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数日後

エンデヴァー管轄の街を車で走りながら九条は後部座席に座る4人をミラー越しに見た。
東、南、西、北の分家から召し上げた側近見習いたちを乗せて向かうは、エンデヴァー事務所である。

年明けの任命式からものすごい勢いで知識と技術を頭に叩き込んでいるので4人とも疲れ気味であるが、明日予定されている任務を前にして少し緊張した雰囲気が流れていた。


「ええと、明日の護衛任務の打ち合わせにエンデヴァー事務所へ向かっているのですよね?」

「そうだよ。明日の護衛依頼はエンデヴァー事務所との連携が必要なのだからね」

「何故そうも香雪は冷静なのですか…。わたくし、このレベルの護衛任務など初めてですよ」


南の分家で護衛はやったことあるが、あまり大きな規模ではないのだ。
不安げに資料に目を通す水澄に香雪は肩をすくめた。


「自分も大きな依頼は初めてだが、やることは変わらないだろう」


今回の任務は、敵連合や異能解放に対し厳しい見方をする政治活動家の街頭演説中の護衛だ。
近距離での護衛を東堂一族に、会場全体の護衛をエンデヴァー事務所に依頼すると先方から連絡があったので、その打ち合わせのために向かっているのである。


「近距離での護衛なら、我らの得意とするところ。難しくはないと考えるが?」

「うう…そうですけれど…」

「香雪の言う通りだ。大体、今回の任務は死穢八斎會の案件に比べればそこまで難しくはない。あの時は異常事態だった上に俺と水島のみ参戦するという少数精鋭だったんだぞ」


あの時に比べれば余裕だと言う九条に、あの案件に2人しか参戦できなかったなんて、ああここまで本家は人手不足だったのか、と4人は側近になってから何度目か分からない同情を抱いた。


(カナタ派が大きくなりすぎた事と、姫様が舞台袖に引っ込んだタイミングが悪かったのだろうな…。だからといって助力すらしないとは、守護一族の風上にも置けぬが)

(梓様だけでなく、九条殿も難しいお立場だったのだろうな)


助力が足りないのでは、と眉間にシワを寄せるハルトの隣では香雪が九条に対し同情する。

水澄やハルトは梓を認めているようだが、分家全体ではやはりカナタ派に軍配が上がる。
そのせいで、家が一つにまとまらず、彼女が本当に信頼できる身内はとても少なかったと聞いてはいたが、ここまでとは思っていなかった。

もっと早くに知っていれば、微力ながらも手を貸したのに。とハルトだけでなく水澄も唇を噛んだ。

その心情を察したように九条がミラー越しに笑みを漏らす。


「今後、力になってくれりゃそれで良い。継承式、任命式、と御当主は立派にこなしたが、お前たちも察しの通り、形を取り繕っただけとも取れる。4人には縁の下の力持ちのような存在になって欲しいと思ってんだよ」

「「「「……」」」」

「勿論、側近として仕える価値があるかどうかを判断してもらってからで構わんがな」


価値だなんて、どこまでもついて行きますよ、と目を爛々とさせるハルトや水澄の横で、香雪は少し難しそうな顔で顎に手をやった。


「随分な自信ですね。たしかに福岡の一件で、噂と違って勇ましい方なのだと考えを改めましたが、それだけではとても…」

「香雪、それだけではありませんよ!姫様は、」

「ああ、はいはいわかっている。ヒーロー殺しとの鍔迫り合い、敵連合への飛び込み、死穢八斎會の件、バンティッド強盗団の捕縛…話には全て聞いたが…水澄、其方も直接見たわけでは、」


と、その時だった。
道の先の交差点で大きな警報音が鳴った。


「なんだァ?」


渋滞の中、珍しいな、と九条が運転席の窓を開けたことで意識が引き戻された。
同じように4人は車の中から前方を確認する。
どうやら先の交差点で敵が出現したようだった。
まだヒーローは到着していないようで、九条は顔をしかめると、運転席から身を乗り出す。


