80階の通路を走り始めてすぐだった。
ーガシャンッ!、ガシャンッ!
「あっ!」「シャッターが!」
行く手を阻むようにシャッターが降り始めた。
「後ろもですわ!」
逃げ道を塞ぐように後ろのシャッターも降り始める中飯田はまだ閉ざされていない道の側面に扉を見つけるが、そこにもシャッターが降りてくる。
「轟君!」「ああ!」
ーガキン!
閉まるシャッターを轟の氷が阻み、少しできた隙間を飯田が持ち前のスピードで通るとその勢いのままエンジン全開でドガァン!と扉をぶっ壊した。
「この中を突っ切ろう」
「凄い個性…扉を壊すなんて」
『バレてる以上先に進んだもん勝ちですね。メリッサさん、この先の案内も頼みます!』
「ええ…!この先は植物プラントよ」
中は、温室植物園のようだった。
背の高い植物もあるからか、天井も高く広い。
「個性によって植物を育てているの」と説明するメリッサにへぇ、と相槌を打っていると、後ろから耳郎に腕を引っ張られて転けそうになった。
『耳郎ちゃん、ちょ、びっくりした』
「だって、梓、アレ!」
『え?』
「エレベーターが、」
耳郎が指差したのは数字が増え続けるディスプレイだった。エレベーターが上がってきているのだ。
「敵が追ってきたんじゃ…」
「隠れてやり過ごそう」
この状況で、エレベーターを使える人間は敵側に他ならない。
一同はゲッと顔をしかめると、咄嗟に近くの植物の後ろにぎゅうぎゅう詰めになって隠れた。
「あのエレベーター使って最上階まで行けねーかな」
「無理よ。エレベーターは認証を受けてる人しか操作できないしシェルター並みに頑丈に作られてるから破壊もできない」
「使わせろよ文明の力!」
『峰田くん、しーっ!』
ぽーん、と機械音がエレベーターの到着を知らせる。
梓はメリッサを緑谷に預けると、膝をつき身を低くしたまま警戒態勢に入った。
「梓ちゃ、」
『いずっくん、メリッサさんを頼んだ』
「戦う気…?」
『いや、できれば回避したいけど…』
最悪、刀を抜くかも。
と、隣の緑谷だけに聞こえる声で呟いた少女の右手はすでに刀に添えられていた。
かちゃり、と音が鳴り、緊張感が走る。
そして、ゆっくりとエレベーターの扉が開いた。
「ガキはこの中にいるらしい」
「面倒なところに入りやがって」
敵は2人だった。
茂みに隠れ、祈るように身を縮める。
(こっちに来る)
(来るな来るな…)
(あっちに行け…!)
(お願い…気づかないで…!)
敵の足音がこちらに近づいてくる。
それと同時に梓の目がどんどん鋭くなっていくのを隣の緑谷は感じていた。
極限まで薄められた気配の中にピリピリとした殺気を感じとる。
深呼吸をして、ぱちりと一つ瞬きをする。
(梓ちゃん…、バレたら本気で戦うつもりだ)
と、その時。
透き通った梓の目が何かを見つけたらしく、大きく見開かれた。
それと同時に「見つけたぞクソガキども!」という敵の声が屋内に響く。
「ああ?今なんつったテメー!!」
「!?え、」
『なんであそこにいるの〜…!』
聞き覚えのありすぎる声に思わず茂みから顔を覗かせれば、爆豪と切島がいる。
梓は先ほどまでの冷静な雰囲気が嘘のように動揺したように瞳を揺らしていた。
隠れていたクラスメート達も青ざめて行く末を見守っている。
「お前らここで何をしている」
「そんなの俺が聞きてえ…」
「ここは俺に任せろ、な?あの、俺ら道に迷ってしまって、レセプション会場ってどこに行けば、」
人当たりの良い切島が前に出て、正直にそう問うた瞬間、敵の一人の掌が巨大化し水掻きが出来、「見え透いた嘘をついてんじゃねーぞ!!」という怒声とともに腕を大きく振り抜いた。
「!?」「個性を!」
ゴウッという轟音とともに衝撃波のようなものが爆豪と切島を襲う。
それを見ていた梓の一歩は速かった。
敵が振りかぶった瞬間には無意識に一歩目を踏み出していて、衝撃波が放たれた時には二歩目が出ていた。
頭の中は冷静で、
(この一瞬で、あの衝撃波を相殺する斬撃を飛ばすのは無理だ。けど、避けさせることなら…!)
