雨の放出訓練の日々を送っていたある日。
《姫様、異能解放戦線の本について自分なりの仮説を立ててみたのですけれど、お聞きになりますか?》
突然電話が来たと思ったら、東の分家から来た側近のハルトがそう楽しそうに言うものだから梓と心操は目を合わせた。
(異能解放戦線?)
(報告なのに何で疑問形なんだ、あの側近)
お互い目を合わせたまま首を傾げる。
小さな声で梓が『なんだっけ』と心操に聞いたことで、自分と疑問に思っている点がちがうことに気づいた心操に呆れたような目を向けられた。
「アンタ、インターンと鍛錬と勉強であの本のことすっかり忘れてたろ」
と小声でバカにしてくる心操をキッと睨みつつ、聞きたいです、とハルトに返答すれば、彼は嬉しそうな声を出した。
《そうですか!では、ぜひ外出許可をとっていただきたいと存じます!》
「『え?』」
《僕は姫様のお役に立ちたくて姫様のご活躍を見たくて側近になりましたが、寮生活でめっきり会えないものですから、ぜひこの機会に外泊を!いや、外泊までとは言いません、せめて一時帰宅を!》
『えぇ〜…時間ないよぉ』
《そこをなんとか!僕、昔の文献を読み漁ったり、西京と共に偵察に行ったり色々と頑張ったのですよ?報告くらい、姫様に直接伝えたいではありませんか》
『うぅ〜…』
「頼んでみる?イレイザーヘッドに」
『心操、何を言ってるの。キッて睨まれるよ!あの人に睨まれたらヒエってなるよ!』
「最近アンタ頑張りすぎだし、息抜きがてら許してくれんじゃないか」
《よくぞ言った!門下生よ!外部出身の割になかなかやるではないですか!》
門下生だけど、眷属なんだけどな、と扱いの雑さに少し複雑な気持ちになるが、梓は気づいていないようで確かにそうだねぇ、と思案していて。
『ダメ元で聞いてみます。ハル、期待はしないで』
《ええ!快いお返事をお待ちしております》
華やいだ声で電話を切ったハルトの期待に応えるべく後日さっそく梓が相澤の元に外出届を出しに行くと、意外とすんなりOKが出て目をぱちくりとさせるのだった。
(いいんですか!?)
(最近は敵連合関係も落ち着いてるしな)
ー
相澤に送ってもらい、本家に着いた。
相澤も当然家の中に入ってくるものと思ったが、どうやら仕事が立て込んでいるようで書類を車で読むから、と断られてしまった。
「なんかあったら呼べよ」
『やだなぁ、本家ですよ?何もありませんよ』
どうだかな、と微妙な顔をする相澤が車の中に引っ込んだのを見届けると、心操と共に本家の玄関戸を開けた。
『帰ったよ〜』
「お嬢、心操、お帰りなさい。久しいですね」
『泉さん!』
出迎えてくれたのは泉だった。
着流しで眼鏡をかけた優しげな彼だが、実は一番相澤と馬が合わなかったりする。
心操は、相澤が本家内に入らなかったのは正解かもな、と考えながら、他愛もない話をする泉と梓の後を追いかける。
「インターンでの活躍目覚ましいようですね。東の分家、南の分家の者たちから絶賛の声が文で届いておりますよ」
『南と東はもともと、派閥なんてなかったもんね。強ければ誰でもって言ってたから、すんなり受け入れてくれてるのかも』
「側近任命式で風向きが変わりましたな」
広間に行けば、水島が作ったであろう何種類もの料理がずらりと並んでいた。
わぁ、と華やいだ声を上げ席につく梓に側近達が駆け寄る。
「姫様、我々の我が儘をお聞き入れいただきありがたく存じます。して、イレイザーヘッドはどちらに?」
『外で、車の中でお仕事中』
「そうですか、一度お礼を言っておきたかったのですが、」
『帰りに会えばいいよ』
「姫様!先日からのインターンでのご活躍、拝見させていただきました!!雷が希望の象徴のごとく煌めき敵を霧散させるスピード、素晴らしいですわ」
『ああ、でも、まだまだだよね』
「まだまだだなんて、」
「ハルト、水澄、梓様の滞在時間は限られている。お食事の邪魔をするものではないよ」
香雪の鶴の一声で群がっていた水澄とハルトが「「申し訳ありません!」」とパッと離れ、前よりもこの2人の扱いが上手くなっていることに心操は感心した。それと同時に、随分と側近相手にフランクな対応をする梓に少々ギクッとした。
小さく、いいのか?と問えば、前に取り繕うのを忘れて九条と接してしまいバレたのだと笑っていて、
