えへへ、とメリッサと笑っていると後ろから爆豪にぐいっと引っ張られ梓はよろめくようにバランスを崩した。


『おわっ!?』

「隠れろ!」

『え?』


引っ張られ、爆豪の背に匿われ、彼の肩越しに般若のような顔をした九条を見つけて梓はサァッと顔を青ざめさせると慌てて爆豪の背にピャッと隠れるが、時すでに遅かった。


「お嬢テメェやっと見つけたぞゴルァ!!!」


巻き舌全開、怒鳴りながら全速力で走ってくる九条は、「ま、ま待ってください!」「九条さんちょっと落ち着いてください…!」と間に入ろうとした切島と緑谷を流石の体術で背負い投げすると、一瞬で間合いを詰め、爆豪をグイッと力任せに引き剥がしてガッと梓の胸ぐらを掴んだ。
流石の身のこなしである。


『ぐえっ』

「ああ!梓さんが!」

「うそ、緑谷と切島がソッコー背負い投げされたと思ったらいつの間にか爆豪ひっぺがされて梓胸ぐら掴まれてるんだけど…!あの人速過ぎない!?」

「流石、戦闘一族ですわ…」

「な、何が起こったんだ…」

「気がついたら地面に…、って、ああ!梓ちゃんが可哀想なことになってる…!」


いつのまにか引き剥がされ気付けば梓が胸ぐらを掴まれており、爆豪は「てンめェ…!」と眉間のシワを増幅させる。
一瞬のことで何が起こったのかわかっていなかった轟も、目の前で梓が胸ぐらを掴まれ、流石に不機嫌そうに九条の手を掴んだ。


「止めてください。コイツ、苦しそうです」

「おい、その手ェ離せや!」

「苦しいのはこっちだわどんだけ頭下げたと思ってんだゴルァ!!こちとらテメーらと違って遊びでここに来てねェの!!挨拶回りなの!!このお人はそういう立場の人間なの!!」

『うわああガクガクしないでえええ』

「そういう立場の人間の胸ぐらを掴んでガクガクしちゃいけないと思います!!」

「緑谷くん正論ありがとうでもちょっと我慢ならねェんだわ!!お嬢ちょっと来い!!もう逃がさねェかんな!!」

『ひいいいごめんなさいいいい』

「正装派手に着崩しやがって遠足気分かああん!?さっさとキチッと着直すぞ!レセプションパーティーまでに回らなきゃならん要人が他にもいるんだよ!」


ガッと俵のように梓が九条に抱えられ、一同なす術がなかった。
それだけの剣幕で怒鳴り散らす彼に『ごめんってばぁ!』と謝る少女。彼女の半生が想像でき、切島と耳郎は顔を見合わせる。


((凄く心が痛む…!))

「九条さん待ってください!梓ちゃんを怒らないであげてください!」

「悪ィのは俺だろうが!!」

「はァ!?たしかに唆したのは爆豪君だが、ノッたのはお嬢だ!!ならお嬢が悪い!!」

「その理論おかしくないっスか!?俺と爆豪が誘拐したようなもんですよ!?」

「だァから、お嬢が悪いんだよ!お前らの提案に乗ったから!つーかお前誰だ!」

「切島っス!いいや、東堂は悪くねェ!怒るんなら俺たちも、」

「切島君、君らと話してる時間ねェんだよ。申し訳ないがもう行くわ。んじゃ、皆さん、これからもお嬢とら仲良くシテネ」

「どの口がほざいてんだコラァ!!」


轟や幼馴染2人が奪還しようと粘ったものの結局九条の返り討ちに合い、梓がそのまま連行されそうになる。
切島は申し訳なさそうに眉を下げると、唇を噛んだ。


「っ…」


爆豪発案とはいえ、空港に来た瞬間誘拐紛いの行動で梓を引っ張ったのは、もしかして迷惑だったのではないだろうか。
自分たちが引っ張らなければここまで怒られることもなかっただろうに。