地面を蹴る三歩目に雷を凝縮させるとドンッ!と弾けるように飛び出し、ぽかんとしている切島に真横から飛びついた。
「はっ!?東堂!?」
『っ避けて!』
切島に抱きついた勢いのまま2人で地面に倒れたところで敵との間を隔てるように氷壁が二人を守る。
ーズガァン!!
衝撃波が氷壁にぶつかる音でハッと梓は顔をあげた。
『とっ轟くん』
「東堂、飛び出すな…。危ねえだろ」
『ご、ごめん。咄嗟に。切島くんも突然倒してごめん。痛くなかった?』
心配そう顔をしかめて、腕を引っ張って起こしてくれる轟に謝りつつ、ポカンとしている切島にも謝れば、彼は我に返ったように首を横に振った。
「い、いや…大丈夫。わり、助けてくれたんだよな?ありがとう」
『いいんだ。それより、轟くん』
「…ああ、揺れてやがる。じきに、来るぞ」
敵との間を隔てる氷壁が攻撃を受けて揺れていた。
次第に音が近づいてくる。
梓と轟は目を合わせてコクッとうなずくと、それぞれ戦闘態勢に入った。
『私が前に出る。轟くんは、』
「ああ、全員逃す」
腰に携えている刀に手を添え抜刀の構えを取った梓の横で、轟は地面に手を当てると仲間たちを氷で上に押し上げ始めた。
「ここは俺と東堂で時間を稼ぐ。上に行く道を探せ!」
「轟くん、梓ちゃん、」
「君達はどうするんだ」
「いいから行け!」
『ここを片付けたらすぐに追いかける。いずっくんそっちは頼んだ!かっちゃんと切島くんも、上に、』
「どういうことだ…!?」
「放送聞いてないのか?このタワーが敵に占拠された」
「えっ!」「んだと?」
「詳しい説明は後だ。ここは俺たちに任せてお前らも上に、」
ずっと迷子で騒ぎに気付いていなかった2人は驚愕していた。
ズズズ、と氷柱が仲間たちを上の通路に押し上げる中、轟と梓に上に行くように言われて、
状況が全く理解できていないにも関わらず爆豪は首を横に振った。
「ついこの前まで無個性だったクソチビと半分野郎に任せられるか!」
「言い方!心配なら素直にそう言えよ!」
「そうか、助かる」
「てめーは別にどうでもいいんだよ!」
『来るぞ!!』
ガチャリと刀を鳴らす音と共に軽く膝をまげ、何があっても反応できる態勢を取った梓の警戒の声に、一同はハッと身構えた。
ーガンッ、ガンッ!!
轟の生成した分厚い氷壁にえぐれたような穴が開く。
そこから現れた敵2人は好戦的に口角を上げていて、
「なんだ、あの“個性”」
「油断すんなよ」
「うっせーわーっとるわ!」
「ガキどもが…付け上がってんじゃ、ねーぞ!!」
もう一人の敵の個性はパワー系だった。
体表を変色させ肥大化したそれはまるで化け物で、その大きな体が突進してきたものだから、轟は慌てて梓の前に氷壁を出す。
(パワー系と真っ向勝負は、小せえ東堂じゃ分が悪ぃ!)
だが、パワー系敵の力は轟の予想をはるかに上回った。
バギィッ!と氷壁が勢いよく砕かれ、逆に梓の視界が塞がれる。
「…、わりい、避けろ!」
『いや、!』
梓は抜刀と同時に刀に嵐を這わせた。
まだ乱発は出来ないが、職場体験で習得した必殺技だ。
(パワー系とはいっても、どれほどのパワーがあるのか測らなきゃ、戦線が組み立てられない…!)
氷壁が効かずとも、この一撃に少しでも怯んでくれれば爆豪の爆破も効くだろう、と敵の力を測るために斬撃を飛ばす。
ーズガァン!!
