やっとの思いでパワー系敵の分身に渾身の峰打ちを入れれば、分身は消え去り本体に戻った。
その本体も限界だったようで目を回して倒れている。
『っ、』
痛みに耐えつつ刀を仕舞うが、鞘に戻ったその音に少し安心してしまって力が抜けてしまった。
ふらりと体が後ろに傾く。
あ、やばい、地面に背中が、と顔をしかめた瞬間、
「あぶねえ、!」
倒れそうになったところを轟に受け止められるが、轟も痛みで力が入らず2人してフラついてぺたんと地面に座り込んだ。
『しんど…かった、』
「…ああ、」
轟の胡座の上に後ろから抱えられるようにちょこんと座った状態。
体重をかけてしまっている彼には申し訳ないが疲れて動く気にもなれなくて、
『からだ…動かん、』
「ん。…、とりあえず、1番ヤバそうなやつ倒したから、大丈夫だろ…」
幼馴染2人を見れば、緑谷と爆豪がパワー系敵をロープで縛っていた。
『えー…なんであの2人あんなに動けてるの…こっち、結構ギリギリだったのに、』
「わりい、俺が、近接戦闘で遅れをとったから」
『いやそもそも轟くんの炎熱なしでは勝てなかったよう…うう、頭いた…』
「しんどいな…大丈夫か?」
『君も大丈夫?、あいつパワー馬鹿だったから、痛かったねえ』
「ん。すげえ痛え…。ズキズキする。なァ、」
『ん?』
「炎の中で、無事でいてくれてありがとな…」
肩に顎を乗せそう小さく呟くが、当の本人はなぜお礼を言われるのかわからないようで、首を傾げ『うん?』とうなるものだから、轟は思わず苦笑する。
轟からしてみれば、あの選択はかなり大きな決断だったのだ。
あの炎が、どれだけ熱く恐ろしいものかは自分がよく知っている。
父親の呪縛から抜け、炎を使うようになったがコントロールはベタ踏みで安定しない。仮免試験では手元が狂って梓を燃やしかけたこともあるし。
だから、“私に構うな。炎熱を”と言われた時、すぐさま嫌だと思った。
俺はまだコントロールが安定しないし、お前もコントロールは苦手分野だ。もし誤ってお前を溶かしたらどうするんだ。と頭の中でぐるぐる考えるが、それを一掃するかのような“轟くん、たのむ”という心からの叫びに応えずにはいられなかった。
梓が前に言ってくれたことを思い出した。
“一緒に上に行こう”
ああ、そうだ。ここでこいつを信じられなくて上に行けるもんか。
ハッとして、一気に炎熱を上げて梓ごと敵を巻き込めば、その中で彼女は敵のスピードを凌駕し、倒してくれた。
そのタイミングですぐに氷漬けにした。
あまり彼女が炎に巻き込まれる所を見るのは嫌だが、彼女の呼びかけに応えない方が嫌だった。
「ありがとう、」
『……君にお礼を言われる理由がよくわからないけど…でも、私こそありがとう。轟くんが、炎熱をあげてくれなかったら、九条さんか、叔父さんが、死んでたかも』
「………」
『1人じゃ守れなかった。…一緒に守ってくれて、一歩踏み出してくれて、ありがと』
「…当たり前だろ」
常日頃から少しでも重荷を背負えればと思ってはいたが、実際に言葉で“一緒に守ってくれてありがとう”と言われると、不思議と感慨深い気持ちになる。
力になれたのか、と暖かい気持ちになり、轟はフッと頬を緩めていれば、ズカズカと爆豪がこちらに歩いてきた。
「コッチがせっせと敵縛ってんのに何くっついてやがんだクソどもが!!」
「痛たた…結構、ヤバい敵だったね…!」
しんどそうに歩いてきた爆豪に腕を掴まれ強引に轟の胡座の上から引っ張られ、よろけた所を心配そうな緑谷に支えられる。
「爆豪…何すんだ」
「あ゛?」
「あー2人とも喧嘩しないで…!梓ちゃん大丈夫?平気…、じゃないか。しんどそうだね」
『うん…、でも、九条さんたち、追いかけなくちゃ…、いずっくん、かっちゃん…歩けるの?凄いねぇ』
