157年明け早々の側近任命式
大晦日を実家で過ごし、年が明けた。

1日ぶりに寮に戻ってきた梓達だったが、次の日の夜には側近任命式が行われるとのことで至急相澤に8人分の外出許可申請が出された。

メンバーは、梓と心操、そして、緑谷、爆豪、轟、耳郎、麗日、切島である。
今回の目的が仮免ヒーローとしての後ろ盾のアピールになるため、少しでも名と顔が売れている者や有名事務所でのインターンを積んだ者が選ばれたのだ。耳郎は索敵要員である。

無事メンバーの了承も得られ、相澤から外出許可が
出され、彼もまた、プレゼントマイクと共に生徒たちに護衛兼同行をすることとなった。





守護一族の側近拝命の儀が見れるなんてなァ、とわくわくを顔に出すプレゼントマイクの隣で相澤は仏頂面である。

彼はギリギリまで悩んでいた。
中央からの命令、生徒の安全、そして梓への配慮の間で揺れ動いていて、どうやら弟子の一言で腹を括ったようだった。


「守護一族ったって、東堂に反発的な態度を取る奴らもいる。警戒は怠るなよ」

「何回目の忠告だよ。しつこい男は嫌われるぜ!」


楽しもうぜェ!とはしゃぐマイクに青い顔をした梓が『楽しめるわけない。緊張で吐きそう』と首を横に振った。
隣の心操も硬い表情をしている。

自分たちはあくまで同席するだけだが、2人は当事者なのだ。
あるじと、その筆頭側近となることが決まっている眷属。
いつでも眷属降りていいからね、降りないっつってるだろ、と何度目かわからない言い合いをしている2人の頭の上にぽん、と手を置く。


「……、まァ、堂々としてろ。特に心操」

「『はい…』」


返事は重かった。





本家はざわざわと騒がしかった。
少数とはいえ東西南北から一族の者が集まっているのだ、無理もない。
混乱を招かぬように、とあらかじめ九条から教えられていた隠し通路を通って屋敷内に入る。
この隠し通路は当主の部屋の隣の空き部屋につながっているらしい。

ギィ、と重い木の扉を押せば、待ち構えたように水島がいた。人の良い笑みで、掌と拳を合わせて一族独自の最敬礼をしている。


「御当主、ご帰還を喜ばしく思います!」

『…………え?水島さん?』

「おう、昨日ぶりだな。まさかこんなに早く会えるとは思わなかったぜ」


突然かしこまるから誰かと思った、と目をぱちくりとさせれば水島は肩をすくめる。


「一応、各分家の前だから今日はキチンとしとけって九条さんに言われてんの。その練習!びっくりした?」

『びっくりしたよ。態度元に戻ってるけど』

「へへっ、人前に出るときゃちゃんとするさ。お嬢も、俺らの前ではいつもの砕けた態度でいいが、儀の際はきちんと、な?」

『……わかってる。作法は叩き込まれてる』


取り繕うことなら継承式の時に経験済みだ、と口の端をあげれば上々、と水島が満足げな顔をしたあと、周りを見渡す。


「イレイザーヘッド、いつも迷惑かけてすみません。正直、八方手詰まりだったので、あなたやお嬢の御学友の提案に甘えさせてもらいます!」

「ああ」

「えっと、顔を合わせちゃいるが自己紹介はまだだったな!俺は、幼い頃からお嬢の側にいる、水島といいます!」

『水島さんは身の回りの世話だったりご飯を作ってくれたり、心操の稽古につきあってくれたりしてたんだ』


九条さんより優しいよ、とアピールポイントを重ねる梓に水島は苦笑しつつ、心操を手招きする。


「さて、急がねェと。心操、正装に着替えてこい。お嬢もな。後ろ盾となる客人は俺が対応するよ」

「はい」『はぁい』

「稽古場方面にゃ人が多いから気をつけな。隠し扉から向かうといい」


了解、と頷いて部屋を出て行った2人を暖かい目で見送ると、水島は改めて周りを振り返った。

明確に、雰囲気が変わった。

優しさの中にも、見定めるような雰囲気を持つ目で1人1人を見つめていく。


「No.1の息子であり将来有望な轟君、敵連合にも屈せずこちらも将来有望な爆豪君、ナイトアイ事務所のインターン生であり死穢八斎會討伐の功労者である緑谷君、そしてリューキュウ事務所のインターン生である麗日さん、ファットガム事務所のインターン生である切島君、そして…お嬢の友達の耳郎さん、か。成る程、後ろ盾となり得るメンツが揃っちゃいるが……」