「敵だって!?ヒーロー待ってらんねェなら、」


捕縛はできなくとも、ヒーローが来るまでの時間稼ぎは出来る。
九条が刀を持って運転席側のドアを勢いよく開けたのと、後部座席にいた水澄が窓から車の上に飛び乗り弓を構え、香雪と西京、ハルトが刀片手に車から出たのはほぼ一緒だった。
が、


「エンデヴァーが来たぞ!!」

「エンデヴァーだ!!」


九条達が出動するよりも早くヒーローは後ろから現れた。
熱風と共に物凄いスピードで現れたエンデヴァーに周りは歓喜の声をあげる。

そんな中、香雪はエンデヴァーの後ろをつかず離れずで追いかける少女を視界に入れ息をのんだ。


「梓様…!?」

「えっうそ!?どこですか香雪!?」


一気に水澄の上空を駆け抜けた群青の影。
雷光煌めき現れた少女が、雷(いかずち)のようなスピードでエンデヴァーを追随しているのだ。


「敵2体!リンドウ、援護しろ!!」

『はいっ!!』


息も絶え絶えではあったが、エンデヴァーに大きな返事をした梓は敵の1人が出した拘束用の網を細かく出した風の斬撃で全て叩っ斬ると、くるんと空中で方向転換をし、逃げようとしている敵の前に鋭い落雷のような斬撃を落とした。


ーダァンッ!!


その一瞬でエンデヴァーが2体にとどめを刺し、ノックダウンさせる。


「リンドウよくやった!続けてデク、ショート、バクゴーと共に周りを警戒しろ!まだ潜んでいるかも知れん!」

『は、い!』

「リンドウ、上あがんぞ!」

『かっちゃ、バクゴー、私こっち側見るから!』


足元に竜巻と爆破を起こしてブワッと高度を上げた2人の目が周りを見渡す。どうやら残党はいないようで、すぐに地上に降りた。

交差点に降りたことで、渋滞によってヒーロー達の姿が見えなくなって、香雪はやっと息をした。


「ハッ…なんだ、今の…」

「姫様だ…、やはりあのお方は混沌としたこの一族を照らす希望の光なのだ。あの“嵐”を使いこなし、エンデヴァーに遅れをとらぬスピード、そして戦闘眼、落ちこぼれだなんてとんでもない!ああ、僕はなんてお方に仕えてしまったのだろう…!」


歓喜の声を出すハルトに水澄が目を爛々と輝かせて頷く中、香雪は開いた口が塞がらなかった。
姿を見た瞬間息が止まるかと思った。
誰だ、落ちこぼれで軟弱で器ではないと言ったのは。
誰だ、仕える価値もないと吐き捨てたのは。

身の程を知れと陰口を叩いていた奴らは、あの人のあんな姿を知っているのか?


止まっていた息をふぅ、と吐き出す。
目の前に叩きつけられた当主の姿に動揺していれば、にっと笑う九条と目が合った。


「感情の整理はついたかい?」

「……目の前であの雷光を、エンデヴァーの指示以上の動きをする姿を見て、整理がつかない訳がないでしょう」


整理がついたというよりは、考えることを放棄したと言った方が正しいかも知れない。
きっと彼女は自分が出せる最高速度で守護のために生きる、そんな彼女に仕えるならば、カナタを押し上げるべきか、と葛藤している暇などないのだ。

九条は、側近の力がすぐにでも必要だと言った。
考えることを放棄し、あの子に付き従うしかないと香雪はスッキリした気持ちで腹をくくった。


「おやおや、やっと香雪にも姫様の素晴らしさがわかったようだね。随分と時間がかかったものだ。御当主として認めるのかい?」

「別に認めていなかったわけではないと前にも言ったはずだよ、ハルト。ただ感情の整理がつかなかっただけだと」

「そうですよハルト!姫様も、人を守る手を抜かなければ感情の整理がつくまで側で見ていればいいと仰っていましたしね。それより、頭の固い香雪が一目で感情の整理をつけるほどの圧倒的武勇!さすが姫様です!」

