持ち主を殺すと言われた嵐の暴走は、相澤によって抹消された。
最後の突風のせいで、大量の水が雨のように室内に降り注ぐが、雷は消え、竜巻もぶわり拡散して消える。
嵐が止んだことで、竜巻の中心にいた梓が全員の視界に入る。
「梓ちゃん!!」
「チッ…!」
どうやら気を失っているようで、このまま落下すれば地面に叩きつけられる、と緑谷と爆豪が駆け寄ろうとするが、それよりも早く彼女の体に捕縛布が巻きついた。
「よく耐えた…!」
安堵を噛み殺したような相澤の労いに梓が答えることはなかった。
彼は捕縛布で少女をぐいっと引っ張ると横抱きにし、ダンッと地面に着地する。
「相澤先生、梓ちゃんは!」
「とりあえずは無事だ。怪我は、酷いが、」
梓は相澤の腕の中でぐったりと気を失っている。
風で切り裂かれ、雷で火傷し、捻れたせいで皮膚が剥がれているところもあり、たしかに相澤の言う通りの大怪我だった。
駆け寄った轟と爆豪が思わず顔を顰める中、相澤だけは大怪我に想定内な顔をしており「一瞬もうダメかと思ったが…及第点だな」とホッと胸を撫で下ろしている。
「緑谷、バアさん呼んでこい」
「……、」
「緑谷」
呆然と梓を見つめる緑谷達に無理もないか、と相澤は心境を悟った。
暴発を見たのは初めてだし、まさかこんな怪我をするなんて、とショックを受けているのだろう。
改めて彼らはこの少女の持つ個性の“脅威”を認識したのだ。
彼女を守る力であり、彼女が誰かを守る力であるこの個性が、何かのきっかけで彼女を殺す力でもあることを。
呆然と立ち尽くす3人は何故相澤がこの状況を見て及第点だと、一安心しているのかがわからなかった。
それを察してかいざ知らず、相澤がため息まじりに口を開く。
「そう悲観するな」
「…悲観するなって…そんな、だって、梓ちゃんが、こんな怪我…」
「この暴発を見て、悲観せずには…!」
動揺でゆれる瞳。緑谷の震える声に被せたのは、彼以上に声の震えた轟だった。
いつもはうるさい爆豪も、真っ青になって愕然と梓を見下ろしている。
思っていた以上の動揺っぷりに相澤はふむ、と考えるように眉間に皺を寄せると、少しずつ言葉を選んで
「この暴発が…そうだな、仮免試験前に起こっていれば、東堂は…個性に殺されていたかもしれん」
「エッ」「は?」「え。」
思わず相澤を見上げたのは、3人だけじゃなかった。
顔色悪く見守っていたクラスメイトたちもごくりと唾を飲む。
「ど、どういうことでしょうか…」
「九条の話だと、前の持ち主は10秒と保たず亡くなったらしい。しかし、東堂は1分弱堪え、終盤には少しずつコントロールをし始めていた。そして、怪我はすれど命に別状はない」
「「「……。」」」
「暴発はしたが、この半年の血の滲む鍛錬がコイツ自身を救ったってことだ」
言葉を失うクラスメイトたちを代弁する質問を投げかけた八百万にそう伝えれば、納得したようなしていないような、複雑な表情で「でも、ひどい怪我を、」と耳郎が悲しそうな声を出す。
「でも、生きてるだろうが」
ショックを受けている教え子達に対する気休めを言っていれば、視界の端で飯田がリカバリーガールを連れてくるのが見え、相澤は梓を連れて行こうと3人のそばを離れようとする、が、
「ま、待ってください、相澤先生」
「なんだ緑谷」
「怪我が治ったら、また梓ちゃんは同じような訓練をするんですか…?」
その目はまるでやめてくれとでもいいたげな、縋るような目だったが、相澤は当然のごとく「そうなるな」と肯定する。
「そんな…!」
「……訓練の密度は少々過度ではあったが暴走を招くほどのものではないよ。…今回の、暴発は、訓練の密度というよりは、東堂に落ち度があると俺は考えている…まあこれは後で本人に厳重注意するが。訓練自体は、少し無茶をさせてはいるがまだ許容範囲だ」
「でもっ、また暴発したらどうするんですか。今回のようにあなたが止められなかったら、」
