三十万打リク◆ヒーロー科の嫉妬
土曜の朝早く、コンコンと寮の扉を叩く音が鳴り早起きして朝のニュースを見ていた数名はふと顔をあげた。


「相澤先生か?」

「いや、あの人普通に入ってくるだろ。誰だ?」


首を傾げた瀬呂と切島に「誰にせよ、随分早い活動だなァ、俺まだ頭寝てんだけど」と上鳴がふわぁ、と欠伸をする。
今は朝の8時である。徐々に起きて共同スペースに降りてはきているが、人数はまだ少ない。

もう一度、コンコン、と鳴る。
自主練に行こうとしていた緑谷が1番扉に近かったため、不思議そうにしつつもガチャリと扉を開ければそこにいたのは普通科の心操人使だった。


「やあ」

「え!?心操くん!?」


先日の合同訓練でヒーロー科編入が仮確定したこともあって、今寮でなにかと話題に上がる人物である。
びっくりして素っ頓狂な声をあげれば、彼は少し申し訳なさそうに眉を下げると「朝早くにごめん」と軽く頭を下げた。


「いやっ、起きてたから全然大丈夫だけどどうしたの?」

「は?心操?」

「おー!珍しい客!」

「なになにどしたん?何か用事か?」


驚いた様子の瀬呂と、合同訓練で同じチームだったからか人懐っこい笑みで玄関まで出迎えにきた上鳴と切島。
ソファで紅茶を飲んでいた蛙吹も不思議そうに顔をのぞかせた。


「心操ちゃんがここに来るなんて珍しいわ。何かあったの?」

「あ、いや、なんかごめん」


思っていた以上に人が集まってきて、心操は少しだけバツが悪そうに眉を下げるとちらりと蛙吹を見る。


「あいつが、」

「あいつ?」

「梓が、来なくって」

「梓ちゃん?何か約束をしていたの?」

「いや、ただの朝稽古なんだが…、あいつがいないと俺の鍛錬が始まらないんだ」


携帯に連絡するけど、出ない。多分爆睡してる。
と呆れたようにため息をついた彼に、一同はぽかんとしたあと、やっと状況を理解した。


「忘れてた。お前、門下生だったな。爆豪が目の敵にしてたわ」

「ははっ、忘れててくれて良かったのに」

「忘れるわけないよ。いつのまにか僕に報告もなく門下生になっちゃってるんだもん」


ぽん、と手を叩いた瀬呂に対し緑谷の表情は先ほどとうって変わって不機嫌マックスで上鳴は吹き出した。


「緑谷顔に出過ぎだろ!」

「〜っ…、だって、」

「そーか、梓の朝稽古って、心操も一緒だったんだな!アイツ何も言わねーから知らなかった!」

「梓ちゃん、いつもふらっと行ってふらっと帰ってくるものね。そういえば確かに、いつもはこの時間には出かけてるのに降りてきてないわ」

「心操の言う通り、爆睡中かァ?」

「アイツ、爆睡してる時はなかなか起きないんだ。蛙吹さん、悪いんだけど…梓の部屋まで連れて行ってもらえないか?」

「私は別にいいけれど、梓ちゃんは大丈夫かしら」

「大丈夫。本家に泊まる時は俺が朝起こす担当だから」


あの御当主様、朝だけは本当に聞き分けが悪くてさ。
と疲れた表情をする心操にますます緑谷の顔が曇った。


「待って。泊まる?僕、梓ちゃん家に泊まったことないんだけど…」

「え…あー…まぁ、門下生は部屋があてがわれて、稽古の為にいつでも泊まれるんだよ。けど、アイツはヒーロー科で忙しいから、俺の相手をしてくれていたのは九条さん達だけど」

「それならいいけど、いや良くない。朝起こすって何」

「…………九条さんにいつも頼まれるんだよ。本家の朝はここより早くて、梓は朝に弱いから」

「…………。」


じとっとした目を向けてくる緑谷に、こんな空気になるから言いたくなかったんだ、と心操は面倒そうに目を逸らすのだった。





梓の部屋の前までぴったりとついてきた緑谷は監視するような目で心操を見ていて、思わず切島は居心地悪そうな心操に「なんかわりいな」と謝った。


「いや、アンタは悪くないだろ…」

「つうか、だれも悪くねえんだけど。緑谷、梓の事になると爆豪並みに過剰反応すっからよ…」

「ある意味爆豪より病的依存症なんだよなぁ。まっ、あんな幼馴染いたらそうなるよな。俺も梓ちゃんの幼馴染に生まれたかったぜ。母ちゃんの腹ん中からやり直したい」

「上鳴ちゃんまでついてきたのね」

「え、ダメだった?」


ダメではないけれど、と微妙そうな顔をする蛙吹に思わず上鳴が「いや今ダメな顔だったよね!?梅雨ちゃん流石の俺も傷つくよ!?」と悲鳴を上げる中、心操は目的の部屋に着くと、コンコン、と扉を叩いた。


