敵連合と異能解放軍改め、超常解放戦線。
呼び出されたホークスは、「とりあえず、解放思想の浸透をガンバってます!」と人懐こい笑顔を見せた。
巨大なテーブルの周りに座る超常解放戦線の幹部たちが、注意深くホークスを観察する中、
絶対にボロを出さないよう、己をひた隠しにする。
「おいホークスおまえすげー頑張るな!いい奴だな!悪人だろ!俺の部下にしてえよ!」
「どーも。公安は未だに“敵連合は少数で潜伏してる”と思ってます!解放軍の存在に気づいてない」
正直、好意的なのはトゥワイスだけだ。
こんなにも献身的に戦線に尽くしているというのに、流石に警戒心が強いと思う。少しも気が抜けない。
ホークスの羽についている諜報のための記録媒体を幹部たちが見る中、おちゃらけた表情を崩さないように保つ。
「泥花市事件の連合関与について捜査中ですが、戦士たちが上手くやってます。あとは例の悠長な後進育成が始まってますねー」
「ああ、エンデヴァーの下に4人いたな」
「出久くんです!それと、この子が梓ちゃん。弔くんが引き摺り込みたいと思ってるコ!私もこの子のギラギラした目、好き!」
「ホークス接触してんじゃん!捕まえろよ!」
出来れば会いたくなかったが、遭遇してしまったインターン組。
絶対に話題に上がるだろうとは思っていたが、ああ出来ることなら上がって欲しくなかったのに。とホークスは困った笑顔を見せた。
「そうしたいのは山々ですけど、エンデヴァーの庇護下にいるんじゃ2番目の俺には手が出せませんよ」
「そういうもん?」
「そういうもんです。ヒーローとしての信頼を無くしたら、今のような情報も手に入りませんし」
納得した表情を見せたのはトゥワイスだけ。
荼毘は、口角を上げたままじっと画面を見ている。
どうか奴の目が梓以外に向いていますようにと願わずにはいられないが、
「四六時中、エンデヴァーといる訳じゃねぇだろ」
「…。」
どうやら彼の目は死柄木と同じく梓を捉えているようで、ホークスは内心チッと舌打ちすると、ますます困ったように眉を下げた。
「俺だってそう頻繁にエンデヴァーに会いに行くわけにはいかない」
「呼び出せよ。お前が、コイツを」
「彼女の担任は思慮深く疑り深いイレイザーヘッドで、エンデヴァーだって彼女が俺たちから狙われてることを知っていて特別対応してると聞く。この前たまたま知り合った程度の俺じゃ、周りの保護者に警戒されて会えんよ」
「ふうん?」
ずっと頭の中でシュミレーションした回答をすらすらと言えば、荼毘は試すような目をしつつもとりあえず黙った。
(ふぅ…上手く誤魔化せたか)
公安は梓を囮に使うことも考えろと言っていて、ホークス自身も少しそれを考えたことがある。が、知り合って話してみてああこの子を囮に使う精神力が自分にはない、と痛感した。
だから、立場を利用し全力で守ることにした。
その為に、わざわざ公安にエンデヴァー事務所へのインターンを提言したのだ。
言い訳を作る為に。
(インターン提言もそうだし、やっと人見知りがなくなって懐いてき始めたあの子をわざわざ遠ざけたんだぞ…俺の努力よ報われてくれ!)
