ホークスとの再会のもやもやを抱えたままエンデヴァー事務所に着いた。
「梓ちゃん大丈夫?さっきからボーッとしてるけど」
『あっうん大丈夫!』
緑谷に心配そうに覗き込まれハッとした。このままではダメだ。エンデヴァー事務所でのインターンは生半可な気持ちでは出来ない。
ホークスのことは気になるが、梓は無理やりそれを頭の隅に押しやってパタンと蓋をした。
到着早々有名サイドキック、バーニンを始めとしたインターン生を対応してくれるサイドキックがずらりと並ぶ。
「ようこそエンデヴァー事務所へ!」
「俺ら炎のサイドキッカーズ!」
テレビで見たことがあるサイドキックもちらほらいる。
大手の事務所に圧倒されて目を丸くしていれば、バーニンの目がきらりと光り爆豪と轟を見た。
「爆豪くんと焦凍くんは初めてのインターンってことでいいね?今日から早速我々と同じように働いてもらう訳だけど!!見ての通りここ大手!サイドキックは30人以上!!つまァり、あんたらの活躍する場は!なァアい!!」
自分の隣に立つ爆豪に顔を近づけてそう威圧したバーニンに梓がぎょっとしていると、「面白ェ、プロのお株奪えってことか」と爆豪が挑戦的な目をしていて少しひいた。
「そゆこと!ショートくんも!息子さんだからって忖度はしないから!せいぜいくらいついてきな!」
「活気に満ち溢れてる…!」
「No.1事務所だからね」
「基本的にはパトロールと待機で回してます!緊急要請や警護依頼、イベントオファーなど1日100件以上の依頼を我々は捌いている!」
「そんじゃあ早く仕事に取り掛かりましょうや。あのヘラ鳥に手柄ぶん取られてイラついてんだ」
「威勢は認める。エンデヴァーの指示を待ってな!」
不遜な態度を取る爆豪に思わず引いた目を向けるが、サイドキックはいい加減にしろよお前、と言いつつ笑い飛ばしていて、さすが大手の事務所だなぁと梓は別のところで感心した。
「まーしかし、ショートくんだけ所望してたわけだし、たぶん3人は私たちと行動って感じね!」
「No.1の仕事を直接見れるっつーから来たんだが!」
「見れるよ、落ち着いてかっちゃん!」
「でも思ってたのと違うよな、俺から言ってみる」
轟が口添えしてくれるらしいが、そう上手くいくだろうか。もしかしたら自分はエンデヴァーの仕事ぶりをあまり見ることができない上に轟とは別行動なのかもしれない。
『ええ〜、轟くんと別行動なの?なんかやだなぁ』
それはサイドキックのバーニンにも聞こえないほどの梓の独り言だったが、轟には聞こえていたらしい。彼はぴくっと反応すると勢いよく振り返り、「梓、俺が絶対親父を説得するから待ってろ」と力強く言い切った。
「おい舐めプ俺んときと本気度が違ェだろーが!!」
「梓ちゃん、轟くんいなくても僕がいるからいいでしょ!わがまま言わないの!」
『えっ1番わがまま言ってるのかっちゃんだからかっちゃんの方を怒ってよう!』
また幼馴染み3人の不毛な争いが始まりそうになっているところに、エンデヴァーが戻ってきたので3人はぱたりと言い合いをやめた。
じっと見下ろされ、「ショート、デク、バクゴー…そして、リンドウ」と順番に名を呼ばれ、
「4人は俺が見る」
次に紡がれた言葉で事務所が騒ついた。
エンデヴァーの目はいつになく真剣で、思わず背筋が伸びる。
「すぐに着替えてこい」
目で更衣室を合図され、梓は気合い十分に頷くとすぐにヒーローコスチュームに着替えるのだった。
ー
「俺がお前達を育ててやる。だがその前に、貴様ら3人のことを教えろ。知らん」
着替え後、すぐにそう言われ確かにそうだよな、と梓は九州を思い出した。
あの時、自分も時間稼ぎのためにあの脳無とやり合ったが、エンデヴァーからは見えていなかったはず。
