行くぞ!と次の現場に向けて鼓舞されたのかと思いきや、着いた場所は轟の実家だった。
「何でだ!!」
「姉さんが飯食べにこいって」
「何でだ!!」
「友達を紹介して欲しいって」
「今からでも言ってこい!やっぱ友達じゃなかったってよ!!」
「かっちゃん…!」
『わあ焦凍くんの家初めてだ〜!うちん家に似てる!』
「テメェは呑気にウキウキすんじゃねェ!!つか名前…」
「ア゛ッ、ホントだ!梓ちゃん、轟くんでしょ!なんで名前呼びに…」
『インターンでショートくんって呼ぶからつい。だめ?』
「全然良いぞ」
良くねェよ!良くない!と幼馴染2人が珍しく声を揃える中、待ち構えていたように玄関戸がガラリと開いて、出てきた女性がぱぁっと笑顔で出迎えてくれた。
「忙しい中、お越しくださってありがとうございます。初めまして、焦凍がお世話になっております。姉の冬美です!」
『お、お姉さん…優しそう』
「優しいよ。梓、荷物持つ」
『おお、ありがと』
靴を脱ぐ間荷物を持ってもらい、また受け取ると、緑谷達とともに轟たちについて行く。
『はじめまして、東堂梓です』
「緑谷出久です!」
「ふふ、2人とも焦凍から話は聞いてます。いつも焦凍と仲良くしてくれてありがとう。突然ごめんねえ。今日は私のわがままを聞いてもらっちゃって」
「嬉しいです!友だちの家に呼ばれるなんてレアですから!」
「夏兄も来てるんだ」
「家族で焦凍たちの話、聞きたくて」
嬉しそうに、期待に満ちた表情。
梓はそれをポーッと見つめると、隣で「何でだ…」と未だ不機嫌マックスの爆豪に呑気に『お姉さん美人だねぇ』と耳打ちするものだからバシン!と頭を叩かれた。
『あいた!?』
「ちょっ、かっちゃんなんで突然梓ちゃんを叩くの!?」
「八つ当たりに決まってんだろうが!!」
『「ひどい!!」』
居間にはたくさんの料理が並べられていた。
中華系のそれに思わず目をキラキラさせれば、好物にそそられたようで爆豪の不機嫌もすこし和らぐ。
すでに、1人の青年が座っており、「こちら、焦凍の兄の夏雄です!」と冬美に紹介され、梓はぺこりとお辞儀をするとそそくさと彼の向かいに座った。
『はじめまして、東堂梓です』
「あ、君が…はじめまして」
『??』
まじまじと梓を見る夏雄に首を傾げれば、「いや、姉ちゃんが…、焦凍がよく梓ちゃんって子の話するって言ってたから…」と少し興味深そうに笑った。
「なんか、想像通りの子だ」
「ね、それ私も思った!」
『想像通り……焦凍くんなんて話したの!?』
「いや別に悪いことは言ってねえ」
「お、名前で呼んでる。良かったな、焦凍」
「ほんと!緑谷たちは名前で呼ぶのに俺は名字で呼ばれる。相棒なのに。って事あるごとに言ってたもんね!」
くすくす笑う冬美に何故か幼馴染2人が悔しそうな顔をしているものだから色々と関係性を察した夏雄が思わず吹き出す。
「ハハッ、なんか楽しそうなことになってるんだな、焦凍」
「?」
「梓ちゃんだっけ。焦凍のこと、よろしくな。相棒なんだって?」
『あ、はい!そうなんです、職場体験で一緒に戦ってから、戦場で一緒になる機会が多くて』
「“戦場で一緒に”!すげえパワーワード」
『焦凍くん、ずっと私を見てくれるので、安心して背を預けられます』
「ふふ、でも前に喧嘩しちゃったんでしょ?焦凍からすごく落ち込んだメールが来たよ」
思い出してくすくす笑う冬美に、ああアレなと夏雄も口元をゆるめる。
何のことか分からなくて梓が首を傾げれば、隣に座った轟がぽつりと「夜嵐の件」と呟き、ああ!と思い出した。
『仮免試験か!そういえばあったね。戦場でいっつも私のこと見てくれるはずの焦凍くんが夜嵐くんとエンデヴァーさんのことで喧嘩しはじめちゃって!』
「へぇ…」
エンデヴァーの名前が出た瞬間空気がピリついたのを緑谷と爆豪は見逃さなかった。
が、能天気幼馴染は全く気がついていないようで、眉間にシワを寄せた夏雄に呑気にあの時のことを話している。