警戒心ゼロの笑顔で嬉しそうに近寄ってきた梓を遠ざけ、どれだけ心苦しかったか。
おーインターン頑張ってんね!飯行く?って言いたいのをグッと堪えたあの努力が報われてほしくてジッと荼毘を見ていれば、彼は梓に言及するのを諦めたようで、
「まぁでも、あまり成長してねぇみてえだな」
「まーー言っても学生ですからねーー」
「隙があれば攫えよ。死柄木が喜ぶ」
「そうっすね、隙あらば」
「何故、死柄木はこの少女にそこまでの肩入れを?」
話が終わりそうだったのに。
まだ梓ちゃんの話すんのかよ、と嫌になりつつも質問したリ・デストロにホークスは「さぁ?俺は知りません」と首を傾げる。
「そういや俺も知らねェな」
「そもそもこのチビ、拐う予定じゃなかったけど付いてきたんだったよな?」
Mr.コンプレスとスピナーも同じように首を傾げている。
「でも、元々弔くんはずっと梓ちゃんの写真見てたし、神野の時は連れてくって言ってたし!」
「何やっても真っ直ぐ見てくるんだと。目が光に満ちてるくせに、思想がヒーローらしくねェ、シンプルな思考回路が気に入ったらしい」
「荼毘、でも、こいつ根っからのヒーローって感じだろ」
「さァね。詳しく聞きたきゃ直接死柄木に聞けよ」
荼毘が会話を放り投げたことでリ・デストロはこれ以上の情報収集はできないと判断したのか、ホークスに「ご苦労!下がりたまえ」とニカリと笑った。
やっと報告が終わった。ホークスは笑みを貼り付けたまま会議室を後にするのだった。
ー
その後、久しぶりに彼は福岡に戻った。
事務所までの夜道にある繁華街をのんびりと歩きながら空を見上げる。
飛んで行ってもいいが、こうやって歩くのもなかなか良い。
スパイをしていると、今自分がどっちなのかふらついてしまう時があるが、こうやって地元を歩くことで精神的に地に足がつく感じがして落ち着くのだ。
(明日からまた解放思想の浸透か)
あーやだやだ、と思いつつ、「ホークス!うちの店寄ってけよ!」「いいや、ウチの屋台も良いぞ!」と盛り上がる繁華街の客引きを器用に避ける。
「また今度ね〜」
と、その時、
「ウチもいいですよ。ぜひ」
トン、と胸にチラシを押しつけられ、ホークスは目を見開いた。
(え!?いつ前に来た!?)
その客引きはギリギリまで気配を消していて、ホークスが身を翻して避ける間もなくチラシを押しつけ、そして人混みに消えたのだ。
もし彼が通り魔だったら絶対に刺されていたと思うほど、洗練された動き。しかもそれが、凄く見えないところが凄い。
相当な実力者しか、気づかない力の隠し方が上手い実力者だと感じた。
渡されたチラシを見るが、ただの居酒屋のチラシで、ホークスの頭にハテナマークがたくさん付く。
本当にただの客引きだったのだろうか。
(直感で、客引きじゃないと思ったんやけどな)
のんびりチラシに目を通す。
美味しそうなだし巻き卵やもつ鍋、何度見返しても普通の居酒屋のチラシ。
と、ふと彼は気づいた。
チラシの端に見えない点で花のようなマークが象られているのが指先の感触でわかった。
点字で花の絵が描かれている。
「!!」
(まさか、これ、リンドウ!?)
まさかもしや。あの一族の家紋の花ではなかろうか。
そう察してから、ホークスの目の動きは格段にスピードアップした。
(さっき俺にチラシを渡したのがあの家の人間だったら、気配の消し方にも納得がいく!けど!一体何がなんだか)
何がしたいのかわからないし、こういう回りくどいやり方をしてきた意味もわからない。
まあ、あの家と関係があると思われたら厄介なのでありがたいのだが。
(わざわざ渡してきたってことはこのチラシに暗号かなんか入れてるってことだよな…)
読みながら、頭をフル回転させる。
自分が培ってきた知識の中で、一族が好んで使いそうな古めの、巧妙で難しい暗号を当て嵌めていき、
暫くして、やっとホークスは解読の糸口を掴んだ。
(難しすぎでしょ!?俺じゃなかったら絶対わからんよ、これは)
これだけ巧妙だと映像越しに戦線にバレる心配もないだろうし、ありがたいっちゃありがたいのだが、あの一族の暗号のレベルの高さにちょっと引きつつ、読み進めていく。
(えー何々…、あ、俺が潜入してるの察してんのか、流石。しかも、俺が梓ちゃんをエンデヴァー事務所に推薦した事も、その理由もご名答)
誰が気づいたかは知らないが、きっとキッカケは梓だろう。
