーブルに座っていて、


「“嵐”の暴発は洒落になんないってウチの物間が珍しく顔顰めてたよ」


いつもの物間なら嫌味のひとつでも言うんだが、それもゼロだ、と肩をすくめる骨抜に上鳴は「めっずらしい!」と目をぱちくりとさせた。
が、確かに、あの暴発を見た1人として、あれは茶化していいレベルじゃないよなとうんうん頷く。


「なんで物間が知ってんのかは知らねーけど、ほんっとやばかった。梓ちゃんマジで死ぬと思ったもん」

「エッそんなにか!?」

「オウ、すぐに緑谷が全力のエアフォースぶっ飛ばしても、爆豪がハウザー撃っても、轟が全力で凍らせても止まんなかったんだぜ!?」


あの半端ない攻撃力、3撃くらっても止まらない暴発ってなんだよ、と思わず鉄哲は顔をしかめる。
確かに命の危険感じる事態だし、本当にこのクラスの担任が“抹消”を持つ相澤で良かったと思う。


(いや、逆か?この個性だからあえてイレイザーヘッドを担任にしたのか?)


どちらにせよ、命に別状はなくて良かったし、目が覚めて良かった、と鉄哲は内心ホッとした。


「俺ら飯食ったら耳郎と合流して見舞い行くんだけど、鉄哲達も来るか?」

「お、いいのか?」「ぜひ!」


切島の誘いに、鉄哲と骨抜かパッと顔を明るくしたその時だった。


「俺…、目ぇ離すなって言ったよな…!?」


怒りを噛み殺すような静かな怒気を含む声が聞こえた。
4人で声のする方を振り返れば、シュンと落ち込んだ緑谷と、それを見下ろす見覚えのある後ろ姿が見える。

紫色の髪の少年。


「心操が緑谷にキレてる…」


びっくりした顔でそう呟いた上鳴に切島も(そうだよな、あれ心操だよな?)と内心驚愕していた。
合同訓練で初めて絡んだ彼は冷静沈着という言葉がよく似合う男だった。

梓のお家事情にも詳しくて、お家騒動でもあまり取り乱したところは見たことがない。
そんな彼が、人目を憚らず緑谷に対しキレている。


「インターン中は、お前らが頼りなんだ、おれは……お前らと違う、ヒーロー科じゃない、側にはいられない…!」

「ごめん、僕が甘かった…」


申し訳なさそうに謝る緑谷に心操はもういい、と首を振っていて、ああもしかして彼の怒りは力になれない自分自身にも向いているのかもしれない、と切島は少しだけ心中察する。


「心操も怒ることあんだな。ってか何に怒ってんだろ?」

「あー多分梓絡みだろ。なんか爆豪が言ってた」

「え、なんて?」

「俺も詳しくは知らねえんだけど、ほら、梓って死柄木に狙われてるから色々気をつけなきゃだろ?インターン中も結構警戒態勢らしくってさ、心操が一族関係のツテでインターン中ちょっと危ないかもって聞いたらしくて、緑谷に、“梓から目ぇ離すな”って伝えたらしいんだよ」

「エンデヴァー事務所のインターンだろ!?庇護下に置かれてるようなもんじゃん。それなのに危ないのかよ!」


びっくりした様子の上鳴に骨抜も同意するように
「つかなんで心操がそんなこと知ってんの。一族関係ってこの前話してた守護一族とやら?」と不思議そうにしていて、切島はコクリと頷く。


「心操が言うなら…つうか、あの一族が言うなら確かに信憑性高いんだよ。で、目ぇ離すなって言われたけど、ちょっと目ぇ離した時間があったらしくて、」

「えっその時間に何かあったのか!?」

「いや、爆豪曰く何もなかったらしいが、目を離した時間のことをエンデヴァーにこっぴどく叱られたらしいぜ。“連れ去られる可能性もゼロではなかった”ってさ」

「…最初、心操過保護すぎだろ、って思った俺が、ちょっと考え甘いのかもね」


エンデヴァーが怒るほどの事態なのか、と口元をひくつかせた骨抜に「東堂も怒られたんだろうな、自由時間なしかよ、かわいそー…」と鉄哲も苦笑いする。


「それで、目を離したことが心操にもバレてああやって緑谷が怒られてる訳か」

「目ぇ離せないくらい危ないんならインターンもやめといた方が良かったんじゃないのか」

「骨抜の言う通りだろ。外部に出すのは危ねェよ」

「骨抜と鉄哲の言うこともわかるけどさ、梓ちゃん、エンデヴァー事務所からご指名っぽいんだよね。断れないっしょ」

「それに実際インターンで大活躍中だかんな。今回暴発はしちまったけど、個性のコントロールは格段に上がってっし」

「そうそう、合同授業ん時の比じゃないくらいコントロール良くなってるよなァ」


学ぶ機会を奪うのは、できるだけ避けたいよな、と頷き合う切島と上鳴に「そうだけど、心配だねェ」と骨抜が微妙そうな顔をしていれば、
耳郎がバタバタと慌てた様子で食堂に駆け込んできた。