「今、貴様らが抱えている課題、出来る様になりたいことを言え」
たくさんありすぎる。
うーん、と唸っている間に緑谷は1番乗りで説明を始めていた。
「力をコントロールして、最大のパフォーマンスで動けるようにしたいです」
「自壊する程の超パワー、だったな」
「はい。壊れないように制御する方法を見つけました。でも…えーここにきて、その…なんていうか…副次的な、何かこう、違う形で発現するようになって…」
「見せろ」
ぴょろっと黒鞭が緑谷のグローブから出る。
そこからは分析好きな彼の独壇場だった。
自分の分析をマシンガントークで話し始めたので、力になるためにも一生懸命訊こうとしたのだが途中でよくわかんなくなって遠い目をしていれば慰めるように轟に肩をたたかれた。
どうやら彼も聞くのを諦めたらしい。
「長くて何言ってんのかわかんない!」
「自分の分析だったな」
「ああああウゼー!」
『長くてわかんなかったけど、自分の分析ができるのは本当にすごいよねぇ』
経験則はあるものの、感覚的に動く梓からすれば本当にすごいと思うのだ。
自分が彼のように分析できれば、もっとこのじゃじゃ馬個性を操れるだろうか、と考えて、分析できないなとすぐ諦めた。
緑谷の長文解説を難なく理解したエンデヴァーがふと目を伏せる。
「難儀な“個性を”を抱えたな。君も、こちら側の人間だったか…」
「どちら側?」
『え、なんでこっち見るの。私こちら側じゃないよ』
「いや梓ちゃんこちら側の意味わかってないよね!」
分析が得意な人側ってことじゃない?多分違うと思う。と話す中、エンデヴァーの目が「次、貴様は?」と爆豪を向いた。
「逆に何が出来ねーのか俺は知りに来た」
「ナマ言ってらー!!」
「うるせーなさっきからテメーなんでいンだよ」
「私いま待機」
「本心だクソが。“爆破”は、やりてェと思ったことなんでも出来る!1つしか持ってなくても1番強くなれる。それにもうただ強ェだけじゃ強ェ奴にはなれねーってことも知った。No.1を超えるために、足りねーもん見つけに来た」
口調は荒いが静かに、そう言葉を紡いだ彼の目は真剣だった。
変わったな、と思う。緑谷を目の敵にしていた頃よりも、随分。あの夜の喧嘩は無駄ではなかった、と止めないで良かった、と改めて思う。
「いいだろう」
そう言って爆豪を見下ろしていたエンデヴァーの目が、次は梓の方を向いた。
「貴様は?」
『……、コントロールです』
威圧感に若干怯みつつそう言えば「お前もデクと同じか」と話を切り上げられそうになれ、ああ説明しなければ、と梓は慌ててエンデヴァーの太い腕を掴んだ。
『待って、えっと…私、分析が苦手なので抽象的になるんですけど』
「…いい、話せ」
『まず、私の個性の説明からさせてください。風と水と雷が渦巻いて同時発生する個性で、“嵐”と呼ばれています』
「同時発生の上にねじれるのか。難儀だな」
『はい、何も考えずにブッパすると腕ちぎれます。なので、ずっとコントロール重視の訓練をしてきて、今は、時間をかければ一点に集中できるのと、滑らかではないけど風で空を飛べるようになりました。でも、瞬発的なコントロールはまだまだだし、風水雷を完璧に分けて使うのにも苦労します。なので、破壊力はそのままに、瞬発的に針の穴に糸を通すようなコントロールができるようになりたいです。いずっくんの、調整、抑制とはちょっと違います』
「確かに…調整とはまた違うな。暴れ馬の個性を自在に動かす為の手綱を繊細にしたいというところか」
『はいっ』
「いいだろう、では早速」
「俺も、いいか」