何かいいたそうな顔でちらりと耳郎を見る水島に相澤は肩をすくめる。


「人選はこちらに任されていたはずだ。一応、顔の売れている奴らを連れてきた」

「へぇ…」

「耳郎については、諜報活動によって派閥の動きを探ってもらおうと思って連れてきた。本人の強い要望もあったしな」

「成る程、理解しました」


ぽん、と手を打った彼は先ほどまでの見定めるような雰囲気を消すと「此度は同席感謝いたします!」とあっけらかんと笑った。


「で?どうすればいい?」

「任命式は本家の最奥の間で行います。最奥にお嬢、その後ろに心操と九条さんが立ち、中心に今回側近として召し上げられる予定の4人がお嬢と向かい合って横一列に並んだところで任命式は始まります。関係者は脇に並んで座るんだが…この位置に、皆さんの座る場所をキープしています」


最奥の間の図面を見せながら具体的に説明をはじめた水島に相澤はぴくりと眉を動かす。


「結構奥だな…」

「奥であればあるほど、お嬢が懇意にしてるってアピールになるんスよ。任命式が始まりゃ静かになるが、それまではざわつくし、好気の目で見られると思う。悪ィが耐えてください」

「事前に各分家に後ろ盾の存在の話はしてるんだろう?」

「してますよ。未来のヒーローだと。ただ、誰が来るかは公にしてねェからな…メンツ見てビビるかも知れねェし、人によっちゃやっちまったと思うかもな」

「やっちまった?」

「今日側近に召し上げられる予定の人物を見るに、まァ、及第点なメンバーが集められちゃいますが…、正直まだ強くて影響力のある奴がいる家もある。まさか、これだけの仮免ヒーローが後ろ盾になると考えるとは…、恩を売っていればよかった関係を強固にしていればよかった、と思うやつもいるかもしれんでしょう?」


有名ヒーロー事務所のインターン生ってのは、箔がつきますからね。と彼は笑う。
後ろ盾もない状態で、害を成す者や足手纏いになるような者を押し付けられるような形で側近を選ばずに済んで良かった。

東西南北一つになるために召し上げるのに、そんな奴等が来たらこちらもたまったもんじゃないのだ。


「少しでも梓ちゃんの力になれたんなら良かった!」

「緑谷君、少しじゃねェ、かなり力になった。そしてこれからも、だ」

「これから、ですか?」

「正直ヒーロー界隈が後ろ盾となるなんざ前例がねェが、君らのおかげでお嬢を舐めている奴らの意識を変えることができるかもしれん。この代はとんでもない事になるぞ、守護一族の栄光が復活するぞ、ってな!その印象を強くする為にも、この後の任命式が重要になる。第一印象が一番大事だからな」

