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『先生のあんな目、あんな顔、初めて見ました。尋常じゃないことが起こったって思いました。鈍感な私でもわかります』

「「……」」

『マイク先生も関係してるんですね?ということは共通のお知り合い関係か、学校のことで何かあったんですか?』

「東堂、言ったはずだ。詮索するなと」


ギロリと睨むその目は本気だ。
相澤がこうも厳しい目を梓に向けるのは初めてで、マイクが息をのむ中、梓はその目に一瞬怯んだだけでやだやだ、と首を横に振った。
どうやら退かないらしい。


『先生、いやです。詮索します』
 
「怒るぞ」

『怒るのもいやです』

「……わがまま言うな」

『先生には先生の矜持があり、過去があり、思うところがあるのはわかります。私が先生にとって一生徒で、未熟で、頼る存在ではないのもわかっているつもりです。でも、先生、辛いことや助けて欲しいことがあれば、言ってください。私全力で、助けますから』


それはとても眩しく、優しい言葉だった。
梓が眉をへにょりと下げつつもストレートに感情をぶつけてくるものだから2人は内心動揺する。
それをうまく隠すと、相澤はフン、と笑った。


「何を言っているんだお前は。俺はお前の教師だぞ。プロヒーローだ。お前に助けられることなどないよ」


馬鹿馬鹿しいことを言うな、と呆れた顔をする相澤に梓は真顔でうなずく。


『確かに今はそうかもしれませんけど、頑張って成長します。もし先生が望むなら、わたし、たとえ公安や国や世界を敵に回しても助けに行きます。このリンドウに誓います』

「ちょっと待て」


相澤が大きく目を見開いた後、本当に混乱しているようにこめかみを押さえたものだから、マイクは思わずブッと吹き出した。


「世界って!公安って!東堂、やべェな!」

「マイク笑うな。東堂、お前は俺に対し恩を感じているのかもしれんが、一教師である以上問題児の指導は当たり前の仕事だ。なのに、お前がそこまでする意味がわからん。言葉の綾だろうが、」

『言葉の綾じゃありません!』


初めて梓が相澤の言葉を遮った。
1年間で初めて。
いつも彼の言葉は最後までちゃんと聞くのに。

眉間にシワを寄せ、その目には少し怒りの色が見えるものだからますます相澤は困惑する。


『あのね、先生は一族の事情を知ってて、見て見ぬ振りできるのにずっと面倒を見てくれて、奔走してくれるでしょ?当主ではなく私を私として見てくれて、守ってくれて、助けてくれて…私、大人の中で一番…後見人の九条さんより、ずっとご飯作ってくれてる水島さんより、泉さんより、誰より私のことを大事にしてくれるじゃないですか。そんな先生を、私がどの大人よりも大事に思って当然でしょ』


言葉が出なかった。
茶化そうと思っていたマイクも思わずジン、と込み上がってくるものがあった。

この一年弱、ずっと2人の関係を見てきて、
相澤が奔走しているのは知っていた。
彼女の面倒見るため、危ない思考を矯正し、自分自身を大事にするよう教育し、面倒な一族に引っ張り込まれないよう常に腕を掴み目を光らせ、本当に、
親子のように、兄弟のように、師弟のように側にいたのを知っていたからこそ。

梓の中でここまで相澤の存在が大きくなっていたなんて。


『とにかく、それくらい私の中で先生は特別なのです。なので、先生が助けてと言えば私は、たとえお国を敵に回してもいいと思ってるんですよ』


その言葉が嘘偽りなく、本当に、本気なのだとマイクは確信した。
この子は本当にそうする。相澤1人のために世界すら敵に回す覚悟がある。

どでかい純粋な感情をドカンとぶつけられ、耐性がなくフリーズした相澤に代わって、マイクは慌てて梓の腕を掴むと自分の方を向かせた。


「ちょっと待ったァ!わかった、お前が本気ってことはわかったが、ちょっと待った!」

『マイク先生、でも』

「イレイザー、こりゃこいつ退かねェぞ。俺らが言わなかったら一族のツテ使って公安に諜報する覚悟まであると見たァ!」

『よくおわかりで!最近諜報が得意な側近がついたので最悪頼むつもりでした!』

「ほらな!こいつすげェ問題児だな!?」

『だって!もしも相澤先生まで、とても辛い任務につかされそうだったら、私どうしても力になりたいんですもん!先生の身に何が起こってるのかわかんないけど、物凄く辛そうな顔をしてるのはわかるから!』