「……梓?」

「………起きないみたい」

「うーん…」


もう一度ノックをする。次は強めに、ゴンゴン、と音が響くように。
すると、部屋の中で、何かがベットから落ちるようなガタンッと音がした。

その後、物音が少し続くと、がちゃん、と鍵が開き、扉が勢いよく開く。


『ねっねねぼうしちゃった…!!わ、ごめん!あっ心操!ごめん!ね、ねてた!』


バタバタと飛びつくように部屋から出てきた少女は、寝ぼけ眼だが焦った様子で、頭もボサボサである。
いつも寝巻きとして着ている着流しは若干はだけており、受け止めるように心操が手を広げれば、まだ寝起きで距離感が掴めていないのか胸元に顔をぶつけて『ぶへっ』とだらしない悲鳴があがった。


「落ち着いて。そんなに待ってない」

『う、うそだ…!時間、30分もすぎて、あれ心操なんでここに?』

「起こしに来たんだよ。とりあえず部屋入って着替えろ」

『お、怒ってない?九条さん』

「何寝ぼけてるんだよ。ここ、寮だから」

『えっあっ、ごめん…、えーと、えーと心操、服どこやったっけ?一緒に、』

「探さないよ。ここ本家じゃないから普通に指定ジャージ着とけばいいだろ。ていうか、」


はだけてるんだよ、と胸元をぐいっと元に戻しながら背中を押して部屋に戻し、バタン、と扉を閉めた心操は、「なんか、見苦しいところを見せてごめん」と頭をかいていて、思わず上鳴は(見苦しいとかそう言う問題じゃなくねぇ!?)と心の中で悲鳴を上げた。


「流石の俺もちょっとジェラシーだよ!?なんだ今の!?」

「「………」」

「切島ちゃんと緑谷ちゃんがフリーズしてるわ」

「いやするよ!何この親密さを見せつけられた感じ!ついこの前まで気にもしてなかった奴がウチの守護天使のパーソナルスペース内に平然と!堂々と!」


頭を抱える上鳴の叫びに切島は思わず大きく頷いていた。

流石に今の親密さはびっくりだったのだ。

門下生と聞いてはいたが、正直自分の方が梓との距離は近いと思っていた。
U SJ襲撃事件や上野での戦い、インターンもあったし。仲は良かったし、話すことも多いし、お揃いのTシャツだって持っている。

だから、漠然と、自分の方が梓との距離は近いと勝手に思っていたが。


(今のはちょっと……、ビビった)


思わず腰と額に手を当てる。
部屋から出てきた梓は心操しか見えていなかったし、自分の隙のない姿を見せることに抵抗もないようだった。
対して心操も、慣れたようにそれを受け止めていて、はだけた服まで直していて、


(なんだこのモヤモヤ、嫉妬か?)


未だわーわー騒いでいる上鳴を横目に、切島は落ち着くためにひとつ深呼吸をした。

ふと、脳裏にインターンの時の梓がよぎる。
あの時隣に立って戦ったのは自分だ。ホコタテ対決を生き抜いた、その後、お互いの健闘を抱き合って讃え合った。
あの経験は、切島をひと回り大きくしたし、梓との距離も前以上に縮んだと思った。

あんな経験をしたのだから、勝手に自分の方が心操よりも近い距離にいると思ったが、


(俺と同じように、心操と梓の間にも色々あんのかもな)


きっと。自分が知らない何かがあるのだ。
特に、あの特殊な家である。きっと心操は梓の心許せる相手なのだろう。

自分が梓と色々あったように、彼にもきっと色々あったのだ。
その結果が、あの対応なのだろう。

嫉妬を納めるようにもう一呼吸して納得した切島は、苦笑いのまま緑谷を振り返った。


「ま、俺らが知らないところできっと色々あったんだろうな。そうじゃなきゃ、梓があんなに懐かねえよ」

「……。」

「緑谷、心中察するが、その、真顔で心操を睨むのはやめたほうがいいと思う」

「あっごめん」

「緑谷ちゃんと梓ちゃんに切っても切れない何かがあるように、この2人にもそういう何かがあるのよ」


言い聞かせるような蛙吹の言葉に、心操はぎこちない笑みを浮かべ、悶々としている緑谷を見た。


「俺は、緑谷が羨ましいけどね」

「え?」

「俺は梓の幼少期を知らないから。というか、ここ半年のアイツしか知らない。ま、その半年が濃かったんだけど」

「……」

「本家の人間はあまり過去を振り返らないから、梓の子供の頃の写真とかってほとんど無いんだけど…唯一アイツが持ってて、部屋に飾ってる写真は、アンタと、爆豪と3人で撮った写真だよ」