インターンで遭遇した時、異能解放戦線の本を布教する自分を困惑した表情で見てきたし、去り際服を掴まれた。
おちゃらけた声音とは裏腹に厳しい目で口に手を当て細やかな合図をすれば、すぐに汲み取って一歩下がってくれた。
きっと、アレをきっかけに整理し、推理する一族の仲間がいたのだろう。
(だとしても、暗号で連絡をとってくるなんて)
頼んでもいないのだから放っておいてくれればいいのに。相変わらず、やることが突飛だ。
しかも、何か重要な情報でも書かれているかと思えば、特にそんなことはなくて。
読み取れる単語をつなげて読んでいく。
“根回しをしなくても、そのつもりで動くから、大丈夫。こちらのことは気にしないで”
“邪魔はしないし、悪い奴には絶対に負けない”
“あなたの足手まといになるような状況は生み出さない”
“だから、どうか生きて。生きていてほしい”
“少しの間1人で頑張って。
そして、時が来たら、一緒に敵を倒そう”
“強くなるので、待っていて”
「………」
なんだ。戦線の情報じゃないのかよ。
そう思う反面、この文面は確実に梓の言葉だと思った。
(全く潜入の役に立たない文ばっか。もう、こんな事の為にリスクがあることをしないでほしいんだが)
潜入の役に立たない。
のに、
ホークスは少し、気が楽になった。
「……」
時々ふと不安になる。
任務を失敗した時、自分は敵連合として死ぬのではないか。
ヒーローとして死ねるのか。
ああ、大丈夫、あの子はこの状況でも、自分のことをヒーローとして見てくれている。
ホークスにとってそれは暗闇の中の大きな灯火だった。
そして、これほどの暗号を使える部下がいるのであれば、少々ホークスの暗号が乱れたところでうまく汲み取ってくれるだろうし。
ヒーロー側に敵に与する者がいることも察しているのであれば、一族が信用する人間にだけホークスの情報を正しく流すことができるだろう。
窓口が公安ひとつしかない彼にとって、もうひとつ連絡を取ることができる保険のような組織があることは大きな心の余裕を生んだ。
情報量は全くもってゼロ。超高度な暗号で感情しかぶつけてこない守護一族からの可愛い手紙は、少なからずホークスの心の糧となった。
ー
西京がホークスに暗号を届ける中、梓は勉学とインターンの両立に励んでいた。
週末と平日2日をインターンに費やすスケジュールは、元々余裕のなかった梓の予定を過度に圧迫していた。
ランチラッシュの絶品丼をレンゲでツンツンしていれば、隣に座っていた耳郎に苦笑される。
「食欲ないんでしょ」
『…うん、ちょっとバテた』
「だろうね。元々忙しかったのに、インターン始まってから輪をかけて忙しいし」
『でも食べないと先生にどやされるからなァ』
「ほんっと、梓の担任が相澤先生で良かった」
あの人がこの子を見張ってるというだけで友人としては少し安心感があるのだ。
耳郎にとって相澤は、ふわふわと浮世離れした梓の手を掴み、しっかりと繋いでくれるような存在だった。
でも、ふと不安になる時もある。
特に最近、梓の無理が度を過ぎているような気がする。
(食欲無くなることはなかったしな…)
少し、体育祭の前のような雰囲気がある。
自分を追い込み過ぎてるような。
もちろん、No.1の事務所にインターンしているのだから追い込むことも大事だろうが、もっと他に何か別の理由がある気がして、耳郎は眉間にシワを寄せた。
「なんかあった?」
『え?』
「最近必死過ぎない?授業でも熱量凄いっていうか、前から実技の集中力やばかったけど最近鬼気迫ってて怖いよ」
『そう!?鬼気迫ってて怖いってなんかヤダな!?』
「爆豪も緑谷も轟も集中力やばいけど、梓はちょっと度が過ぎてる感じ。なんかあったの?」
『うーん…、インターンのプレッシャーもあるんだけど、それより…』
耳郎の追求をはぐらかすようなことはせず、梓は悩むように眉を下げると、一口、ご飯を口に運んだ。
『むぐ、…(もぐもぐ)、強くなって欲しいって言われた気がしたんだよね』
「気がしたぁ?」
『うん、』
“単純に、強くなってほしいのでは?”
ホークスの心情を代弁した香雪の言葉が頭の中で蘇る。
なぜ彼が、エンデヴァー事務所でのインターンを推薦したのか。
“梓様の自衛能力を高める為に、お国の為に、守るべきものの為に。学ぶ機会を奪う訳にはいかなかったのではないですか?”