ああもうこの子は退くつもりがない。
その覚悟でここに来ている。


「イレイザー、覚悟決めろ。俺も決める。しょうがねェ」


マイクの声はいつもの騒がしさが鳴りを潜め、諦めたように聞こえ、相澤はハッと我にかえると眉間にシワを寄せた。


「……は?東堂は一生徒だぞ!?あんな胸糞悪い事情聞かせてどうするってんだ」

「だァから!こいつは、その生徒の立場捨てて一族当主として動いてでもこの件を暴く覚悟があんだよ!!余計な詮索させて危険に晒すより、教えてやったほうがこいつの安全のためだろォが!」

「………」

「そりゃ、はぐらかせれば1番いいが、もう無理なのはお前もわかってんだろ。鉢合わせたのが運の尽きだ、諦めろ」

「クソ問題児が……」


ギリっと歯を噛みしめ呟いた厳しい言葉とともに、相澤は頭を抱えて大きなため息をつくのだった。





「当主であるお前に話す。他言無用だ」


まさか自分がこの子をあの一族の当主として見る日が来るとは思わなかった。
少し悔しい気持ちもするが、先ほどどストレートにぶつけられた言葉が頭に反響していて、

先程自分は深い怒りと悲しみと絶望の中にいたはずなのに、それを強引に塗り替えるような言葉に相澤は自分の感情がちょっとよくわからなくなっていた。まだプチパニック中だ。


「俺らには学生時代、友人がいた」


ずっと立ったままだった梓を隣に座らせ、ゆっくり話し始める。


「奴のおかげで今の俺があると言っても過言じゃない。が、白雲は学生時代、インターン中に死んだ」

『……白雲さん、』

「困っている奴はほっとけない、前だけ見てる、後先なんて考えちゃいない奴だった」

『……』

「東堂、黒霧って覚えてるか」

『お、覚えてます。ワープの人』

「白雲の遺体は脳を弄られ脳無とされ、黒霧となっていた」

『え。』


絶句した。
相澤から淡々と語られた事実は、梓の思考回路を停止させ、視界が揺れる錯覚さえ感じるほどだった。

言葉が出ない。

残酷すぎる。体中の血が凍るような心地になる。
全身の血が冷えわたって動悸が早まる。


『…、なんで、』


平静を装おうとしたが、声は自分でも分かるほど上ずっていた。


「…意味なんてないよ」

『っ……』

「白雲の遺体がベースになってることがわかって、会いに行ってきた」

『……敵連合の、情報を…、引き出すためですか?』

「そう。執着を呼び戻せと」

『………』


あまりにも酷だ。
思わずぎゅうっと自分の拳を握れば、苦笑したマイクに「血が出るぞ」とやんわりと止められた。


「話はこれで終わりだ」

『………』


もしかして、相澤がホークスのように大変な任務につかされたんじゃないかと思った。
だから、少しでも役に立てればと、そう思っていたのに。

がつんと自分の無力さが芯に響いて、梓は言葉が出なかった。

友人の遺体を弄られ、脳無とされた彼らにかける言葉も見つからないし、何もできない。
過去には戻れない。

過去に戻れない時はこれからを守れと父に言われたが、それすらもできない。
白雲は死んでいるのだ。


助けると言ったくせに、相澤のカミングアウトにのまれて梓が黙ってしまっていれば、「だから言いたくなかったんだ。こんな気持ち悪ィ話」「しょーがねェだろ!こいつ無駄に公安にツテがあんだぞ」と2人が小声で言い争いをしている。


