事務所には宿泊施設が完備されており、4人は一週間サイドキック達と寝食をともにすることとなっている。
インターン2日目の朝である。
準備を終えた緑谷が食堂で朝食を取っていると、爆豪と轟もやってきた。
「あれ、2人とも、梓ちゃんは?」
「あ?知るか」
「まだ起きてきてねえのか?」
そういえば心操が“あいつは朝が弱い”と言っていたな、と思い出して、寝坊かなと首を傾げていると、サイドキックの1人が「あのちっちゃい子なら早々にトレーニングルームに行ったぞ」と笑った。
「は?」
「あんの野郎抜け駆けしやがった」
「抜け駆けって。そっか、忘れてた。梓ちゃんの日課の朝稽古か」
朝が苦手でも頑張って起きて稽古しているらしい。
負けられないと思っているところに、少し疲れた様子の本人がサイドキックに連れられて戻ってきた。
『みんなおはよぉ』
「おはよう」
「梓ちゃんおはよ!朝稽古誘ってくれれば良かったのに」
『じゃあ明日は誘おうかなぁ』
ぐっと伸びをして一緒に朝食を取る。
食べ終わった頃にエンデヴァーがやってきて、今日の仕事内容について伝達があった。
警護依頼やイベント警備はサイドキックに任せ、今日はパトロールに専念するらしい。
昨日の指摘事項を少しでも克服するにはちょうど良い。
出動の準備を終えると「いくぞ」というエンデヴァーについて街に出た。
“何を怖がっている”
昨日エンデヴァーに言われた言葉が梓の脳裏にちらつく。
色々なことが怖いと思う。
昔は、戦う事と痛い事が怖かった。今はそれほどではないけれど。
今怖いのは、守れない事だ。
弱くて守れないことも怖いし、コントロール不足で味方を傷つけてしまうことも怖い。
どんなに考えないようにしていても、前回のインターンで殉職したナイトアイが思い出される。
もう2度とあんな思いはしたくない。
それを考えるあまり、慎重になっていた。
そんな梓にエンデヴァーは思い切りやれと、フォローすると言ってくれた。
(思い切りやってみよう)
慎重を期すあまり、本来の自分の良さが掻き消えてしまっている気がする。
梓はグッと前を向くと、勢いよく飛び出したエンデヴァーの跡を追った。
ー
敵の気配を察知したエンデヴァーが飛び出して、昨日のようなスピードで一気に路地を進む。
速すぎる。昨日と同じように離されそうになったところで、隣にドンッ!という雷が落ちたような音と共に青い光が弾けて緑谷はビクッ!と肩を揺らした。
(なに!?)
ハッと前を向けば10メートル先に梓がいる。
そこでやっと彼女が雷と風を使って戦闘時のように推進力を上げたことに気付いた。
ダンダンッ!とコンクリートの壁やアスファルトを蹴って瞬発的に前に進むスピードは、風ライドよりも圧倒的で少しずつとエンデヴァーに追いついていく。
ものすごいスピードだ。
このスピードは前に見た事がある。
(福岡の脳無を引きつけた時のスピードだ…!)