『なんかよくわかんないけど、焦凍くん時々エンデヴァーさんの方見るから、今を一緒に生きて戦ってるのは私なのにって、前に敵いるのに、私じゃなくて他の人見るなんて!って思っちゃって』
エンデヴァーという単語が出てきて胸糞悪い気分になっていたのに。
予想外、斜め上の怒りポイントに夏雄は思わず「へっ?」と素っ頓狂な声をあげていた。
どうやらこの子にとって、エンデヴァー関係のしがらみはどうでも良いらしい。
『でも仲直りする時に約束したんです。一緒に戦うときは、私だけを見て欲しいって』
言葉の端々から、エンデヴァーではなく焦凍中心の思考が垣間見えて、思わず夏雄は無表情で
「焦凍、くそ可愛いなこの子」
ピリッとした空気を意図せず思い切りぶち壊した。
「焦凍が依存する理由がわかるかも…」と小さく呟く冬美に思わず爆豪はわかってたまるか!と不機嫌マックスの顔をするのだった。
ー
「食べられないものあったら無理しないでね」
並んだ豪華な夕食をパクパク食べながら梓は幸せそうな顔で隣の轟を見た。
『焦凍くん、いつもこんなに美味しいご飯食べてたの?いいなぁ』
「お前ん家は、どんな飯なんだ?」
『水島さんが作るときは普通の和食、九条さんの時はなんか色々だよ。九条さん料理へただから』
「梓ちゃん、この竜田揚げめっちゃおいしいよ。食べてみて!」
『うわぁほんとだ!すごく美味しい!』
「ね!どれもめちゃくちゃ美味しいけど、この竜田揚げ、味がしっかり染み込んでるのに衣はザクザクで仕込みの丁寧さに舌が、」
「メシまで分析すんな!!」
ザックザクの竜田揚げに舌鼓を打っていると、最初の梓との会話以来ずっと黙っていた夏雄が口を開いた。
「そらそうだよ。お手伝いさんが腰やっちゃって引退してからずっと姉ちゃんが作ってたんだから」
「へぇー成る程」
「夏もつくってたじゃん。かわりばんこで」
「え!?じゃあ俺も食べてた!?」
「あーどうだろ、俺のは味濃かったから…エンデヴァーが止めてたかもな」
またピリついた。
一瞬空気が張り詰め、しん、と沈黙が落ちる。
思わず緑谷と爆豪は咀嚼をやめるが、2人の可愛い幼馴染は凍った空気に気づいていないのか、
『え゛、味濃いのだめなんですか?私、九条さんがご飯当番の時カップラーメンな時もあるんですけど…』
「…それは、あんまりよくないと思うけど」
『そ、そうなんですか。でっでも、私クラスじゃ組み手一番強いし…え、まって、じゃあカップラーメン食べなければもっと強くなれる……?』
「梓ちゃんちょーっと黙ってようか!」
馬鹿丸出しである。思わず緑谷が止めに入れば、冬美が話題を変えるように轟に話を振った。
「焦凍は学校でどんなの食べてるの」
「学食で」「気づきもしなかった、今度…」
完全にタイミングが被った。
今度は完全に空気が凍った。
梓がザクザク音を立てて竜田揚げを食べる音だけが響き、本当になんでこの子空気読めないの、と緑谷が引き気味にそれを見つめる。
「……ごちそうさま。席にはついたよ、もういいだろ」
「夏!!」
立ち上がり「ごめん姉ちゃん、やっぱムリだ…」と出て行った夏雄により一層空気が重くなるが、
『焦凍くん、お兄さんご飯食べるの早いね。あ、でも四川麻婆たべてない。やっぱ無理って言ってたけど辛いもの苦手?』
「………そんな感じだ」
「あああごめんなさい。悪い子じゃないんです、そういう家族関係の話題に疎くて、空気もあんまり読めなくて。なんかごめんなさい」
なんと言っていいか分からずとりあえず頷いた轟の横で緑谷は幼馴染の責任として謝り倒し、爆豪は「お前頭おかしいだろ」とドン引いた。
ー
空気は重くなったがなんとか食べ終わり、3人は片付けを手伝っていた。
爆豪は食器を洗面台に持って行きながら、何をしていいのか分からず首を傾げる梓に短く指示を出す。
「おい、あの皿片してこっちに持ってこい」