「言わなくても遅かれ早かれ知ったろうさ!そんだけの啖呵切ってんだぜ!?」

「んなことしたら除籍だ除籍」

「除籍されようが調べただろうよ。だってコイツ世界すら敵に、」

「ああもうわかった。煩えな、マイク。…東堂、お前が知りたいと駄々を捏ねたから仕方なく教えたが、助けられるようなことはない。そもそも白雲はとうの昔に死んでるしな」

『……そう、ですね。せんせ、これからどうするんですか…?』

「これから?」

『脳無の製造元がわかったら、』

「さァな。それこそ公安案件だろうから、どうにもならんよ。ただ、召集があれば木っ端微塵にしにいくさ」

『………私は、力に』

「ひよっこの仮免ヒーローの活躍の場はないよ」


キッパリ言われ、そりゃそうだと梓は落ち込んだ。

相澤とマイクの力になりたいのになれない。
彼らの心を芯から揺さぶるショッキングなことがあったのに、何も力になれない。
守ることも助けることもできず、どうすればいいかわからなくて、泣きそうになってくる。

でもきっと、泣きたいのは2人の方だ。
自分は関係のない人間で、相澤が大事だから首を突っ込んだだけ。

無力さに打ちのめされても、自分が泣くわけにはいかない、とぐっと堪えていれば、
視界に入った手がくいっと上を指した。


「顔、上げろ」

『………』

「白雲の件に関して、お前が出来ることなど何もないが、俺の為に、お前が出来ることはある」

『……え…?え!?なんですか!?やります!!』

「秒で生き返ったな!!」


マイクに吹き出されるがお構いなしに梓は身を乗り出して相澤の目を見る。
テンションの上がりように驚いた様子だったが、すぐに呆れたように梓の額をぺしんと叩くと、


「生きろ。自己犠牲で身を滅ぼすな。強くなって、絶対に連合に掻っ攫われるな」

『……』

「わかったな」

『…、わかりました』


少し不服そうではあるが、それが今相澤のために出来ることなのだと目の前に突きつけられ、梓は仕方なく了承するのだった。





もう外は暗いから寮まで送る、と相澤に言われ、2人は並んで校内を歩いていた。
先ほど聞いた話が非現実的に思えるほど平和な空で、梓はボーッと見上げるとそのままチラリと相澤を見る。


「なんだ」


すぐ視線に気づかれ、凄いなぁと思っていれば彼の目が梓を見た。


「だから、なんだ」

『……私に出来ることって、少ないなと思ったんです』

「誰だってそうだろ」

『そういうもんですかね』

「そういうもんだよ。お前は気負いすぎだ」


まさか、俺のことまで守る対象に入れているとは思わなかった、こんなはずじゃなかった、と呟く彼は苦虫を噛み潰したような顔で。


「俺のことはいい。自分を第一に」

『第一に考えて、強くなるために頑張ります』

「……少々不安だが、まあいい」

『先生』

「なんだ」

『先生はすごいプロヒーローで、私なんかじゃ何のお役にも立てないですけど、』

「またその話か」

『そうです、約束してください。本当に助けが必要な時は呼んでください。で、出来ることはしますから』


本当は、この身を賭してでも助けますから、と言ってしまいたかった。
でも、それではきっと怒られるので、出来ることはします、と言えば相澤は見透かしたように少しだけ口角を上げた。


「……約束はしかねるが、」

『……』

「まあ、頭に入れておこう」

『よし』

「その代わり、俺とも約束だ」

『なんです?』

「…たとえ、己の身柄と引き換えに誰かを守れるとしても、何が何でも絶対に自分を諦めないこと」

『……』

「お前と何かが天秤にかけられたとしても、俺がどっちも救ってやる。わかったな?」


ほら、寮に着いたぞ、と言われ背中を押され、名残惜しそうにしつつも梓は頷き、寮に帰るのだった。





玄関で靴を脱いでいれば、「遅ェーぞ問題児その3!」と瀬呂に声をかけられ梓はごめん!と謝った。
先ほどまでの殺伐とした会話が嘘のような、楽しい雰囲気に一瞬動揺するが、すぐに鍋パーティーだったことを思い出すとワタワタと爆豪を探す。


『かっちゃん!私何すればいいと思う!?』

「出た、指示待ち人間」

『ひどいや峰田くん。指示をもらおうとする姿勢を褒めてほしい』

「指示もらいてェならさっさと着替えてこい!なんで稽古着で戻ってきてんだ!」

『アッッ!着替えるの忘れてた!』


慌てて着替えて着流しで戻れば、すでに鍋の準備は終わっており「結局ウチのお嬢様は準備しなかったな!」「御当主様だろ。どーせ役立たねェよ」と瀬呂と爆豪に嫌味を言われながら梓は耳郎の隣に座った。


