戻ってきた緑谷と耳郎から告げられた現状は、衝撃だった。
敵がタワーを占拠、警備システムを掌握、島の人々が全員人質。ヒーローたちも全員捕われている、と。


『……、いずっくん、九条さんは見えた?』

「ううん、見えなかった。ヒーローは捕らわれていると言ってたけど、九条さんはヒーローじゃないもんね。逆に心配だな…」

『あの人は頭がいい。人質をとられている状況で下手な動きはしないと思う…けど、確かに、ちょっと心配だな』


眉を下げた梓は顎に手を置いて何かを考えるように目を瞑る。
正直いって、最悪の状況だ。
オールマイトが“すぐにここから逃げろ”というのもわかる。


「オールマイトからのメッセージは受け取った。俺は、雄英高教師であるオールマイトの言葉に従い、ここから脱出することを提案する」


重い表情ではあるが言い切った飯田に「飯田さんの意見に賛成しますわ」と八百万も乗っかった。


「私たちはまだ学生、ヒーロー免許もないのに敵と戦うわけには…」

「あっ、なら脱出して外にいるヒーローに…」

「脱出は困難だと思う。ここは敵犯罪者を収容するタルタロスと同じレベルの防災設計で建てられているから」

『そうですね。そのセキュリティの強固さを逆手にとったんだ。…うーん、目的が何かはわからないけど、島にいる人全員が人質なのは、ちょっと壮大すぎるなぁ』


メリッサに頷きつつ顔を引きつらせた梓は考えるようにぐるりと辺りを見渡し、カツカツと歩き始めた。


『組織犯罪は…、やっぱり頭と目的を潰すほかないし、うーん、』

「お、おい、東堂くん?そっちは非常階段…」

「ま、まさかお前…会場に行くつもりじゃ!」

『わ、峰田くん引っ張らないでよ』


飯田に呼ばれて足を止めたところを峰田に腕を掴まれ、びっくりしたような顔をする彼女にこっちがびっくりだわ、と峰田は焦りを顔面に表す。


「引っ張るだろ!?お前今、絶対敵に喧嘩売りに行こうとしたろ!?」

『えぇ?喧嘩を売ってきたのは向こうでしょ。こっちは買う側だ。人質をとられている手前、会場を襲撃することはできないけれど、周りの見張りから削っていけば戦力を減らせるかもしれないし』

「梓ちゃん何言ってんの!?ヤオモモも言ってたけどさ、俺らはまだ学生でヒーロー免許も持ってないわけで、勝手な行動は、」


必死な表情で止めようとする上鳴だったが、ぱちりと目が合い彼は思わず言葉を飲み込んだ。
いつも優しく緩んでいる目は、この薄暗い空間で強い光を放っていた。


『人が、困ってるんだよ。この建物だけじゃなく島のあちこちで、困ってるし、助けてと、守って、と…人の感情が肌に刺さる。ピリピリと感じとれる』

「……」

『ここでうずくまってるわけにはいかない』

「……待ってくれ。東堂くんの言いたいことはわかる。勿論、君の家の使命もあるんだろうが…、僕たちのような半人前に対処できる問題ではないと思う」

「そ、そうだ!飯田の言う通りだ!守れなかったらどうすんだよ!?お前も死んじゃうかもしれねーんだぞ!」

『峰田くん優しいな!私の心配してくれてたの?』

「そりゃそうだろ、お前ほっといたら死にに行きそうだし…!」


なんだそのイメージ、と笑いながら振り返った少女の右手は既に腰の刀に添えられていた。
彼女はもう戦闘モードなのだ。
その強い目が、峰田だけでなく、心配そうにしているクラスメイトたちをぐるりと見渡す。


『行ってくる。みんなはここで待っていて』

「っ、まて、東堂。俺も、」

「無理だって、おまえ1人じゃ守れっこねーよぉ!!」

『守れるか守れないかなんてくだらないことは考えないよ』


半泣きの峰田の言葉にそうきっぱりと返した梓の目は強く、優しく、どこか浮世離れしていた。
思わず止めようとしていた者も、一緒に行こうと足を踏み出していた者も足が止まる。


『守ると決めたら、それ以外のことは考えない』

「「「……。」」」

『確かに私は強くはないし半人前だけど…、人は死んだら戻ってこないんだから、辛くても痛くても守護のために一歩でも多く前に進まなきゃ』


その存在感に、目に、意志に圧倒される。
一緒に進もうとしていた轟も、緑谷も、思わず足を止めて魅入ってしまって。

そして、梓は彼らを置いて、非常階段へと進んだ。





階段を駆け上がり、会場近くに行ける道の前に来た。
恐らく、先程緑谷と耳郎が会場近くまで行った時に通った道だろう。


(とりあえず、現場を見にいくか)


