172個性の解釈
午後は、個性圧縮訓練だった。
クラスメート達が自分の訓練場所に行く中、梓もいつも自分が空中ライドをしている定位置の崖に向かおうとするが、


「東堂さん、今日はあなたはこっちですよ」

『?』


セメントスに止められ指をさされた方を向けば、相澤がちょいちょいと手招きをしていた。


「東堂、またなんかやったかァ?」

「問題児〜」

『瀬呂くん三奈ちゃんひどい!何もやってないもん!』


いじってくる2人に言い返しながら相澤の元へ向かう。


『先生、なんですか?』

「先日の実践報告会のVを見させてもらったが、やっとあそこまできたか。コントロールも安定してきたことだし、満を辞してお前に伝えておくことがある」

『?』

「ずっと思ってたんだが、お前、個性の解釈間違ってないか?」

『え?????』


今更??何事??
何を言われているかわからなくてぱちぱちと何度も瞬きしていれば、相澤は言葉を考えるように顎に手を置き、


「いやね、体育祭の時から思ってたんだが」

『めっちゃ序盤』

「お前の個性の、雨…水の操作についてちょっと思うところがあってな」

『雨ですか…普通に、体内の水を放出するか、触れている水を操作するかですけど』

「体内の水を放出、ねェ。医者に見てもらったのか?」

『いえ、大量の水を出せないし、少し多めの水を出したらクラクラしちゃうので、脱水症状じゃないかって九条さんが』

「なるほど。つくづくお前ら一族は個性に疎いな」


相澤は呆れたようにため息をつくと、いつものやる気のない目で梓を見下ろす。


「恐らくだが、お前の“雨”は、体内の水を放出するんじゃなく、雷と同じで体内で生成し、放出していると俺は見ている」

『………………えっ???』

「じゃなきゃ説明がつかん事が多いだろ。USJの時俺を助けた水龍は湖の水を操作したんだろうが、操作する水のない場所での疾風迅雷で混ざる雨の量、轟の熱量を上回る雨のベール…」

『………………』

「嵐撃落としを除く、雨を含むお前の必殺技は、常人の体内水分量を超えてるよ。気づいてなかったのか?」

『…………えぇぇえええ!?』


目玉が飛び出るほど驚き絶叫した梓に相澤は煩い、と顔をしかめた。
自分だって煩いと思う。でもしょうがない。
発現して一年とちょっと、ずっと体内の水を放出しているから脱水症状になるのだと思っていたのだ。

確かにそう言われれば、大技使った時に混ざる水の量半端ないかもしれない。
あれは人の体に入る水の量ではないかも。

心当たりがあり過ぎて、でも何で今までそれを教えてくれなかったんだろう、とぽかんとしたまま相澤を見上げれば、彼は眉間にしわを寄せていて。


「一度持ち主を殺した個性、しかもコントロールがきかないときた。いつ手元が狂って巻き込まれるかもわからん個性に対し、勝手に自分で制限をつけているなら、そっちのほうが安全だろ」

『な、なるほど…コントロールが下手な状態でやるべきことを増やすべきではないと』

「そういうことだ。お前に教えたら、俺の目を盗んで特訓しそうだったんでな」

『ぐっ…たしかに』

「大規模操作が出来るようになってから、提案しようと思っていてな。無意識で雨が混じんのと、意識的に発生させんとのじゃ暴走リスクが天地の差だろうから」

『そういうことですか……ちょっとだけ、なんでもっと早く教えてくれないの、って思っちゃったんですけど、納得しました。もし先に教えられてたら、操作ができない状態で無理やり使って暴発してたかもしれませんね』

「ああ。それに、雨は他の2つよりも体に異常をきたすスピードが早いところを見るに、他の2つよりも難しいのかもしれん」

『…、くらくらしたりゼェゼェなるのって、雨が原因のことが多いですもん。単純に脱水症状だからだと思ってたけど、違うのか…』

「脱水症状って訳じゃなさそうだな。謎の多い個性だ、最初は様子を見つつ、徐々に意図的に雨を発生させる特訓を開始するぞ。あと、俺のいないところで雨の発生操作は暫くするな。暴発して死んでも知らんぞ」


暴発して死ぬって怖いな、と顔を引きつらせつつ、梓は相澤に付いていく。
しばらく歩くと、横幅10メートル深さ2メートルほどの半円状の大きな窪みがあった。


「とりあえずこの中で放出してみろ」

『あ、はい』

「くれぐれも無理はするな。雷と風と違って副作用が強いところが気になる」

『はぁい』


とん、と下に降りて、早速全身から雨を放出してみた。
まずは圧縮してベールのように纏い、少しずつその圧縮を解いていく。

圧縮の力を緩めるほど、水はうねり、渦を巻き、暴れ始める。


(…コントロール、むっずかしいな)


風と雷と放出の要領は一緒のはず。
ふーっ、と深呼吸とともに、思い切って、圧縮をやめ、雷を放出するときのように身体の中の流れを読んで力むが、


ーザパァンッ!