あの時、重力完全無視のスピードで上空に上がった戦闘時のスピードを目の当たりにして緑谷は思わず息を飲んだ。
が、
『うわっ』
強く雷を使いすぎたのかバチッと弾けた拍子に膝ががくん、と曲がり空中でバランスを崩したものだから緑谷や爆豪たちは焦る。
あのスピードで転けたら大怪我では済まないし、人に当たったら交通事故みたいなものだ。
フォローの為に走ろうとするが、それよりも早くエンデヴァーがガッと梓の襟首を掴むと勢いを殺す為に空に投げた。
『ぎゃっあっありがとうございます!』
くるんと回って体勢を立て直すとブーツで風を起こしてまたエンデヴァーを追いかける。
結局、エンデヴァーより早く敵を退治することはできなかったが、彼にフォローをしてもらった事で何故か少しホッとした表情をする少女に緑谷は少し珍しそうな顔をした。
暫くパトロールをして、今日も街を見守りながらの昼食である。
隣でサンドイッチをくわえながらじーっと眼下に広がる道路を見守る少女に緑谷は声をかけた。
「リンドウちゃん、凄く速かったね!何回かエンデヴァーさんに落ち着きそうになってたし」
『バランス崩して迷惑かけちゃうこともあったけどね…』
「1回目はヒヤッとしたけど、エンデヴァーさんが助けてくれて良かった」
『うん、あれは本当に焦った…!』
思い出して顔を青くする梓に緑谷も苦笑する。
「僕も焦ったよ。あのスピードって、雷を足元に瞬間的に一点集中させてるの?戦闘の時は良くやってるよね」
『うん、戦うときにダンッ!て足を踏み込む動作は昔からやってるから、それに雷で瞬発力を上げてついでに爆風を起こしてグンっ!て進むようにしてるの。今までは空中ライドにかかりっきりで雷を移動にあんまり使った事なくて…』
「そうなんだ!なんか、トップスピードの出し方はラビットヒーロー・ミルコに近いものを感じたよ!確かにリンドウちゃんは、すでに有る機動力を更に上げるよりか、戦闘訓練か空中ライド訓練に重きを置いてるイメージがあるもんね。元々身のこなしが凄いしスピードもあるから、機動力をこれ以上伸ばすより先に空中ライドのコントロールをって感じだったんだよね?」
突然始まったブツブツ考察にサッと爆豪が距離を置くが、梓はのほほんと頷いていて、『うん、やっぱり戦闘面に重きを置いちゃうんだよねぇ。機動力をもっと上げなきゃ』とサンドイッチにかぶりついた。
「もしあの雷と風の合わせ技を習得したら、トップスピードはクラス1になっちゃうと思うよ。凄い速さだったもん。でも、今まで使わなかったのはどうして?」
『あれ、強い威力の雷を圧縮するやつだから周りが危ないんだよ。戦闘の時は基本1人で戦うしそんな事言ってられないから使うけど、機動で周りを傷つけるようなリスクは背負いたくないなと思ってただけ。ようは、怖かった。でも、1回目、失敗したときにエンデヴァーさんが助けてくれて、ちょっと吹っ切れた』
眉を下げて笑った梓を見て、ああさっきの安堵の表情はそういうことか、と緑谷は内心ごちた。
昨日直々にエンデヴァーがフォローすると言ってくれはしたが、実際にフォローされ、ああ思い切りやれる、と安心感を持ったのだろう。
確かにあの後から格段に動きが大きくなった。
既に洗練されていた動きに、思い切りの良い個性発動が加わったのだ。
確かに不安定ではあったが、コントロール力は前よりも格段に上がっているおかげで発動は徐々に滑らかになっていった。
(梓ちゃん、またプルスウルトラしてる)
静かに己の壁を乗り越え始めた彼女は緑谷の自慢の幼馴染だ。
とっても優しくて、かっこよくて、可愛くて、そして、意図せずに自分を引っ張ってくれる。
今だって、怖さや痛さや重圧を乗り越えて一歩一歩強くなろうと、じゃじゃ馬個性と向き合おうとしている。
小さい頃から、前しか見ていないこの横顔に勇気づけられてきたのだ。
「リンドウちゃん…、インターン頑張ろう。一緒に」