理解してもらえてホッとしたことで腕を掴んでいたことを思い出し、すみません、と謝りながら梓が離れたところで轟がエンデヴァーを引き留めた。
「ショートは赫灼の習得だろう!」
「ガキの頃、お前に叩き込まれた“個性”の使い方を右側で実践してきた。振り返ってみればしょうもねェ…おまえへの嫌がらせで頭がいっぱいだった」
静かに言葉を紡ぐ彼の目は真剣だった。
「雄英に入って、こいつらと…皆と過ごして競う中で、目が覚めた」
手がぽん、と梓の頭に乗る。
「俺も、強くならなきゃならねえ」
いつも口数の少ない彼がゆっくりと紡ぐ言葉は重みがあった。強くなるのだ、この子の隣に並び続け、重荷を背負う為に。自分の守りたいものを守る為に。オールマイトのようなヒーローになる為に、と。
「エンデヴァー、結局俺は、おまえの思う通りに動いてる。けど、覚えとけ。俺が憧れたのは…お母さんと2人で観たテレビの中のあの人だ」
ふと、轟の手が梓の頭から離れ、彼はぐっと両の拳を握る。睨むでもなく真正面からエンデヴァーを見据えると、
「俺はヒーローのヒヨッ子として、ヒーローに足る人間になる為に俺の意志でここに来た。俺がおまえを利用しに来たんだ。都合良くて悪ィな、No.1。友だちの前でああいう親子面はやめてくれ」
はっきりそう言い切った。
「ああ。ヒーローとしてお前たちを見る」と返したエンデヴァーの目にも、轟と同じように覚悟が宿っていた。
ー
「救助、避難、そして撃退。ヒーローに求められる基本三項。通常“救助”か“撃退”どちらかに基本方針を定め事務所を構える。俺はどちらでもなく三項全てをこなす方針だ」
エンデヴァー、そして数名のサイドキックと共にパトロールをしながら、マジか、と梓は思わず口元をひくつかせた。
三項のうち、自分は“撃退”しかした事ないしそれも完璧ではない。
No.1レベルになると全部できないといけないのか、そりゃそうか、と眉間にシワを寄せる。
「管轄の街を知り尽くし、僅かな異音も逃さず、誰よりも速く現場へ駆けつけ、被害が拡大せぬよう市民がいれば熱で遠ざける。基礎中の基礎だ、並列思考、迅速に動く。それを常態化させる」
『並列思考かぁ……』
「そうだ、リンドウ。何を積み重ねるかだ。雄英で“努力”を、そしてここでは“経験”を。山の如く積み上げろ。貴様ら4人の“課題”は経験で克服できる。この冬の間に、一回でも多く俺より速く敵を退治してみせろ」
そう言って動き出したエンデヴァーから離されまいと、梓も勢いよく地面を蹴った。
壁を蹴り、つたい、空を飛び、風を操作してエンデヴァーを追いかける。
『速ぁ!?エンデヴァーさんめっちゃ速くない…!?』
思わず叫んだ梓に(叫ぶ余裕もないんだけど…!)と緑谷は顔をしかめた。
羽織をはためかせ1番前をガンガン進んでいくのは一番小柄な少女である。
風を操作する彼女が先頭をきる事で周りもスピードに乗ることができていた。
建物の隙間、障害物をスイスイと避けエンデヴァーを身失わず時には飛んでショートカットし距離を詰める。
そのルート選択のスピードはまさしく、頭で考えるより先に体が動いたという感じである。
スピードと行動力において才能+経験をこれでもかと見せつけられた気がした。
それでも結局追いつけず、エンデヴァーが当て逃げ犯を捕まえた後に到着したのだが、梓だけは息を切らしていない。
「梓ちゃん、凄いね…速い」
『でも間に合わなかった』
ぐっと奥歯を噛み締める少女にエンデヴァーがほう、と片眉を上げ「貴様、まだ加速できるな」と言うものだから緑谷はぎょっとした。
「そうなの!?」
『できますけど、周りをバチバチさせちゃいそうで』
「え、どういうこと?」
