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「お兄さんが…」


片付けが終わり、冬美から亡くなった兄、燈矢の話を聞かされた。


「夏は燈矢兄ととても仲良しでね…よく一緒に遊んでた。お母さんが入院して間もなくの頃だった…お母さんさらに具合悪くなっちゃって、焦凍にも会わせられなくて…」

「……。」

「でも、乗り越えたの。焦凍も面会に来てくれて、家が前向きになってきて……夏だけが、振り上げた拳を下ろせないでいる」


お父さんが殺したって、思ってる。

消え入る声で呟かれたそれは、とても重たい言葉だった。
しん、と静まり返る空気の中、爆豪が納得したように「だからあんな面してたんか」と帰り際の夏雄の顔を思い出す。


「そろそろ学校に戻る時間だ」


なんと言っていいか分からず黙っていると、エンデヴァーに声をかけられ、ああもうそんな時間か、と梓たちはおもむろに帰り支度を始めた。





冬美は玄関まで見送りに来てくれた。


『「ごちそうさまでした!」』

「四川麻婆のレシピ教えろや」

「俺のラインに送ってもらうよ」

「うん!学校のお話聞くつもりだったのにごめんなさいね」


ヒーローコスチュームや刀を車に積み、乗り込もうとすると「緑谷くん、梓ちゃん」と冬美に声をかけられ梓は振り返った。


『ん?』

「2人とも、焦凍とお友達になってくれてありがとう」


ぎゅっ、と緑谷とともに手を握られる。


「そんな、こちらこそ…です!」

『わ、私も、焦凍くんと仲良くなれて学校楽しいです』

「そっか、ふふ、ありがとう。梓ちゃん、焦凍のこと、頼むわね」

『へへ、背を守る覚悟はできてるので任せてください』

「なんか梓ちゃんの決意表明って物騒だよね!?」


これからも友達でいてね、という意味だったのに少し物騒に返され面食らっていたら案の定緑谷に突っ込まれていて冬美は笑った。


「それじゃあ、気をつけて帰ってね」

『はい、冬美さんも』


発進する車の窓から顔を出し、手を振る梓に冬美は微笑ましげに見送った。


6人乗りだが、コスチュームや荷物のせいで車内は狭かった。荷物のせいで縮こまって座る梓に轟が「場所変わるか?」と声をかけるが、


『いや…そもそも私の荷物が多くて狭くなっちゃってるから自業自得だし、いい…』

「……」


彼女の言う通り、大太刀の入った袋が結構なスペースを陣取っているので全員「そんなことないよ」なんて社交辞令言えず。

車がゆっくりと走りだす。
その道すがら、
エンデヴァーから今後のインターンの予定について説明があった。


「貴様らには早く力をつけてもらう。今後は週末に加え…、コマをずらせるなら平日最低2日は働いてもらう」

「前回、麗日や切島たちもそんな感じだったな」

「期末の予習もやらなきゃ…轟くん英語今度教えて」

『過密スケジュールすぎて目から血出そう。かっちゃんテスト助けて』


ほぼ九条たち側近が動いてくれているとはいえ、目を通さなければいけない一族の書類や報告書。心操との鍛錬、自分の個性操作鍛錬、期末テスト、インターン。
思わず梓が幼馴染に助けを求めれば、彼は面倒くさそうに舌打ちし、「付き合ってやるから目から血出すな」と了承した。
舌打ちする割には、「僕も!」「俺も一緒に」と言い始めた緑谷と轟に「梓だけに決まってんだろうが!!」とキレている。


「別に一緒に勉強する分にはいいだろ」

「あァ鬱陶しい!つーかNo. 1ならもっとデケェ車用意してくれよ!」

「ハイヤーに文句言う高校生かー!エンデヴァー、あんたいつからこんなジャリンコ乗せるようになったんだい!」

「頂点に立たされてからだ」

「ケェー!!立場が人を変えるってやつかい」

『ケェーって言った?』


すごく不思議な笑い方に思わず梓が興味津々で身を乗り出すものだから、気になるのはわかるけど危ないよ、と緑谷は梓の制服を掴む。

その時、身を乗り出して運転手を見ようとした梓の好奇心旺盛な目が、進行方向前方を向いて、大きく見開いた。


「梓ちゃん?」


目が、ぎらついていた。
この目は何度も見たことがある。敵を前にした時の、覚悟を決めた目だ。
ハッとして、緑谷たちが前方を見ると、白い帯を巻いた男が道路の真ん中に立っており、