ズオッと渦を巻いた水が勢いよく放出され、うねり、中心にいる梓だけがまるで豪雨の中突っ立っているようで、


(た、確かに…体内の水分量超えてる…)


豪雨に雷と風が混じり始め、操作の効かない嵐のようになってしまいそうになって慌てて個性を消す。


『…っ、』


少しやってみて、先生の言うことが本当だとわかった。
ふと相澤の方を見上げれば、彼は不敵に笑っていて、


「本当にコントロール力を身につけたと言えるのは、そのじゃじゃ馬を手懐けてからだな」


実践報告会で見せたコントロール力の向上は、まだ序盤だと言われているようで梓は悔しいような、まだ強くなれるとわかって嬉しいような、複雑な気持ちで笑うのだった。


『……たくさん練習したいので、時間がある限りは付き合ってくださいね』

「はいはい」


ーー


それからというもの、ほぼ毎日、個性圧縮訓練中は、相澤マンツーマンによる雨の放出訓練が始まった。

いつもの如くしんどそうに眉間にシワを寄せながら訓練をする梓を相澤がじっと眺めていれば、彼の隣にマイクがやってきた。


「調子はどうよ!?」

「…放出量は思ってたよりスムーズに増えてってるよ。元々大技かます時に結構な量を放出してたからな、身体自体は慣れてんだろう」

「ふーん?」

「それよりもコントロールだな。雨は雷風より暴れ馬、嵐として混合して放出すりゃ上手いことコントロール出来てるんだが、雨単体だとちとしんどいな」

「…イレイザー、なんか意外だな!!」


あっけらかんと笑ってそう言ったマイクに相澤はなんのことだ、と首を傾げるが、
彼の目は少し真剣で、


「東堂、しんどそうだぞ。あいつが顔に出すってことは結構ヤバイだろ。やめさせなくていいのか?」

「……」

「いつものお前なら、もう少しゆっくり習得させんじゃないのか?」

「…敵は待ってはくれねえだろうが。どんなに準備不足でも、奴らは来るよ。俺達だって、ずっとアイツを側で守ってやれるわけじゃない」


少々無理をさせてでも、彼女の個性を伸ばす必要がある。
勿論、梓の性格上、もっと無理をしようとするのでそこは止めるが、いつも求めるラインより少しはみ出していることにマイクは気付いていたらしい。

相澤はため息を漏らした。


(インターンの件といい、白雲の件といい、恐らく公安は何かを掴んでいる。学徒動員まがいのインターン、そして守護一族への中央招集命令を考えるに、恐らくは、動乱が近い)


ずっと側について守って、手綱を握れればいいが、そういうわけにもいかない。
勿論、守るための根回しには最善を尽くすが、自分はオールマイトのようなパワー系ヒーローではないので、脳無のような奴らとの正面戦闘は正直荷が重い。

常に最悪の事態を考えると、この子を守るためにこの子と、その周りを強くするのが一番なのだ。


(周り…)


「マイク、ちょっとアイツ見とけ」

「はいよ。東堂〜、監視員俺に替わったから気を付けろよォ!暴発させても止めらんねえぞ〜!」

『監視員て!酷い言い方ですねマイク先生!』


汗ダラダラでツッコむ少女に「まだまだイケんじゃねェか!」とマイクがテンションを上げる中、相澤は同じフィールドで訓練している受け持ちの生徒たちを見て回った。


ドカァン!と派手な爆発音が鳴る中、受け持ちの生徒が訓練する様子を眺める。

梓の幼馴染である爆豪と緑谷、そして入学後仲良くしている轟、きっとこの3人が、梓と共に肩を並べて戦うヒーローとなる、なんとなく相澤はそう考えていた。
他の生徒たちも勿論共に戦うだろうが、梓の立ち位置は最前線、そしてその最前線向きの個性がこの3人なのだ。

言わずもがな3人とも必死に訓練をしている。
あの緑谷との大喧嘩以来吹っ切れ成長著しい爆豪、新しい個性の使い方を覚えた緑谷、そして炎を自分のものにし始めている轟。
インターン先をエンデヴァー事務所にしたのは正解だった。