「梓ちゃんたちはカナタさんたち側で庇いながらの戦闘だったから本領発揮できてなかったでしょ?梓ちゃんも疾風迅雷使わなかったし、轟くんも炎は控えめだったし。僕らは思いっきりやれたから、なんとかね」
『ああ…そういうことか。ね、いずっくん…みんなと約束したんだ…追いかけなきゃいけない、』
「梓ちゃん……」
『でも、私…ごめん、フラついて…ごめんね、いずっくん、おぶって連れて行って』
「っ謝らなくていい!謝る必要ないよ!梓ちゃん頑張ったね。僕らが合流する前から戦ってるんだもんね、凄いことだよ!背負うから、すぐに九条さんたちに追いつこう!」
涙目でよしよしと頭を撫でてくれる緑谷に、子供の頃は逆だったのになぁと少し自分がなさけなくなりながら梓は彼に背負われ体重を預ける。
『ごめんね…、情けないや。こんなことになっちゃって、なんか、私何してんだろ。いずっくん、かっちゃん…とどろきくん、ごめんね、巻き込んで』
「ここが襲われたのは梓ちゃんのせいじゃないし、むしろ君がいたから未だ犠牲者が出てないんだよ。あと、僕たちは、来たくて来たんだから。巻き込まれたくて来たから、そこも謝るのはなし!」
『ううん、でも私が、頼りになる当主だったらみんなもっと早くに動いてくれて、3人が怪我することもなかったかも。自分が頑張ればいいやって…見ないふりしてきた罰かなぁ…』
ほんとにごめんね、と緑谷の背で涙ぐみ唇を噛みしめる少女に、喧嘩しかけていた爆豪と轟も眉を下げたピタリと争いをやめた。
『みんなの言う通りだった…。私が、一族の者を奮い立たせないといけないのに、家督争いではやられっぱなしで…、とにかく自分が強くなればいいやとしか思ってなくて…、』
「「「……。」」」
『頭のどこかではわかってたけど…、自分のことでいっぱいいっぱいで、こんなことになるまで…、九条さんやカナタ叔父さんが危なくなるまで、私、周りを動かそうとしなかった…。当主になることのほんとうの意味が、わかってなかったのかもしれない。そのせいで、みんなを危険に晒して、』
「違うだろ」
『!』
遮ったのは轟だった。
彼は今にも溢れそうなほど目に涙を溜めている梓の頭をよしよしと撫で、乱れた髪を優しく耳にかけると、目線を合わせてもう一度「お前が言ってることは間違ってるぞ」と言葉を重ねる。
「そもそも、あのカナタ達の方がお前よりも長い間一族の中にいて守護に徹しているはずなのにあの体たらくだっただろ。梓が引っ張ったから、あの人たちが機能したんだ。あの人たちだけだったら、最初に犠牲者が出てたと思う」
『……』
「梓ちゃんはカッコ良かったよ!!本当に、戦いながら手元狂いそうになるくらい感動したもん!君の叫びは、カナタ派閥の人たちにも絶対に届いてたと思う!」
あの時の叫びは、緑谷たちにも聞こえていた。
“あなたたちが、怖くてうずくまったって、誰も助けてくれないし、敵は待ってくれない…、時間は止まってくれない!あとで後悔したって、悲しんだって、守れなかったものは戻ってこないッ!!”
あれは、きっと梓がずっとハヤテから言われて来たことなのだろう。
東堂一族の矜持なのだ。
梓が何故、どんなに相手が強大な敵でも迷いなく一歩を踏み出すことができるのか、少しわかった気がした。
彼女はいつも心の中であの叫びを自分に向けているのだ。
どんなに怖くて、辛くて痛くても誰も助けてはくれないし敵も待ってはくれない。時間も止まってくれない。
あとで、どんなに悔やんだって、悲しんだって、守れなかったものは戻ってこない。
だから、歯を食いしばって足を踏み出すのだ。
「梓ちゃん、ヒーローだったよ…。オールマイトみたいな、最高にカッコいいヒーローだった!」
『いずっくん…、』
「大丈夫だよ。梓ちゃんは頑張った!むしろ頑張りすぎ!僕が保証する!」
よしよーし、だから泣かないでー。
と慰める緑谷と轟のおかげでやっと涙を引っ込めた。その間、爆豪は眉間にシワを寄せつつじっとこちらを見守っていた。
ー