「良い家に住んでるな、エン、デヴァー!!」


血を這うような、恍惚としたような大声は車の中まで聞こえた。
男はどうやら道路の白線を操作できるようで、その白線が誰かをぐるぐる巻きにして拘束している。


『っ、!』

「夏兄!!」

「頭ァ、引っ込めろ!ジャリンコ!」


いきなり前方に現れた男と、拘束された夏雄を轢いてしまわないように車がぐわりと蛇行する。
その遠心力のまま、梓は足で左のドアを大きく蹴り開けると、


ーダァンッ!!


不安定な車体を踏み台に、刀片手に稲光とともに飛び出したそれは、エンデヴァーとほぼ同じ反応速度だった。

続いて緑谷達も続こうとするが男が操作した大量の白線が車を締め付け始め、扉が開かない。
そんな中、梓よりも一歩前に出たエンデヴァーは「彼を離せ!!」という怒号とともに男との距離を詰めるが、


「俺を憶えているか、エンデヴァー!!」

「…………7年前…!暴行犯で取り押さえた…!敵名を自称していた…、名は、」

「そう!そうだ、すごい、憶えているのか。嬉しい!そうだ、俺だよ!エンディング!!」

(エンデヴァーさんへの怨恨かよ…!)


ああ面倒だ。怨恨なんて。
梓は不機嫌そうに舌打ちをした。

人質も取られている中、中遠距離相手の敵にこの距離を一気に詰めて攻撃するのはリスクが高い。
全員でかかるしかない。
そこまでの思考を一瞬で終わらせた梓は、まず仲間達のいる車を拘束する白線を断ち切ろうと刀に嵐を纏わせ、竜巻を連投した。

それは、轟音と稲妻と共に視界に入った白線をズタズタに切り裂いた。


武術が得意な彼女にしては珍しい、個性重視の攻撃だった。

が、白線はそれだけでは終わらない。
ブーストの薬を使っているんじゃないかと思うほどの、幾多の白線が車を再度拘束しようとうねるものだから梓は一瞬顔をしかめる。


『っ〜何度でも切り裂いてやる…!』


視界いっぱいに広がる白線に切り刻まんと戦闘態勢に入る中、
先の方ではエンデヴァーが敵に迫っていた。
白線を梓が一手に引き受けたおかげで、エンデヴァーはエンディングに集中できているようだった、が。


「この男を殺すから、頼むよエンデヴァー!今度は間違えないでくれ!俺を、殺してくれ」


ピタッと白線が、夏雄に突きつけられ、
刹那、


ーズガンッ!!


雷が、真っ直ぐ一直線に夏雄に突きつけられていた白線を貫き粉々にした。
エンデヴァーが怯んだ一瞬の隙を埋める、秀逸な攻撃。


「なんだ…!?」

「リンドウ、」


大量の白線と空中戦を繰り広げていたはずの梓が、左手から純粋に雷を放出したのだ。
眼中になかった少女からの攻撃に思わずエンディングが彼女の方を見れば、ギラつき殺気を帯びた目と目が合って、思わず怯む。

彼は、気圧された。
制服を着た少女の威嚇の一撃と視線に、一瞬気圧された。


「……インターン生…1人拘束し損なったか…!」


それを気取られたくなくて、エンディングはそう呟くと操作する白線の量を増やし梓を翻弄し、夏雄に再度白線を突きつける。


『増えた…!?』


視界一杯に広がる白線は斬っても斬ってもキリがなく、梓は視界の端でエンデヴァーとエンディングが対峙する中もどかしい気持ちで刀を奮った、次の瞬間、ドォンッ!と後ろから爆音が聞こえた。
振り向くよりも早く、爆風と共に真横に色素の薄い金髪が現れ、


『かっちゃ、』

「こいつに手ェ出してんじゃねェ!!」


取り巻いていた白線を爆破で一網打尽にする。
気づけば、爆豪だけじゃなく、緑谷と轟も車から飛び出しエンディングに向かっていた。


「梓ちゃんも、コスチューム!!」

『いらない!!』


着替えてる暇も、ブーツを履く暇もない。
3人と違ってパッと手早く装着できるサポートアイテムもない。刀一本あればそれで充分だ。
爆豪の攻撃から逃れ残った白線を叩っ斬ると、3人と共に戦闘態勢に入る。