彼らの成長をじっと眺めていれば、何故か爆豪が近づいてきて、珍しくて相澤は片眉をあげた。


「どうした」

「……梓のこと見とかなくていいのか」

「……少し安定してきたんでね。四六時中見ていなくてもいい。今はマイクに頼んでるしな」

「雨の放出量の矛盾は、俺も、クソムカつくがデクも、気付いてた」


唐突に言われ、相澤は面食らった。


「気付いてたが、言わなかった。あの個性は一度持ち主殺してんだから、やっと安定してきたコントロールを崩すようなことを言って嵐が暴発したらヤベェと思ったんだよ」

「俺も、そう考えたよ」

「なら、なんで今教えたんだ。まだコントロールも完全じゃねェ。言うなら、もう少し後でも…」

「……爆豪、死柄木は待ってはくれない」


俯いて、静かに呟かれたその言葉に、爆豪はひゅっと息を呑んだ。
体の芯が冷え、息が詰まった。


「………なんか知ってんのか」

「何も。ただ、何かが起こる。東堂もそれを感じ取ってる」


そう相澤に言われ、爆豪はふと年初めの側近任命式を思い出した。
公安から守護一族への圧力を見るに、確かに危機意識が高まっているとは思っていたが、それは単純に敵連合のせいだと思っていた。
敵の活発化が原因だと。

だが、相澤の表情を見るにそれだけではなさそうで、
梓もそれを感じ取っていると言われ、ますます爆豪は眉間にシワを寄せた。


「だから、少し無理させてでもアイツを強くすんのか。掻っ攫われないために」

「まぁ、そういうことだ。ただ、掻っ攫われないために急成長が必要なのは、何もアイツだけじゃないよ」

「わァってるよ、最近ジロジロ見やがって…!プレッシャーかけてんの丸わかりなんだよ!!」

「爆豪」

「ああ゛!?」


名を呼ばれ、爆豪が見た相澤の表情。
一瞬だけ、物思いに沈むような暗鬱な目を見た気がした。


「アイツは頑張ってる。本当に頑張っているが、。どうやっても、思い通りにはいかないことは、ある」

「……。」


すぐに何のことを言われているのか想像がついた。

どんな強敵相手でも何故梓が戦うことを恐れないのか、それは、戦っている間は誰かを守ることができているからだと聞いたことがある。

守りたいものを守るのだと、絶対に守るのだとその一心で動く彼女が打ちのめされる時、それはきっと、守りたいと思ったものを守れなかった時だ。

それは彼女の性格や、インターンでの発言から大いに想像がついた。


「誰か死ぬんか」

「勿論犠牲がないことを願うが、そう思い通りにはならないかもしれん」

「……」

「爆豪、アイツの心を守れ。体育祭の時のように」

「……んなこと、」


言われなくてもそのつもりだ。と言おうと思った。
でも、そういえば体育祭以来、彼女の心を支えていたのはこの担任だったような気がしてふと訝しげな目を向ける。


「…、」

「俺には俺のやるべきこともある。ずっと側にいてやれない。アイツの心を守れる人間は、増やしておかないとな」


少し納得した。相澤が言いたいこともわかった。
ヒーローは、いつ何があるかわからない。もしかしたら明日、死ぬかもしれない。

ずっと相澤が見ているものだと、爆豪も無意識に頼りにしていた。勿論自分が梓の不調に気付きたいが、同じ生徒という立場的にも、一族関係には手出しができないことが多い。
だから、梓関連での相澤という存在は、爆豪や緑谷、そして他のクラスメイトを安心させていた。

だが、確かに彼のいう通りだ。
ずっと、ずっと見ていられるわけじゃない。

きっと相澤は知っているのだ。こういった泰平な日常は、少しのきっかけで無くなる事もあるのだと。
壊されて、経験したことがあるのかもしれない。

だから、梓を敵連合に攫わせないため、正面戦闘になった時に抵抗できるように強くし、精神的に追い詰められた時に、自分が駆けつけられなくても、爆豪が救えるように、できることをできるうちに。


「…、俺は、アイツの強がりをぶっ壊すことしか出来ねェぞ。デクや、半分野郎みてェに…優しい言葉なんか、」

「十分だろ。俺だってメンタルケアは苦手だ」


なのに何でアイツ、俺の前で泣くんだよ、どうしていいかわからん、と眉間にシワを寄せる相澤に、(ずりィんだよ!!)と少し嫉妬した爆豪だった。


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