『雷と風の合わせ技だよ。風でスピードに乗るだけじゃなく、地面や壁を蹴るときに足に雷をドンッて凝縮して弾くように前に進むんだ。危ないから移動に使うよりは戦闘に使うことが多いけど』
そう言われ、ハッとする。
確かに彼女は戦闘の際、時々瞬間移動のような動きをすることがある。一瞬で目の前に現れるのだ。
あれを移動に応用すれば確かに速度は上がる。
「やってみろ」
『……まだコントロールがアレなので、時々雷が大きくなっちゃって近くにいる人がバチってなっちゃうんですよ』
「一般人の近くでやらなければ別にいい」
え、じゃあ僕らの近くでバチッてなるの?と緑谷が口元をひくつかせてエンデヴァーを見るが、目でお前らは我慢しろと言われた気がした。
静電気よりも痛いやつだけど大丈夫?と可愛い幼馴染が心配そうに聞いてくるが大丈夫なはずがない。雷だぞ。
大丈夫だよ、と言うか言うまいか緑谷が迷っている間、同じく漏雷の被害に遭う予定の2人が後ろで珍しく会話をしている。
「冬はギアあげんのに時間かかんだよ」
「爆豪気付いてるか?」
「てめーが気付いて俺が気付かねーことなんてねンだよ。何がだ言ってみろ」
「あいつダッシュの度に足から炎を噴射してる。おまえ見てたか知らねぇが九州でやってたジェットバーン、恐らくアレを圧縮して推進力にしてるんだ」
「俺の爆破のパクリだ。つーかてめ、今気付いたんか」
「ああ、全く遠回りをした」
ぐいっと轟が汗を拭っていると、「もう一つ言わせてもらえばあっちは大通りだ」すぐにエンデヴァーが動き始めた。
4人は敵の引き渡しをサイドキックに任せると、追いかける為に地面を蹴る。
「そうか…!火炎放射で逃走経路を絞りながら…!」
『えっ嘘そこまで考えてたの!?』
「先の九州ではホークスに役割分担してもらったが…本来ヒーローとは1人で何でも出来る存在でなければならないのだ。ちなみにさっきのガラス敵の手下も俺は気づいていたからな?」
『えっ凄っ』
「小っせェな」
「バクゴー、何が出来ないか知りたいと言ったな。確かに良い移動速度、申し分ない。ルーキーとしてはな。しかし今まさに俺を追い越すことが出来ないと知ったわけだ」
「冬は準備が、」
「間に合わなくても同じ言い訳をするのか?ここは授業の場ではない。間に合わなければ落ちるのは成績じゃない、人の命だ」
ギリギリで大型トラックと人との正面衝突を食い止めそう言ったエンデヴァーに、4人は思わずぐっと唇を噛んだ。今自分たちは間に合わなかった。エンデヴァーがいなければ人が死んでいた。
その事実を目の前に突きつけられ、梓は背筋がヒヤリと冷えた。
「ショート、バクゴー。とりあえず貴様ら2人には同じ課題を与えよう」
「なんで毎度コイツとセットなんだよ…」
「それが赫灼の習得に繋がるんだな?」
「溜めて、放つ。力の凝縮だ。最大出力を瞬時に引き出すこと、力を点で放出すること。まずはどちらこ一つを無意識で行えるようになるまで反復しろ」
「かっちゃん、徹甲弾と同じ要領だ!」
「なんで要領知ってんだてめー、本当に距離を取れ!」
幼馴染2人がそう話す間も、梓は目の前の事故から目が離せなかった。
じっと見て、強く唇を噛んでしまって血の味がする。
ぺろりと血を舐め、奮い立たせるように精神を安定させるように刀の柄を触る。
エンデヴァーがその様子を難しい顔で見ていたとは知らず、轟に声をかけられるまで梓はずっとそうしていた。
その後、街を観察しながら昼食を取る為、一行は高いビルの上に移動した。
「はい、梓ちゃん。チーズバーガーだったよね」
『いずっくん…じゃなくて、デク、ありがと』
わざわざヒーロー名で呼び直したものだから緑谷は目をぱちくりとさせた。そういえば、初めて呼ばれたかもしれない。