俵担ぎで連れて行かれる少女を見ながら押し寄せてきた申し訳なさに後悔をしていれば、
梓がぐいっと顔を上げた。


『かっちゃん、切島くん…ありがとう!!すごく、すごく楽しかった!!また!レセプションパーティーで会おう!!』


真っ直ぐな言葉は嘘偽りなくて、切島はハッとする。



「っ…おう!!俺も楽しかった!爆豪も!…ごめんなァ!また後で一緒に遊ぼうぜ!!」

「何代弁してんだクソ髪」

『うん!!またあとで!』

「そんな時間ねェよお嬢のバカ!!」

『ひい』


自分たちに声をかけたことでまた怒られてしまった梓に切島は苦笑すると、悔しそうな爆豪をちらりと見た。


「…連れて行かれちまったけど、まァ…少しは一緒に回れてよかったな。アイツも楽しそうだったし」

「チッ」

「今度はレセプションパーティーで引っ張ってやんねェとだな」

「…切島、俺も一緒にいいか」

「おっ、轟も?」

「パーティーであの人から東堂を攫えばいいんだよな?」

「そうだけど、轟って職場体験くらいからよく東堂と話してるよな。前はそんなに仲良いって感じしなかったけど」

「そうか?…まァ…、結構気に入ってる」


ステイン戦のとき、惚れ惚れするほど前を見る目は轟の心を大きく打った。
思い出すようにふと笑みを浮かべた轟に切島は「珍しー」と目を丸くし、爆豪は眉間にシワを寄せるのだった。





レセプションパーティー会場のゲート前。
緑谷、飯田、轟、上鳴、峰田は集合場所で女子3人を待っていた。


「麗日くん達、遅いな。もうすぐパーティーが始まってしまうぞ」

「女の準備には時間がかかるって言うしね〜。それより緑谷、梓ちゃん来てるって本当かよ!?」

「あ、うん。本当だよ。お家関係で招待されたんだって。お昼過ぎまではかっちゃん達とパビリオンをまわってたみたいだけど、途中でお家の用事で九条さんに連れられていったんだ」

「へぇー!あの噂の東堂一族か。梓ちゃんも苦労人だよなァ」

「緑谷、東堂はレセプションパーティーに来んのか!?」

「え!?来るとは思うけど、僕らと行動することはできないんじゃないかな…」

「峰田お前何興奮してんの?」

「バッカ上鳴考えてもみろよ、東堂の正装だぞ!?ドレスだぞ!?あの和装しかしねェ色気のない東堂がだぞ!?あのポテンシャルでドレスなんて着てみろ。絶対目の保養だろ…!」


目を血走らせ興奮気味にノンブレスで言い切った峰田に緑谷は引いた顔をしつつも(確かに。)と心の中で同意した。
正直いって少し期待している自分がいる。

上鳴が「お前天才かよ!」と同意する中ちらりと轟を見れば、少しそわそわしてるようにも見えて(轟くんも梓ちゃんが気になるのかな?)と漠然と考えていれば、エレベーターの扉がプシュウ、と開いた。

降りてきたのは、和装をした1人の少女。
群青に黄の差し色の入った紋付羽織袴にハットを被り、後ろに同じく羽織を着た青年を従えている。


「「「……。」」」


厳かで儚くて、洗練されたその雰囲気に思わず言葉を失った。
対して少女はハットをぴんっと親指で上げて視界を少し明るくしたことで、周りに友人達がいることに気づいたようで目を丸くした。


『…んあ?、誰かと思えばいずっくんたちか』

「……え、梓ちゃん?」

『うん?』

「ふ、服……すごく、かっこいいけど、ドレスじゃないんだね」

『あ、うん。これ、一族の正装なんだ。ちゃんときっちり着直してきたよ。ほら、背中にリンドウ』


くるっとまわって羽織を靡かせる。
たしかに背には金糸で、家紋でありヒーロー名でもあるリンドウが描かれていた。


『ドレス着てみたかったけど。うちの正装はこれだからなぁ。いずっくんもカッコいいね』

「くっ」

『え、なに?顔赤くしてどうしたの?』

「い、いや、なんでも、」

「東堂っ」

『あ、轟くんも正装だ!かっこいい。似合ってるね』

「ありがとう。お前もすげえ似合ってる。けど…なんか、大変だな。その服着て挨拶回りなんだろ?」

『うん…、ま、死んだお父さんの代わりで呼ばれたようなもんだからこればかりはしょうがないよ!』


「ドレスじゃねーのかよ…!」「いやもうドレス超えてんだろカッコ可愛い」「露出が足んねえんだよ」「ばか、アイツらに聞かれたら殺される気がする…!」と2人が小声で話していたことでふと梓の視線が彼らに向き、パッと表情が明るくなる。


『上鳴くんと峰田くんも来てたのかぁ!』

「おっおう!梓ちゃん、待ってたぜ!和装似合ってんなァ」

『あはは、2人はお揃い?仲良いね』

「「誰がこいつお揃いなんか着るかよ!」」

『えー?同じ服な気がするんだけどな』

「お嬢、お喋りはそのへんで止めだ。そろそろパーティーが始まる。会場に向かうぞー」


九条の一声で梓の表情が固まる。
げっと嫌そうな声を漏らすが、抵抗するつもりはないようで、


『はぁ……じゃ、先に行くね。かっちゃん達によろしく』

「梓ちゃん…、大丈夫?」

『大丈夫!ちょっと面倒なだけ』

「お嬢、早く」

『はーい!』


心配そうな緑谷を安心させるように笑うと、梓は九条を追いかけて会場内に入っていった。





会場内に入り、乾杯の挨拶が始まるまでの間、梓は九条に言われるがままに関係者への挨拶を済ませていた。
午前中、自分が逃走していた間に挨拶できなかった人たちへのお詫びのようなものである。


