三十万打リク◆×op4
宴は大盛り上がりだった。
最初は警戒していたりぎこちなかったヒーローの卵たちも次第に打ち解け始めていて、船員たちが語る冒険譚に大興奮している。


「マジかよ!その、悪ィことしてる海軍をやっつけちゃったの!?白ひげさんが!?1人で!?」

「やべェ!!1人で10隻沈めるとかオールマイトかよ!?」

「オールマイト並みのパワーだ…!その、白ひげさんの個性はなんなんですか!?大きな体ですけど、超パワーとか」

「グラグラの実っつって、地震人間だ!あのデカさは元からだよ」

「「「グラグラの実」」」


聞き慣れないワードに思わず復唱する上鳴、切島、緑谷にラクヨウは笑う。
敬愛する船長を褒められて気分もいい、子供たちのリアクションも面白い、酒を煽ってガハハと笑えば耳郎が「船乗りって豪快だねぇ」「正しくは海賊ですわ」と八百万と話している。


『グラグラの実!地震人間!こわっ!あ、誰か“類似個性”いなかったっけ』

「ほら!“揺らす”個性の真堂さん!」

『ああ!仮免試験の時に煽ってきた人か』


遠目にその様子を眺めていたマルコは「聞き上手なガキどもなこって」と苦笑するが、隣の酒樽に座るハルタはむすっとしていた。


「家族じゃない奴が船にいるのはあまり気に入らないんだけど」

「……捨て置いたほうがよかったって?」

「別に、オヤジの判断にケチつけるわけじゃないけどさ、あいつらが白ひげ海賊団の敵対勢力の可能性もあるわけじゃん。誰かが潜り込ませた可能性だって」

「ま、ゼロじゃねェわな。“個性”とやらだって未知数だが、まァそれでも万が一は起きねェだろ。奴らが束になっても俺らには敵わねェよい。それは奴らが1番わかってるさ」

「そうだけどさ。…海賊はお気楽なバカが多いから、周りは警戒なんてしてないみたいけど、僕は警戒は解かないよ。マルコも、そうなんだろ」

「そりゃ、長男がしっかりしとかねェとなァ」


珍しくあまり酒が進んでいないハルタと月夜を眺めて真面目な話をしていれば、ふと1人の少年が近寄ってきて2人はぱたりと会話をやめた。
赤白ツートンカラーの轟と呼ばれていた少年だ。


「あの、」

「どうした。あっちに混ざらなくていいのかい」

「俺は、騒がしいのは得意じゃないんで」

「ははっ、そりゃ、海賊向きじゃないねェ」

「で、何か用?」

「ハルタ、聞き方が冷たいよい」

「いや、別に大丈夫です。警戒されているのはわかってます。俺たちも、乗せてもらってる手前申し訳ねえが、警戒してます。…それより、聞きてえことが」


少し大人びた表情を見せる轟にマルコとハルタは目を合わせる。
あまり表情を変えない彼は少しの間黙ると、ちらりと騒ぎの中にいる少女に視線を向け、


「…梓…、あの1番小さいやつの腕の怪我についてなんですが、聞いても自分がやったとしか答えねえんだが…、」

「心配なのか」

「はい。無理をすることが多いやつなので」


心底心配そうに眉を下げる轟にマルコは心当たりがあって、確かにと頷く。
まだあって数時間だが、あの少女が無理をすることが多いと聞いて少し納得した。


「確かに無理をすることが多そうな奴だなァ。手のかかるっつーか…仲間としては気が気じゃねェだろい」

「まァ…、そうすね」

「あれは、オヤジの覇気にあてられて気ィ失ったあの金髪を守ろうとしたときに自分でやっちまってな。気ィ失わないように自傷行為で耐えようとしやがった。まさかそんな行動を取るたァ思ってなくてな、俺たちも焦ったよい。異常事態だったとはいえ、お前の仲間を追い詰めちまって悪かったな」

「………そういうことだったんですね。アイツなんで隠すんだ」

「詳細話したら、あの金髪が気負っちまうと思ったのかもしんねェなァ」


ああ、確かにそう考えそうだ。と轟は内心マルコに納得した。
「教えてくれてありがとうございます」と律儀に礼を言い、輪の中に戻っていき少女の肩をぽんぽんと叩いて何やら耳打ちをしている。


「…仲良いよなァ」

「昼間は派手な喧嘩してたじゃん」

「それはあの嬢ちゃんとツンツン金髪だろ。それに、ありゃ、仲が良いから喧嘩したんだよい。お、戻ってきた」

「今度は何の用」


轟が梓耳打ちした後、暫く話していたかと思ったら2人でタタタッとマルコの下に駆け寄ってきた。
嫌そうなハルタに苦笑しつつ、酒を煽りながら「どうした」と聞けば、


『いや、轟くんがなんか気になることがあるらしくて』

「はァ?」

「いや…覇気って何なんですか?こいつに聞いても気ィ失いそうになるくらいの威圧としか言わなくて」

『それ以外に言えないもん。息できないくらいの殺気?とか?』

「ただの殺気なのか?お前が動けなくなるほどの?」

「ただの殺気じゃねェよい。覇気ってのはなァ、」


と、マルコが説明しようとし始めた時だった。
「でけェ嵐が来るぞォォ!!」という航海士の大声が甲板に響いた。


「マジか!やべェ!」

「おいガキども、船内に避難するぞ!グランドラインの嵐は吹き飛ばされちまう!」


一気に慌ただしく船内に入っていく船員たちにつられて、異世界から来た子供たちも船内に避難する。

マルコとハルタも「話は後にするか」と梓と轟を連れて足早に船内に避難して、数秒後、一気に天候が変わった。
窓から見える甲板はとんでもない規模の嵐だった。


「…天候変わるの早すぎねェか?」

『星見えてたのに…一瞬で変わるとかなんなの…』

「やべェ…外出たら死ぬぞコレ」

『え、この船の航海士さん凄すぎない…?このスピードで変わる天候を予期したの?マジで?』

「これが“偉大なる航路”後半の海、新世界だよい。前半は楽園だったと言って脱落するものも多くねェ」

「あの陳腐なイカダだったら今頃全員海の藻屑だろ。この船に乗せてもらえてヨカッタネ」


グランドライン怖い。と呆然としている2人に対し、マルコとハルタは慣れた様子で室内で飲み直していて、とその時だった。


「あれ?エース隊長は?いねェけど」


1人の船員のキョトンとした声はわいわい騒がしかった一帯を静まり返らせた。
いや冗談だろ?と周りを見渡すが、姿も賑やかな声も聞こえなくて、「マジかアイツ!!!」と焦ったサッチの叫びが響いた。


「マルコ!!やべェ!エースがもしかしたら外にいるかもしれねェ!!」

「はァ!?!?」

「この嵐だよ!?冗談でしょ!?船内にいるんじゃないの!?誰かエースがどこにいったか知らない!?」

「知らねェ!もしかしてまた飯食いながら甲板で寝てんじゃねェのか!?」

「この嵐だぞ。やべェだろ」


思わず絶叫したマルコとハルタに、聞こえていた船員たちは船内でエースを探すが見つからず、
ラクヨウとジョズが小さい窓から荒れ狂う甲板を覗くが大波がうねり人影は見えない。


「すげェ慌てようだな…。そりゃ、この嵐で外にいるとなったら心配だよな。俺たちも探すか?」

『う、うん。でも、寝てたとしても嵐になったら起きそうだし、あの人強そうだったから船内には戻ってそうだけど…』


きっと船内にいるはずだよ、と一緒にエースを探そうとしている轟と梓にマルコは首を振った。


「言い忘れてたが、“悪魔の実の能力者”は海に嫌われてる。カナヅチになっちまうんだよい…。だから、もしエースが外にいたんなら、やべェ。海に沈んじまってるかもしれねェ…」

「あ〜もうあのバカ…!船内にいてくれよ…!」

『カナヅチ…』


まさかそんな制約があったなんて。
心底心配そうに眉を下げるマルコと取り乱すにハルタに、梓は思わず唇を噛んだ。

この船のクルーは全員家族なんだと聞いた。長男のような役割をもつマルコや、末っ子のエース。そして父親が丸ごと愛してくれる。この家族が居場所なのだと、サッチとラクヨウが語っていた。


『…、けなきゃ、』

「梓?」

『助けなきゃ…、このひとたちの、大事な家族を、』


轟は、梓の目が決意に揺れているのを見た。
ヒーローとして、一歩もひかない惚れ惚れする目。

彼女はキッと辺りを見渡すとパニック状態でてんやわんやしている中、『耳郎ちゃん!!』と友人の名を呼んだ。


「な、何?びっくりした…」

『音!聞いて!!エースさんの音!!』

「ああ、そういうこと。いいよ、任せて」

「梓、お前…そういうことか!いいぜ、俺たちも乗った!」

「切島ちょっと静かにしてて!他のみんなも、出来るだけ静かに」


床に膝をつき、集中するように目を閉じた耳郎のプラグが床に刺さる。
何をする気なのかはわからないが、切島や緑谷たちに静かにしてほしいと言われ、船員たちは息を殺してその様子を見守った。

そして、


「…見つけた。…、船内じゃない、甲板にいる、?柵のところで不自然な音がする。引っかかってんのかも!」

『よっしゃありがとうあとは任せて!!』


耳郎の聴力を信じて、梓は勢いよく甲板に続く扉を開けると嵐の中を飛び出した。


「おい!?おまっ…死ぬぞ!?」

「マルコてめェも死ぬぞ!下がってろ!俺が行く!」

「サッチ、僕も行くよ!」


ああ、こういう時に能力者は使えない。
サッチとハルタが梓を追いかけて外に出たのを見送りながら己の拳をキツく握りしめた。


「俺も行ってくる」

「轟くん、僕も行くよ」

「ガキは行かせねェよ。待っとけ、てめェらんとこのじゃじゃ馬娘も、ウチの手のかかる末っ子も、サッチとハルタが連れ帰ってくる」


続こうとした轟や緑谷、そして爆豪の首根っこを掴みながら、マルコは祈るように窓から見える嵐を見つめていた。





暴風雨で飛び出した少女を追いかけて甲板に来たはいいが、自分が吹き飛ばされそうになってサッチは慌ててポールに掴まった。
後から来たハルタも懸命に前に進もうとするが足の踏ん張りが効かず、体が浮きそうになる。

と、その時、


『わぁ2人ともきちゃったんですか!?』


意外と平気そうに甲板を走る少女が振り返ったものだからサッチとハルタは「え?」と素っ頓狂な声を出した。

梓は、大の男が立っていられないほどの嵐で、立っていた。
彼女の体は水と風を混ぜたようなベールに覆われていて、まるで暴風雨と一体化しているようで思わず目をかっ開く。


「え、嬢ちゃん、」

「どういうこと…!?」

『あ!私の個性は、“嵐”なんです。自分の周りの風と水はコントロールできるんでベールで一体化してるんですけど…、まァこの規模の嵐は初めてなので早々に頭痛くなってきました…!さっさとエースさんを救助してきますっ』


“嵐”の個性。
そう笑った少女は暴風雨の中、その悪天候を感じさせない太陽のような笑顔で安心させるように目を緩めると、『大丈夫。ぜったいに守ります』と言い切って、暴風雨の中に姿を消した。


「はァ…!?」

「え、死ぬんじゃないの、あの子…!」


そして数分後。


気を失ったエースを背負った小柄な少女がゼェゼェ息を切らしながら船内に戻ってきた。


「「「エース!!」」」

「「「梓!(嬢ちゃん!)」」」


重かっただろうに、ふらりと膝を崩すとエースをゆっくり床に下ろし、びしょ濡れの状態で自分はバタン、と倒れるものだから周りは大慌てである。


「梓!大丈夫か!?」

「てめェ生きてんだろうな!?」

『だいっ、じょうぶ…げほっ、ちょっと、しんどっ…。グランドライン怖い』

「音で生きてるとはわかってたけど、ちょっと途中ヤバくなかった?」

『エースさん、ぎりぎりで、海に落ちちゃって、追いかけたら、大波に巻き込まれて、マジで死ぬかと』

「マジかよ梓ちゃんこの海に飛び込んだの!?」

『う、うん…上鳴くんの時の、海王類?いるかもって怖かったけど、いなかった。良かった』

「良かったじゃないよ本当めちゃくちゃ心配したんだよ!?確かに梓ちゃんの個性は“嵐”だから、僕らが追いかけるように全然有利だけどさ、この嵐は規格外だし!梓ちゃん救助下手だし!」

「緑谷さんのおっしゃることもわかりますが…、この方をお救い出来るのはこの中では梓さんしかいませんでしたわ…。ご無事で何よりです」

『あー…しんど、立てない。このまま寝るね…』


外の嵐に合わせるために、個性を過度に使用したのだろう。
床に突っ伏したまま気を失うように寝た少女に周りはますます心配そうに慌て始めて、「とりあえず風邪ひかねえように服乾かすか」と轟が左手を梓の背中に当てる中、爆豪が抱き上げて外傷がないか確認している。

救出されたエースはううん、という唸り声と共に目を覚まして、ガバッと起き上がった。


「ハッ!人魚!!」

「起きたかバカエース!心配かけやがって!人魚じゃねェよい!」

「あれっ?マルコ?人魚は?いたんだよ、さっき外で力が抜けちまって海に投げ出された時にさ、必死にこっちに手ェ伸ばしてくれた子が!あれ絶対人魚だろ!」

「ちげェよバカ」

「グラララ!エース、借り作っちまったなァ」


白ひげの笑い声と、呆れて額を押さえているマルコや他の隊長格を見て、昼間に現れたびしょ濡れの少女を見て、エースはやっと少しずつ状況を理解し始めた。


「…え?アイツが、人魚?」

「人魚じゃねェよい」

「“嵐”の能力者なんだと。あ、“個性”か?制約も多いみてェでな、お前助けんのに無理しちまって気絶するように寝ちまったよ。助けられたな、エース」

「……」


サッチに説明され、ああ、そういえば、と思い出す。

嵐の中、ずっと名前を呼ばれていた。ナースとは違う、まだあどけない少女の声で必死に「エースさん」と。
ふと目を開けた瞬間に大波が襲ってきて海に投げ出されて、船縁に掴まっていた少女の驚愕の目と目が合い、その子は海に飲み込まれる自分を追いかけるように身を投げ出したのだ。

躊躇いがない、弾丸のようなスピードで濁流に突っ込むと、自由の効かない海のはずなのにぐんぐん自分への距離をつめ、力の入らないエースの腕を引っ張ってくれた。


「…、アイツだったのか」

「アイツもだし、もう1人の嬢ちゃんもお前のことを音で探してくれたよい。礼、言っとけよ」

「おう…」

「グラララ!ガキども、ウチのエースが世話んなったなァ!そのチビは大丈夫かァ??」


地響きのような笑い声。
白ひげに言葉を向けられ、円になって梓を介抱していた子供たちは白ひげの方を向いた。
触診していた八百万が「一応、無事ですわ。個性の使い過ぎで疲弊はしていますが」と返せば、「そりゃあ良かった」と白ひげはまた豪快に笑う。


「これで貸し借りは無しだなァ、ガキども!好きなだけこの船に乗りゃあいい!!息子が世話んなったんだ、野郎ども、歓迎してやれィ!!」

「「「ウォオオオ!!」」」


「うわ、また盛り上がっちまった。こりゃ宴の再開じゃねェか?ちと飯作ってくるわ」

「ハハッ、すげェなあの嬢ちゃん。今日1日で2度もオヤジを感心させちまったか。マルコ、あの子絶対大物になるよなァ。仲間になりゃ毎日楽しそうだ」

「イゾウ…てめェ気に入ってんじゃねェよい。その内元の世界に戻る奴らなんだからな」


突然現れ、白ひげの覇気を耐え、エースを救った。
それ以外は普通以外の何者でもない少女だが、白ひげ海賊団の隊長格は彼女の非凡な才に少しずつ気付き始めていた。


「ねェマルコ、あの子らの話じゃ、ヒーローとやらになる学校に入ってまだ1年経ってないんだよね?」

「ああ」

「それまでは普通の一般人って事だよね。放電した金髪はそんな感じがするけど、エースを助けたあの子…肝座りすぎじゃない?普通この嵐の中、見ず知らずの人間助けるために飛び出す?」

「それもだが、覇気を耐え抜くことも、今となっちゃ信じられんねェよい。普通、ちと戦闘訓練したくらいじゃ泡吹いて倒れんだろ」

「才能、といえばそこまでかもしれないけど、ちょっと驚くよね。普通にしてる分にはよく笑うふつーの年相応の女の子なんだけどさ。あ、そういやあの子供ら何才?」

「15だと」

「わっか!!マジでガキじゃん。この船託児所じゃないんだけど」


面倒そうに眉間にシワを寄せそう言ったハルタにイゾウとマルコはぷっと吹き出した。


「託児所って…上手いこと言うじゃねェか」

「お前も世話係の1人だよい」

「冗談やめてよ。まぁ……ウチの末っ子が世話になった分は、見てやらんこともないけど」

「お、ハルタ。珍しいじゃねェか」

「………本当に、ちょっとだけだけど、“ヒーロー”とやらの片鱗をみた気がしてね。少し興味は湧いた」


嵐の中、まるで太陽のような笑みで自分とサッチを安心させるために“大丈夫”と言った少女は正しく“ヒーロー”だった。
有言実行で、本当にエースを抱えて連れ帰ってきた。

少し興味が湧いたハルタは、明日話しかけてみるか、と先ほどとは違う感情で梓を見つめていた。
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