どうせ長く続くものではないと思っていたの少し安心する。
梓もホッとした様子で『いただきます』と夕食を食べ始めていて、心操も同じように食べ始めながらジッとある人物を観察した。
「………」
西京だ。
梓が帰ってきて、「お帰りなさいませ」と一言発して以来我関せずの様子。
本当にダブルスパイのようなもので、梓の味方なのだろうかと疑いたくなるほどだが、
『西京、あの件は…』
「恙無く」
あの件?なんのことだ。
心操が訝しげに梓を見れば、彼女は『頼みごとしてたんだよ』と笑った。
「それ九条さんは知ってるのか」
『うん、一応ね』
「ならいいけど」
恙無く、と間髪入れず返答した西京の表情がどこかホクホクしていて誇らしげで、なんとなく心操は少しだけ安心した。
暫く他愛もない雑談が続く。
「心操、調子はどうだ?来年からヒーロー科に編入だろ?」
「………普通ですよ。イレイザーヘッドとコイツにしごかれてます」
「あっはっはっ!そりゃそうだろうな!」
「なァ、そろそろヒーローコスチュームっての考えるんだろ?俺ら、お嬢の時にどうしていいかわかんなかったんだよね。ね、九条さん!」
「おう、個性なんてないからわかんねェんだよな」
「はなからあなた達の助言なんて当てにしてませんよ」
「生意気だな!!」
楽しそうに九条と水島が笑う。
彼らからすれば、5月からずっと通い詰めの門下生である彼は可愛くて、弟分のようで、ヒーロー科編入の知らせを聞いたときは飛び上がって喜んだものだ。
「頑張ったなァ、入門したてはクソ弱かったもんなァ」
「お嬢にめちゃめちゃ背負い投げされてたからな。鬼ごっこもクソ弱かったし」
「九条さん、水島さん、会うたびにその話すんのやめません?」
「「あっはっは!」」
「…心操、コスチュームの草案は考えているのかい」
ふざけて考える気などなさそうな2人の横から泉に聞かれ、心操は面食らった。
「まだ、そんなには。ボイチェンは採用して、捕縛布と、脇差を挿せるベルトくらいは考えてますけど、」と合理的なコスチューム案を言えば彼は思案するように顎に手を置き、
「喉、潰されないようにガードがいるんじゃないかい」
『確かに。心操みたいな敵とやり合うなら、何を差し置いても先に喉潰すなぁ』
「怖いな」
ちらりと喉を見られ、思わず手で隠せば梓が笑う。
『泉さんの言うとおり、喉は守んなきゃね』
「……ああ」
「あのーーー、発言をお許しいただいても宜しいですか?」
す、と手を上げたハルトは少し不満げな顔をしていた。いいよ、と梓に言われ、彼はぱちん、と箸を置くとチラリと心操を見る。
「我々も本家に来て1ヶ月弱経ち、何故、当主継承の場に居なかった彼が側近任命の場で、眷属の立ち位置にいたのかは、九条殿よりお聞きしています」
「……」
ああ、またこれか。遅かれ早かれくると思っていたが。
心操は悟った目でハルトから目を逸らすが、彼は続ける。
「ですが、やはり納得がいかぬのです。我々は、分家の血を引き、幼き頃より守護が為に生きております。この者は、5月ごろに門下生として入門したばかりでしょう。少々、荷が重いのでは、と思うのですよ」
『それは、心操が眷属であるべきではない、ということ?』
「……ヒーロー科ですらない、15歳の少年…に、その席はまだ早いかと」
躊躇いながらではあるが、はっきりとそう言われ、周りの側近も同じような顔をしており、心操は(五月蠅いなァ)と内心愚痴を漏らした。
ただ、『心操は、』と少しだけムキになる梓を見て、なんとなくこの半年を思い返す。
(あなた達がコイツを見定めている頃から、俺はコイツの隣にいた)
派閥に悩まされているときから側にいたのだ。
(最古参は九条サンと水島サンだが、その次が俺だし、眷属は俺だけ)
心の中でそう考えるが、正直言って元々、この側近4人相手にそんなダサい主張をするつもりはなかった。
そもそも自分は、梓のためだけの存在であって、守護の意志などどうでもいいし一族なんてもっとどうでもいい。
実を言えば、今もこの一族はイカれてるって思ってるし、この4人の側近よりも自分は側近としては梓の役には立ててないと思っている。
だから一歩ひいて見ているつもりだったけど、
「誰がなんと言おうが、多分梓は俺を選びますよ」
ちょっとだけ、意地が出た。