一歩踏み出そうとした時、パシッと腕を掴まれ梓は振り返った。
腕を掴んだのは轟だった。


『轟くん…!』

「待て、東堂。そっちじゃねえ」

『え?っていうか君、なんでここに』

「梓ちゃん、僕もいるよ」

『いずっくんまで…』


追いかけてきたのは轟と緑谷だけではなかった。
置いてきたクラスメイト達、メリッサが階段を駆け上がってくることに気づき、ますます梓は驚いた表情で轟と緑谷を交互に見る。


『なんで、危ないよ。それに、メリッサさんまで』

「危ないのは百も承知だよ。僕らだって梓ちゃんと一緒で、困ってる人を助けたいし、守りたい。言っただろ、一緒に守るって」

『いずっくん…』

「東堂、俺も一緒に守る。最上階に警備システムがあるらしいんだ。元に戻せば人質やオールマイトたちが解放される」

『そ、そうなの?』

「うん、メリッサさんがシステムの設定変更ができるらしいから、守りながら最上階を目指そう」


轟と緑谷に背中をぽん、と叩かれ、追いついてきた友人達に「1人で先走りすぎ。ウチらも行くに決まってるじゃん」「梓ちゃんに背中押されたわぁ」と笑顔を向けられ、


『……、はは』


梓もつられたように笑っていた。
1人でやらなければいけないという重圧が、少し軽くなった気がした。
背中に添えられた手のおかげで、踏み出す一歩が少し軽やかになった。


『…そっか…、じゃあみんなで最上階を目指そう!』

「ええ、行けるところまでいきましょう」

「東堂、お前のせいだかんな!お前のせいでみんなやる気になっちまったんだよぉ!どうしてくれんだ!」

『ええ!?峰田くん泣いてる!なんかよくわかんないけどごめん?』


梓ちゃんのせいじゃないだろ、と上鳴が峰田をたしなめるのを聞きながら、あながち間違いじゃないんだよな、と耳郎は内心思った。

梓の“守ると決めたらそれ以外のことは考えない”というキッパリとした言葉は、勿論危ういものではあるが、ヒーロー志望の自分たちの心に強く響く言葉だった。
本人は全く意識していないだろうが、梓の言葉や行動は時に周りを問答無用に引っ張り上げる時がある。

乱暴に背中を押される感覚。
長年一緒にいる緑谷はもちろんだが、きっとクラス内では轟が1番その影響を受けている。一度共に死戦を潜ったから。
だから、轟は一番に梓を追いかけた。


「東堂、頑張るぞ」


彼の目は梓と同じように強く光っていた。




ヒーロー科で日々鍛えられ、体力に自信があるとはえ、ひたすら階段を登りつづければ息も切れてくるというもの。


「これで30階」

「メリッサさん、最上階は?」

「ハァ…200階よ」

「そんなに上るのかよ…」

「敵と出くわすよりマシですわ」


峰田の泣き言をばっさり切り捨てつつ汗を拭った八百万はふとこの中で一番厚着の少女に視線をやった。


「梓さん、その格好…暑くありませんの?」

『慣れてるから、大丈夫だよ。夏生地で通気性もいいしね』


平気そうに笑った少女は腰に二本携えた刀をかちゃりといわせながら先を登る。息は全く切れておらず汗もかいていない。


「マジかよ…東堂、少しも疲れてねぇじゃん!」

「体力バカなの、ウチ、結構きついんだけど」

『あははは、体力はある方なんだよねっ』


疲れを見せるどころか逆に2段飛ばしで軽やかに上がっていくものだから思わず峰田はイカれてやがる、と呆然とした顔になった。

そして、40階、50階、と過ぎた時。
轟と共に前線を走っていた梓がふと止まった。


「…どうかしたか?」

『……ちょっと戻る。前は任せた』


任せたと言われソワッとした轟は言われた通りに階段を上るが、少し気になって振り返れば、彼女は遅れ始めたメリッサの元へ向かっていた。
先程、個性を使うという麗日の提案を彼女が断ったのは梓も聞こえていたはず。