「轟、暴発しないようにするための訓練だ」
「でも……もう少しゆっくり、」
「爆豪には言ったが、緑谷、轟、死柄木は…敵連合は待ってはくれないよ」
そう言って去っていった相澤の背中を、轟と緑谷は心配そうに見送るのだった。
ー
治療が終わって、次の日になっても梓は目を覚まさず、保健室のベットに寝かされていた。
クラスメイト達は何度も見舞いに訪れたが、誰の呼びかけにも応えることなくこんこんと眠り続ける。
そんな困った教え子に相澤はため息をついた。
時刻は夜、すべての仕事を終えた彼は髪を無造作に一つに結んで、ラフな格好で保健室を訪れていた。
「また来たのかい」
「バアさん、様子は」
「変わりないよ。時々魘されてるだけさね」
「……そうか」
「目ぇ覚ましたら知らせるって言ってんのにねェ」
からかうようなリカバリーガールを無視し、ガタ、と丸椅子を取り出すと、梓のベットの側に腰掛ける。
「……」
「今夜も付きっきりかい」
「……、また暴走しないとも限らんからな」
「個性は落ち着いてる。その確率は低いよ」
「……、」
「……。」
「……ま、暇だしな」
絞り出した言い訳が言い訳になっていなくて、リカバリーガールは心配なら心配と言えばいいのねェ、と困ったように笑いながら椅子からぴょん、と飛び降りた。
「じゃ、もう私はあがるから、その子は頼んだよ」
「ああ」
リカバリーガールがいなくなって、保健室内に沈黙が訪れる。
いつも元気いっぱいで笑顔満点で駆け寄ってくる教え子は、今は青白い顔でこんこんと眠り続けており、時折苦しそうに眉間に皺を寄せて魘されている。
相澤は、何故梓が、一瞬相澤を意識することを忘れるほど、暴発するほど自分を追い込んだのかわからなかった。
“限界間際の時は、俺の視界に入ることを意識しろ”
“俺の指示を意識し続けろ。止めろと言ったらすぐ止めろ”
それは常日頃からの梓との約束だったし、
彼女自身それをいつも忠実に守ろうとしていた。
(こいつは、自分の個性の性質も、暴発の恐ろしさもしっかり理解しているはずなのに、)
ねじれ、弾け、自分を飲み込む嵐を身をもって体験し苦労しているからこそ、暴発すれば命が危ないことを重々承知しているはずなのだ。
それなのに梓はあの日、あの時、
それすらも忘れた様子で己の限界を無理に越えようとした。
いや、そこが限界であることも忘れているようだった。
ただただ、強くならなければと純粋に、
「チッ……」
(なんだ…何があった。コイツは俺の指示は聞くだろ…)
目を覚ましたら真っ先に説教ついでに問い詰めてやるつもりだった。
“何故、指示を無視したんだ”
“”何故限界を意識しなかったんだ。何故俺を意識するのを忘れたんだ”
問い詰め、原因を探ってやる、と不機嫌を表情にだしたまま、じっと寝ている梓を見守っていると、
ふと、小さな口が少しだけ開いた。
『、ん』
「……」
『ご、め、……』
「……」
『、だま、さ』
魘されている。
可哀想なほどに悲痛な声。
先ほどまで説教に気合を入れていた相澤はその怒気が急速に沈んでいくのを感じた。
いつも天真爛漫な教え子の閉じられた目尻に涙がたまり、すぅ、と下に流れる。
「東堂、」
流れた涙に思わずギクッとして、慌てて手を握って名を呼ぶが、梓は目を覚まさない。
『…、だま、さ…な…いで』
(騙す?何のことだ?)
『ご、め……、ん』
(何に謝ってる?)
『、やだ………、あのひ、と…、』
どんどん鮮明になっていく寝言に比例して相澤は眉間の皺がどんどん険しくなっていく。
(なんだ?何に追い詰められてる?また何かに巻き込まれてるのか?騙す?嫌だ?)
大きな手でギュッと手を握れば、梓はあふれる涙をそのままに、ゆっくりと目を開いた。
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