少し元気がないかな?と思い声をかけようとしていたところでの不意打ちだった。
「びっくりした」
『あはは、初めて呼んだ。いつも、呼ばなきゃって思うんだけど、咄嗟にいずっくんって呼んじゃって。だめだよね、インターン中だから慣れなきゃ』
「そうだね、僕も慣れなきゃ。リンドウって呼ばなきゃ」
『あはは、お互い慣れないねぇ』
少し照れ臭くなって笑い合っていると、ぴくりと轟が反応した。
「じゃあ、梓は俺のこと、轟くんじゃなくてショートって呼ぶことになるのか」
「アッなんかヤダ」
「なんでだよ。ヒーロー名なんだから別に良いだろ」
『ショートくん、うん、慣れないなぁ。かっちゃんも、かっちゃん!って呼んじゃいそう』
途中、爆豪がケッと悪態をつく以外は平和な会話が続く中「デク、」とエンデヴァーに呼ばれ、緑谷はぴんっと背筋を伸ばした。
「瞬時の引き上げが出来ている状態、そうだな」
「はい」
「意識せずとも行えるか」
「えと…フルカウルはできます。エアフォースはまだ…使う意識が…」
「ならばまずはエアフォースとやらを無意識で出来る様に“副次的な方”は一旦忘れろ」
「でも…並列に考えるじゃ…」
「そもそも誰しもが日常的に並列に物語を処理している、無意識下でな」
車の運転を例に説明され、ああ確かに、と緑谷は納得した。
「まずは無意識下で2つの事をやれるように。それが終わればまた一つ増やしていく。どれ程強く激しい力であろうと礎となるのは地道な努力の積み重ねだ」
「「「『……』」」」
「例外はいる。しかしそうでない者は積み重ねるしかない。少なくとも俺はこのやり方しか知らん。同じ反復でも学校と現場とでは経験値が全く違ったものになる。学校で培った物をこの最高の環境で体に馴染ませろ」
経験を基に偽りなく語られたエンデヴァーの本心は自分の心に深く刻まれた気がする。
噛み締めるように緑谷がこくりと頷いたの見ると、次はエンデヴァーの視線が梓に移った。
この4人の中で、彼女だけ具体的な指示が出ていない。
チーズバーガーをハムっと咥えたまま地上を見つめる少女は脳内でエンデヴァーの言葉を反復させているようで、
「リンドウ」
呼べば、その綺麗な瞳がふ、とエンデヴァーを見た。
「何を怖がっている」
『………』
怖い?梓ちゃんが?
信じられなくて彼女の方を見れば、図星を突かれたように罰の悪そうな顔をしていて、緑谷は息をのんだ。
内心どうかは知らないが、戦いの中で恐れているところを見たことがない。今日だって、特にそんなそぶりは見られなかった。
エンデヴァーは何をもってそう思ったのだろう、彼女は何を恐れているのだろう、と緑谷だけでなく轟と爆豪も食べるのをやめて梓の言葉を待つ。
彼女は悔しそうに噛み締めていた唇を開くと、
『…戦う事も傷つく事も怖くはありません』
きっぱり言う。嘘には聞こえない。
だがエンデヴァーは訝しげに眉を上げると「つまりそれ以外が怖いのか」と核心をついた。
『……、』
「何を考えている。話せ」
『…、』
ぐっと口を閉じた梓は感情を閉ざすようにエンデヴァーから目を逸らした。
その表情が、体育祭の時そっくりで、今度は爆豪の眉間にシワが寄る。
「テメェまたどろどろしたもん仕舞い込む気か」
『違う、そういうんじゃない』
「何が違ェんだよ!あ゛!?」
『違うんだよ、戦う事は怖くないの!怖いのは…、守れなかった時だ!!』
胸ぐらを掴もうとする爆豪をどん、と強めに押してそう言った梓は開き直ったように立ち上がると、テメェ何しやがる!と吠えそうな爆豪の口に残りのチーズバーガーを突っ込んだ。
「がふっ」