『かっちゃん、ありがと。あの皿ね』
エセお嬢様は普段家事をしないのでこういう時に使えない。それがわかっているからこそ、短く指示を飛ばしていれば、冬美が苦笑した。
「爆豪くん、なんだか梓ちゃんのお兄さんみたいね」
「誰があんな奴の…」
『かっちゃんかっちゃん、お皿持って行ったんだけど、次はなにをすればいい?』
「ああ次は…、」
「じゃあ、次はこれを向こうの部屋に持って行ってくれる?」
冬美の指示に頷き、荷物を預かって廊下を歩く。
後ろから「こけんなよ」と爆豪に言われながら薄暗い廊下を進んでいると、帰り支度をした夏雄とばったり会った。
「『あ。』」
あの夕食の後なので気まずそうに顔を逸らした夏雄に対し、梓はにこりと笑う。
『今日はごちそうさまでした。焦凍くんのお兄さん』
「……いや、なんか、ごめんな。空気悪くしちまって」
『え、空気?』
「焦凍に聞いてると思うけど、エンデヴァーのことで結構確執があって、な」
『…あぁ!なんか聞いたことあります』
なんか聞いたことある。
すごく軽い受け止め方に、本当に聞いた事あるんだろうかと夏雄が半信半疑になる中、梓は思い出すように頬に手を当てると、
『焦凍くんと前に取っ組み合いの喧嘩をした時に色々と』
「取っ組み合いの喧嘩!?一体何が…」
『エンデヴァーさんにも話したことがあるんですけど、前に…焦凍くんに言われたんです。似てるところがあるんじゃないかって』
「似てるところ??」
『私も、子供の頃から鍛錬漬けで、母は幼い頃に他界していて、父は半年前に死んだので。たぶんそれで』
「…そう、だったのか」
無理やり出した夏雄の声は掠れていた。
なんてことないように話すものだから、一瞬理解ができなかった。兄弟はいないと聞いているから、今の話からするとこの子は家族がいないのだ。
『でも、似てないと思って』
「……」
『子供の頃から血反吐吐くほど鍛錬してるのは似てるけど、焦凍くんは私と違ってエンデヴァーさんを父親として見てるし、夏雄さんや冬美さんっていう家族もいる』
「…かぞく、」
『私はそうじゃなかったから。だから、君とは違うって言って喧嘩しました』
「そうじゃないって、どうして?」
『んと、私は、家族って感じよりは先代って感じだったし、お母さんってよりは先代の側近って感じだったから…』
「エッちょっとよくわかんねぇんだけど…」
『とりあえず、私は焦凍くんとは違うから、似て非なるから、気持ちはわかってあげられないけれど、まあでも焦凍くんがどーしてもこの家嫌だっていうなら、うちにおいでよって思ってます』
へらりと呑気に笑った梓に思わず夏雄は「はぁ?」と2回目の素っ頓狂な声をあげていた。
うちにおいでよ、がどういう意図なのかはわからないが、きっとこの子の性格からすると深い意味はないのだろうが、
「面倒な家庭問題だし……あのエンデヴァーと関わんのはやめといたほうが…」
まだ梓は仮免ヒーローだ。エンデヴァーに気に入られても面倒だし、パワハラなんてされたら拒否できないに決まっている。
心配になって、おずおずとそう言うが、梓は困ったような笑顔で首を振った。
『いやいや…、もーっと面倒で、大変で、しんどい家庭問題に首突っ込んでくれたんです。焦凍くんが』
「え?」
『助けてもらった。私、雁字搦めで、どうしていいかわかんない状態だったんだけど、焦凍くんと、いずっくんとかっちゃんが、助けてくれて。ずいぶんと楽になったんです』
「…そう、なのか」
『だから、恩返ししなきゃって思ってるんです。焦凍くんが望むなら。でも…たぶん、望まないかな』
焦凍くんは、ちゃんと家族としてみてるから。
そう言って無邪気に笑った梓に、夏雄は、自分の弟は、この子の言葉と行動に救われたのだろうと悟った。
依存している訳もわかった。
まっすぐ、澄んだ瞳が轟だけを見、エンデヴァーなど眼中にないことに清々しさを感じた。
