エースとイゾウに先導され、後ろからハルタに見張られ、梓はわくわくと顔を綻ばせながら船内探検をしていた。
「お前楽しそうだなァ!こっちまで楽しくなってくるぜ。海賊船は初めてなのか?」
『船に乗ること自体が初めてです!』
「へェ、珍しいもんだねェ。お前さんの世界は海賊はいねェのかい」
『うーん…いることにはいますけど、あまり目立ってはいませんね。それに、この世界の海賊とはちょっと違う気がします』
「君らの世界の悪者は、ヴィランって奴らなんだろ?平和なの?」
『たしかに、ヴィランが暴れることはあるんですけど、ヒーローもたくさんいますし、戦争が起こってるわけじゃないですし、基本は平和です!でも最近、平和の象徴と呼ばれたすごいヒーローが引退しちゃって…今ちょっと不安定です…』
少し眉を下げ、不安げに目を揺らすものだから、大変な事態なのだろうとエースも眉を下げる。
「そんなに強ェやつがいなくなっちまったのか。敵にやられたのか?」
『ううん…もう戦えない身体になっちゃったんです。…私がもっと、しっかりしてたら』
「事情は知らねェが、嬢ちゃんが気に病むこたァないんじゃないかィ?」
『いや、私のせいなんですよ。私が、オールマイトを終わらせた』
「お前じゃねェよ。俺だ」
イゾウの慰めに本心を吐露した少女の言葉を真っ向から否定する声は後ろから聞こえた。
振り向けば、目元を吊り上げて怒った表情をしている爆豪がいて、2人が初日に派手な喧嘩をしたことを覚えている面々は「お、また喧嘩か?」とそわそわする。
『…かっちゃんじゃないって』
「違ェ。俺が連合に攫われたからああいう事になったし、てめェが狙われることになったんだろが。何回言わせんだコラ」
『私の件はかっちゃんのせいじゃないだろ。そもそも私は自分の意思で追いかけたわけだし』
「俺が攫われなきゃ追いかけてこなかったろが」
『私がもっと強かったらかっちゃんをとられなかったもん!』
「ああ゛!?自分の身ィ守れなかった俺が悪ィっつってんだろうが!何度も言わせんなや!」
『かっちゃん取り返せないし後先考えずに行動した私のせいだってずっと言ってるじゃん!!』
「だァかーら!!」
「あー待て待て待て!喧嘩はよくねェぞ!とりあえずお前らがお互いを大事にしてんのはわかったから!」
「大事にしてねェわ半裸野郎!!」
『大事だよ!かっちゃんはすごく大事!!だから次は絶対に敵連合に遅れをとらない!!』
「お前そのストレートにモノ言うのやめろや!!」
『あ痛ぁ!?』
「あっお前!女叩くなよ!」
喧嘩中だったのにストレートに大事だと言われ赤面した爆豪は思わずパシーン!と勢いよく梓を叩き、慌ててエースが間に入る中、イゾウとハルタは腹を抱えて爆笑している。
「アッハッハ!こいつら懲りないねェ!」
「く、ふふ、詳しい事情は知らないけど、なに、2人が敵に攫われたところをその平和の象徴とやらが助けに来てくれたけど、戦えない身体になっちゃったってこと?」
「『……』」
「当たりみたいだね。ふーん、なら、お前らどっちも悪くないんじゃないの?」
「は?」『え?』
「悪いのはその連合とやらだろ。なにを難しく考えているのかは知らないけどさ」
たしかに。言われてみれば。
思わず納得して、『そもそも連合がかっちゃん狙ったのが悪いんだ』と自分を納得させるように肯く梓にイゾウが「素直だねェ」と面白おかしそうに頭を撫でている。
なんだか昨日の今日で海賊たちと少し打ち解けている幼馴染に爆豪は思わず顔を引きつらせた。
「平和の象徴とまで言われたやつが倒されるたァ、相当強い敵なんだろうねェ」
「っていうか、何をしたらそんな物騒な奴らに狙われる訳?」
『かっちゃんの素行が悪くて』
「そんな理由で!?」
『ヴィランの素質があるって思われちゃって。目の前で掻っ攫われそうになったので追いかけちゃったら私まで捕まっちゃって』
「勝てない相手に仲間助けるために突っ込むなんざ、イイ心意気だねェ。嫌いじゃねェよ、そういう奴ァ」
『いやでもめちゃくちゃ怒られました』
「そら親御さんも心配するだろう」
『あ、親は死んだのでいないんです。怒られたのは、先生に』
平気な顔で親は死んだとカミングアウトした少女にイゾウは少し目を見開いた。
爆豪は慣れた様子でじとっと梓を見ていて、タブーな話ではないことにホッと息を吐く。
「このご時世、親がいねェのは珍しい話じゃねェが、そっちの世界もなのかィ?」
「……いや、少ねェよ」
「そーか…、ま、嬢ちゃんも見る限り元気に生きてるし、友達もいるし、天国の親御さんも安心してんだろうなァ」
『あはは、どうでしょう。不甲斐なさに怒ってるかもしれませんね』
「不甲斐なさ?」
どういう意味だろう、とエースがおうむ返ししたその時。
爆音と共に船が揺れ、「敵襲だァァァ!!」という叫びと共にカンカン!と敵船を知らせる金属音がけたたましく鳴り響いた。
『敵襲?えっと、海軍ってことですか?』
「いや、違ェよ。定期的にいるんだよ、天下の白ひげに喧嘩売ろうっつう大馬鹿共が」
「大馬鹿共だけど、新世界を渡る猛者ではある。強敵であることに変わりはないからお前たちは船内から出ないように。死んでも知らないよ」
「よし、イゾウ!ハルタ!甲板に行くぞ!」
「「オウ」」
船内が慌ただしくなる中、エースとイゾウ、ハルタがバタバタと走って甲板に行ったのを見送った梓はちらりと爆豪を振り返った。
『…どうする?』
「はァ?首突っ込むんじゃねェぞ。異世界の人間の戦闘力がわからねェ以上、下手に突っ込むのは悪手だろ」
『たしかに…。こてんぱんにやられるかもしれないし、ここはお言葉に甘えて船内に避難してた方が良さそう』
「そだな」
『みんなはどこにいるんだろう?心配だから探そうよ』
「……あ。」
『え?なに?』
「そういや切島達が船員と甲板で釣りするっつってたわ」
『え!?危なくない!?巻き込まれてるんじゃない!?』
「……チッ、仕方ねェ…行くか」
戦闘には加わらないつもりだったが、クラスメイトが巻き込まれているかもしれないと知った以上話は別である。
梓と爆豪はサッと顔色を変えると、甲板までの覚えたての道を走り始めた。
「オイ梓、主観で答えろ。この世界のヴィランは手強そうか!?」
『だからヴィランじゃないって!海賊ね!わかんないけど、白ひげさんの覇気とやらは“絶対死ぬ”と確信するレベルだった!』
「…悪魔の実とやらも厄介そうだしなァ!」
『うん、私たちと違って常に戦いの中にいるような人たちだろうし、一筋縄ではいかないと思う…!っていうか、まず倒せないかも!』
「おいおいオメーらどこに行くつもりだ!?そっち甲板だぞ!?」
船員たちに呼び止められるが梓と爆豪は無視するとそのまま勢いよく甲板に出た。
ー
甲板に出た瞬間飛び込んできた光景に梓は鋭く目をギラつかせると手元にあったモップを持ってダンッ!と飛び出した。
ーガギィン!!
「梓さん…!?」
『ももちゃん大丈夫!?』
八百万の背後で攻撃を仕掛ける男の剣をモップで弾くが、その表紙にモップが折れ、梓は八百万をドンっと後ろに追いやると半分になったモップに嵐を凝縮し2発目の剣を受け止める。
ーガンッ!
『っ、この馬鹿力…!』
「梓さん!」
押され気味になったところで後ろから八百万に創造したであろう刀を渡されるが、その一瞬の隙で梓の眼前まで剣が迫った。
(げっ…!!)
身体を逸らしつつ抜刀しようとするが間に合わない。
できるだけ致命傷を避けようと半身下がった瞬間、ドガァンッ!という爆音と共に男の頭部に爆豪の豪快な1発が入った。
「死ね!!」
普通なら吹き飛ばされるだろう威力なのにその一撃は男の身を仰け反らせただけだった。が、その一撃は梓に抜刀の時間を作った。
バチバチと刀に嵐が凝縮する。
そして、
『かっちゃんナイス…っ、疾風迅雷!!』
嵐が弾け、斬撃が男を後ろに吹っ飛ばした。
八百万を助けに入った2人に近くで見ていた船員たちは騒ついた。
「なんだ今の!?」
「ガキどもだ!昨日から乗ってる異世界の!」
「なんだ、結構戦えるんじゃねェか!金髪と息ぴったりだったな!にしてもあのおチビ、戦闘タイプかよ!?」
「今のやべェ雷みたいな一撃、エース隊長助けた子の能力か!?」
梓は爆豪と「『よし!』」とハイタッチすると八百万の怪我がないことを確認し、広い甲板を見渡した。
甲板内は水面あちこちで戦火が上がっていた。
エースやマルコ、イゾウたち隊長格を中心に敵を迎え討っている。
攻めてきた敵の海賊船はモビー・ディック号の真横につけられていて、モビー程ではないものの相当な大きさで、思わず梓は顔を引きつらせた。
『うっわぁ、規模がデカそうな海賊船…!百ちゃん、他のみんなは!?』
「耳郎さんは、さっき船員の方が船内に引っ張り込んでましたので大丈夫だと思いますわ!ただ、他の4人は見失ってしまって…!」
『甲板広すぎるし敵味方入り乱れてんもんね!そりゃ見失うよ!ちょっと探してくる!かっちゃんは百ちゃんを頼んだ!』
「はァ!?おまっちょっ、待てや!!」
爆豪が掴もうとした腕がするりと抜け、器用に戦場を掻い潜り始めた少女のスピードは流石だった。
ここまで敵味方入り乱れた状態はきっとほとんど初めてだろう。
仮免試験でもまあまあ四面楚歌だったが、あれはあくまでも試験である。海賊は、本気の命の取り合い。
それでも初めの一歩になんら躊躇しない梓に八百万は自分が創造した刀が彼女の力になるようにと願った。自分は戦闘面では隣に立てない。だから、せめてあの刀が友人の命を守るように、と。
そんな八百万の思いに背中を押されるように、梓はクラスメイトを探して甲板を駆けた。
自分よりも2倍以上の体格の男たちが怒声と共にぶつかり合う中、必死にキョロキョロしてクラスメイトたちを探していれば、前方に青い炎を出して戦うマルコを見つけた。
『あっ!マルコ隊長!』
「ああ゛…!?何甲板に出てんだよい!船内に入っとけ!」
『でっでも、轟くんたちがいなくって!見てませんか!?』
「はァ!?轟!?」
この戦地で心配そうに瞳を揺らして駆け寄ってきた梓を面倒見のいいマルコは無視することが出来ず、覇気を纏って敵を蹴り飛ばしながらサッと目で彼女の仲間を探した。
と、その時、
「死ねェ不死鳥マルコォ!!」
「ちィッ、」
前から火炎噴射器を向けられ、これはまずいとマルコは梓を後ろに匿おうとする、が、
『あ、いい。大丈夫』
随分と冷静な声音に驚いてちらりと見れば少女の持つ刀に水と風がギュルル、と集まり、バチバチと青い光が走っていた。
『炎は、見慣れてる』
敵を真っ直ぐ見るその目は強い光を放っていて、そう小さく呟く少女は特に恐怖を抱いている様子でもない。
放射器で炎が噴かれ、梓が刀を横一文字に振り抜こうとした時、真横からズガァン!と氷壁が現れて炎との間に壁を作った。
「誰に炎向けてんだよ、お前…!」
『轟くん!探したよ!!』
青筋を立てて怒っている様子の轟の登場に梓はパァっと顔を輝かせた。
「梓、無事かっ?」
『ぜんぜん無事!君は?』
「俺も大丈夫だ」
「は!?なんだ今の!お前青雉かよい!?」
「??さっき向こうにいたサッチさんにも青雉かって言われたんだが、なんなんすか?」
きょとんと首を傾げた少年に「この世界でその“氷”の能力者はちと有名でねィ」と苦笑いするがよくわかってないようで梓と一緒に目を合わせてまた首を傾げている。
「つかお前、エースと一緒の能力じゃなかったのかよい」
『轟くんは、半冷半燃!右で凍らせて左で燃やすんです!』
「範囲とか、限界はありますけどね。それより梓、やべェことになった。敵船に切島が連れ去られた」
焦った様子で早口で衝撃の事実を告げた轟に梓は『え!?なんで!?』顔を青ざめさせていれば、マルコも苦虫を噛み潰したような顔で、
「ちィっ、切島ってやつの能力は“硬化”だったか!?“個性”を見られて“価値”があると判断されたか…どうせ人質か人間屋にでも売り飛ばすんだろうよい…!」
『え、ヒューマンショップ!?なにそれ…?』
「わからねえけど…不穏な名前だな」
『うん…、あと、いずっくんと上鳴くんは?』
「上鳴がショートして、緑谷が抱えて船内に避難させに行った。八百万と爆豪、耳郎は?」
『百ちゃんはかっちゃんと一緒、耳郎ちゃんは船内。つまり、私たちが切島くんを取り返すしかないってわけだ』
この状況で挑戦的に笑う。
焦りで表情が固かった轟も彼女の笑みを見た瞬間、ホッと息をつくように冷静さを取り戻していて、
「向こうが押されてる。船離して逃げんのも時間の問題だし、逃げられちまったら追いにくい。ただ、黒霧のワープみてえに厄介な個性は持ってねえだろうからまだ時間はある」
『うん、すぐに乗り込む。かっちゃんの時とは違う。まだ十分に手は届く。轟くんはここで、』
「いや、俺も、」
「待て待て待て待て!お前ら乗り込むつもりかよい!?」
今にも飛び出していきそうな2人の襟首をガッと掴めば少し強かったのか『ぐえっ』という悲鳴があがった。
お構いなしに自分の方に引き寄せ、「俺が行ってくるからテメーらは船内で待ってろ」と言うマルコに2人して嫌だと首をぶんぶん横に振っていれば戦火の中を走ってきたサッチが「この状況で何してんの!」とマルコと梓たちを引き剥がした。
「サッチ!」
『べつに、切島くん助けに行こうとしただけ!』
「切島…?あの、硬くなる子か!いや俺さっき後ろから攻撃されそうになったときにあの子が体張って守ってくれたんだよ!ジョズかっつーくらい体からすげェ音してたけど。そいつがなんかあったのか?」
「貴方を庇ったあと攫われたんです。敵船に」
「はァ!?あ…能力者って思われたのか!やべ、それ俺のせいじゃん!」
『え、サッチ隊長のせいじゃないよ。切島くんはヒーローだからあなたを助けたんだと思うし』
青ざめたサッチを責めるでもなくそう淡々と言った梓に轟も「それもそうだな」と頷いた。
「ヒーローってお前…」
『あなた方も海賊、あちらも海賊なので、私たち部外者は船内に引っ込んでいたほうがいいなぁと思っていたところなんですが、友達をさらわれちゃ黙ってられませんっ』
「怒ってるか?」
『うん、怒ってるよ。この世界にヴィランという呼称はないけど、私の守りたいものを傷つけようとする者は、私にとって戦うべき相手だ』
ぷんぷんしている梓はすでに抜刀していて、刀がバチバチと青い光を放っている。怒りで雷がちょっと漏れている相棒に轟は優しげに目を緩めると、よしよしと頭を撫でた。
「そうだな。ヴィラン云々の話じゃないな」
『でも、相手はきっと強い。危険がいっぱいだし、死ぬかもしれないので、轟くんはこの船から援護を、』
「なに言ってんだ。俺はお前の相棒だろ」
緩めていた轟の目がキュッと鋭くなった。
ぽかんと梓の口が開く。
『一緒にくるの?』
「当たり前だろ。ほっといたら死ににいきそうな奴1人で行かせねえ」
『死ににいかないから!まぁでも、来てくれるのは…心強いなぁ』
君はとっても強いから切島くんの救出確率が上がる。と相変わらず自分のことより人のことばかりに考えてる彼女に呆れつつも、少し荷を分けてもらえたことで轟は気合が入った。
『よし、じゃあ早速行こう!』
「おう」
『船と船との接面は人が多くて入り乱れてるから空から行く』
「これ使うか?何かを媒体にしたほうが飛びやすいんだろ」
『あ、うん。轟くん後ろ乗って』
立てかけてあったデッキブラシを轟から受け取ると、それに跨りぶわりと空中に浮き、轟は後ろに飛び乗ると片足を氷で固定した。
「お前ら、本当に行くつもりかよい…相手は歴戦の猛者だぞ!?」
「よし、これでスピードあげても大丈夫だ…。歴戦の猛者なことはわかってます。無理な戦いをするつもりはありません。切島を取り返してくるだけです」
「それが無理だっつってんだよ!俺らに任せとけって!元々俺のせいだし!」
「大丈夫ですよ。俺たちが組めば、どうにかなります。な、梓」
『そうだねぇ、轟くんがいればどうにかなる気がする!それじゃ!』
「アッ行きやがった!どうするマルコ!?」
「おめェは甲板にいろ!エース!おいエース!!敵船乗り込むぞ!!」
ビューン!と風のように敵船に向かっていった梓達にサッチは青ざめマルコは慌て気味に遠くにいたエースに声をかけた。
「もう乗り込むのか!?甲板に上がってきた奴ら全部倒してねェぞ?」
「ガキ2人が敵船に突っ込んだ!!」
「はァ!?マジかよ!?」
「俺とエースであのバカどもを追いかける!サッチ、こっちは頼んだよい!」
「おう!!」
珍しく慌て気味のマルコとエースが飛び出したのを見送りながらサッチは無事を祈りつつ甲板の指揮を取るのだった。
_234/261