「具体的にどうすれば、僕たちが梓ちゃんの味方だって強く印象付けられるんですか?」

「そりゃあ勿論、色だ」


口の端を上げた水島は懐から群青の絹布を取り出した。


「群青は代々御当主が纏う事となっている。この色のものを身につける事で、自分は現当主派だということを公にアピールできるっつうわけだ!わかりやすくていいよな」

「成る程、梓のヒーローコスもこの色だもんな!」

「そのスカーフをもらって身につければいいんですか?」

「おう、麗日ちゃんの言う通り、どこでもいいからこのスカーフをつけてくれるとありがたい。ついでにイレイザーヘッドとプレゼントマイクも」

「は?」

「確かに!プロヒーローまで後ろ盾となるなんて箔がつきますね!先生がた、お願いします!」


梓ちゃんのためなんです!と懇願されて断れるほど相澤は心が強くなかった。なんだかんだ甘いのである。ちなみにプレゼントマイクはノリノリで腕に巻きつけていた。




最奥の間。
入室した瞬間、ざわつきが大きくなる。

前を歩く水島について行く中、たくさんの好奇と警戒の視線が刺さり相澤は顔をしかめた。


「次代の御当主を認めんとする次代のヒーローだと聞き及びましたが……あれはエンデヴァーの息子ではありませんか…?」

「誰も彼も少なからず有名なヒーロー見習いでは…?御学友というだけで後ろ盾にまでなるものなのか?」

「お人柄に惹かれたのではないか?梓様はお優しく真っ直ぐな方だと聞いたことがある」

「だからといって…。プロヒーローも2人いらっしゃるようですが、彼らは、この場で群青を纏う事がお嬢様の強さを保証する事なのだと理解されているのでしょうか?」


純粋に驚く者、目を輝かせる者、訝しげな顔をする者、様々だった。
ここで待て、と水島に合図され、確保されたスペースに座る。真向かいに並ぶ強面の男たちと目が合い、ぎろりと睨まれ思わず緑谷は「ひいっ」と声を漏らした。

「狼狽えんな」と爆豪に悪態をつかれ、思わずごめんと謝る。対抗するように目を合わせフン、と相手を鼻で笑った相澤に、伊達に九条さんたちとやり合ってないな、と感心した。


そんな話をしている内に、カラーン、カラーン、と澄んだ鐘の音が鳴り響いた。任命式の開始を知らせる鐘だ。
控えていた泉によって大きく扉が開かれると、最奥の間内が一気に静かになる。

袴を着、刀を携え強張った表情で入室してきたのは4人、内1人は女性だった。先頭は九条である。
ああ、奴らかが側近候補か、と見定めるように爆豪の目が鋭くなる。

4人が定められた場所で立ち止まり、九条が室内を大きく見渡し、口を開く。


「我が一族第24代目当主である、梓様のご入場であります」


その声とともにもう一度扉が開いた。
月の光輪が射す。群青と檸檬の紋付き羽織に僅かばかり装飾された金糸がきらりと光る。

凛とした表情で前を見据える梓は、後ろに心操を従えている。

ざわり、と空気が揺れる。
彼女は殺気のような威圧のこもった目で一点を見つめると、洗練された立ち振る舞いで歩を進めはじめた。

いつもの梓ではなかった。
よく笑い、ふざけ、少しおっちょこちょいでガサツなところがある梓ではない。

別人のような雰囲気は周りを威圧し、引き込ませた。
強者であると頭にすり込ませるような雰囲気だった。


「っ……」


必要だったのだ。きっと。

彼女にとってこの空気を纏う事が必要だった。優しさや柔らかい雰囲気で東西南北の意志はまとめられない。体育祭の汚名を挽回をする為にも、あの頃とは違うのだと印象付けなければいけない。

ちらりと緑谷が周りを見ると、圧倒されるような表情をしている者もいれば、全く表情を変えずに見定めるような目をしている者もいた。
なるほど、一筋縄ではいかないらしい。


「梓ちゃんじゃないみたいやね…」

「これが家ん中での梓かァ…」


戸惑い、感嘆。
息を飲んでポツリ溢した麗日と切島は梓をひたすら目で追っている。

音を立てず、周りを威圧するような雰囲気のまま跪く側近候補4人の間を抜けると、最奥まで行ったところでサッと振り返る。
羽織がひらりと舞った。

合わせて九条の声が間に響く。


「只今より、24代目当主の側近任命式を執り行います。召し上げるは東西南北の御意志。これは、中央からの召喚命令よる緊急措置でございます」


場がざわついた。
中央からの召喚命令なんてここ最近になってから無かったのではないか、無個性の義賊のような我らにまた中央が目を向けたのか、と驚きと戸惑い、信じられないという目で前を見据える梓を見ている。
側近たちも同じだった。
跪き、たれていた頭を上げてポカンと口を開けていた。


「言ってなかったのか…」


根回ししとくべきだろうと呆れたように声を出す相澤に隣のマイクは、奴なりの考えあってじゃね?と片眉を上げる。
九条は続けた。


「東の分家、西の分家、前へ」


両端の青年2人が弾かれたようにサッと前に出る。


「彼らは情報の収集操作に秀でた者達です」


東の分家の青年は、驚きの中にもにこにこと喜びの色が混じっていて梓は少しだけ安堵した。穏やかな雰囲気の中に茶目っ気を感じる明るい瞳だ。
対して西の分家の青年は、あまり表情が動かず寡黙な雰囲気を感じる。