『ごめんってば!瀬呂くんは兎も角かっちゃんひどい!役立つよ!お皿運ぶくらいなら出来る!』

「ほぼ出来てねェ!!」


ゲラゲラ瀬呂に笑われ、最近扱い雑だな、とムッとするが、周りも笑うものだからつられて楽しくなってきた。


「まあまあ、心操さんと久しぶりの鍛錬ですものね。しょうがありませんわ」

「しょーがなくねェよヤオモモ!俺という大事なクラスメイトをほっといて心操の方に行っちゃうんだもんな〜!」

「上鳴、“俺”じゃなく“俺ら”ね」

「耳郎細かっ」

「相変わらず、和装似合うなァ。鍋で袖燃やすなよ?」

『あはは峰田くんも和装似合うんじゃない?燃えても自分で消火できるし、焦凍くん近くにいるから凍らせてもらえばいーの』

「まず燃やすなよ」


お前が燃えたら焦って部屋全体凍らせちまいそうだ、と冗談か本気かわからないことを言う轟に周りが顔を引きつらせていると、
全員に飲み物が行き渡ったようで、飯田が音頭を取り始めた。


「全員飲み物は持ってるかい?」

「「「おー!」」」

「では!インターン意見交換会兼始業一発気合入魂鍋パだぜ!会を、始めようー!!」

「「「かんぱーい!!」」」


元気の良い乾杯とともに、それぞれが鍋パーティーを楽しみ始めた。

梓も、楽しそうに目を輝かせると近くにあった豆乳鍋に手を伸ばす。


『耳郎ちゃんこれ美味しいと思う?』

「豆乳?美味しいよ。食べたことないの?」

『うん、家では寄せ鍋が多くって、あんまり。白くて良い匂いだね』

「そうだね。ほんと梓って、変なところで箱入り娘だよね」


取ってあげるよ、と耳郎に世話を焼かれながら、料理に舌鼓を打つ。
美味しくて、楽しくて、頬をゆるゆるにして和んでいれば、峰田から「戦う時とのギャップがイイよな」と言われ、首を傾げた。


『ギャップ?いつもと変わらないけれど』

「わかってねーなァ、東堂は!」

「東堂さん、峰田の話は聞かなくて良いよ。百害あって一利無いから」

「尾白言うねェ!」

「そーいや梓!素手での個性の大規模操作出来る様になったんだなァ!凄かったぞ!」

『切島くんこそ、凄かったよ。ファットさん元気?』

「おー元気元気。梓に会いたがってたぜ」


そっかぁ、私も会いたいなぁ、と懐かしむ梓に、ああお前ら前のインターンで一緒だったもんな、と瀬呂が納得した声を出す。


「あれからもうしばらく経つなァ。一年が早い!」

「暖かくなったら、もうウチら2年生だね」

「あっという間ね」「怒涛だった」

「特に東堂が怒涛だったと思う!」


ピッ、と芦戸に指をさされ、全員の視線が梓に向く。
そうだろうか、みんな怒涛だったと思うけど、と首を傾げるが、葉隠も芦戸と同じ気持ちのようで。


「確かに!梓ちゃんすっごく大変な1年だったね!!」

「厄年かっつーレベルだったよな」


周りも同じ意見だ。

上手く扱えない個性、父の死、当主の継承、体育祭での大喧嘩、門下生の受け入れ、
ヒーロー殺しと対面したかと思えば敵連合に攫われ、狙われ、一族絡みのインターンに福岡での脳無遭遇、
そしてお家騒動と、側近任命式。
誰よりもぎゅうぎゅうに詰まった一年間だった。