「!」

「羨ましいのは、俺のほうだ」


そうぽつりと呟くと、「蛙吹さん、悪いんだけど、先に稽古場で待っていると梓に伝えててもらっていいか」と言い残し、心操は1階の共同スペースまで降りていくのだった。





1階の共同スペースに戻れば、人が先ほどよりも増えていた。
その内の1人である轟が、心操を見た瞬間「お。」と声を上げる。


「珍しいな。なんか用だったのか」

「轟……おはよう。朝早くからごめん。ちょっと、梓が朝稽古に起きてこなくて」

「………朝稽古、お前と一緒だったのか」

「まあね。じゃ、用も済んだし、失礼するよ」

「待て。俺も行く」

「なんで」


がしっと腕を掴まれ心操は狼狽えた。
唐突に飯田が現れ、「轟君、彼は困っているようだが!」と助け舟を出してくれるが轟はぴくりとも動かなくて。


「別に、ただの稽古だよ。日課の」

「……何度か、連れてけと言ったが、面白くないよと断られた」

「そりゃ、ずっと刀振るってるだけだし面白くは無いと思うよ」

「……」

「稽古場は、俺の捕縛布の鍛錬スペースと梓の嵐の鍛錬スペースの他には刀振るうスペースしかないから、轟が来ても鍛錬は出来ないし、」

「……」

「何より、許可取ってないだろ」

「…使用許可は取ってねえし、スペースについてはお前のいう通りだが、別に見学する分には問題ねえだろ」

「俺が嫌だよ。集中できない。瞑想の時間もあるし」

「……独り占めしすぎだろ」

「何の話」


じとっとした目を向けられて、少し言い合いになっていれば「うーん、梓ちゃんの話ちゃう?」と麗日が入ってきた。


「轟君は心操君に梓ちゃんをとられるのが嫌なんちゃう?私もちょっと寂しいし」

「おう」

「………いやいやいやいや、日中ずっと一緒にいるのは君らだろ。俺は朝と夜だけだし」

「土日はずっといねえ」

「そりゃ、鍛錬やら色々あるから」

「けど、」

「しょうがないだろ。一応、これでも門下生なんだよ」

「………」


どうしたものか、と頭をかいていれば、うぃーん、とエレベーターの扉が開き、指定ジャージの中の漢気Tシャツを前後ろ逆に着た梓が飛び出してきた。


『ごめん遅くなった!行こう!!』

「Tシャツが前と後ろ逆だけど」

『アッ!!』

「落ち着けって。そんなに待ってないから」

『いやもう45分はロスしてるもん!鬼ごっこで時間かかるんだから、早く始めなきゃ』

「え、逃げ切れない俺に対する嫌味??」

『そんなつもりでは。もうこのままでいいよ、どうせあっちで稽古着に着替えるんだし』


ちょっと恥ずかしいから前閉めよ、とファスナーをあげたところで梓は轟が自分をガン見しているのに気付いた。


『あ、轟くんおはよ!また後でね!』

「ちょっ、待っ」

『え、何?』

「俺も行きてえんだが」

『稽古?』

「そう」

『轟くんの分の許可取ってないしなぁ』


どうしようか、と悩むように頭をもたげた少女と微妙な顔をする心操、そして真剣な目で見下ろす轟に、やりとりが聞こえていた周りのクラスメートたちはヒヤヒヤしていた。

梓は気付いていないようだが、少し空気はひんやり冷たくなっているし、明らかに轟は不機嫌である。


(どうする東堂…)

(心操はついてきて欲しくなさそうだなぁ…)


常闇と尾白、そして麗日が「返答によっては轟くんの機嫌悪くなるんちゃう?」と心配する中、梓ほしばらくうーん、と頭を悩ませると、


『やっぱり許可がないと無理だと思う』


と、きっぱり言った。
ピキッと轟が固まる隣で心操は少しホッとしているようで、「行こう」と梓の腕を引っ張るが、


「……。」

『じゃあ朝稽古行ってくる』

「……。」

『轟くん?』

「……いや、頑張れよ」

『うん?うん、頑張るよ。赫灼を操る君の隣に立つためには、嵐のコントロール力向上は急務だから』

「!」

『雨のベールで、轟くんの隣に立つよ』


その言葉は、俯き気味だった轟の顔を上げさせた。
何故轟が落ち込んでいたかも機嫌が悪いのかもわかっていないだろうに。彼の機嫌を一気に治すその言葉を口にした少女に思わず麗日は「カッコ良すぎやん」と天を仰いだ。

挑戦的に上がる口角。
Tシャツを逆に着ていることを忘れるほどのそのかっこいい笑みに轟は目を丸くさせ、そして、こくん、と大きく頷いた。


「おう」

『ははっ、やっといつもの顔になった。お腹痛そうな顔してたから何事かと思った』

「腹痛そうな顔」

『うん』

「腹は痛くねえ」

『そっか。じゃあさっきまでの顔は何だったんだろう』

「さあな。終わったら直ぐ帰って来いよ」

『うん。それじゃ、心操、待たせてごめん』

「………本当にな」


スタスタと先を歩いて玄関に向かった心操に『あれ、今度は心操がお腹痛そうな顔してる』と梓は不思議そうに首を傾げるのだった。
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