たしかにそうかもしれないと思った。
だから、西京に暗号を託した。
“心配しなくても、悪い奴には絶対負けない”
“強くなるので、待っていて”
有言実行するためにも、梓は必死に強くなろうと努力していた。
『次会ったときに強くなってなきゃいけないの』
「ふーん?」
強くなって安心させることが、一人で頑張るホークスの為に自分にできる唯一のこと。
だから、弱音吐いてる暇なんてないの。
梓は、一生懸命贅沢丼を口の中に掻っ込むと、
『耳郎ちゃん、私先行くね!』
「午後の授業の準備?早くない?」
『ううん、ちょっと心操に用があって』
また後でね、と笑顔で駆けていく友人の背中を目で追いながら心配になっていれば、後ろから様子を見ていた上鳴に「梓ちゃんまた走ってった?体力底なしじゃね?」と声をかけられ、思わず、「突然底つきそうで怖い」と呟くのだった。
ー
普通科C組。
廊下側に座っていた男子生徒は、少し教室の外がざわついているのに気付いた。
隣の女子生徒が「なになに?」と廊下を覗くのにつられ、自分も覗く。
廊下の先にいたのは、平均よりも少し小柄な女子生徒だった。
ふんわりと色素の薄い髪に大きく透き通った蒼眼。
可愛らしい出で立ちには似ても似つかぬ武勇と聞く、ヒーロー科トップの人気と実力を誇るあの子だ。
「東堂梓じゃん」
「ホントだ。この前轟や爆豪と一緒にちらっとニュースに出てた」
「見た見た!1年なのにエンデヴァー事務所にインターンしてんでしょ?しかも轟や爆豪ら男子メンバーについていけてるってのが凄い」
「流石に噂だけどさ、爆豪や轟とガチでやり合ったらあの子が強いんじゃないかって聞いたぞ」
「いや、流石にそれは。だってあの2人体育祭でめっちゃ強かったじゃん?小柄でパワー無さそうだし、流石にやり合えないでしょ」
凄いのは認めるけど。
と心配そうな顔をする女子生徒に彼も苦笑する。
「ちょっと儚い感じがするから心配しちゃうよな」
「うん。ウチらより強いのはわかるけど、腕折れそうだから無理しないで欲しいわ」
「にしても、なんで普通科に?」
てくてく歩いてくる梓はまっすぐC組に向かってきているようで男子生徒が首を傾げていれば、隣の女子生徒が「え、あんた知らないの?うちのクラスに、あの子と仲良い奴がいんだよ」と笑った。
「仲良い奴?」
「そっか、アンタいつも寝てるから知らないのか。時々用事かなんかで会いにくんだよ。本人嫌がってるけど」
ピッと指差す先にいるのは、クラス期待の生徒。
ヒーロー科編入が想定されている、唯一の存在。心操人使だ。
「アッそういや体育祭の時に組んでたもんな」
「アレは、洗脳しただけ。アレきっかけで、仲良くなったんだってさ」
「マジか!」
「噂によると、あの武闘派梓チャンに稽古つけてもらってるとかなんとか」
ニヤリと楽しそうな笑みを浮かべる彼女につられて思わずジッと心操を見ていれば、彼も廊下のざわつきを感じ取ったようで眉間にシワが寄る。
彼は暫く扉の方を見た後、眉間にシワを寄せたまま立ち上がり早歩きで教室を出た。
『あっ心操』
「こっち来るなって言ったよな」
パァッと笑顔になった梓とは対照的に心操の表情は厳しい。
目立つのが嫌いな彼らしくて、教室から見守っていた数名は優しい目でそれを見守っていた。
が、中には心ない奴もおり、「ヒーロー科と仲良いアピールかよ」「自分だけ編入できるからってこれ見よがしに」「編入も、東堂のコネ使ったんじゃね?」と陰口が聞こえる。
「しょうもねー奴らもいるもんだな」
「本当にね。他クラスの奴が多いんじゃない?ウチのクラスにも、少し前までは心操に嫉妬してる奴がいたけど、今は皆肯定派っていうか、応援してるもんね」
「ずりーってずっと思ってた俺だが、今となってはあの2人をずっと見ていたい」
「突然会話に入ってくんなよ」
2人の会話に突然入ってきた彼は、何度か心操にイチャモンをつけたことがあるクラスメートだ。
彼は尊いものを見るような目で2人を教室内から観察している。
『だって、これ渡したくて』
「文献?別に後でもいいだろ」
『今日は放課後、エンデヴァー事務所のインターンメンバーで次の任務の予習があるから稽古場に行けないんだ』
「そういうことなら俺が取りに行ったのに」
『だって、心操。ヒーロー科の寮に来るの嫌がるじゃんか』
「そりゃ嫌だろ。轟や爆豪の視線が刺さりまくってしんどいんだぜこっちは」
『じゃあどうすりゃいいのさ』