よくぞまあ、笑顔でここまで、と思うほどの内容に全員が感慨深げな目を向ける。


「俺、一時期、東堂が鍛錬のし過ぎか、危ない戦い方して死ぬんじゃ無いかってヒヤヒヤしてたぜ」

『砂藤くん大袈裟だな。そんな、身を滅ぼすような戦い方しないよ!』

「「何回かしてたぞ」」


冷静な常闇と障子に言われ、思わず嘘ごめん、と謝る梓に耳郎は思わず吹き出していた。


「ほんと、非常識だよね!梓関係で何度寿命が縮まったことか」

『ええ…そんなにある?』

「USJの脳無の時!あと、ヒーロー殺しの時だろ、林間合宿もヤバかったぞ!」

「攫われたしな。トラウマだ」


峰田に続いて轟もジトっとした目を向けてくるものだから思わず助けを求めるように麗日や蛙吹を見るが、


「インターンの時も怪我やばくて私すっごく怖かったんよ」

『いずっくよりはマシだったでしょ』

「緑谷ちゃんはエリちゃんのお陰で巻き戻されてた分、梓ちゃんの方が怪我は酷かったわ」

『むう』

「あとアレ!福岡でテレビに映ったやつ!私ほんっとに怖かったんだからね!!」

『透ちゃんごめんって』

「葉隠のやつ、事あるごとに言ってるよな」

「だってほんとに怖かったんだもん!脳無の時もだけど、あのあと荼毘が来た時、梓ちゃんが連れ去られちゃうって思って!」


必死に力説する葉隠に周りは気持ちわかると言わんばかりに頷いている。
なんだか自分だけ一年間の反省会をさせられているようで梓は少し不服そうに『私ばっかり』と頬を膨らませた。


「無茶すんのが悪ィんだよ」

『かっちゃんまで』

「僕も、梓ちゃんには冷や冷やさせられっぱなしだったな」

『いずっくんまでいうの!いずっくんも結構イカれた戦い方してた時期あったよ!』

「「「一理ある」」」

「エッ」


ね、私だけじゃないよ、と何故か仲間を見つけて訳のわからない説得をし始めたものだから思わず爆豪が「そーいう問題じゃねェよ!」とキレれば、梓はますます不服そうにぷくーっと頬を膨らませた。



『私だけじゃないのに、さっきも相澤先生に約束させられたんだよ』

「先生に?なんの約束?」

『“たとえ、己の身柄と引き換えに誰かを守れるとしても、何が何でも絶対に自分を諦めないこと”って』

「「「「重ッ」」」」


担任との約束の内容が予想以上にヘビー過ぎて思わず何人か箸を止める。そんな約束をしなければいけない相澤の苦労が垣間見えて、思わず目頭を押さえる者もいた。


「誰よりも苦労してる…!過保護に見えるけど梓のイカれ具合と性格を考えると適切な距離なんだよねぇ…」

「相澤先生に何か差し入れしてェ…!」

「僕の幼馴染が色々とごめんなさいって言いたい…!」

「そろそろ胃に穴が開くんじゃね?」

『耳郎ちゃん切島くんいずっくん瀬呂くんひどいよ!』


梓の叫びなど無視で、相澤の苦労に思いを馳せるクラスメイト達だった。





次の日の昼休み。

お昼ご飯をテイクアウトしてみた。
それを緑谷と2人で木陰の下で広げて、ピクニック気分で食べ始める。

仲はいいが、2人でお昼を食べることは滅多になくて、新鮮で梓は嬉しそうに笑った。


『いずっくんとご飯を食べるのは久しぶりだ』

「そうだね」


緑谷も嬉しそうに笑っていて、暫く和やかな時間が流れ他愛もない話をしながら食べ進める。
そして、少しお腹が膨れてきたところで本題に入った。

昨日梓が同席できなかった、緑谷の個性の話だ。


「…と、いうわけなんだ」


話のあらましを聞き、興味深そうに梓は頬に手を当てると思案した。


『歴代継承者の詳細情報かぁ…寮に戻ったらそのノート見せてよ』

「うん、もちろん」

『黒鞭は誰のだったの?』

「第五継承者のラリアットって人。他にもいろんな人がいてさ、僕は凄い個性だらけって思ったんだけど、かっちゃんは強い個性じゃないって言ってた」

『ふうん、かっちゃんは派手好きだから、サポート系の個性が多いって言いたかったんじゃない?』

「梓ちゃんはかっちゃんの暴言を良い方向に汲み取る天才だと思う」

『褒められてる?』

「褒めてる褒めてる」


くすくす笑う緑谷にほんとかなぁ?と顔を近づけたら「んん゛っ」と変な声と共にひっくり返ったものだから梓は笑った。
昔からなのだ。昔から彼は近づくと変な反応をするものだから、近づいてみたくなる。


