156中央からの指令
クリスマスパーティーの片付けが終わり、教師寮に帰るエリと相澤を見送ろうとしていたとき、ビーッビーっッと梓の携帯が鳴り本人も含めぎょっとした。


「なんだ?」

『緊急性が高い時の、九条さんからの着信音…あ、メールだ』


そんなサイレンみたいな音にするなよ、と瀬呂が苦笑する中、“九条からの緊急連絡”という言葉に相澤の表情が固くなる。
彼は、夕方の九条からの電話を思い返していた。


「東堂、奴は何と?」

『えーと…取り急ぎ、添付している国からの通知の確認をしてほしい、読む際は心操を呼び出せ、と。どうしましょう、先生』

「心操は、エリちゃんを教師寮に送った後俺が呼んでくる。それまで待っていろ、いいな?」

『待つのは構わないですけど、いいんですか?もう外出時間過ぎてますけど』

「夕方、九条からおそらくその通知の件で連絡があった。今回は事前情報があったことを考慮し、特別に認めてやる」


そう言って足早に去っていった相澤に、梓は少しだけ不安げな顔で携帯をじっと見下ろしていた。

暫くして、突然A組の寮に呼び出された心操が相澤とともに寮内に入ってきた。


「急ぎの用事って?」


俺、ヒーロー科の寮に来るの緊張するからあんまり呼ばないで欲しいんだけどな、と眉間にシワを寄せる心操に冷たいな!と彼の主上は嘆く。
彼女の手には携帯がぎゅっと握られていた。


『心操と2人で読めって言われてるの!九条さんからのメールに添付されてるデータ?通知っぽいらしいけど…』

「は?通知?」

『中央からの指令かな?なぜかは知らないけど』

「嫌な予感しかしないんだが。稽古場で読んでも良かったんじゃないか」

『それが、少なからず文献が揃ってる寮の方がいいって。勉強に送ってくれてる書物は全部私の部屋だから』


後ろからのそりと現れたイレイザーヘッドに、『連れてきてくれてありがとうございます』と礼を言うと「出来れば九条に自重してほしいがな」と疲れた顔をする相澤に思わず反射で謝った。

が、逃げ場を無くすように2人に両脇に座られ、クラスメイト達から「また一族案件だってよ」「あの2人も大変だねェ」と生優しい目で見られながら携帯のデータを開封し中を読んでいく。

その内容に、梓は青ざめた。


『は…!?』

「何?」「どうした?」

『東西南北の“意志”を中央に集めろぉ!?無理だよ!』


悲鳴のような声が寮内に響いて心操は何事だと目を白黒させた。
一族案件でこれほど動揺しているのも珍しい。
ちらりと相澤を見れば彼も訳がわかっていないようで首を傾げている。

自分はショックを受けているのに周りがついてきていないことに気づいた梓は相澤と心操を交互に見ると、「ちょっと文献をとってきます!」と自室に駆け上がり、ばたばたと戻ってきて机の上に巻物を広げた。


『東西南北の“意志”を中央に。しかも召喚命令後の中央からの指示なればウチは争う選択肢はありません!』


焦りまくっている。
落ち着け。簡潔に。と相澤に言われ梓はすーはーと深呼吸をすると、瞳を揺らしながら携帯を見下ろした。


『要は、高校卒業後に行う予定だった事を前倒しにせよ、という命令です。私は当主の継承はしましたが、表舞台には出ていません。つまり、東堂一族を率いる立場の人間としてはまだ何にもしていないんです。体育祭以降一旦身を引く事にしたので…』

「ああ、それは泉さんから聞いてる。一族内には大きく分けてカナタさん派、先代派、強ければ誰でも良い派、そして梓派の4つの派閥があって、いつかはその派閥を一つにまとめて一丸となって国難に立ち向かわないといけないって耳にタコができるほど言われた。え、まさか……今からその派閥を一つにまとめるのか!?俺たちで!?」


ぎょっとした心操に梓は苦い顔で頷いた。
意志を中央に集めろとは、一族内の派閥を一つにまとめろということだ。言質を取られる事を嫌う抽象的な言い方は古来から相変わらずだが、そこを読み取る力は九条のスパルタ教育でついている。