子供の頃は、目線の高さは変わらなかったのに、今は少し見下ろす形で。
そう言えば、梓は少し笑って緑谷を見上げると、
『うん、今までもこれからも同じだ。頑張るよ、いずっくん』
ずっと変わらない光に緑谷が照れたように笑いながら「インターン中なのに呼び名が戻ってるよ」と指摘すれば、梓は慌てて『でっくん、いや、デク』と言い換えるものだからますます笑った。
ー
午後も4人はひたすらエンデヴァーを追いかけた。
一挙手一投足が被害規模に直結するプロの現場は精神的にも肉体的にも追い詰めがれて削ぎ落とされてくる。
毎回エンデヴァーを追い越せず、自分自身が現場へ間に合わない状況は、守護への重圧が強すぎる梓への精神的負担は大きかった。
追いつくために無理をして肉体的にも悲鳴を上げているらしく、彼女は夕飯を食べながらこっくりこっくりと首を傾けて寝かけていた。
「……しんどそうだ」
「……うん、ずっとプルスウルトラ状態でインターンしてるようなもんだよ…。梓ちゃんってどこか頭のネジ外れた動きするからハラハラする」
「わかるぞ、緑谷」
お味噌汁に手を添えたまま目を閉じ俯く彼女を隣に座る爆豪がチラチラ気にしている。
さっきから寝落ちして夕飯に顔面ダイブしそうになるのをギリギリで止めているのは彼である。
「あはは、寝てんの?かっわいーね、リンドウちゃん」
3人でどうしたものか、と悩んでいたところにバーニンが現れ容赦なく梓の頬をぺちぺちと強めに叩いた。
「おーきーろー!ご飯冷めちゃうよっ」
『んっ』
ああ、こんなに眠そうなのに起こすなんて可哀想。でもご飯が冷めるのも可哀想。早くお風呂に入って寝かせてあげたいけど、でもご飯も食べて欲しいし、でも起こすのも可哀想だし、
と緑谷がブツブツを発揮する中、バーニンに起こされた梓はハッと覚醒すると顔を赤くしてお味噌汁をすすり始めた。
『ご、ごめんなさい…ちょっとねてました』
「疲れたんだね。明日も朝稽古すんの?するなら、トレーニングルームの予約しとくけど?」
『あ、お願いします』
「えっ、大丈夫なの?無理してない?」
『いずっくん、大丈夫。回復は結構早い方なんだ』
鍛錬慣れしているのだろう。
強がりではなくそう言った梓は安心させるように緑谷に笑いかけると残りの夕飯を食べ始めた。
『ちょっと、つかれちゃったみたいだ』
「緊張の連続だったもんね」
『うん。それに、色々新しい動きを取り入れると体がバキバキで…』
確かに、新しい動きになるんだろうな、と昼間話した考察を思い出していれば、轟がふと「なぁ、」と梓を呼んだ。
『ん?』
「コツを教えて欲しい」
『え、なんの?』
「力の凝縮方法、俺と爆豪の課題だ。点で放出するとは言われたが…」
お前は自然に出来てるし、必殺技もそれを応用したものが多いだろ?と言われ、梓はうーん、と考えながら味噌汁をすすった。
『感覚でやってるし、私のは参考にならないんじゃないかな…』
「そうなのか?」
『元々、私の個性は君の個性と違って暴れ馬なんだ。素直に放出してくれない』
それは、最初の体力テストのときにも思っていた。
彼女の個性は通常発生で小さな嵐を生み出していた。
勝手にねじれるし荒れるし雷と水が混じるのだ。
単発発生も難しいだろうし、それを広範囲でコントロールするとなると至難の技だろうと思う。
わかる、と頷けば梓も困ったように頬に手を当てて頷いていて、
『だから、最初は体に纏うことにしたんだよ。刀とかの武器も物心ついた頃から握ってるものだから纏わせやすいし、硬質ブーツも体の一部みたいで纏わせやすかったし…。だから、私と轟くんの個性の使い方は多分根本的に真逆なんだと思う』
「…まぁ、そうだな」
『私の場合は、最初の使い方からすでに凝縮が基本だったんだ。それを解き放ちはじめたのが、“疾風迅雷”で、解き放ち方や斬撃の形や風水雷の出力の違いで必殺技が変わってくるだけで、』
「……解き放つ、か」