「連絡くれれば待ち合わせできるだろ」
『アッそれもそうか』
「アホだろ」
呆れてため息をつきつつも仕方なさげに笑った心操に、日頃からの仲の良さが垣間見える。
「ホント推せる…」とうめくクラスメートを他所に、用事を済ませた梓は心操に手を振ってヒーロー科に戻っていった。
ー
心操への用事を済ませヒーロー科に帰っていると、後ろから「東堂!」と呼び止められ、梓は足を止めた。
『ん?』
「ご、ごめん呼び止めて。ちょっと伝えたいことが」
普通科の、誰だかわからない生徒だった。
首を傾げれば、彼は息を整えつつ「心操の隣の席の、橋口っていうんだけど」と自己紹介してくれる。
『橋口くん』
「そう、突然ごめんな。東堂と話せるチャンスって滅多にないからさ」
『んー、話ってなに?』
少し、梓の目には警戒があった。
心操関係で普通科の人に呼び止められて、良いことを言われたことがあまりないのだ。
どうして心操なんかと仲良くするんだ、なんで心操だけ、と言われたこともあるし、
あなたと心操くんは釣り合わないから話しかけないでと言われたこともある。
自分関係で心操に危害を加えられそうになったこともある。
もちろん、好意的に見てくれている人たちがいるのもわかっているが、呼び止められることなんてない。
ちょっとの警戒心を持ちつつ小首を傾げれば、彼は少しドギマギしつつも、ジッと梓を見下ろし、
「あの、俺がいうのもなんだけど、心操のこと、宜しくな」
思わず拍子抜けしてしまった。
ぽかん、と口を開けているあいだも彼は続ける。
「俺、体育祭終わってから、心操がみんなの遊びを断ってずっと早く帰ってるのを見ててさ、掌も腕も足もテーピングとかでボロボロになってて、多分コイツだけはずっとヒーロー諦めてねェんだな、って思ってたんだ。でも、無理だろうなとも思ってて」
『…うん』
「どうせダメなら、しんどいことしなけりゃ良いのに、って心配してたんだよ。それを本人に言ったこともあったけど、アイツ、何がなんでもついていくって言ってて、その時に、ああ心操は誰かの背を追ってるんだってわかった」
『うん』
「ずっと、東堂が心操の道の灯火になってくれてたんだよな。努力したのは心操だけどさ、頑張る場所と背中を押してくれたのは、お前だろ?」
優しく、そう言った心操のクラスメートの橋口に梓は困ったような顔で静かに首を横に振った。
『……、んと、私だけではないし、私は、心操が守る力が欲しいと言ったから、門を開けただけ。君がいうほどの事はしてないよ』
「だとしても、心操を受け入れたのは事実だ。ありがとうな」
『心操には助けてもらってばかりだから、こちらこそありがとうだけど、なんで君が礼を言うのさ』
正直言ってくすぐったい。
なにもしてない。心操が頑張っただけだ。
寧ろ余計なものを背負わせてしまって申し訳ないと思っていたりするのに。
彼が礼を言う理由が分からなくてまごついていれば、橋口は照れたように頭をかいた。
「友達なんだよ、だからずっと怪我しまくってて心配だったし、実を言うと、ヒーロー科に編入すんのも心配」
『編入も心配なの?』
「そりゃそうだろ。2年から編入なんて、周りに差つけられまくってるだろうし、戦闘向きの個性じゃねェしさ、既存メンバーと一緒にうまくやってける性格でもないだろ」
『ふふ、たしかに』
「だから、ずっと東堂に伝えたかった。心操のこと、宜しく頼むよ」
『そういうことなら、頼まれるよ』
ぐっと手を握られ、梓は花の咲いたような笑顔で笑うとその手を握り返した。
心操のことを大事に思ってくれる人がいることが誇らしくて、嬉しかったし、頼まれて身が引き締まった。
「ありがとう!呼び止めて悪かったな」
『とんでもない』
「お前が頼まれてくれるだけで、安心したよ」
『橋口くん、でもね、どっちかというと、わたしが心操に助けてもらってることの方が多いんだよ』
「へ?」
『もちろん君の言う通り、頼まれるけれど、君は君なりに心操を気にかけてほしい。私には弱い面を隠そうとするかもしれないから、その時は遠慮なく教えてほしい』
「…そっか、俺勘違いしてたかも。お前らの関係は、持ちつ持たれつなんだな」
決して、心操が梓を頼っているだけな訳ではないのだと彼女の言葉で察した橋口は、わかったよ、と心操の友人として了承するのだった。
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