「無理だろ!?」

『う〜、無理だ!でもやるしかない!』

「待て、お前達。カナタ派が一大勢力だったが、この前の件で勢いは削がれたし本人だってもうそのつもりはないはずだろ。それだけでも随分楽なんじゃないか」

『いえ、それは叔父さんとその側近の意識が変わったってだけです。それに、向こうは敵ではなくなったけど味方でもないっていうスタンスなので』

「加賀美は?あそこは有力者なんだろう?奴らがお前派になったことで少しは良い影響があるんじゃないのか」

『加賀美は金銭面で一族を援助する、いわゆる傘下の家なので、味方についてくれるのはありがたいけれど、それでも一族の人間って訳じゃないんですよ。関係者ってだけですね』

「……」

『一族は、主に本家と四つの分家で構成されています。直系や濃い血縁者は本家で、分家は殆ど血の繋がりが無かったり、薄かったりですね。超遠縁の親戚って感じです。カナタ叔父さんは父と仲違いした時に家を出たので、本家と分家の間のような感じです』

「…なるほど、理解した」

『一族のカナタ派閥自体はあの人を狂信しているところもあるんです。つまり、叔父さんが当主候補から降りたからといって、周りがそれをすんなり納得できるわけがない。今までだって、うるさかったのは叔父さんよりも叔父さんの周りだったと聞くし。人によっては私が死ねば家督が譲られると豪語する者もいるって。一時期は毒殺されるのも懸念していたと水島さんに聞きました。本来ならお手伝いさんを雇うけど、昔からあの人たちが食事を作ってくれているのはその為です』


首を振った梓に周りは絶句した。
自分が死んだら家督が譲られるだとか、殺されないから大丈夫だとか聞いてはいたが、具体的に聞く毒殺という単語に耳を疑う。
側近である彼らが梓の身の回りの世話を行う本当の理由を初めて知った。

予想はしていたらしい相澤は不機嫌そうに眉間にシワを寄せる。


「加賀美の一件で表立っての批判は減ったしカナタとの確執も無くなったが、取り巻き達はまだ、というわけか。確かに九条もそこは懸念していたよ。ただ、仮免としてヒーロー活動をしていくうちに、お前派が増えればおいおい解決するだろとは言っていたが…、そうも言っていられなくなったというわけか」

『それに、問題はカナタ派だけではないんです。東西南北に分家があり、守護一族の血を引くものがこの地域を守っているのですが…、うち西と北が叔父さん派、そして、東と南は、強ければ誰でもいい派、そして、本家が…お父さん派なんですよね、実は』

「「「味方少なっ!?」」」


聞き耳を立てていた耳郎達につっこまれ、梓はむうっと口を尖らせた。


『だって、ついこの前まで私派は心操と九条さんと水島さんだけだったんだよ!?泉さんだって助けてはくれるけれど実はお父さん派なんだから!』

「梓ちゃんのパパってもう亡くなってるのに派閥があるの!?」

『実子だから私のことは助けてくれるけれど、我が主人はあの人だけだ、と泉さんはよく言ってるよ。泉さんみたいに切り分けて考えてくれればこの派閥は纏めやすいんだけど、泉さんほど柔軟に考えてくれる人もそんなに多くはないからなぁ…』


葉隠の問いにうーん、と腕を組んだ梓に心操は泉の頑なな態度を思い出したのか遠い目になった。
ため息まじりに机に広げられた文献を引き寄せる。
東西南北の分家の位置と家柄や経歴が描かれている。
家紋は全て同じリンドウらしいが、着物の色は違うらしい。
群青に金糸が本家の証だと書いてあった。


「…派閥をまとめる方法っつったって…どうするんだよ」

「意志を中央に集める…つまり派閥をまとめるってことになるのか。ねぇ、梓ちゃん、要は君が当主として周りをコントロールできるようにならなきゃならないってことなんだよね?」


困ったように尾白が首を傾げ、おろおろと見守っていた緑谷が心操の手元にある巻物を覗き込む。


『うーん…うん、』

「前に、九条さんが言ってたもんね」


当主の守護の覚悟だけでは足りないのだと。
守護一族に期待や信頼を寄せる者からすればリンドウの家紋を背負えば皆同じなのだ。
何百年とリンドウの家紋は人を安心させてきた。
それは、その家紋を背負う人間に人を守る覚悟があったからだ。
だから、梓だけが強くても、梓の周りだけが連携できても、ダメなのだ。

リンドウを背負う者たち全てが一丸とならなければ。


「簡単なことじゃねえだろ」

「梓ちゃんが協力してって言ったらしてくれないかなぁ??」


眉間にシワを寄せる轟に葉隠が呑気にそういうが、耳郎はうーんと唸った。


「難しくない?一人一人に説得して回るってこと?」

「確かにそれは非現実的ですわ。先代はどうやってまとめたのでしょうか?」

『えー知らな、』

「ハヤテさんも最初は反発があったらしいが、各家から次代を担う者を本家に召し上げて、側近に登用したらしい」

『え、心操なんで知ってるの!?』

「俺も、一応九条さんから色々叩き込まれてるからね」

『側近として登用…父さん、思い切ったな…。でも確かに、口下手な父さんにはぴったりのやり方だ。守護の意志を体現することで、それぞれの次代を担う者をこちら側に取り込めれば、あとはその人たちが各方角束ねてくれるわけだし』

「味方かどうかもわからない奴をウチに取り込む危険性はあるが、その危険についてはそれこそ九条さん達を頼るしかないよな」


はぁー…、と大きなため息をつきつつ携帯を取り出し九条に電話をかける。
コール音が鳴る中、相澤にスピーカーにしろと言われ心操が大人しく従ったところで《はいはい》と疲れ切った九条の声が寮内に響いた。


「心操です。事情はわかりました。その上で九条さんに聞きたいんですけど、その東西南北の分家の次の代の者たちを本家に召し上げ側近として登用することって出来ます?」

《ほう?なるほど、ハヤテさんと同じ手を使うか。出来ねェことは無いが、ま、ちとハードルが高いな。理由は3つ。1つめ、次代を担う者とこちらが指定しても実際に選ぶのは分家だ。お嬢に対して害意のある者が選ばれる可能性だってある。2つ目、本家に召し上げたところで寮生活のお嬢の側近としての仕事は少ない。本家の仕事は山ほどあるが、それじゃあお嬢派になるキッカケにはならないしな。そして3つ目、お嬢には後ろ盾がないもんでな、側近としての魅力がない》

『言いたい放題じゃん。魅力がないってひどいな!?』

「そうだ。魅力はある」

『そうだそうだ!轟くんのいう通りだ!』

「体育祭で俺に負けて、敵連合に捕まって、インターンでの活躍は地上戦でクソほど目立ったデクやナイトアイの訃報に持ってかれて、バンディット強盗団の捕縛は映像もなく加賀美が望まなかったから大きく報道はされてねェ。一般人からしちゃ、そういう印象だろ」

『かっちゃんひどいけど正論!!』


しかめっ面のまま淡々と述べた爆豪に九条はそういうこと、と苦笑を漏らした。


《要は、当主としての器がなさそうな者に好き好んでついていく人間なんていねェ訳だ。お嬢の凄さはそばに居ねえとわからねェかんな。だからこそ、側近として登用して、わからせて味方に引き摺り込むっつう心操の考えは正解だが、欲しいと思ってる人材を登用できるかが問題なんだよなァ》

「先代の時はどうしたんですか?」

《先代は、先々代という後ろ盾があった上に、派閥も大きかったからな…》

「後ろ盾かぁ…それって僕たちでなることって出来ないんですか?」


緑谷がダメ元で聞くと、電話口の九条は黙り、梓と心操はぽかんと口を開けた。
きょとんとしている。おかしな事を言っただろうか?と不安になりつつ緑谷は続ける。


「かっちゃんも轟くんも期待の新人ヒーローだし、僕も少しは知名度があるし、相澤先生だっているし…。守護一族の当主としての実力を保証するための後ろ盾って事なら、ずっと隣で梓ちゃんを見てきた僕たちヒーロー予備軍でもいい気がするんですけど」

《………はぁー……なるほど。緑谷くんに頬引っ叩かれた気分だわ》


感心したような、眼から鱗だと言わんばかりの声音で九条がため息まじりの声を出す中、真顔の心操が「なんで気付かなかったんだ…」と落ち込んでいる。


《確かに、そうだな。お嬢の後ろ盾として、かの有名な雄英の仮免ヒーローは不足なし。ついでにプロヒーローもくっついてきてくれると尚よし!忖度と利害関係のない雄英高校の仮免ヒーローがお嬢の実力の後ろ盾となってくれりゃ、“あれ?もしかしてあの泣き虫成長したんじゃね?”と見る目を変える分家が出てくるはずだ!》