「ああ、水澄の言う通り、やはり僕の目に狂いはなかった。闇を切り裂く雷光は守護の意思そのものだ…!」


賛美するハルトはまるで宗教信者である。
元々、梓に対し好意的ではあったが、側近になりこれまでの活躍を知り、心酔度が増したような気がする。心酔してくれるのはありがたいのだが、少々煩いな、と九条は苦笑いだった。


「西京、お前は?」


吹っ切れた様子の香雪に満足した九条の目がもう一人のカナタ派家系出身である西京に向けられる。
彼は、感情が読めない無表情のままじぃっと雷光があった空を見つめていた。呼ばれ、その目を九条に向けると肩をすくめる。


「元より、側近として尽力する所存です」


お前は梓派か否かを問うたつもりだったが、そんな回答だったものだから九条は静かに眉を潜める。
「答えになってねェけどなァ」と咎めるような九条の声が聞こえなかったように、西京は車の中に戻った。


「…んー…有能ではあるが、大丈夫かァ?」


側近として尽力する所存なのは、香雪も一緒だった。しかし感情の整理がついていないと正直に言った彼と違って、西京は言葉でも表情でも本心が見えない。
九条の独り言のような呟きに、西京のお家事情を知る側近達3人は微妙そうな顔で顔を見合わせる。


「西京は、無派閥、しいていえば強ければ誰でもいい派であったわたくしやハルトとは違って、強くカナタ様を崇拝していた家の出ですので、複雑な立場なのだと存じます」

「ああ…それに、西京の親はあの毒殺未遂事件の被疑者で、本家に破門にされたと聞く。恨みを持っていたとしてもおかしくない。香雪、其方は西京をどう見る?」

「同じカナタ派とはいえ、西の分家と深い交流はないため詳しくは知らない。が、彼自身、自分が警戒される生い立ちであることは理解していると言っていたよ」


ほう、と面白そうな声を出したハルトに香雪は「元々アレは無口なので誤解を招きやすい。もう少し様子を見てはどうだ」と宥める。


「様子ねぇ」

「人手が足りないのはここ数日で身をもって知っただろう?西京は有能だ。すぐに切り捨てるのは悪手だと思うが?」

「ま、香雪の言う通りだな。ハルト、西京を警戒することが御当主の為になるとは限らんぞ」


九条の言葉にハルトは一瞬ぴくりと眉を動かすがすぐに取り繕うように「存じてます」と笑った。





パトロールや敵捕縛後、事務所に帰ってきた梓達は、フリースペースに入った瞬間どさっと椅子に座り込んだ。


『疲れたぁ〜…』

「はは…ほんと、限界超えて膝がプルプルだね…」

「…ああ、飯食いながら寝そうだ」


4人とも机に突っ伏したままもごもご喋る。
正直喋るのにも苦労するが、喋っていないと寝てしまいそうなのだ。
思っていた以上に厳しいインターンに一同疲れ果てていた。


「……オイ、チビ梓、昼間の交差点の敵…足止めすんなら普通の“嵐”で良かったろ。なんで、雷ベースにした?」

『ええ?だめだった?』

「ダメじゃねェ。理由聞いてんだよ」

『ええっとねぇ、たしかに嵐の方が早く斬撃飛ばす準備はできるんだけど、逃亡する敵の退路に鋭くピンポイントで叩き落としたくて…嵐は風が渦巻く分すこし狙いが定まりにくいから、雷ベースにしたの』

「そうかよ」


悔しそうに眉間にシワを寄せた爆豪に緑谷は苦笑した。
あのピンポイントの足止めは秀逸すぎて文句のつけようがない。
一瞬の戦闘的思考でこの子に勝る者はいないな、と何度目ながら感心していれば「おーっすお疲れ!」とバーニンが元気よく声をかけてきた。


『お疲れ様です、バーニンさん』

「うんうん、今にも寝そうだね、リンドウちゃん」


バーニンはくしゃくしゃと頭を撫でると、「さっき、明日のことについて君の身内と打ち合わせだったんだよね」と面白そうに笑ったものだから、梓は思いっきり顔を引きつらせた。