『お。』「「お。」」「ほう。」
「やめて。やめて、そんな目で見るな」
嬉しそうに目を輝かせた梓と、楽しそうに口角をあげる九条達に(ああウザいな)と眉間にシワを寄せる。
「そんなの、わかりませんわ。あなたよりもわたくし達の方が姫様のお役に立ちますし、」
「水澄の言う通りです。一族のことをよくわかっている人間が眷属の方が宜しいかと、自分も思いますよ」
「香雪の言う通りです。ここは、僕、ハルトを選んでいただいても」
『え、心操が言ったでしょ。私は心操しか選ばないよ』
「どうしてそこまで頑ななのですか」
むう、頬を膨らませる水澄に、なんと言っていいかわからず、うーんと梓が唸る。
『わからないけれど、心操から眷属になりたくないと言われない限りは私は心操にそばにいて欲しいと思ってて、もし、眷属になりたくないと言われても、他の誰かを眷属にするつもりはないな』
「心操顔真っ赤じゃん」
「煩いですよ、九条さん」
思わず両手で顔を覆った心操はくぐもった声で悪態をついた。
梓のまっすぐな決意を聞いてもなお不満げな4人に九条は笑う。
「お嬢の実力を誰も認めてねェ時からコイツは側にいたよ。連合に拐われて心身共にダメージを受けたときに、眷属になって、それからずっと心操はお嬢の味方。ちなみに、俺ともよく衝突する」
「最古参の九条殿と衝突!?」
「俺は、あんたらとは違います。一族なんざどうでもいい。守護の意思とやらもどうでもいい。側近も、一族の思想も全部イカれてるって思ってます」
「「「「え。」」」」
「俺は、梓だけの存在なので」
きっぱりとそう言い切った心操に西京も含めた側近4人は面食らった。
が、やっと彼がこの立ち位置にいるのかがわかった。
九条や自分たち側近は一族第一主義、彼だけは違うのだ。彼は梓第一主義、だから眷属を任されているのだと、梓を支える点において九条達に信頼されているのだと、なんとなく理解し、ハルトは悔しそうな顔で唸った。
「そ、れは……、我々が君の代わりをすることは出来ませんね」
「まあ、そうなるかと」
「ううむ、立場が違うことは理解しましたが、」
「俺にとってはあんたらも警戒対象ですからね」
「「「「えっ」」」」
追い詰めたら容赦しない、と睨まれ、
やっと彼の立ち位置がわかった側近達は少し羨ましげに心操のことを見るのだった。
ー
腹を割って話したことで、側近達は心操にも興味を持ったようだった。
「心操は、どのような個性なのですか」
「おや、水澄、知らないのですか?彼、普通科の割に体育祭の本戦に出場していましたよ」
「ハルトと違ってわたくし、姫様の試合にしか興味がありませんの」
「おや、僕は姫様の眷属が彼であることを知ってから見直したのだがね」
「勝手にバチバチしないでくれます?…洗脳ですよ」
簡単に個性の説明をすれば、全員あまり個性に馴染みがないのか興味津々だった。
そういえば、一族の人間は無個性だったり戦闘系の個性じゃない者ばかりと聞いたことがあるな、と心操は逆にそっちに興味が湧いてくる。
なるほどだからボイチェンですね、と洗脳で盛り上がる側近達に「個性、ないんですか」と聞けば、ぱたりと会話が止まった。
「あ、俺まずいこと聞いた?」
『いや、別に大丈夫だと思う。ていうか、私も聞いたことないから聞いてみたい』
「…我々にも一応個性はあるのですが、戦闘の役に立ちませんのでなかなか公表しづらいのです」
「まァ、うちの一族は代々個性に恵まれねェからなァ」
『九条さんは知ってるの?』
「そりゃ、お前の側近に召し上げる時にザッと調べたさ。この4人の中じゃ、香雪、お前が一番レアだったよな」
九条の問いかけに香雪は「レアだなんて、やめてくださいよ」とあからさまに嫌そうな顔をした。
「自分の個性は、戦闘時に使い物になりませんよ」
『香雪、どんな個性なの?』
「…端的に言えば、転送です」
え、凄い、と梓が言う前に香雪は首を横に振ると、苦々しげに続ける。
「ヒーロー科を受験したこともありますが、制約が多く使い物にならず、落ちました。」
『制約?』
「自分の“転送”はとても限定的なのです。転送できるのは自分にとって思い入れの深い人間のみ、転送先は方角のみしか指定できず、距離も場所もランダムで、しかも、転送できる重さは自分の体重より軽量でなければなりません。そして、転送した後は、体調不良で数日寝込みます」