その後、無事に九条たちや、敵を制圧した相澤と合流した後にプロヒーローが現着し、バンティッド強盗団は全員お縄となった。
怪我をしていた梓達4人は病院に運ばれ、治療を受け事情聴取を受け、
気づけばとっぷり日は暮れていた。
切傷などをリカバリーしてもらい、一眠りした後すぐに彼女が気にしたのはカナタの安否だった。
無事だと聞き、病室に行ったはいいものの、何度『叔父さん』と呼んでも、頭に包帯を巻いて仏頂面で窓の外を見ながらガン無視してくるカナタに梓はぷくっと頬を膨らます。
『叔父さんってば』
「………」
『頭大丈夫なの?』
「………」
『うう、そんなに無視しなくていいじゃん…。勝手に叔父さんの部下怒鳴り散らしたのは謝るから』
「………」
『ねぇってば…。…唯一の血縁者と、あまり仲違いしたくないよ』
ぽつり、泣きたくなるほど悲しい声でそう漏らした少女にカナタはぴくりと反応する。
ベットのそばに立つ姪っ子をちらりと見れば、へにょりと眉を下げていてカナタはうっとバツの悪そうな顔をした。
「当主が、そんな情けない顔をするとは言語道断だぞ」
『!やっと喋ってくれた。頭大丈夫?叔父さん、あのね、九条さんと心操を守ってくれてありがとう。叔父さんが入ってくれなかったから、あの2人危なかったと思う』
「……守護が為、当然のことだ。お前に礼を言われる筋合いはない」
『………そうだけど、でも、私にとってあの2人は、とても大事な人だから、ほんとにヒヤリとしたんだ』
「ならば自分で守り通せるようになることだな。お前のような貧弱者が、」
いつものようにそこまで言ったところで、ふと今日の戦闘が思い出されカナタは口をつぐんだ。
ハヤテが死んで、梓を当主の座から下ろそうと考えて、体育祭でのみっともなさや敵連合に連れ去られたという不甲斐なさを周りに説き、自分派を増やしてきた。
が、今日の戦闘はそれを霞ませるほどの立派な立ち回りだった。
この数ヶ月でここまで成長したか。
この数ヶ月、どれだけ努力し、精進したのだろう。
そして何より、重すぎる東堂の使命を真正面から受け止め背負う少女に、それを理解して寄り添い共に戦う仲間がいた。
「梓……、」
『…はい、』
「お前は背負う気でいるのか、東堂としての宿命を。あの、業を」
『…その覚悟なら、とうの昔の時にした。継承式でもそう言ったはずだけど』
「その後体育祭でみっともない姿を晒したろう」
『あれは…!ちがうんだよ、背負いたくなくて泣いたんじゃなくて…、かっちゃんが、一緒に守ってくれるっていうから…。一族の面倒さは知ってるはずなのに、それでも私と一緒に守ってくれるっていうから、』
「………」
『情けないってわかってるよ。お父さんは1人で背負ってた訳だし、他人を頼っちゃいけないってのもわかってる。…九条さんに怒られたし、』
「何と言われた」
『個性に恵まれない難しい立場で、代々当主が大いなる守護の意思を柱にどっしり立ってくれていたから面目を保ってられたのにって。守護一族に待望の個性持ちが現れたと、関係者は期待をしているのに、って』
「そうか、もはや呪いだな」
『え?』
「呪いだと言っているのだ。俺が継ごうとしたもの、お前が継いだものは。守護の意志?周りからすりゃ立派なのかもしれんが、俺たちからしたら呪いのようにまとわりつく重苦しい思想だ。こんなこと、部下の前でも言えんがな」
『……叔父さんも、そんなこと言うんだね。誇りしか持ってないと思ってた』
「………改めて言おう。お前、座を降りる気はないか?確かにお前は俺よりも相応しいのだろう。たとえ俺が当主になってもお前ほど人は守れんだろうが…、もしお前が少しでも降りたいと思っているのであれば、俺は継ぐ準備はできている」
『え…?あの、叔父さん、もしかして…ずっと叔父さんが、継承したいって言ってたのって、』
その呪いのような意志を私から引っ剥がすため?