『雄英に入って、みんなと競い合うようになって前ほど怖くはなくなったけど、さっき目の前で見せつけられてゾッとした…、エンデヴァーさんがいなかったらあの事故は防げてなかった、守れなかったんだ』
「……」
『ああ、そうだよ。怖いよ。自分の力が足らずに、人を守れない事がとても怖い、だから、戦う事は怖くないんだよ!痛くても辛くても守護の為に刀を振りかざす間は守っていられるんだから!』
「…リンドウ、落ち着け」
『嵐での移動だって、コントロールミスって仲間に危害加えたら、とか、守るべき人を傷つけたらとか考えたら気が気じゃないし、もし何か一手を間違えたら、失敗したら、誰かの命が落ちるかもしれないと思うと不安でならないんです!』
そう叫ぶように言った少女に、周りは言葉を失った。
先程のエンデヴァーの言葉が思い出される。
“ここは授業の場ではない。間に合わなければ落ちるのは成績じゃない。人の命だ”
その意味を、深く、心の底から理解し恐れているのは、この子だったのだ。
幼い頃から人の命を守る事を第一義に考える生き方をしてきたからこそ、失ってきた歴史を、血で血を拭う争いを知っているからこその言葉だった。
『敵目の前にして戦ってる時の方がよっぽど怖くない…』
項垂れ、小さく縮こまった少女の背中を緑谷が遠慮がちに撫でる。
「梓ちゃん、前も言ったけど…僕が、いや僕らが一緒に守るから…、ね?」
『…わかってる。みんないる、私より強い人たちもたくさんいる、わかってるよ…でも、』
ギュッと強く膝を抱え込んで顔をうずめ、怖い、と泣きそうな声を出した少女に胸が締め付けられるようだった。
ずっと様子を見ていたエンデヴァーが大きな息をはく。
「リンドウ、」
『……』
「貴様のその“畏れ”は、トップレベルのヒーローが通る道だ。ヒーローとしての責任感が強ければ強いほど、その畏れは肥大する。その年で、そこまで怖がるとは…、貴様のそれはヒーローとしての責任感というよりは、守ることに対する責任感…なるほど、守護一族か」
そういえばこの子は、敵連合相手に囮になることも厭わなかった事を思い出し、エンデヴァーはため息と共に重症だな、と呟いた、
この子の守ることに対する責任感、東堂一族の言い方でいう“守護の意志”は生半可な物ではない。
それに加えて、自分が未熟であるという意識が強いせいで、余計に失敗を恐れるのだろう。
「自らの力足らずで人が死ぬ事が怖いか」
『……はい。でも、私ひとりで全てを守り切れるわけがないっていうのは、もうわかってます…だから、皆と一緒に守るって決めたんだし、』
「ああ、その通りだ。その為にこれだけのヒーローがいる。では、自らの失敗で人が死ぬ事が怖いか?」
『そりゃ、怖いですよ。でも、それでも前に進まなければ守れるものも守れないし、』
「そうだ、わかっているなら、思いっきりやればいいだろう。怖かろうが思いきれ、俺が貴様程度の未熟者のフォローが出来ないとでも思ったか」
『へっ?』
予想外の言葉だったのか、梓は素っ頓狂な声をあげてエンデヴァーを見上げた。
少しうるっとした綺麗な瞳が不思議そうにぱちぱちと瞬きする。
「なに、安心して失敗しろ。貴様が己が成長の為に思いっきり行動したとして、もし失敗しても、このエンデヴァーの仕事に何ら影響することはない!」
『……』
「いいな?」
『…怖いのを、のみこんで、任務をこなすしかないと思ってました。ずっと。怖いのは誰だって一緒だから、我慢して動くしかない、って』
「……」
『少し、肩の荷が降りました』
ミスったら、フォローお願いします、と少し恥ずかしそうに頬をかいた少女にやっとエンデヴァーは面白そうに口角を上げた。
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