『え゛?』

「身内って、九条さんですか!?」


君も知ってるんだ、と緑谷に頷きつつバーニンは思い出すように頬に手を当てた。


「そうだよ。あと、九条さんのサイドキックみたいな人が4人いたなァ」

「梓ちゃんの側近の人たちだ…!」

「驚いたよ。リンドウ、君、あの都市伝説みたいな一族の当主だったんだねェ」


ウチの当主が世話んなってますって言われてびっくりしちゃった!と笑う彼女に梓はフリーズ状態である。
見兼ねた緑谷が「打ち合わせって何のですか?」と聞けば、バーニンは目をぱちくりとさせた。


「あれ?言ってなかったっけ?明日の護衛任務はアイツらと連携するんだよ」

「護衛任務って、さっきエンデヴァーさんが言ってた、政治活動家の街頭演説の護衛ですよね?東堂一族が加勢に入るんですか?」

「そゆこと!依頼があったらしくてね、政治活動家の側付き護衛がアイツらで、会場全体の護衛がウチらエンデヴァー事務所ってことになってる。まっ、近接格闘はプロヒーロー顔負けって聞くし、適材適所なんじゃない?」

『き、聞いてない……』


がくっと項垂れ『なんか参観日みたいでやだ…明日の護衛緊張してきた…』と呟く梓に爆豪が心配そうな面倒そうな複雑な表情で「やるしかねェだろが」とぐわんぐわんと頭を撫でた。


「んで、どうせだったら寮生活でなかなか会えない御当主に会いたいとか言うもんだからさ、仕方なくリンドウの部屋に通してるよ。会ってくれば?」

『えっいるんですか!?』


ますます嫌そうな顔である。
仕方なさそうに自分の部屋に向かった梓を緑谷たちは心配そうな顔で見送るのだった。





「お帰り」とニヤリと笑う九条と側近4人が部屋で待っていて、梓は思い切り顔をしかめた。


『なんで待つの』

「いいじゃねェか別に。それよりほら、着替え持ってきたぞ」

『別に事務所にランドリー設備あるからいらないよ』

「じゃ、これは?打ち立て切れ味抜群の打刀」

『……いる、交換して』


やっぱな、と九条楽しそうに笑うのが悔しくて、受け取りつつもふいっと顔を背けたところで梓はハッとした。
この空間には側近が4人もいるのにずいぶん砕けた話し方で九条と接してしまった。あんなに隙を見せるなと言われていたのに、どうしようと顔を青くすれば九条もヤベッと口元を引きつらせていて。


(久しぶりにお嬢見て気ィ抜けちまった!)

(えっえっどうしよう。あんなに暫くは威厳を保つように言われてたのに!ていうか九条さんが先に崩してきたよね!?)


思わず2人で固まっていると、笑いを堪えたようにハルトが口元に手を当てた。


「我々のことは気にせず、いつも通りに振る舞っていただいてもよいのですよ。まぁ、未だ完全なる信頼を得ていない我々4人に隙を見せたくないという九条殿のお考えもわかりますけれど、正直言いますと、きっとお2人の関係…いえ、姫様派閥内の関係性は家族ほどに近しいものだと感じていましたから、驚きや違和感はありませんよ」

「ハルトの言う通りです!わたくしの南の分家とハルトの東の分家は、当主としての威厳や礼節よりも、強さの方を重要視しておりますから、少々威厳が崩れたところでどうってことありません。ああ、もちろん公の場ではあまりよろしくないのでしょうけど、そこは先日の任命式の時のように上手くなされるのでしょう?」

「ハルト、水澄…」


茶目っ気のある明るい瞳をぱちんとウインクした水澄に梓と九条はどうしよう、と顔を見合わせる。
2人が受け入れてくれることはなんとなく想像がついていたが、九条が心配していたのはカナタよりの2人の方だ。
西京と、香雪。威厳がないなどカナタ派閥でヒソヒソ言われ当主交代論が進むのが一番面倒なのだ、が。