「夏雄兄さん!!」

「インターン生ども……俺の死を、仕切り直すぞエンデヴァー!!」


逃げるように距離を取り始めたエンディング、その隙と崩れた体勢をエンデヴァーが逃すはずがない。
案の定、素早い動きで追い詰めようとするのがわかり、梓はフォローに回ろうとする、が、
彼の動きが止まる。


『!?』


何故止まったのかなんて考えている暇はなくて、
梓たちは一瞬のうちにエンデヴァーを抜き去ると、エンディングへの距離を縮める。


「俺の希望の炎よ!!息子1人の命じゃアまだヒーローやれちゃうみたいだな!」

「夏兄を、放せ!」


ーゴゥッ!!


先陣を切ったのは轟だった。
インターンの成果を見せるような、高密度の炎を点で放出し、エンディングを追い詰める。
が、


「早く、俺を、殺っさねェから!!」


ーバァンッ!!


「死体が増えちゃうんだ」


道路の白線が勢いよくうねり走行中の車数台が空中に弾かれ、拘束された夏雄が、ひょい、と走る車の前に放り出されたのは同時だった。


『っ!!』


爆豪が夏雄目掛けて突っ込む。

梓は全体重を後ろに戻り無理やり風を起こして逆方向に引き返すと、


『いずっくん!!』


空中に投げ飛ばされた車3台にヤバイ!という顔をしている緑谷に自分がいることをアピールした。
彼の目から動揺が消え、ダァンッ!と地面にエアフォースを叩きつけ車よりも高い位置に飛ぶと、


「そうだ、増えない、増やさない」


手から無数の黒鞭が現れ、
車3台の落下を一時的に止める。


「お前の望みは何一つ、」


真下に構えていた梓が、落下スピードを落とすためにクッションとなる風を大規模で起こし、


ーゴオオオッ


それと同時、右足に嵐を薄く纏わせエンディング目掛けてブンッ!と振り切る。


ーダァンッ!


蹴りに嵐を纏わせた衝撃波がエンディングの腹にめり込んだ瞬間、


「敵わない!!」


轟の追い討ちが炸裂し敵を凍らせた。





頭上に飛ばされた車、どうしようとパニックになった緑谷の頭を冷静にさせたのは梓の声だった。
背中を押されるように飛び、やれる、できる、と心を落ち着かせて黒鞭を展開すれば、
彼女は風を大規模発生され緑谷のフォローに回ってくれていて、


いっつも渦巻いちゃって竜巻になっちゃうのに。

苦手なはずなのに、この時の風は少し渦巻き、水が混じる程度で、充分クッションの役割を果たしていて、


(凄い、梓ちゃん、個性の放出が…!)


インターンの成果だ。梓が初めて、普通の個性らしい使い方をした。
しかもそれだけじゃない、刀でもない、ブーツも履いていない足に嵐を纏わせると風を操作しながら蹴りを繰り出し、轟の攻撃の援護もしていて。

個性操作で同時に2人のフォローをした梓に緑谷は、僕も負けてられない、と奮い立ち、
無事、3台とも着地させた。


「っ、梓ちゃん、凄かったよ!フォローありが、」

『いずっくんの方がすごかった!!!黒鞭!信じてたけど、なんか、感動した!』


着地してすぐに梓に駆け寄ろうとしたのに、逆に抱きつく勢いで詰め寄られ緑谷は目を白黒させた。
彼女は本当に感無量と言った表情で緑谷の傷だらけの手をぎゅうっと握ると、


『あの時以来だ、ご無沙汰してます黒鞭!』


ああ、そうだ。
あの暴走以来、やっとここまで来た。
自分だけの力でここまで来たわけじゃない。暴走を真っ正面から受け止めてくれた彼女がいなければ、こうも早く向き合えなかったかもしれない。


“いずっくんから出てくるものなら、それは絶対悪いものじゃない”


骨折させてしまったのに。そう言って笑って受け止めてくれた。
緑谷よりもオールマイトよりも早く、この黒鞭を新しい力だと梓は前向きに考えていた。だからこそ、きっとこの黒鞭の実用化が心底嬉しいのだ。

嬉しさを爆発させて花のように笑う幼馴染に、緑谷は緩む涙腺をぐっと堪えると、待たせてごめん、ありがとう、と小さく呟いたのだった。

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