冬休みはあっという間に過ぎ、今日から始業だ。
怒涛の一年も、気づけばもう残り3ヶ月。
「明けましておめでとう、諸君!」
通い慣れた教室、壇上からの飯田の挨拶に梓はのんびりと顔を上げた。
「今日の授業は実践報告会だ。冬休みの間に得た成果・課題を共有する。さぁ皆、スーツを纏いグラウンドαへ!」
ーカァンッ
「いつまで喋って、」
勢いよく扉を開けいつものように注意をしようとしていた相澤は少し拍子抜けしたような表情をしていた。
先生あけおめー!と元気よくグラウンドに向かう芦戸や、本日の概要説明済みです!とやる気に満ちた顔をする飯田に、ああもう説明してんのか、と感心する。
(インターン明けはやっぱり違うな)
いつもこうあってほしいものだが、と思いつつ相澤は教室内に入るとサッと見渡して、耳郎と共にコスチュームのカバンを抱える梓の表情を観察した。
家庭事情が複雑な上、悩みや重圧を違和感なく隠し、後々やらかす彼女は相澤の中で一番目を離してはいけない生徒であり、彼女の観察はほぼ日課である。
先日、生徒にまで“よくハラハラした目で見てますよね”と笑われたほど、相澤は梓に対して神経質になっていた。
目の前で泣かれてみろ、なるだろ。
と誰に言うわけでもない言い訳を考えながら、教室から出て行く姿を注視した。
顔色はいいし思い悩んでいる様子もない。
にこにこと耳郎に昨日の敵捕縛のことを報告している姿を見て、ああ今日も元気そうだと相澤は安堵した。
彼女がエンデヴァーの元でどう成長したのか、実践報告会が楽しみだ。
と思っていたのに、
《相澤先生、職員室までお願いします》
実践報告会は今からなのに。
突然の呼び出しに非常事態か?と相澤は顔をしかめると職員室まで急いだ。
ー
更衣室。
「お茶子ちゃんコスチューム変えたねぇ!似合ってるねぇ!」
華やいだ葉隠の声につられて振り向けば、えへへと照れる麗日がいて、梓もわぁ、と楽しそうな声を出した。
『ほんとだ、かわいい。お茶子ちゃん、進化したねぇ』
「梓ちゃんは相変わらずカッコいいわぁ。今日は刀一本なん?」
『あ、うん、昨日ちょっと白線斬りまくって刃こぼれちゃって』
「あ、聞いた聞いた!大活躍だったんでしょ?」
『いや、私はフォローに回っただけだよ』
「フォロー?珍しっ。最前線じゃなかったんだ」
意外そうな顔をするのは耳郎だけではなかった。
麗日も芦戸も超前線のイメージだわ、とびっくりしていて、
『私だってフォローにまわることもあるんだよっ』
「フォローされる方が多いのにね」
『じろちゃんひどい』
「あはは、冗談だよ。ってかコレ重!」
「あ、それワイヤー入っとるんよ。私の個性、重さハンデにならんから」
『いいなぁ!お茶子ちゃんの良さが活かされてるんだね!』
「こっちは何が…」
ーぽろっ
『あ。』「あー!!」
芦戸が持ち上げたベルトから何か落ちた。梓たちがそれを目で追うのと、麗日が叫んだのは同時だった。
「これって」
『いずっくんのオールマイトキーホルダーだ』
「やはり」
「違うの、芦戸ちゃん」
目をキラキラさせて恋バナの雰囲気を醸し出す芦戸に慌てたように麗日は「本当に違うの、違うからね梓ちゃん」と弁解するものだから、何をそんなに弁解してるのだろう?と梓は首を傾げた。
『よくわかんないけど、それ持ってたらいずっくんと一緒に強くなれそうだねぇ』
「…うん!だから、これはしまっとくの」
嬉しそうに頷いた麗日に梓もにっこり笑った。
「お子ちゃまだなぁ、東堂は。っていうか朝思ったんだけど、轟のこと名前で呼び始めたの!?」
一瞬つまんなそうな顔をしたかと思えば芦戸の恋バナの標的が自分に移り、梓は目をぱちくりとさせる。
『うん、インターン中、ショートくんって呼ばなきゃでしょ?そっちに慣れちゃって。元々轟くんって言いづらかったし』
「はは、梓、よくとろろきとかととろきって言って突っ込まれてたもんね」
『耳郎ちゃん恥ずかしいから思い出させないでよう』
「なぁんだ、こっちも進展なしか!つまんないの!」
結局収穫なしか、と芦戸が頬を膨らませる中、比較的着替えが簡単な梓は一番乗りで準備が終わり、
『準備完了っ』
「気合入ってんね。先行ってていーよ、ウチも準備したらすぐ行くから」
『うん!』
耳郎に促され、梓は1人で更衣室を出た。
今日は授業始まってすぐに実践報告会だからウォームアップしておかないと、と少し小走りでグラウンドαに向かう。
そして、曲がり角を曲がろうとした、その時だった。
前から慌ただしい気配を感じた瞬間、ドンッ、と黒い誰かにぶつかり、梓が後ろにひっくり返りそうになったところで腕を掴まれた。
『ご、ごめんなさい、!』
「、お前か」
ぶつかったのは相澤だった。
気配でそれがわかり、ああ廊下を走ったことを怒られる、あれ、でも相澤先生も走ってなかった?とぐるぐる頭で考えながら顔を見上げて、
梓は言葉を失った。
『…、』
彼は見たこともないほど青ざめ、追い詰められた形相だった。
こけないように腕を掴まれたことで、手のひらに冷や汗をかいていることがわかる。
パッと見て、ああ尋常じゃない何かがあったんだと思った。
「、悪い、見てなかった」
『い、いえ…私も、走っちゃって…』
パッと手を離され、動揺を隠すように目を逸らされるが、もう遅い。彼の表情は、梓の脳裏に深く焼きついた。
『先生、なにが、』
「なんでもない」
『なんでもない顔じゃなかったです。先生、』
「なんでもないと言っているだろ」
明確に一線を引かれる。
ポーカーフェイスで冷静な彼がここまで取り乱すほどの何かがあったはずなのに。
明確に距離を置かれ、感情を隠すように相澤は目を逸らすと、未だ愕然とした目で問い詰めようとする梓の頭を乱暴にガシガシと撫で、
「早く行け。授業に間に合わなくなるぞ」
それだけ言うと、凄いスピードで廊下を走り去っていった。
いつも廊下は走るなというくせに。それすら守れないほど慌てている彼に梓は暫く立ち尽くした。
ー
「わーたーがーしー機だ!」
オールマイトの渾身のボケも耳に入らず、眉間にシワを寄せ思い詰めた表情をする少女に爆豪は同じように眉間にシワを寄せた。
何かあったに違いない。
周りが相澤先生は?とオールマイトに聞く中、「なんかあったんか」と聞けば、梓はハッと我に返ったように顔を上げると、
『な、んでもない』
「なんでもなくねェだろが」
『なくはないけど、私のことじゃない。なんか、さっき相澤先生が凄い顔で走り去って行ったからちょっと気になってるだけ』
「はァ?ふつーに救援要請じゃねェのか」
確かに、そう考えるのが自然だ。
とっても急な救援要請だったのかもしれない。
爆豪の言う通り、梓はそう自分を納得させようとするが、どうしても彼の表情が頭から離れない。
(先生は、冷静で、よっぽどの事がなければ取り乱さない。よっぽどの事があったんだ。本当に、芯から心を揺さぶられる事が)
きっと、救援要請などではない。
根拠はないけれどやっぱりそうとしか考えられない。梓は険しい表情のまま刀の柄をきゅっと握ると心の中でそう思った。
「東堂少女、顔色悪いけど大丈夫かい」
『あ、はい』
「それはよかった。じゃあ実践報告会を始めるぞ」
オールマイトからわたがしを受け取り、ああそうだ、自分は自分のすべきことをしなければ、と梓は無理やり頭を切り替えると、報告会に向けて気合を入れた。
ー
実践報告会はインターン先ごとの発表だった。
具足ヒーロー、ヨロイムシャの元にインターンに行った芦戸、青山、葉隠から始まり、
ライオンヒーロー、シシドの元に行った尾白と砂藤、ギャングオルカに元に行った耳郎と障子、と続く。
それぞれが、索敵、チームプレイ、決定力、予測と効率、など長所を伸ばしたり短所を向上させる中、
梓たちエンデヴァー事務所組は最後の発表となった。
「次、エンデヴァー事務所に行った轟少年、爆豪少年、緑谷少年、東堂少女!」
オールマイトに呼ばれ、4人揃って仮想敵ロボットと対峙する。
最初に飛び出したのは爆豪だった。
「底上げ」
個性の性質上、スロースターターだったが、それを点で凝縮し放出することにより瞬発的に上がった火力で、ドドドドッ!と敵ロボを一気に爆破する。
その横で轟は、足に炎を一点集中すると、
「スピード」
ゴウッ!と一気に放出し速度を上げ敵ロボを破壊。
大きな破片が爆風と熱風で空に巻き上げられる中、緑谷は勢いよく飛んだ。
彼の手から出た黒鞭は、もう暴走しない。
「経験値」
敵ロボの大きな部品を黒鞭で捕まえると一気に引き寄せ、ドガァンッ!と足で破壊した。
そして、それを地上から見届けた梓は、砕かれた破片が空から降ってくるのをじっと眺め、
ードンッ!!