「シールド博士、日中はすみませんでした!改めてご挨拶に伺いました。こちらが、先日東堂一族の24代目を襲名した東堂梓です。以後、お見知りおきを」

『は、はじめまして、お約束の時間に挨拶に来れなくてすみませんでした。梓です。父のハヤテがお世話になったとうかがってます』

「君が…あの人の、あの一族の次の者か…。初めまして、約束の件は気にしなくていいさ。守護一族はお忙しいと聞くし」

『(遊んでましたなんて言えない…)』

「すみませんねェ、どーっしても外せない所要で。な、お嬢?」

『あ、うん、はは。はい』


九条の無言の圧力に耐えきれず思わず頷けば、シールド博士はからりと笑った。


「楽にしてくれ。まさかあの守護一族の次代の当主がこんなに可憐な女の子だったなんてね」

「そうでしょう?可憐でしょう?この見た目ですが、腕はピカイチですよ。先代に鍛えられましたからねェ」

「ハハハ、私にはメリッサという娘がいるんだがね、東堂一族の存在にいたく感銘を受けていてね、今日会うのを楽しみにしていたんだ。ぜひ会ってやってくれないか」

「もちろんですよ。なァお嬢!どこにいらっしゃるんです??」 


メリッサとは、あのメリッサのことだろう。
昼に会いましたなんて言えず、梓は彼女が口裏を合わせてくれることを祈りながら目で探すが、パーティー会場では見つからなかった。


「たしかに向こうのほうに…あれ?サム、メリッサはどこに行ったか知ってるかい?」

「ああ、お嬢さんなら先ほどパーティー会場を出て行かれましたが」

『そうですか…、九条さん、私ちょっとメリッサさんに会いに行ってくる』

「はァ?他にまだ挨拶しなきゃならん人たちが残ってる。シールド博士のご息女には後でも会えるだろう」

『いや、あの、…あの場にいたんだよね。ちょっと、先に口裏を合わせもらおうかと』


ごにょごにょ小さい声で呟けば「あの金髪の子か…!」と察したようで、九条は静かにゴーサインを出した。


「先に根回ししておいた方がお嬢の失態が露呈しなくて済むな…。メリッサさんに事情を説明したら戻ってこいよ」

『うう、はい』


周りに聞こえないように小声で話すと、梓はよそ行きの笑みを浮かべて『メリッサさんを探してきますね。特徴は?』とシールド博士を見上げた。


「金髪に青いドレスを着ているよ。当主殿のお手を煩わせてすまないね。全く、どこに行ったんだか」

「お嬢、頼んだぞ」

『うん、直ぐに戻ってきます』


ぺこりと頭を下げると、梓は会場を抜け出し、メリッサがいるであろう7番ロビーに向かった。






《I・アイランド管理システムよりお知らせします。警備システムによりI・エキスポエリアに爆発物が仕掛けられたという情報を入手》


ロビーに向かう最中、流れた館内放送に梓は思わず足を止めた。


『爆弾…??』


《I・アイランドは現時刻をもって厳重警戒モードに移行します。島内に住んでいる方は自宅または宿泊先に、遠方からお越しの方は最寄りの避難施設に向かってください。今から10分以降の外出者は警告なく身柄を拘束されます。くれぐれも外出は控えてください》


(外出控えるってことは…外にも出れないのかな)


放送が気になって一度引き返そうかと足を止めはしたものの、もし本当に爆弾が仕掛けられているのであれば危ないのは単独行動をしているメリッサや友人達である。
パーティー会場にはたくさんのヒーローがいるしオールマイトもいる。
ひとまず、自分はメリッサたちと合流したほうが良さそうだ、と走る足を速めた。

が、


ーゴーッ、ガシャン!


真横のシャッターが勢いよく降ろされ、《また、主要施設は警備システムによって強制的に封鎖されます》と放送が鳴り、梓は焦った。


(分断されちゃう…!)