「心配せずとも、少々態度が崩れたところで当主の器ではないなどと言う者がいれば、それはただの足枷程度の存在に過ぎぬと思いますよ」


香雪の優しい笑み、そして、無言ながらも控えめに西京が頷いたことで梓はホッと息をつくと九条を見上げた。


『だってさ。良かったね』

「…おう、わりィな、お嬢。俺が先に崩したからつられたろ?」

『見事につられた』


ぷくっと頬を膨らませば、九条がブスになってんぞ、と笑う。それがいつものやり取りで、2人であははと笑い合っていれば何故かハルトがパッと手で顔を覆った。


「姫様の素の笑顔を初めて…見ました…!」


まるで脳天を姫様の雷に打たれたような恍惚とした感情です!なんて、意味がわからない。
狂信者やべーと九条は顔を引きつらせつつ、目を丸くしている梓の視線を彼から逸らすために「そういやお嬢、聞きてェことが」と持っていた本を彼女にちらつかせた。


『ん?』

「この本、お嬢のベットに置いてあったんだが、どうしてまたこれを?」


ホークスがくれた“異能解放戦線”という本だ。
蓋をしていたもやもやがぶわりと溢れ出そうになって、別れ際のホークスの表情が脳裏に蘇る。


『………ホークスさんが配ってた。これからの指針となるって』

「へぇ……なに、あの人泥花市民抗戦に触発でもされてんのか。そういうタイプじゃねェだろ」

『うん……、まぁ』


後ろで水澄が「No.2ヒーローと本の貸し借りをするほど深い交流があるのですね!?」と誤解しいるのを無視して、九条は厳しい目を梓に向ける。


「なんだ、その消化不良な顔は」

『………だって、』

「気になることでもあんのか」

『うーん…あるっちゃあるけど、ちょっともやもやしてるだけ』

「話しとけ。お嬢のもやもやは直感に近い。なんかあるかもしれねェぞ」


有無を言わさない目に観念した梓は、ちろりと九条を見上げ、興味深そうにこちらを見る4人を見渡し、むすっとしたままゆっくりと口を開き、もやもやを吐露し始めた。


『この前、ホークスさんに会った』


九州ぶりの再会だったこと。
まだ1ヶ月くらいしか経っていないのに雰囲気が変わっていたこと。
異能解放戦線についてこれからの指針だと布教していたこと。
そして、接触を拒まれたこと。


『…最初は、何か嫌われることをしただろうかと思ったんだけど、そうではない気がして。私は今度こそ、あの人の考えを汲み取った上であの人の望む行動をしないといけないと思うんだよ。一度、失敗してるので』


でもそれがわからずもやもやとしているのだと目を伏せれば、黙って聞いていたハルトが考えるように顎に手を当てながら目を瞑った。


「うーん…姫様、大変申し訳ないのですが、情報が足りません。僕からいくつか質問させていただいても?」

『あ、はい』

「では、遠慮なく。姫様、最後に仰った1度目の失敗とは、九州の一見のことですか?僕たちはあの件について、詳しくないのですが、裏で何か取引などがあったのですか?」

『…あの日私は、ホークスさんに会いに急遽九州に向かったんだけど、それは、私を敵連合の囮として使ってもよいと伝える為だったんだ』


ひゅっとハルトが息を飲み、じっと聞いていた西京が目を見張った。


『結局断られたけどね。“確かに君を囮として使うことも考えたことはあるけれど、この一件での戦いぶりを見てそれはできないと思った”と言われた』

「えっ、何故ですか。ご立派だったではないですか!」

「ハルト、梓様の話の腰を折るな」

「あっ申し訳ありません」

『いえ、大丈夫です。ホークスさんには、私を囮として使う心の余裕がないそうだよ。私が、自分の命を駒のひとつとしか思っておらず、大義のためになんでもするから。敵連合に対して最善を最速で選択するためには犠牲も必要だと思ったが、それは私ではないと』


目を丸くして言葉を失った側近たちに、えっ大丈夫だろうか?とちらりと隣の九条を見れば彼は続けろ、という目をしていたので梓はまた口を開く。


『つまり、私の訪問は失敗だったんだ。私はホークスさんが思う囮にはなり得ず、むしろ守ってもらうこととなった。別れ際、囮となることが守護一族の使命ではない、弱気な発言だと言われ、ああ確かに本来であれば彼の隣に並ばなければいけないのだと思って強くなる為に頑張ってきたつもりだけど、』

「今日再会したホークスの様子がおかしく、拒絶されたように感じ、その中に自分が汲み取らなければいけない何かを感じたと」

『九条さんの言う通りだね』


今の今までずっと喋らなかった古株の側近が死んだ目でそう後を紡ぎ、側近たちは一瞬驚いたような顔をしたもののすぐに考えるようにうなり始めた。

暫くして、やっとハルトが口を開く。


「かつてホークス殿は、姫様を囮にすることも考えたが、それは俺には無理だったと言っていたんですよね?つまり福岡の一件の時期、彼は敵連合に対して囮を使って潜入捜査をしようとしていた、もしくはしている最中だったということでは?」

『……』

「それにしては荼毘との遭遇で動揺がなさすぎる」


疲れたように首を振ってそう言ったのは、ずっと黙って聞いていた西京だった。
まさか彼が発言すると思わずハルトや水澄と一緒に目を丸くしていれば、香雪に「西京は元々情報収集や分析に秀でた者ですよ」と言われ、ああそうだった、と思い出す。

ゆっくり考えて、梓は確かに西京の言う通りだと思った。
あのときすでに通じていたのであれば、自分を守るような行為はご法度だったはず。
そう思って頬に手を当てていれば「1ヶ月前のことを考えてもしょうがないでしょう!」と強制的に思考を終わらせる明るい声で水澄がパン、と手を叩いた。


「それより、今の事を考えましょう。姫様曰く、先日のホークス殿は前にあった時と少し違っていたのでしょう?牽制されたのでしょう?ならば、ホークス殿がなにかの監視下に置かれていて、姫様を守るために行動したという事じゃなくって?」


確かに、昔のことを考えても仕方がない。さっぱりした水澄の思考にほう、と片眉をあげたのは香雪だ。


「水澄、其方…意外に頭の回転が早いのだな。1ヶ月前はどうであれ、現在No.2ヒーローであるホークス殿が何か敵連合が関係する事案に足を突っ込んでいて、その監視下に置かれているとすれば、梓様を牽制したことにも納得がいく」

「……成る程、もしやホークス殿は潜入するにあたって敵連合に梓様を攫うよう指示を受けているのでは?」


核心をついたのは西京だった。
あまり感情の宿らない目で不謹慎なことを言うものだから、隣のハルトに咎めるように睨まれている。


『確かに、その確率は高い、ね。でも、それであれば公安から学校に話がいって、ホークスさんとの接触が絶たれそうなのに。それなのに、インターンが必須科目になって私はエンデヴァー事務所に行くように公安から指示を受けることになったんだ』


どうしてだろう、と梓が頬に手を当てて小首を傾げれば、代わりに思案するように西京の目が鋭くなる。


「エンデヴァー事務所は公安の指示ですか。となれば、ますますホークス殿は難しい立場に置かれているのだろうと推測できます」

『どういう意味?』

「もしもホークス殿が敵連合に潜入し、逆にヒーロー側のスパイ行為を強いられていたとして、連合側から梓様を捉えるよう指示を受けていたとしましょう。それを怪しまれずに断るには、“親しい間柄ではない”“エンデヴァー事務所の庇護下にいる”と言えた方が彼にとっては都合が良い訳です」

「ほう、西京、其方案外やるね。では、それを直接エンデヴァー事務所に伝えずにわざわざ公安からインターンを指示させたことについてはどう解釈する?」

「ヒーロー達にも情報を流せないほど、内密に動いているということではないかと」

「つまり西京はこう言いたいわけだ、現プロヒーローの中に、敵連合に通じている者がいる、と」


ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたハルトに思わず西京は口籠るが、暫く目を閉じると、「で、あろうな」と言い切った。


「そうだろうね、僕もそう思う」


口角は上げているが据わった目で西京に同意したハルトは「中には、我らが姫を拐おうとする不届き者もおるやも知れないね」と低い声で呟いて、それに西京はこくりと頷くと、


「だからこそ、貴女が今エンデヴァー事務所にいるのは、都合がよいのだと思います」

『成る程…2人の考えは理解した。だけど、ひとつ腑に落ちないなぁ…。もしそうだとしたら、なぜ私の外部インターンが許可されたんだろう。だって、学校内に居た方が安全だよね?』