落雷のような音と激しい光に周りが思わず目を瞑り、次に目を開けた時には彼女は緑谷よりも高い位置にいた。
まるで地面が弾くような、瞬間移動のようなスピードで滞空した彼女は降り注ぐ破片が自由落下をする中ぶわりと大きく風をおこした。
ーゴゥッ!!
風が全ての破片を拾い上げ、渦を巻き、どんどん中心に集まっていく。
ずっと苦手だった大規模な個性操作で、力の出力を調整しながら風の渦を少しずつ細くしていき、破片を一か所に集めると、
両腕を上げ、ゆっくりと体を弓なりに反らし、
ードォンッ!!
敵ロボの破片目掛けて雷を落とし破片を粉々にした。
『コントロール』
刀を使わず、ブーツを使わず。
己の身体で個性を大規模操作した梓に周りは思わず「おおお!!!」と大きな歓声をあげた。
「まじか、東堂!刀使ってねーのに大規模操作出来てんぞ!」
「うっそ、中近距離だけじゃなくて遠距離にも対応できるじゃん…」
「エンデヴァー事務所チームやべーだろ!」
着地した瞬間、瀬呂、耳郎、峰田に絶賛され、梓が少し照れくさそうに頬を染めつつ、まだまだだよ、と謙遜する中、
他の3人も同じように絶賛されている。
「おいバクゴーてめー冬を克服したのか!」
「するかアホが!圧縮撃ちだ!」
「轟くんついに速いイケメンになっちゃったねえ」
「いや…エンデヴァーにはまだ追いつけねぇ。梓と共闘するためにももっと速くならねぇと」
「緑谷使えてんじゃん!」
「うん!ご迷惑かけました…!」
「お前なァ!俺の個性がアレになっちゃうよおまえ…!」
「流石にエンデヴァー事務所は予想を超えてきたな。東堂、どうやってコントロール力あげたんだ?」
あんなに苦労してたのによ、と砂藤に言われ、梓はうーん、と唸ると、エンデヴァーさんが私のミスをたくさんフォローしてくれたからそれで、と笑った。
「東堂のミス?おまえ、戦闘についちゃミスなんてないだろ?」
『んっとね、私の個性勝手に渦巻いて暴れちゃうからいっつもそれを制御するために凝縮して刀とか体に纏ってたんだよ。だから、単純に放出するのってコントロールが難しくて、周りを傷つけてしまいそうで怖くて』
「なるほど」
『でも、エンデヴァーさんが、思いっきりやれって言ってくれて。インターン中は、凝縮も、放出も、自分の武術に頼るだけじゃなくて個性重視にしてみたんだ』
そう眉を下げて笑う梓に、砂藤だけでなく、会話を聞いていた尾白や上鳴は改めて(やっぱりこの子非常識だな)と思った。
普通は、逆だ。
轟や爆豪のように放出から始まり、圧縮に応用する。
梓の場合は個性が暴れ馬なせいで圧縮から始まったようだが、そもそもそれは彼女の基礎戦闘能力が高くなければそういう発想にはならない。
「自分の武術に頼らず個性を使うってフツーに言ったけど梓ちゃんやっぱ変だわ」
『ええっ、上鳴くんひどい』
我慢できずに言ってしまった上鳴に、顔には出さなかったが、内心周りも同調していたのだった。
ー
本日最後の授業が終わり、緑谷はすぐに梓の机に向かった。
「梓ちゃん、放課後ちょっと時間ある?」
『あ、えっと、今から心操との稽古が』
「ああ、そっかぁ…。心操くんに会うのも継承式ぶりだもんね」
『そうなんだよ。刀交えときたくて。何かあった?』
「うーん、僕の個性について、また仮眠室で話したいなって思ってて」
小さな声でオールマイトに呼ばれてるんだ、と言った緑谷に梓は納得したような顔をした。
『なるほど。この前の個性会議みたいなやつか』
「そういうこと。でも、僕とかっちゃんだけ行ってくるよ。梓ちゃんには後で伝えてもいい?」
『うん、伝えてくれると嬉しい。私もいずっくんのこと知りたいから』
「んぐっ、わ、わかった。じゃあ後でね」
何故か喉に詰まって顔を赤らめた緑谷を少し心配に思いつつも、梓は真っ直ぐ稽古場に向かった。
(聞こえてたぞ、緑谷。知りたいって言われたくせいでむせてんじゃねーよ!)
(み、峰田くん聞いてたの!?いやだって、あの大きくて透き通った目で見つめられて知りたいって言われたらむせるでしょ!?)
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