クリーンヒット。敵はまともにくらった。
巻き起こった土煙の中で切島の「やったか!?」という声に梓は首を横に振った。
『空気が、揺れる、くる!』
土煙の中にゆらぎを感じ取った少女は咄嗟に刀に高出力の雷を纏わせると、真横から突然現れた巨大な腕をドガァンッ!と受け止めた。
「「東堂!」」「梓!」
(は、マジか…!?)
衝撃を受け止めた瞬間、梓は愕然とした表情で視界に入る刀を見た。パキンと折れたのだ。
雷は強度がある。だから刀にこれでもかと纏わせたのに。
敵の攻撃は予想通りの角度から来たし、受け流すタイミングもまあまあ良かったのに、
敵のパワーはそれを凌駕し、刀を折るとその勢いのまま攻撃をくらい植物園に吹き飛ばされる。
ドガッ!!という衝撃音と共に吹き飛ばされた梓は数回バウンドすると茂みに突っ込んだ。
『ッ〜!!』
痛みで意識が飛びそうになる。
こっちに敵が向かってくる気配を感じ、応戦しなければと痛む身体に鞭を打ってダンッと足の反動で体を起こす、が、
目の前に大きな背中が現れた。
見慣れたその背と薄い金髪。
彼は守るように立ちはだかると、
「死ねェ!!」
ードガァンッ!!
罵声と共に特大火力を敵にぶつけた。
『か、っちゃん…』
「テメェさっき自分を実験台に敵に力測ろうとしやがったな!?余計なことしてんじゃ、」
「爆豪、東堂、危ねえ!!」
ドンッと切島に押され、爆豪と一緒に横に転がると同時に敵が切島を勢いよく殴り飛ばす。
ードゴォッ!!、ガガガガッ、ガン!!
切島は吹っ飛ばされると数回地面をバウンドし、壁に激突した。
「切島!!」『切島くん…!!』
「避けろ!!」
『っ!!』
パワー系敵に続き、大きな水掻きのある手で空間を抉る敵の二撃目がくる。
轟の声よりも先に察知した梓は爆豪の腰に後ろから抱きつくと、ブワッと爆発的に竜巻を起こして地面を蹴った。
「梓…!」
『っ〜、見誤った、測れるレベルの、パワーじゃない』
何あれドーピングでもしてるんじゃないの、と声を震わせる。震えは恐怖ではなく痛みから来るものだった。
轟が空間を抉る敵の前に氷壁を出したことで一瞬間が開き、その隙に梓は爆豪とともに彼と背を合わせる。
「東堂、大丈夫か…!?」
『うん、ごめん、折れてないから…まだ、やれる』
「痛みで息が切れてんぞクソが」
『あはは、大丈夫。それより、刀折れちゃった…九条さんにどやされる』
もう一本を抜刀した梓は『最近刀鍛冶が値上げしてきて家計圧迫中なんだよね』とお財布事情に少し顔を青ざめさせていて、こいつ緊張感ないな、と轟と爆豪は眉間にシワを寄せた。
小柄な少女が真横から吹っ飛ばされたさっきの一撃は軽くトラウマである。
マジで死んだかと一瞬息を飲めば、どうやら間一髪で衝撃をいなしていたようで、痛みはあれど五体満足。
あの一瞬の、あれほどの一撃をここまでいなすその基礎戦闘能力にこいつやっぱ育ちがおかしい、と2人が失礼なことを考えていれば、
「お前らただのガキじゃねぇな?」と敵が問うてきた。
「何者だ」
「答えるかこのクソ敵が!」
「名乗るほどの者じゃねえ」
『東堂梓です!って、え?言わない方が良かった!?』
「なにバラしてんだテメーは!」
ぺしん、と優しく爆豪に頭を叩かれ『ごめんて』と言いながら梓は小指からゆっくりと刀を握り直した。
『ふう…、』
「抜かんなよ」
『うん、かっちゃんはパワーのやつ、轟くんは抉るやつを頼む…私は、全体を撹乱する!』
言うと同時、敵が動くよりも速く地面を蹴った。
(確かに一番身のこなしが上手くて速えアイツが撹乱してくれるとありがてえが、)
あの一撃をくらって足が竦まないのかよ、と彼女の無鉄砲さや戦闘に対する躊躇いのなさに2人は少し顔をしかめるのだった。
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