「ちょ、ちょっと上鳴、切島!」

「お、耳郎。どしたんそんな慌てて」

「梓の見舞い行くか?あ、鉄哲と骨抜も一緒行くってよ」

「見舞いは行く、けど、さっき廊下の窓から渡り廊下に和装集団見えた!絶対あれ一族の奴らだよ!」

「「エッ!?」」


なんで学校に!?と思わずガタン、と席を立った切島と上鳴に今度はなんだ、と骨抜と鉄哲は目をぱちくりさせた。


「一族って、あの噂の?」

「そう!」

「3人とも何焦ってんだ?東堂の家族が見舞いの面会に来たってだけだろ?大怪我してんだから普通だろ」

「鉄哲、そうとも言えねえんだよ。家族っていうか家族じゃないっていうか、単純なお見舞いじゃないって想像できちまうっていうか、まあとりあえず今から見舞い行こうぜ!」

「切島待って待ってご飯かっこむから!」

「ああもう上鳴早くしてよ!アッ心操は!?アイツがいた方が、」

「ああ心操なら丁度あそこに!おい、心操!!」


切島が心操を呼べば、びくりと肩を揺らしたあと怪訝な表情で彼は振り返った。


「え、何……切島たち…?」

「耳郎がな、さっき廊下で和装集団見たって!」

「…は!?聞いてない…!」

「俺たち今から見舞い行くからさ、鉢合わせするかもしれねーからお前も一緒に来てくんねえか!?」

「、わかった」


すぐに顔色を変えて頷いた心操と共に切島たち一行は早足で保健室へと向かった。





「東堂の家族が見舞いに来たってだけだろ?なんでそんなに焦ってんだ?」


あまりにもA組メンバー(耳郎・切島・上鳴)と心操が、梓の家族に対して敏感に反応するものだから、鉄哲は困惑していた。
大怪我して、見舞いに来たってだけでここまで過剰反応する意図は?と混乱しつつも、流れで一緒に保健室までついて行く。