「御当主、発言をお許しください」

『許します』


家柄など、九条から諸々の説明が終わったあと、スッと前に出てきた東の分家の青年に梓が発言を許せば、彼はホッとしたようににこりと笑った。


「一年前…次期当主が…、嵐を継ぎかの有名な雄英高校に入学が決定いたしたと拝聴して以来、我が分家に対する側近の召し上げを今か今かと心待ちにしておりました。お仕えできることを嬉しく存じます」


まさかそんなことを言われると思わなかったのだろう。新しいタイプの側近に思わず素の表情が出そうになったところで慌ててキリッとした表情に戻す彼女を見て、耳郎がくす、と笑う。


「慌てて取り繕ってやんの」

「うん、でも東の人はいい人そうで良かったわぁ」


『ありがたく存じます』と梓が言う中こそこそと話しているうちに、九条に呼ばれた南と北の分家がサッと前に出た。
九条の説明では、戦いに重きを置く分家の出のようだった。


「南の人、女の人やん。一族関係ではじめて女の人見た」


麗日の驚いたような小声に緑谷もこくっと頷く。
南の分家、と紹介された女性は明るいウェーブがかった髪を高い位置に一つにまとめており、最敬礼をしたことでふわりと髪が揺れた。
その目はキラキラと梓を見上げている。

隣の北の分家は表情を変えなかったが、見定めるように梓を見ていた。


『宜しく頼みます』

「「はっ!」」


2人が頭を垂れたところで側近のお披露目と任命が終わり、九条が一歩前に出る。


「“東西南北の意志を中央に”それが命(めい)であります。各方の分家は、ゆめゆめお忘れなきよう。御当主、前に」


側近を見下ろしていた梓は、九条の言葉を合図に顔を上げ周りを見渡す。


『……世は混沌としています。分家であれど…意志を継ぐ者なら肌でわかるでしょう』


澄んだ声が、鈴のなるような声が最奥の間に響いた。
ざわついていた空間は真と静まる。
威圧が求心し、声が前を向かせたのだ。


『私は……みなも知る通り、敵連合と2度、相見えました。奴らの闇は、この目で確認したつもりです』


憂うように一瞬目を伏せるがすぐに上がる。


『敵連合だけではない。守るべきものを害する大きな悪意が渦巻いていますのを感じるは、本家だけではない筈』


試すような目だった。
今まで当主を見定めようとしていた人々がぴくりと反応する。新しい当主が器に足るかを見る為にこの場にいた者たちは、面食らっていた。
まさか、自分がその目を向けられるとは思わなかったのだ。

梓が口の端を上げる。強い光を放つ目が全ての方角をじっと見る。

始まる前の雰囲気から、身内に見定められ試されてるのは彼女の方だったはずなのに、立場が逆転したような空気だった。


『多くは語りません』


察せるだろう、この混沌とした世情を。

彼女は背負っていた大太刀を両手で下向きに持つと、鞘ごとドンッと床に打ち付けた。


『意志を吊り上げよ!!』


静まり返る空気を切り裂く大きな声が響く。思わず緑谷は肩を揺らしていた。仲間たちは食い入るように梓を見つめている。


ードンッ

『守護の道を歩む我らに力を!!』

「「応!!」」


九条と水島、そして泉の呼応する声が響く。
ドンッ、とまた床につかれた大太刀からバチッと稲光が起こる。


『武での勝利が守る道なり。何者にも負けぬ強い意志を!』

「「「応!!」」」


次は東と南の分家の者たちも掛け声で答えた。
梓が祝詞のような口上を声にしていく事で徐々に空間の温度が上がる。会場が、呼応し始めていた。


『誓え!!!』

「「「応!!」」」


全体が震えるようなほど大きな呼応は、派閥など関係なく聞こえてきた。無意識のうちに答えていたのだ。

試すように見ていた者たちも、稲光が走り、大太刀が青く輝くことで、ああ、この方は嵐を巻き起こすお方だ、と唇を噛む。


『私は害なるものをこの雷で打ち砕く。其方らは、私の後ろを取りこぼしなく守ってみせよ』


試すように梓の口の端が上がり、任命式は終わった。

_158/261
[ +Bookmark ]
PREV LIST NEXT
[ TOP ]
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -