三十万打リク◆×op5
次の日、いまだ元の世界に帰れない雄英高校1年A組の8人は、開き直ったように船上ライフを楽しんでいた。
4番隊力作の朝食を「これランチラッシュ超えるだろ!」「マジうめー!」と勢いよくかっこみ、その後洗濯や清掃などの雑用を手伝い、白ひげ海賊団の船員たちと友好的に過ごしている。

見渡す限りの大海原と、冒険譚と、自由で陽気な海賊たちは、彼らの好奇心をくすぐったらしい。
雑務をしながら冒険譚を聞く彼らの目は興味深げにキラキラしていた。


「あんだけ楽しそうに聞かれると、こっちまで嬉しくなるよなァ」

「平々凡々な生活してりゃ眩しく見えんだろい。野郎どもも、汚ねえ部分は話さねェからな」


きっとあの子たちは、家族がいて、家があって、愛されて、守られて育てられたのだろう。
よく笑い、優しい心を持った子たちだと思う。
マルコが「汚ねえところは見せねェまま、元の世界に帰ってくれりゃそれでいいよい」と兄のような目線で子供たちをみるものだから、「面倒見の良さは筋金入りだなァ」とサッチは笑った。


「そういやアイツは?1番ちっせェ…梓ちゃんだっけか?」

「ああ、さっき向こうの甲板でモップ掛けてたよい。音の子と一緒に」


噂をすればなんとやら。
モップを持ってこちらにテクテク歩いてくる少女2人にサッチは「お!」と顔を輝かせた。


「話してェと思ってたんだよな。おーい!嬢ちゃん!こっち来い!」


呼べば、少し不思議そうに首を傾げたもののすぐに来た。後ろの耳郎響香もつられてついてきている。


『なんですか?つぎの仕事?』

「違う違う。モップがけ終わったのか?」

『あ、はい!終わりました。次に何かすることがあればしますけど、』

「いやいいよ。せっかくだし自由に遊んでてくれや。海賊船なんて滅多に乗るこたァねえだろ?」


にかりと笑えば梓もつられたように笑って、わくわくと船を見渡している。


『じゃあ、船内を見てまわってもいいですか!?』

「ちょ、梓。一応ウチら不審者だし」

『あ、そうか』

「ハハッ、気にすんな。別にいいぜ!なァ、マルコ?」

「別にいいが、迷子になるから誰かについていってもらえよい。ああ、エースが確か非番だったな。船尾で日向ぼっこしてるだろうから声かけりゃいい」

『わ、やった。ありがとうございます!耳郎ちゃんやったね』


本当にいいのかな、と少し困り気味な耳郎に対し梓は嬉しそうで、サッチはつられてニカっと笑うと「探検行く前にお兄さんとちょっとお喋りしていこうぜ!」と視線を合わせるようにかがんだ。


『お喋りとは?』

「異世界の住人に会うことなんて滅多にねェからよ、別の世界の話を聞いてみてーのさ!なァ、嬢ちゃんたちはヒーローとやらを目指してんだよな?」

「あ、ハイ。まぁ…まだ1年生ですけど」

「ヒーローがどれだけカッコいいかっつーのは、おたくの緑の地味めの奴に散々聞かされたんだけどよ、」

「ああ、緑谷…アイツ、ヒーローオタクなんで。熱量凄いですよね」

『いずっくんは、ヒーローを語り出したら止まらないからなぁ』

「“個性”を悪用する輩を取り締まるんだろ?正義の味方っつー感じだが、凶暴な奴と戦わねェといけないこともあるんじゃねーのか?女の子なのに、よくヒーローになろうと思ったなァ」


率直に聞くサッチに梓と耳郎はキョトンと顔を見合わせると、慣れた様子で笑った。


「女のプロヒーローも結構いるんですよ?それに、ヒーローの仕事ってヴィランと戦うだけじゃなくて、索敵とか諜報とか、災害救助とか…人が困ってるところに駆けつけるのが、ヒーローなんです」

「へェ、災害救助まですんのか!」

『“個性”によって、災害救助や戦闘とか、得手不得手があるので、チームアップして協力したりするんですよ!私も将来は耳郎ちゃんにチームアップをお願いしたいなぁっておもってて。だって耳郎ちゃん、索敵上手なんだもん』

「梓は救助が下手くそだよね」

『うっ』


友人が誇らしくて自慢げに言うがどうやら恥ずかしかったようで、照れ隠しのように図星を突かれ梓ら思わず言葉に詰まった。


『少しはマシになったと思うんだけど…』

「まだまだでしょ。ま、昨日の救助はがんばったと思う」

「救助が苦手分野なのかよい」

『…まぁ…そんな感じです。私の個性…じゃじゃ馬で、人に優しいものじゃないので、救助に使うにはコントロール力あげないといけなくって…』


苦手なのにエースを救うために飛び出したのか。
マルコは感心したようにほー、と相槌を打った。


「じゃあ、救助向きの個性のやつもいんのかよい」

『いますよ!梅雨ちゃんとかすごいの!あと、百ちゃんも、とっても冷静で!それにね、瀬呂くんの個性はとっても便利だし、隣のクラスもすごい人たちばかりで!みんながヒーローになったら、きっとたくさん人を守れますよっ』

「お、おう……」

「マルコ、なに押されてんだ」

「こんなキラキラした目で見られるのが久しぶりで動揺しちまった。お前、仲間のことが好きなんだなァ」

「本当にな。俺たちも、オヤジと兄弟たちが好きだから、気持ちはわかるぜ!それにしても、お前らはまだ出会って1年も経ってねェんだろ?ほんと仲良いなァ」

「確かに出会って1年も経ってないですけど、ま…この数ヶ月かなり色々あったので。あ、でも…梓と緑谷と爆豪は幼馴染なので、3人は付き合い長いですよ」

「「ああ、だからあんなに派手な喧嘩してたのか」」


納得したように呟けば、喧嘩のことを思い出したのか梓は少し頬を赤らめて『すみませんでした…』と蚊の鳴くような声で謝っていて、思わずサッチはぶふっと吹き出してマルコに叩かれた。


「別に気にすんなよい。それより腕はもう痛くねェか?」

『あ、はい。これくらいの怪我、なんともないです』

「おいおい、梓ちゃんだっけ?ダメだぜ、女の子がこれくらいの怪我とか言っちゃあ!結構ざっくりやってたろ。マルコ、包帯替えたやったのか?」

「朝、消毒と包帯は替えたよい。ヒーローってのは…怪我に慣れるもんなのか?」

「いや、こいつと一緒にしないでください。ウチは痛いの嫌ですから」


耳郎が間髪入れずに否定すれば、梓に『耳郎ちゃんそれだと私が痛いのが好きみたいになっちゃうから』とツッコまれ「あ、ごめん」と謝っていて、
和やかな雰囲気にサッチは愉快そうに笑った。


「ハハハッ、そういやさァ、お2人さんはなんでヒーローになりてェって思ったんだ?」


気になったことを聞けば、2人は少しだけ目を丸くした。
そして、考えるように視線を上にあげ、最初に口を開いたのは耳郎だった。


「ウチは……、最初は親の影響で、音楽の道を目指してたこともあったんだけど、」

『……。』

「お兄さん達は見たことないからわかんないかもしれないけど、ヒーローってさ…人のために体張って、戦って、カッコよくてさ…。ウチもそうなりたいって、思ったから雄英受けたんですよね」

『耳郎ちゃん…かっこいい』

「なに言ってんの。ウチと同じような動機のやつ山ほどいるでしょ。ほら、緑谷とかもそうじゃん?」

『うん、いずっくんは…オールマイトのような、どんなピンチでも笑顔で助けちゃうヒーローに憧れて、ずっと目指してて、かっちゃんは、オールマイトが勝つ姿に憧れて、ヒーローを目指してるんです』

「ま…みんなそんなもんだよ。ヒーローってカッコいいもん。自分の個性で人を救えたらってやっぱ思うよ」

「そーかい…憧れの職業って訳か!」


海賊とはえらい違いだなァ、と面白おかしく笑ったサッチの横でマルコはちらりと梓を見下ろすと、「で、お前は?」と問うた。

サッチが聞いたヒーローの志望動機。梓は人のことを答えただけで自分のことは答えていなくて、純粋に興味があって聞いてみるが、当の本人はうーん、と迷うように唸っていて、隣の耳郎も微妙な顔をしているものだからマルコとサッチは何事かと視線を合わせる。


「どうかしたかい」

「もしかして、聞いちゃいけねェ感じ?」

『あっいや、そういう訳じゃないんです。子どもの頃から当然のようにヒーローになると思ってて、改めてなぜか?と聞かれると少し困ってしまって…。ねぇ耳郎ちゃん』

「ま、梓は特殊だからねぇ」


意味深にそう肩を竦めた耳郎に気になって、サッチ「え、なにか特殊なのか?」と質問を重ねようとするが、そこに赤白ツートンカラーの少年が割り込んできた。


「梓、昼飯の時間らしい。食いに行かねえか」


ぺこりとサッチとマルコに頭を下げながら控えめに梓の腕を引っ張る彼に周りは「ああ、そんな時間か」と太陽の位置を見る。


『轟くん、うん、お腹すいた』

「すんません。俺たち、昼飯いただいてきます。耳郎も行くか?」

「うん」

『サッチ隊長、マルコ隊長、色々お話ししてくれてありがとうございました!』


ぺこりと律儀に頭を下げた少女に思わずサッチは「サッチ隊長だって。クソ可愛い」とマルコの肩をガクガク揺らすのだった。


(やめろよい!)

(だって、あんな可愛い子にサッチ隊長って呼ばれたんだぜ?テンションあがるだろ?)

(それより俺ァ、あいつの言ってた“特殊”さが気になるがねい)





轟や耳郎と共に昼食を食べた後、耳郎は船のメンテナンスのために音を聞いてほしいと駆り出され、轟は緑谷とともに船員の冒険譚を聞きに行った。
梓は1人になり、仕事もなく暇で、船内探検をしようかなぁと先程マルコに言われた通りエースを探していれば、船尾に寝転がる上半身裸の男を見つけた。


『あ、エース隊長』

「んあ?」


組んだ腕を枕にし、顔の上にテンガロンハットを乗せてうたた寝していたエースは名前を呼ばれ、おもむろにハットを避けて梓の方を見た。


「あ。昨日の」

『あ、はい。東堂梓といいます。お世話になってます』

「昨日はありがとな!お前が助けてくれたんだろ?俺ァ、2番隊隊長のポートガス・D・エースってんだ。エースでいいぜ」


お前と話したいと思ってたんだよ、と太陽のようにニカっと笑ったエースは体を起こすと、ちょいちょいと梓を手招きした。

それに倣って、梓はエースの隣に立つとぐっと船縁から身を乗り出す。


『わー!船尾から見る海も壮大ですね!こんな景色初めて見た!!』

「だろ!?海はいいぜ、自由で、デカくて、たくさんワクワクが待ってる!」

『キラッキラですね!』

「おう!あ、そういや今朝、隊長格会議があってさ、ヒーローの事とか色々聞いたぜ!よりにもよって海賊船の近くに現れちまうなんて、お前らも運がないよなァ」


海賊って、お前らの世界で言うところのヴィランだろ?と面白おかしく笑ったエースに梓も苦笑する。


『うーん、ルールに反してるって面ではヴィランなのかもしれないですけど、どうなんだろう?個性を悪用してる訳じゃないしなぁ』

「お前らは、正義の味方なんだろ?カッコいいけど、ちょっと窮屈そうだよなァ!」

『うーん…正義の味方でいるつもりはないですよ、私は』


ルールを破る者を罰するならば、きっと誰よりもルールに忠実でなければいけないのだろう。自由な海賊とは全く正反対の生き方に窮屈そうだと言えば、
とん、と船縁に手をかけ座って、海に向かって足を投げ出した少女の目は、真っ直ぐ青い海を見つめてそう言っていて、エースは不思議そうに首を傾げる。