後ろで、大人しくする気ないくせにと九条に囁かれながらも疑問を述べれば、2人はうーん、と考えるように顎に手を当てる。


「…、確か、前回のインターンは…担任の教師であるイレイザーヘッドにインターンすることになったんでしたよね?」

『うん。今回、イレイザーヘッドではダメだと言われ、エンデヴァー事務所に行くことになったと聞いた』

「イレイザーヘッドではダメ?…彼が不審な動きをしたのか?いや、そうであればすぐに解任されるはずだし、彼は一番梓様を拐いやすい位置にいるにも関わらずずっと庇護してくれていると聞く…、何故だ」


ぶつぶつと独り言を漏らす西京の隣でハルトもうーん、と唸っている。と、ずっと後ろで見守っていた香雪がパッと手を挙げた。


「発言をお許しいただいても?」

『はい、香雪。どうぞ』

「単純に、強くなってほしいのでは?」

『へ?』


少し優しい笑みを浮かべてそう言った香雪に梓は素っ頓狂な声をあげていた。


「梓様の自衛能力を高める為に、お国の為に、守るべきものの為に。学ぶ機会を奪う訳にはいかなかったのではないですか?」


確かに、そうかもしれないと思った。
だからホークスは最後、あんなに優しい顔をしたのだ。頑張れと、強くなれ、と目が語っているようだった。
思わずぐっと唇を噛み、彼の伝えたかったことを噛みしめる。


『……、強くなるように、言われていたのか』

「自分の憶測なので、ホークス殿の真意はわかりませんがね」

「香雪の見立ては、あながち間違っていないかもしれませんよ、姫様」


肩をすくめた香雪を肯定しつつハルトがひょいっと視界の真ん中に現れた。茶目っ気のある明るい瞳が細められ、ぎらりと光る。


「気づいておられますか?此度の全生徒強制インターンはまるで、学徒動員のようではありませんか。信じられないことに、このヒーロー飽和社会で、ヒーローが足りなくなる自体が予測されているのですよ。加えて、我が一族に対する中央集中命令…。これはどでかい動乱が来ますね!そして、恐らくヒーローの中で1番深い情報を持つのはホークス殿ではないかと存じます」

『ハル…なんでそう思うの?』

「ホークス殿が布教している本。“異能解放戦線”でしたっけ」

『あ、はい、そう。それについても気になってたんだ。確か昔の文献で見たことがある…』


あとで水島さんに聞こうと思っていたのだ。
こくりと頷けば、ハルトは少し難しい顔でとんとんとこめかみを叩きながら目を瞑った。


「ええ、僕も見たことがあります。とても。そこに此度の動乱の足跡が隠されているような気がするのですよ。姫様、」

『はい』

「鍵はホークス殿の本です。動乱への備えをする為にも、此度の一件について、我ら側近で調べてもよろしいですか?ああ、もちろん深入りはしません。一介のヒーローにさえ情報が遮断されているデリケートなものを横から引っ掻き回すと困るのはホークス殿でしょうから」


とんとん、とこめかみを叩いていた手を止めニコッと笑ったハルトに思わず梓は目を丸くした。
なんだかとても頼りになる。いつも九条や水島に頼ってしまうのだが、彼らが大変なのはわかるので、最近は遠慮していたのだ。
ハルト達側近が調べてくれるのならありがたい。
正直、自分で調べるよりも確実で速いと思うし、何より自分は強くならなければいけないのだ。
二足の草鞋でエンデヴァー事務所のインターンは熟せない。

思わず、ふ、と息をついて笑い、『任せました、ハル』と言えば彼は少し目を丸くして、すぐに嬉しそうに顔を破綻させた。


「喜んで!!」

『西京も、一緒に考えてくれてありがとう』

「いえ、俺は別に…」


側近として当然のことをしたまでです。と、少し恥ずかしそうに俯いた西京に九条は珍しそうなものを見るような目を向けるのだった。
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