まだ調整が不完全な個性を足に纏わせ、一気に地面を蹴るとトップスピードでシャッターが降ろされる真下をすり抜けていく。


(やばいやばいやばい)


やっと、友人たちの姿が見えた。メリッサもいる。
必死に足を動かすがそれでも間に合いそうになくて、その時、何かを察知したのか振り返った轟と目が合った。
彼は驚いたような表情をしつつも、走り込んでくる少女を迎えるように両手を広げてくれる。


「来い!!」


その言葉を合図に、梓は思いっきり地面を蹴ると轟の腕の中に飛び込んだ。


ーガシャンッ!


「っ…危ねェ…な、ホント」

『ひい〜!ぎりぎり!ありがとう轟くん…!』

「「「梓!?(ちゃん!?)」」」

「なっ、東堂くんいったい何が!?」


シャッターが降りる瞬間に滑り込んだ勢いのまま轟に抱き留められ、地面に倒れ込んだ2人に周りは驚愕の声を上げた。
ギリギリだった。コンマ数秒の差でシャッターに挟まれていた。
梓を抱えたままゆっくり上半身を起こす轟に「お前、相変わらず無茶苦茶やるな…」と眉を潜められる。


『ごめんねぇ。でも、助かった。ありがとう』

「何が起こってんだ?爆弾って本当なのか?」

『さぁ…メリッサさんを迎えに行くために会場を出て、道中でさっきの放送を聞いただけだから何もわからないよ』

「だ、だからって梓ちゃん無茶しすぎやろ!?ちょっと遅れとったら挟まってたよ!?」

『あはは、危なかったぁ!でも、何となくみんなの近くにいた方がいい気がしてさぁ。ちょっと無理した』


「こわっ!“気がする”だけで普通あんな行動する?」「東堂の思考回路は時々ゾッとするよな…」と耳郎と峰田がヒソヒソ話す中、


「轟くん、いつまでくっついてるの?」


という妙に静かな緑谷の声に轟はハッとしたように梓を離した。


「悪い、ずっと抱きしめてた」

『いや、ありがとう。助かった。君の呼びかけがなかったら最後の一歩が遅くなってた』

「…役に立てたんなら良かったよ」

「2人はとても仲がいいのね。梓ちゃん、彼も幼馴染なの?」

「いえ、轟くんはただのクラスメイトです。4月に会ったばかりだし、つい最近までそんなに仲良くなかったはずだし。梓ちゃんの幼馴染は僕です」

「デクくん目が据わってるわ」

『なんでいずっくんが答えるんだ』


間髪入れずに答えた緑谷に周りは若干引き気味である。
しかし、嫉妬を向けられた本人はキョトンとしていて、「たしかに緑谷は幼馴染だな。爆豪も」と納得しながら携帯を取り出してる。


「お。」

『なに?』

「携帯が圏外だ。情報関係は全て遮断されちまったらしい」

『マジで?うわ、エレベーターも反応ないよ』


カチカチとボタンを押してみるが反応がない。
メリッサもこの異常事態に不安げに瞳を揺らしている。


「爆発物が設置されただけで警備システムが厳戒モードになるなんて…」

「飯田君、パーティー会場に行こう」

「なぜだい?」

「会場にはオールマイトが来てるんだ」

『確かに来てるね。各国のプロヒーローもちょこちょこいたよ』

「そっか、梓ちゃんはさっきまで会場にいたんだもんね」

『うん、いた。通常ルートは全てシャッターが閉まってしまったからもうパーティー会場へは行けないよ。非常階段を使えば近くまで行けるかもしれないけど…メリッサさん、道わかります?』

「ええ…、わかるわ」

「案内お願いします!耳郎さんも一緒に来てもらえるかな」


緑谷の提案で、メリッサの案内の元、彼と耳郎は情報の収集のためパーティー会場近くを目指した。
残された者たちはなす術もなく待つことしかできなくて、シン、と音無く静まり返るエントランスホールで不安げな表情をしている。

そんな中、この場に不釣り合いなほど呑気な声が空間に響いた。


『…九条さんとの約束、2回も破っちゃったなぁ。絶対カンカンに怒ってるよ〜』

「昼もすげえ怒られてたな。ビビった」

『うん、怖かったあ〜。半泣きで謝った。ま、私が悪いんだけどさ!』

「2回目の約束って?」

『直ぐに戻るって言って会場を出てきたんだよ。絶対直ぐに戻れそうにないじゃん?だから怒られるなぁと思って』

「今回は、お前のせいじゃないだろ」

『そうだけどさぁー』

「……一緒に、説明してやろうか?」

『あはは、轟くんが言えば許してくれるかもね』


「お前らこの状況で呑気すぎるだろ!!」


『あ、ごめん』「わりい」


勢いがいい峰田のツッコミに思わず声を揃えて謝った。

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