『あ、うん、そう。ギュッと圧縮したものをドンッてする感じ。それを素早く、圧縮量を大きくしたら威力が上がるの!』
いったん箸を置いてジェスチャーを交えると納得したように緑谷が頷き、轟は難しそうな顔で手を顎に当てた。
「瞬発的に圧縮量を大きくするのは難しいよな?」
『うん、難しい』
「成る程、梓ちゃんの疾風迅雷は“速さを重視して圧縮量は普通くらい”で、嵐撃落としは“少し速さを落として雷ベースの強圧縮”、渦嵐突きは“速さを捨てて超圧縮の一点集中破壊力重視型”ってところかな」
『いずっくんの分析の速さがえぐい』
「やめろやサブイボ立つんだよクソが」
流石にひいた梓とガッと椅子を下げた爆豪を無視して緑谷はブツブツと考察を語り続けている。
「空中ライドは圧縮というよりは放出とコントロール重視だから梓ちゃんは苦戦してるんだ。今までの個性の使い方と違うんだもんな、そりゃそうだよな…。でも、そもそも、普通の人なら、単純な放出から個性の扱いは始まると思うんだよね、梓ちゃんの場合が特殊なんだ。個性が扱いづらい上に、梓ちゃん自身の戦闘スキルが高かったから、放出の訓練をするよりも圧縮ベースでいったほうが強くなりやすかったんだ」
「あぁあああうるせェ黙れ…!」
『いずっくんのぶつぶつ嫌いじゃないけど内容が私ってだけで恥ずかしくなるやめてぇ!』
ひいっと爆豪とともに後ろに下がるが、相談を持ちかけた当の本人である轟は満足そうに緑谷の考察に頷いていて「助かった、なんか掴めそうだ」と少しだけ口角を上げた。
『轟くんがいいならいいけどさぁ〜…でも、轟くんが私みたいな個性の使い方し始めたらますます強くなっちゃうね。元々コントロールいいのに』
「そうか?」
『そうだよ。ねぇ、私にも何かアドバイスちょうだいよ』
ねだるように見れば轟は考えるように腕を組んだ。
「……俺は、俺とお前は真逆だと思ってる」
『…?』
「ああ、確かに。個性重視の轟くんの動きと、自分の戦闘能力に個性を上乗せするスタイルの梓ちゃんは真逆かも。だからこそ、2人が噛み合うと強いんだろうけど」
納得した声音で話に入ってきた緑谷に轟はそれが言いたかった、と頷くと、ジッと梓を見つめ、
「だから、お前はもっと個性を使う戦闘脳になった方がいいんだと思う。要は、個性の工夫がお前を強くするんだと思う」
彼からの、個性に対する直球的なアドバイスは初めてだった。
エッジショットや相澤のアドバイスはあくまでも現スタイルを活かすもので、轟の視点とは違う。
個性至上主義のエンデヴァーに育てられ、個性にかまけ挙動が大雑把だとステインに言われた彼ならではのアドバイスだと思う。
確かにな、と思う反面、難しい、と思って梓はむう、と頬を膨らませた。
『それは、わかってるけど…、うーん…ここにきて個性を重要視してこなかった弊害が……。怖いんだよな、だって、持ち主を殺したことがある個性だよ?自分だけならともかく、周りを傷つけないとは限らないからさぁ…』
「僕は自分が死ぬことを怖がらない君が怖い」
「同じく」
若干引いた目を向けてくる2人に酷いな、と思っていれば隣で黙って聞いていた爆豪がチッと舌を打った。
さっきからイライラしているのに席を外さないあたり、話の内容は気になるらしい。
『なに、かっちゃん』
「……エンデヴァーがフォローするっつってんだから、とりあえずモブのことは考えんなや」
『モブて』
「やらねェといざと言う時やれねェだろ」
『確かに…そうだね』
「大体テメェはいつもいつも人のことばっかなんだよ。モブ守る為に強くなる前に、敵連合に掻っ攫われないように個性爆発させる手段を覚えとけよクソミソカスが」
『ひどくない?』
順序が違ェんだよ、と頭を叩かれ、緑谷と轟に異論なし、と頷かれ、梓は不思議そうに頭を摩るのだった。
(自分の身の前に人の身でしょう)
(逆!!!)
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