『泣き虫って!ていうか、ちょっと待って。家のゴタゴタに友達を巻き込みたくないよ!?』

「すでにお家騒動に巻き込んできといて何言ってんだ。今更だろうが」

「爆豪の言うとおりだな。お前の立場が良くなるんなら、その後ろ盾とやらになるぞ?」

「あ、ウチも。前に梓派になるって約束したし」


ばっさり切り捨てた爆豪を筆頭に轟、耳郎が続き、他の者も「俺もなるぞ」「私も!」とニコニコと手を挙げてくれるクラスメイトたちに梓は少しだけ頬を赤くするとぶんぶんと首を横に振った。


『ダメダメ!足突っ込んだら面倒だよ!?』

「アンタが言うなよ」

『心操もほら!ご遠慮して!』


なんでだよ、と前髪をかき上げながら心操は肩をすくめた。


「別に一族に名を連ねろって言ってるわけじゃない。ただ、後ろ盾っつうか、実力保証人みたいな立ち位置にいてもらえればそれでいくらかこっちは息がしやすくなる。ですよね、九条さん」

《その通り。ただ、まぁ…これにはイレイザーの許可が要りそうだよなァ。あいつ頭硬いからな。お嬢が小首傾げてお願いってすりゃ上手くいかんかね?だってあいつお嬢に甘いし》

「………あの、九条さん。イレイザーヘッドもこの場にいます」

《はっ!?》


がたん、と椅子を倒す音が聞こえその動揺が電話から伝わってきて思わず数名吹き出した。
きっと聞いていると思わなかったのだろう。
冷たい表情で携帯を見下ろす相澤に、表情が見えているわけでもないのに九条は《いや、あの、》とどもりまくっている。
珍しい九条に内心心操がスカッとしていれば、大きなため息の後に相澤が何かを悩むように腕を組んだ。


「………後ろ盾であることを対外的に証明するとなりゃ、側近の任命式だけでも同席が必要と考えるが?」

《あ、ああ…勿論。同席してもらうことになるな》

「この状況で外出許可…。面倒ごとばかり持ってきやがって…」


何かを考えるように眉間にシワを寄せたまま目を閉じた相澤に周りは懇願するような目を向けた。

梓は遠慮しているが、周りは(どうか同席を許して!)といった感じである。
彼女がこの大層な一族に振り回され困らされ重圧に押しつぶされそうになっているのは何度も見てきた。
その度に力になりたいと思ったが、なかなかそういう機会もなく、もやもやとすることが多かったのだ。

だが今回は違う。後ろ盾となれば梓が息がしやすくなると心操は言った。中央からの命令を遂行するためにも、後ろ盾があるのとないのとでは違うのだ。派閥をまとめるスピードだって段違いなはず。


「……、仮免とは言ってもまだ親の庇護下にある生徒を、余計な事に巻き込むわけには」

「後ろ盾になるだけですよ!?別に一族に名を連ねるわけじゃねェし、各分家から次代の人を側近に登用するキッカケになるだけじゃないっスか!」

「そうですわ。相澤先生、全員行かずとも、せめて数名でも行ければ、それだけで状況は大きく変わるのではと思いますの!」



切島と八百万にゴリ押しされ、相澤はますます考えるように眉間にシワを寄せる。


「だがな…」


ダメ押しとばかりに心操はずいっと前に出た。


「イレイザーヘッド、できるだけ早く、“東西南北の意志を中央に”集めないといけません。となれば、分家からそれぞれの有力者を側近として本家で登用するしか道はないんです。その有力者が本当に梓の力になれるのか、それとも害する目的で送られてくるのか、後ろ盾の有無が大きく影響してくると思われます」


力の籠もった心操の言葉に周りはうんうん、と強く頷く。
そこでやっと、相澤は重々しく首を縦に振った。


「致し方ない」

《よっし!心操よく説得した!すぐにでも任命式は開かなきゃならん。今から各分家に事情を説明して緊急招集をかけることにする。その際に仮免ヒーローが後ろ盾になることもそれとなく伝える。恙無く進めば任命式は年明け早々だ。お嬢の予定も考えると、インターン前にやっといたほうがいいだろうしな》

「……相当急だな…。仕方ない、俺とマイクで護衛する。同行するのは、6人までだ。お前らで選んでおけ」


渋々ではあったが心操の言葉が決定打になったらしい。
それだけ言い残して寮を出て行った相澤に、緑谷や耳郎はよし、と拳を握るのだった。

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