そんな鉄哲に、同じB組の骨抜は「そう簡単な話でもないよ」と、前に本人に直接聞いたお家事情を思い出していた。


「鉄哲、俺もそう詳しく聞いたわけじゃないんだけどさ、東堂ちゃん家って代々人を守る仕事してんだって」

「ヒーローってことか?」

「いや、ヒーローっていう概念ができる前からだって。確か東堂ちゃんで、24代目だとか言ってたかな」

「…名家のお嬢様的な噂は聞いてたが、なんか都市伝説みたいな一族だな。なんで骨抜は知ってんだよ?」

「本人に聞いた。元々戦闘系の個性に恵まれない家系の中で、東堂ちゃんが唯一戦闘個性持ちの当主らしいから、結構重圧凄いらしいぜ。だよな、心操クン」

「…概ね当たってるよ」


保健室へと急ぎながらそうげんなりと肯定した心操に「そっか、確かお前門下生なんだったな」と鉄哲は納得した。

そして、保健室に続く廊下の角を曲がった、その時、


「げっ」


前を歩いていた耳郎が顔を顰めて立ち止まった。
彼女の視線の先には、今まさに保健室の扉を開けようとしている和装の男がいる。


「んあ?…おお、耳郎ちゃん、だっけ」

「九条、さん」

「後ろは切島君、と、えーと金髪は…1回家来てくれた子だよな。確か、帯電の…上鳴君!」

「アッはいっす」


奇遇だねェ、と食えない笑みを浮かべる彼の後ろには、茶色い癖っ毛の男と物静かそうな男が2人、どちらも和装で、物珍しげにこっちを見ている。


「なァ、あの2人…だれ?」

「「「側近」」」


少し警戒した目で上鳴にそう答えたのは切島、耳郎、心操。


「誰かと思えばお前もいたのか、心操。事前に情報言ってなかったのによく俺らが来るって気づいたなァ」


あれが噂の側近か!と物珍しげに見返す上鳴の後ろで心操は(言わなかったのは確信犯かよ)と面倒そうに舌打ちした。


「おーおー舌打ち聞こえてんぜ。怒るなよ。まさか気付くとは思わなかった」

「こっちには耳郎さんいますからね。お久しぶりです、九条さん」


一応師弟関係でもあるので律儀に頭を下げれば「おや、僕らもいるのですが」と素っ頓狂な声が聞こえ、ああ相変わらず意地が悪いなと心操は盛大に顔を歪めた。


「……、東の分家、ハルトさん、西の分家、西京さんも久しいですね」

「お久しぶりです、心操。お元気そうで何よりです」

「うさんくさ」


「心の声出てるよ…!」


ニコリとハルトに挨拶を返され思わず呟いた言葉に上鳴がヒイ、と顔を青ざめさせる中、
九条の視線は見慣れない2人を捉えていた。


「心操、そちらは」

「…、B組の鉄哲君と骨抜君、梓の友人です。お見舞いに、と」

「そうかい。ウチのお嬢が世話になってるな。仲良くしてくれてありがとう」

「「あ、いえ」」


九条に形式上の挨拶をされ、反射的に頭を下げながら鉄哲は隣に立つ切島に「アレ誰だよ!?東堂のお兄さん!?全然似てねェしお嬢とか言ってっしなんかちょっとお前らバチバチ火花散らしてね!?」と小声でプチパニックになっていた。


「あれは、九条さんっつって梓の後見人だ。子供の頃から面倒見てて、今は最古参側近だぞ」

「後見人!?待て待て、東堂って家族いねェの?」

「1人叔父さんはいるけどほぼ居ないも同然だよ。で、あの九条さんって人は、梓をよく追い詰めてしんどい目に合わせるから、相澤先生とよく衝突してる」

「は!?耳郎冗談言ってる!?本気!?」

「冗談言うわけないでしょ。ついでに言うと、後ろの2人は最近側近に召し上げられた分家の人間」

「「………つーか側近ってなんだっけ?」」


色々わからなくてフリーズした結果、その疑問だけ残ったB組2人に心操は無理もない、とため息をつくと、「守護の意志に力添えをし、御当主の手足となり動く存在のことだよ」と当たり障りのない模範的な回答をした。


「守護の意志…?」

「御当主の手足?」

「そこらへんは耳郎さんに聞いておいてもらえると助かる。で、九条さん、何用ですか?」

「何用って…イレイザーからお嬢の個性が暴発して大怪我したって聞いてなァ。心配だから見舞いにな」

「……わざわざ側近を連れて、しかも情報や諜報に秀でたこの2人を…ですか?」


本当に単純な見舞いで来たのだろうか。
そもそも九条が、命に別条がない怪我で学校にまで見舞いに来るだろうか。

心操が、真意を探るように疑いの目を向ければ、九条はほう、と感心したように息を吐いた後、「ちったァ成長したじゃねェか」と口角を上げた。


「個性暴発による大怪我、しかも2日も意識が戻らんかったとあっては流石に見舞いの許可も降りるだろ?」

「そりゃ、まぁ」

「福岡以来、あの過保護担任が特別扱いをやめちまったせいで、お嬢に会うチャンスは随分と減っちまったからな。見舞いに託けて、ちと、話をな」

「……はァ〜…、やっぱり純粋な見舞いじゃないんですね」

「やっぱりって何だよ。心配は心配だぜ」


不服そうに頬を膨らませる九条に「やっぱあの人イカれてる」「人でなしだ」「相澤先生に通報しよ」と切島たちからのブーイングが飛ぶ。


「ひっでェな!こっちだって御当主無しに側近抱え込んで大変なんだぞ」

「そうですよ!それに、僕は姫様にお仕え致したくて本家に参上仕ったというのに、姫様との接点も少なく…!お目にかかれるチャンスがあるのであれば、なんでも利用したいではありませんか。西京、貴様もそう思うだろう…!?」

「俺は命令に従うだけだ」


「え、あの茶髪の人姫様って言った?」「言った…!まさか東堂のことじゃ!?」「東堂ちゃん姫様って呼ばれてんのかヤバ」
と別のところに引っかかっているB組は置いておいて、心操は眉間にシワを寄せたままチラリと切島を見た。


「イレイザーヘッドは、今日何か言ってなかったのか?」

「俺もその事考えてた。普通だったんだよ。先生の事だから、ピリついて緑谷あたりに何かあったら声かけるように言ってそうだし、」

「そもそもこの人たちに同伴しそうだよな!先生、梓ちゃんの保護者みたいなもんだし」


なんでこの人たち相澤先生の監視なしで動けてんの、となかなか失礼な物言いをする上鳴に九条は舐めてもらっちゃ困る、と意地悪く口角を上げ、


「そこは抜かりなく。面会許可はアイツからもらったが、時間帯をちょっとズラしてな。仕事の関係で予定より早めに行きます〜ってさっき連絡してすぐ来たから、イレイザーの目を掻い潜って、」


ーガラッ


「誰の目を掻い潜ったって?」

「「げっ」」


九条が意気揚々と相澤を撒いた話をしている最中、保健室の扉が開いて鬼の形相で現れた黒づくめのヒーローに思わずA組は揃って「「イレイザーヘッドー!!」」っと歓喜の叫びを上げた。

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