「違うのか?ヒーローは正義の味方で、悪であるヴィランを倒すって聞いたんだけどよ。お前らはその見習いなんだろ?」

『ヒーローとしての信念って、人によって違うと思うんです!大筋はそうかもしれないけど、私は…、私の守りたいものや、守りたい人の大事にしてるものを何者にも壊されたくなくて、この道を進んでるんです。まっすぐ、曲がらずに!』


ヒーローとは、自分と真逆だと思った。
きっと自分が彼女の世界にいれば、彼女の敵となる存在なのだろうと勝手に思っていた。
自分はあの大悪人、海賊王の息子だから、倒すべき相手なのだろう、と。

しかし、少女は“守りたいと思ったものを守る”と真っ直ぐにそう断言した。
もともと興味を持って話してはいたが、もっと興味が出てきてエースは人当たりの良い笑みを引っ込めるとジッと梓の横顔を見て口を開いた。


「……へェ、ヴィランとか、大悪人でも、守りてェって思うのか?」

『ヴィランだろうが、大悪人だろうが、国だろうが世界だろうが、私が守りたいと思うものを傷つけるなら潰します』


きっぱり、あまりにもきっぱり言うものだから思わず面食らう。
彼女にとって、その人物がどういう人なのかはあまり関係ないらしい。
ただ純粋に“自分が守りたいと思ったものを守る”と断言する彼女の思想は、正義を振りかざす海軍や世界政府よりもわかりやすく納得できた。

それでいて、天竜人ですら敵に回しかねないその危うい思想にエースは少し頬を引きつらせた。


「世界はダメだろ。お前死んじまうぞ」

『ええ…でも、守りたいものを守れなければ死ぬと同義ですもん……』

「ぶっ飛んでんな。仲間を守りてェ気持ちはわかるが、死んじまったら元も子もねェぞ。生きなきゃ、自由に冒険もできねェし上手い飯も食えねェし、宴でどんちゃん騒ぎも出来ねェからな!」

『……ありがとうございます』


微妙な顔で礼を言った後、『でも……私は、そのために生きてるからなぁ』と憂うようにぽつりと呟いた少女の言葉は、あまりにも悲哀に満ちていてエースは思わず言葉を失った。


「………」

『あ、大きな魚がいる』

「………」

『すごいなぁ、グランドラインってワクワクする』

「………」

『あれ、エース隊長?聞いてます?』

「え、あ、ああ!聞いてる!すげェよな、グランドラインは。お前も海賊になりゃいいのに。自由で楽しいぜ!」

『確かに、ちょっと魅力的ですね。あ、そういえば私、エース隊長にお願いがあってここに来たんですよ』

「お、なんだ?」

『船内を冒険してみたくって!でも、迷うからエース隊長に案内してもらえってマルコ隊長が』

「ああ!そういうことか!いいぜ!あそこで盗み聞きしてる奴らもいるから、みんなでまわるか!」

『え?』


エースが指を差した先にいたのはハルタとイゾウだった。
「なんだ、気付いてたのかィ」とくつくつ笑うイゾウに「ヒーロー見習いなら殺気のない気配にも気づかなきゃね」と嫌味まじりに言うハルタに梓は頬を緩ませた。


『隊長さん3人も冒険に付き合ってくれるんですか』

「僕は見張り役だよ。君が良からぬことをしないように」

「にしては興味津々で盗み聞きしてたけどなァ」

「うるさいよ、イゾウ」

『「あはは!」』


エースと梓の揃った笑い声が船尾に響いた。
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