恐る恐る問うた梓に、カナタは答えなかった。
だが、彼の目を見て、やはり自分の仮説は間違ってないのではないかと梓は確信を強める。
カナタは、梓の身を案じて継ごうとしていたのだ。
やり方は乱暴だし汚いし歪んじゃいるが、それでも、その呪いのような意志がどれほど重いかを知る1人として、唯一の血縁者として、梓の未来を案じて。
梓は驚きつつも、カナタを安心させるように少し笑った。
『大丈夫だよ…。背負う覚悟はもう、ずっと昔からしてたし』
「……。」
『…確かに、叔父さんの提案に乗って逃げることもできる。誰かを守れなかった過去は、私のせいじゃないって言い聞かせることもできる。でも、生き様で後悔したくない。確かに叔父さんが心配してしまうくらい、私は未熟者だけど、』
生き様で後悔はしたくない。
その言葉に少し目を見張ったカナタだったが、ずっと立っていた梓がベットの端にそそくさと座り、ポケットから取り出した携帯の画面を見せてきた。
『内緒だよ?この写真、初めて轟くんやいずっくんと共闘した後の写真。みんなボロボロでしょ?でもね、轟くんといずっくん、あと飯田くんが一緒に守ってくれたから誰も死なずに済んだんだ』
「この2人は…、今日駆けつけてくれた子たちか」
『そう。いずっくんは、かっちゃんと一緒で幼馴染。そして轟くんは…相棒なんだよ』
「今日も、協力してたな」
『うん!みんなね、一緒に守ってくれるって言うの。それにね、相澤先生はずっと私を気にかけてくれるし、心操は、私だけの眷属になってくれると言うし、』
「……」
『叔父さん、私、この存在に…幼馴染や、ヒーロー科で出会った人たちに心を守ってもらってるんだ。つぶれないように、って』
「…そうか」
カナタは、次に見せられた文化祭の集合写真を見て自然に笑みを浮かべていた。
可愛らしいドレスを着た梓の隣にはドラムの撥を持つ爆豪がおり、逆隣にはTシャツを着た轟がピースしている。周りも弾けるような笑顔で思い思いのポーズをしており、上鳴が持つうちわに描かれた“マジ守護天使”という文言に思わず笑ってしまった。
「無礼で小癪ではあるが、頼もしい子達だな」
『これから、敵連合の動きも激しくなると思うし、厳しい戦いが待ってるだろうけど…私の心はこの人たちに守ってもらっているから、だから、私は私の守りたいと思ったものを全力で守るために身を引くつもりは一切ないよ』
「そうか……」
きっぱり申し出を断られ、カナタは一つ大きなため息をつくと起こしていた体をベットに沈めた。
「良くないところも兄貴に似やがって…」
『う、そりゃ似るよ…先代の背を見て育ったんだもん』
「破滅的な生き方は身を滅ぼすぞ、肝に銘じておけ」
「ご心配なく」
カナタの厳しめの忠告にそうつっけんどんに返したのは梓ではなかった。
『心操…なんでここに』
「アンタを探してたんだよ。やっぱりここか」
病室に入ってきて、カナタにご心配なくと返したのは心操だった。
彼はだるそうに髪をかきあげるとズカズカとベットの近くまで寄り、熊のある目つきの悪い目でカナタを見下ろす。
「破滅的な生き方は俺がさせない。一族の矜持なんか糞食らえと思っています。ただ、俺はこいつだけの為に、」
首にかけられたチェーンの先に、リングが光る。
かつてハヤテの側近、眷属であった梓の母がつけていたものだ。
「こいつだけの眷属です。破滅的な生き方をさせるくらいなら洗脳して屋敷の大柱に縛りつけますのでご心配なく」
『えっ怖!』
「…フッ…貴様のような不届き者がそのリングを持つとは、本当に…裏切ってくるな」
「難しいことや一族の面倒なところは九条さんに任せておきます。俺は、梓が嫌なことはさせないし、辛いこともさせたくない。しんどければ代わりにやるし、重圧から逃げるのもアリだと思ってる」
『心操…、そ、そんなこと言ったらまた怒られ、』
「守ればいいんだろ。人を守ればいい。俺はアンタと一緒にヒーローになってるって決めたからな」
「……」
宣戦布告のようにそう言った心操にカナタは諦めたようにふと笑う。
「わかったよ。好きにしろ」
「『え?』」
「何を驚いている。自分で言ったんだろう」
「え、いやそうですけど…あれ?もっと嫌なやつじゃなかったっけ」
『いや、私もそう思ってたんだけど、なんかちょっと雰囲気がおかしくて、微妙に和解したかも』
「心操といったか」
「あ、ハイ」
「お前の主張を否定はせん。だが、胸に秘めておけ。その主張は、公の場では梓の敵を作りかねんからな」
「…」
「……関係各家は、貴様も知っている通り守護一族に心酔している。まるで神のように崇め奉る奴もいる。お前は賢そうだから、わかるだろう。…上手くやれよ」
東堂一族の関係者で心操の主張を否定しなかったのはカナタが初めてだった。
思わず梓を顔を見合わせて面食らうが、
「俺だってしがらみも多い。助けてはやれん。お前が上手くやれば、梓は息がしやすくなる。学べよ、小僧」
フッと目元が緩められ、心操は思わずいい返事で首を縦に振るのだった。
(あれ、俺…アンタが嫌味言われてると思って慌ててきたんだけどなんかちょっと違った?)
(ううん…私も良くわかってないけど、もしかしてお家騒動終結?)
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