「コスパ悪っアッすみません」
思わず口に出てしまい、パッと心操が口を手で覆うが、彼が言わなければ自分が言っていたかもしれないと思うほどのコスパの悪さだと梓は顔を引きつらせた。
香雪も「だろう?君の洗脳が羨ましい限りさ」と苦々しげな顔をしており、まさか自分の個性が羨ましがられるなんて、と心操が感慨深けな顔をしている。
「でも、考えようによっちゃ、使えるんじゃねェか?」
水島が突然そんなことを言うものだから、香雪、心操、梓は『「「え?」」』と目をぱちくりさせる。
彼は考えるように顎に手を当てると、
「香雪にとってお嬢が、思い入れのあるお人になれば、お嬢のことを転送できるじゃねェか」
『え、方角しか指定できないから距離も場所もランダムなんだよ。それに、一度転送したら香雪寝込んじゃうし』
「いやそもそもヒーロー以外公共の場で個性使えないぜ」
『「アッそうだった」』
「個性使用については心操の言うとおりだが、香雪の思い入れのある人ってのがちと面白いな。カナタさんだったら転送できるが、お嬢は転送できなかったりしてな」
「あ〜〜、香雪、カナタさん派だもんな」
ニヤニヤする九条と水島にそう言われて、香雪はなんだこの面倒な最古参側近コンビはと顔をしかめた。
たしかに自分はカナタ派だったが、先日インターンにお邪魔して以来梓のことは認めているし、力になりたいと思っている。
それをわかっているはずなのに、この2人はカナタ派だったことをいじるのだ。
ムカつくので、「カナタ様派だった、と仰っていただけませんかね」と睨めば、2人とも楽しそうに笑った。
「そうだったっけ?ま、お前にとっての思い入れがある人間の範囲なんて、お前しかわからんだろうな」
「そもそも、自分の体重の半分以下の人しか転送できませんので、カナタ様も、あなた方お2人も運べませんよ。それより、自分の話は終わりましたので、次は…水澄から、」
一番年上の香雪に促され、次は水澄が「お話しするほどのことではないのですけれど、」という前置きの元話始める。
「わたくしの個性は、“視力強化”ですわ。頑張れば、かなり先まで見えるので、弓などの飛び道具が得意なのですよ」
「俺は“聴力強化”です。索敵や諜報は得意ですが、梓様のご友人の耳郎さんのような個性らしいものではございません。単に、少し耳が良いだけです」
「わたくしも西京と同じ程度ですので、個性といってもいいものか、といつも悩んでしまうのです」
確かに個性だと胸を張れない気持ちはわかる内容だった。
とてもじゃないがヒーローを目指そうとは思えない。
ただ、その微弱な個性を活かして得意分野を伸ばす姿勢はやはり一族としての血なのだろうと心操は感心しつつ、残りの1人、ハルトに目を向けた。
彼は、僕の個性は2人のものよりも使い道がないのですけれど、と言いづらそうにモゴモゴ喋りだす。
「端的に言えば“未来視”、なのですが、」
「未来視…!?すげェ…」
『ナイトアイさんと一緒だ!!』
「ああ違うのです。姫様、早とちりはおやめください」
「『え?』」
「サー・ナイトアイの超下位互換でしてね。突発的に数分から数十分後の一場面が写真のように視える程度なのです。しかも、僕自身が立っている場所の、未来ですので、ナイトアイのように人の未来は視えません。ナイトアイのように自在に発動できず、人の未来を見ることもできず、しかも一場面のみ。使いようのない個性でしょう?守護の役に立ったことなどないのですよ」
確かに、使いようがないな、と心操は同情の目を向けた。
ランダムに見える上にその場の一場面だけだなんて、そんなの気紛れすぎてなんの意味も無さない。
ハルトが気落ちする気持ちがわかる。
『今まで見た未来ってどういうものがあったの?』
「そうですね、直近で言えば…半年ほど前でしょうか?実家の近くを散歩していました時に、数分後にその道に焼き芋屋さんのトラックが通る未来が見えました。おや、姫様、人の個性を笑うとは少々失礼では??」
『ご、ごめんなさい』
思わずぶふっと吹き出した梓の横で、心操はぎりぎり吹き出すのを耐えた。
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