いざという時のために個性はとっておいてというメリッサの考えは正論だと思ったが、一体梓はどうするつもりなのか。


「ハッハッ…、梓ちゃん、?どう、したの、戻ってきて…」

『メリッサさんキツそう。大丈夫?』

「え、ええ…まだ上れるわ…!」

『膝も結構ガクガクきてますよね。背負います』



目の前に背を向けてしゃがんだ少女にメリッサは慌てた。


「だ、だめよ!それじゃ、梓ちゃんが疲れちゃうじゃない…!」

『あ、私まだまだ平気なので。ほら息も切れてないでしょ?』

「それは…そうだけど、」


確かに1番平気そうである。
説得力ありまくりの発言に思わず頷けば梓は強引にメリッサの腕を引っ張り、よいしょっと背に乗せた。


「きゃあ!?」

『よっと、よし…これで行こう』

「梓ちゃん大丈夫!?」「お前…無理すんなよ?」

『あはは、余裕だよ。お父さんのスパルタ稽古に比べればこんなのへっちゃら』

(((お父さんどんだけしんどい稽古してたんだ…)))


メリッサを抱えたまま軽々と階段を上る梓はまるで重力など感じていないかのようで、その身軽さに思わず上鳴が「すげェ…」と感嘆する中、横をタッタカ駆け上がった。


「いけそうか?」

『うん、でも峰田くんもしんどそうだな…。背負った方が、』

「いや、アイツはいい」

「なんでだよ!便乗させろよ!」


後ろからの峰田の抗議に振り返りそうになったところを轟に「振り向かなくていい」と制され、大人しく前を向いた梓に、背負われていたメリッサはふふ、と笑った。


「ふふ、2人は本当に仲が良いのね」

「は?」『え?私と轟くん?』

「ええ」

『そうかな?確かに頼りにはしてるかも。轟くんは強いから』

「…俺もだ」

『それよりメリッサさん、足痛そうだったけど大丈夫?』

「大丈夫よ。私のことは気にしないで。…やっぱり守護一族って、凄いのね。まさかあの一族の当主さまの背に乗るなんて…リンドウに背負われるなんて思ってもみなかったわ」

『あはは、そういう反応をするのはメリッサさんが初めてですよ』

「…コイツの一族って、有名なんですか」

「ええ…!もちろん、知る人ぞ知る古来からの守護の一族ですもの。生ける伝説よ…!」

『いやいや言い過ぎですって。超常社会になってホントに活躍の場は減ってますからね。なんせ先代まで戦闘向きの個性に恵まれなかったもので、』

「そうなのよね…でも、守護精神は生き続け…満を辞して貴女が、戦闘向きの個性を発現したのね…義勇の心が紡いできた守護の意志と共に」

『そんな大層なもんじゃないですよ!?ただ、代々守りたいもの守ってるだけだって』


褒められ慣れていないせいか、くすぐったいな、と頬を赤く染める梓にメリッサは「あら、ごめんなさい」とくすりと笑う。


「東堂が凄いのは知ってたが、親父さんたちも凄かったんだな」

『轟くんが言う?』

「ふ、わりい」

『何笑ってるんだ。…、あ、シャッターが』


階段の先、重厚なシャッターが下りていて、梓と轟は苦い顔で足を止めた。
「どうする?壊すか?」『えー…、どうしよ』と困って委員長の判断を仰ごうと後ろを見るが飯田も眉間にシワを寄せていて。


「壊したら警備システムが反応して敵に気付かれるわ」

「そりゃそうか」

『でも他に道はないし、遅かれ早かれ敵に気づかれるだろうし…』

「なに、梓ちゃんは壊したい派なん?」

『ううん、他に手がない以上、壊して耳郎ちゃんの索敵を頼りに逃げ回りつつ上を目指すのもアリかなと』

「難しくねえか?目的に気づかれて待ち伏せされる可能性もあるぞ」

『二手に分かれるんだよ。囮班と耳郎ちゃん主体の索敵班と』

「どうやったらこの状況でそんなに冷静に分析できんの…梓ちゃんどんな訓練受けてんの…」


メリッサを抱えているのに息も切らさず思考も鈍らない。思わず上鳴が引き気味に呟く隣で、峰田がふらふらと扉に近づいた。


「なら、こっちから行けばいいんじゃねーの…?」

『あ。』

「峰田君!」「ダメ!」


咄嗟に緑谷とメリッサが止めようとするが、遅かった。峰田は取手を引き、プシューッと扉が開く。


「や、やばいんちゃう?」

『今多分モニター室で“80階の扉が開いた”って話題になってるよ。すぐに追っ手が来るから先に進もう。メリッサさん、他に上に行く方法は?』

「は、反対側に同じ構造の非常階段があるわ」

「急ぐぞ!」


メリッサのナビゲートを頼りに、飯田を先頭に先に進んだ。
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