「……、ありがとな、焦凍と仲良くしてくれて」
そう言って、泣きそうに、でもくしゃりと笑った夏雄の声は優しく震えていた。
ー
夏雄と喋って、荷物を置いて戻ってくると、幼馴染の1人が部屋の入り口で「客招くならセンシティブなとこ見せんなや!!まだ洗い物あんだろが!」と叫んでいた。
「ああ!いけない!ごめんなさい、つい…」
「あ!あの!僕たちは轟くんから事情は伺ってます…!」
「俺ァ聞こえただけだがな!」
『えっなに?』
「戻ってくんのおせーんだよてめェは!迷子にでもなってたんか!」
「ほら、轟くんの昔の話。ご飯中にちょっとそういう空気になってたでしょ?」
『ああ、なんかさっきお兄さんが話してたやつか』
納得したように会話に入ってきた梓に緑谷がちょっと対応軽いなと思っている中、爆豪の苛立ちが爆発している。
「晩飯とか言われたら感じ良いのかと思うわフツー!四川麻婆が台無しだっつの!」
ガシャガシャと皿を持ちながらそう言う爆豪に緑谷はどうしたものかと慌てながら同じように片付けを進める。
「ごめんなさい、聞こえてしまいました」
緑谷の表情が申し訳なさそうで、話は半分程度しかわかっていないが流石にそわそわと梓が狼狽えていれば、
彼は少し決心した表情をすると、じっと轟を見据えた。
「轟くんはきっと、許せるよう準備をしてるんじゃないかな」
「え。」
「本当に大嫌いなら、許せないで良いと思う。でも君はとても優しい人だから、待ってる…ように見える」
「……。」
「そういう時間なんじゃないかな」
優しい言葉だった。
心にすっと入ったそれに、ああそうなのかもしれない、と轟は少し納得した。
冬美も、ぽかんとしつつも、なんとなく嬉しそうな優しい目をしていて。
轟の目が、じっと緑谷と2人を見守っていた梓に向く。
「梓、おまえは…、どう思う?」
『…エンデヴァーさんと轟くんのこと?』
「そう」
『わかんないよ。そんなの。いずっくんみたいな答えは出せない』
ぷくっと頬を膨らませて、私ふつうの家庭じゃないんだから難しいこと言わないで、という少女に思わず轟はブッと吹き出した。
重い空気が霧散し、緑谷もつられて困ったように笑ってしまう。
『なんで2人とも笑うの!あ、冬美さんまで笑ってる』
「ふふ、ごめんなさい…」
『もう!わかんないけど、私には、轟くんがエンデヴァーさんのことをどう思おうが関係ないもん』
皿を片付けながらそう言った彼女は少しぷんぷんしていて、ジトッとした目を轟に向ける。
その目が晴れ晴れと純粋に真っ直ぐで、堂々としていて。一件冷たい、関係ないという単語にハッとする。
「ちょっと梓ちゃん、関係ないって言わなくても」
『だって、私と今を一緒に生きてるのは焦凍くんで、焦凍くんがエンデヴァーさんをどう思おうか関係ないもん。逃げずに向き合って、それでも嫌ならそれで良いじゃん』
「「「……。」」」
『もしどうしても嫌で家出たいなら、うちに来れば良いし。お家騒動で助けてもらった分、なんでも頑張るけど、そういう訳じゃないでしょ?』
冬美は、言葉が出なかった。
太陽だと思った。
自分に向けられた言葉じゃないのに、眩しくてしょうがなかった。
弟が、ここまで彼女に肩入れする意味がひしひしと伝わって、黙って彼女の澄んだ瞳を見つめ、皿を重ねる彼女の手をパッと取った。
『わ、冬美さん?』
「ありがとう」
『え?』
「焦凍を、照らしてくれてありがとう」
『照らす?へ?』
訳がわかっていない梓に一方的に礼をぶつけていれば、姉さん、こいつわかってないからもういいよと轟が苦笑する。緑谷もじとっとした目はしつつも慣れているようで。
どうやら彼女のこんな言動は日常茶飯事なのかと解釈した冬美は、ああ会えてよかった、この子が焦凍と仲良くなってくれてよかった、と心底思うのだった。
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