『いずっくん顔真っ赤だよ』

「梓ちゃんのせいだ」

『なんでだよ。それより、オールマイト先生はその個性情報を元になんて言ってたの?』

「ああ、えっと、オールマイトのお師匠さん、志村奈々さんの個性“浮遊”を習得しようって話になったよ」

『浮遊!!私も風で浮けるからいずっくんとお揃いだ』

「はは、お揃い。なんか嬉しいよ。かっちゃんには、勝った!って叫ばれた。俺は浮けるから、習得する間にさらに磨きをかけるって」

『かっちゃんらしいなぁ』


まあでも、黒鞭で要領は分かってるわけだし、すぐに習得できそうな気がするな、と梓が昨日の緑谷と同じことを呟けば、彼はそうだよね、とそれに同意した後、少し難しい顔で俯いた。


『いずっくん?不安なの?』

「いや、」

『大丈夫、また暴走しても私が止めるよ』

「ま、また暴走しないようにする。梓ちゃんを怪我させたくないし。それよりさ、オールマイトに言われたんだ」

『なんて?』

「今まで継承した人たちは、選ばれた者達じゃなく、繰り返される戦いの中でただ、託された者であり、託した者だったんだよって」

『……』

「どーりで全員早死にだってかっちゃんも言ってた」


全員早死に。
重いワードに思わず梓の眉間にシワが寄った。
オールマイトの、栄光に光り輝いているようで血生臭いヒーロー道を垣間見たことがあるからこそ、継承者たちもきっとその道を辿ってきたのだろうと容易に想像がついた。


『…いずっくん、』


大丈夫、いずっくんを死なせはしないし、全てを背負わせたりしない。絶対に側で守るし一緒に戦う、と言おうと思った。
が、それよりも先にあまり見ない強い瞳で緑谷に真っ直ぐ見つめられ、


「僕、梓ちゃんがお父さんの死にびっくりしてなかった理由が少しわかった」

『……ん?』


今それ関係ある?
話が飛んで首を傾げるが、緑谷の中ではつながっているようで彼は決意の表情で先を続ける。


「身を削る戦いをしてたから、短命だってわかってたんだね」

『まぁ…そうだね。ウチは代々短命だし』

「代々短命なのは、代々身を削るような生き方をしているからでしょ?もしもその生き方や重荷を共に背負ってくれるような人がいればきっと梓ちゃんは長生きをするんじゃないかなあと」


思ったんだけど。
突然自分の話になって目をぱちくりさせていれば、緑谷が優しく笑う。


「僕がそれになる」
 
『……』

「一緒に背負うし、破滅するような生き方はさせない。だから、梓ちゃんには長生きしてほしい」

『…、いずっくんは』

「梓ちゃんは、何を言ってもきっと僕を守ろうとしてくれるでしょ?だから、僕もきっと長生きする」


2人で、いや、かっちゃんや轟くん、皆んなで力を合わせればきっとみんな長生きできるね、と緑谷に微笑まれ、梓はやっと彼の言葉の意図がわかって、破綻したようにふにゃりと笑顔を見せた。

気の抜けた、困ったような笑みだ。


『そんなこと言われたら、長生きできる気がしてきちゃうよ』

「できるよ。僕が保証する」

『ほんと?』


代々ずっと短命だから、当然のように自分も短命だと思っていた。
当たり前、しょうがない。この命ある限り守護に忠誠を誓うだけだ。
そう思っていたのに。

緑谷の決意に梓は、もしかして長く生きられるんじゃないか、と少し未来に期待を抱いた。
生きて、生きて、大好きな人たちを守って、大好きな人たちと共に過ごす日々がまだ続いてくれるかもしれない。

いずっくんがいて、かっちゃんがいて、焦凍くんや耳郎ちゃんたち、相澤先生、
大好きな人たちとの時間が、もっともっと長く続くかもしれない。


『そうなったら、素敵だなぁ』


心の底から、そう思った。



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