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「…カハッ…、」

「は…、?」

『叔父さんッ!!』


血を吐き、膝から崩れ落ちたカナタの手には折れた刀が。
そりゃそうだ、剣技に優れている九条の刀さばきですら耐えきれず折れたのだ。きっとカナタは自分が割り込んだとしても受け止めきれないとわかっていたはず。
わかっていたはずなのに、捨て身で自分を守った彼に九条は混乱した。


「カ、ナタさん…?なんで、」

「ゴホッ…、守護が為、だ」


一言、そう言って痛みに耐えるようにカナタが目を閉じる。
守護が為、体が動いたのだと。

カナタを呼ぶ部下たちの叫びが場にこだまする。
「カナタ様!起きてください!」「カナタ殿が怪我を…!ああ、なんてこと!」「九条を、庇うなど、!」と口々に部下が叫ぶ中、
もう一度敵が雄叫びとともに拳を振り上げた。


(やべえ、カナタさんを…おいて避けるわけには、)


座ってカナタを支え、振り下ろされる拳を呆然を見上げる彼の視界に今度は見慣れた制服が現れる。
刀で受け止める態勢をとったのは、まだ未熟な剣士であるはずの心操だった。


「九条さん、その人連れて下がってくれ!!」

「心操、お前じゃ無理だ…!死ぬぞ!」

「けど、!」


拳が振り下ろされる。思わず心操の制服を引っ張って自分の後ろに庇おうとするが間に合わない。
と、その時、遠くでドンッ!と雷が落ちたような音が聞こえたかと思うと雷光が煌めき、次の瞬間には3人の前にはリンドウの家紋が広がっていた。


ーガキィンッ!!


間一髪。割り込んだ少女は、パワー系敵の渾身の一撃を真っ向勝負で受け止めた。

無理が祟ってゼェゼェと呼吸もおかしく、血が流れすぎフラついているが、彼女の目は強くぎらついていた。


『時間、かぜぎ……あり、がと…っ』

「お嬢……おま、無理し過ぎ……」

『九条、さん…おじ、さんは……』

「あっ、息はある…気は失っちまってて…、頭殴られたから、ちと危ないかもしれねェ…」

『っ、そう、ごめ…、カナタさん連れて、みんなをつれて、もっと、遠くに…行ってもらっていい…?』


それは梓にとって苦渋の決断だった。
九条たちがこの敵を梓たちに任せてもっと遠くへ避難しなかったのは、まだ敷地内に他の敵がいるかもしれないからだ。
だから、戦いを邪魔しない程度の距離を開けて、傍観していた。

しかし、予想以上の強敵と数が分散したことによる戦闘範囲の広がりは、守る戦いをする彼女たちに負担を強いていた。


「お嬢……」


きっと梓は判断したのだろう。

このまま九条や守るべき人々がここにいれば戦闘の邪魔になるし、危険も及ぶ。
もちろん、この場を離れたとしても残党という危険性はあるが、そこは、


『…、九条さんたちに、あとは、任せて…いい、?』


泣きそうに顔を歪め、敵の攻撃をギリギリで抑えながらそう窺う少女に、九条はグッと拳を握りしめると「当たり前だろ!!」と頷いた。

こういう時のために自分たちはいるのだ。


「全員まとめて、安全な場所まで連れていく。お嬢、苦労かけたな。こっちの心配はすんな」

『ごめん、ね……、これで、私も、かっちゃんも、轟くんも、本気で戦えそ、う!』


きっと、範囲を制限した中で戦っていたのだろう。
本当に苦労かけたな、と九条はその小さな背中に一度だけ触れると、すぐにカナタを背負った。


「このまま、俺たちだけで敷地外に出るぞ!ここはお嬢らに任せよう!」


先導するようにそう言えば周りは戸惑いつつもそれに従うように九条に続くが、
それを阻むように抗議の声がちくりとなった。


「俺は反対だ。この先に残党がいるかもしれない…!俺たちだけでは、」

「そうだ、個性をブーストさせるような奴らだぞ…?俺たちだけで何ができるってんだ」

「東堂一族として武器の所持は認められていても、個性の使用は認められていない。もし、敵がいたらだれが戦うんだよ…」


この期に及んでそんなことを言うのか。
呆れを通り越して怒りがこみ上げてきて、九条はカナタを背負いながら彼の部下を睨みつけた。

それは心操も同じようで、目つきの悪い目でじろりと近くの部下を睨みあげている。


「テメェら…、何がために、ここに、」

「本気で、言ってるのかよ」

「わかんねぇのか、テメェらは今、カナタさんの意志を踏み躙ってんだぞ。お嬢の決断も。早く、この人を治療しないといけねェから、お嬢はそう言う決断を…」

「そっそれは…だいたいお前が攻撃を受け止めきれねェからカナタさんが庇う羽目に…!!」

「んだと…?今まで刀すら抜けなかった腰抜けどもが、」

『ああうるさいなもう!!』


ーガキィンッ!!


梓の苛立った声と同じ、もう一度軋む身体でギリギリ攻撃を受け止める音が響き、九条とカナタの部下たちの口論が止まる。

少女は体全体をプルプルとさせながら傷だらけの体で立って、攻撃を止めていて、
大きく息を吸うと『いい加減にしろよ、』と怒りや悲しみを含んだ声を震わせた。


『馴れ合ってる暇があるんならば剣を抜け…っ、あがけ…!それが守護だ!…いいか!?その家紋をつけてる以上、どんなに怖くても痛くても辛くても泣きたくても、歯くいしばって、前向かなきゃならないんだ…!!先代たちの想いを、助けを求める人の声を、守れなかった全てを…、背負ってなお立たなきゃならない…!!』

「…お嬢……」

『あなたたちが、怖くてうずくまったって、誰も助けてくれないし、敵は待ってくれない…、時間は止まってくれない!あとで後悔したって、悲しんだって、守れなかったものは戻ってこないッ!!』

「………」

『わかったら早く行け!!頑張ってよ!!私も頑張るから!!こいつら倒して絶対追いかけるから!私、カナタ叔父さんもだれも死なせたくないんだよ…!!守りたいから、その家紋つけてるんだったら、私に力をかしてよ!!』


涙交じりの絶叫だった。

今までバカにされっぱなし言われっぱなしだった現当主の叫びに、頑なだった人々の心が徐々に奮い立つ。
梓の行動と叫びは、凝り固まっていたカナタ派を動かし始めていた。

眉間にしわを寄せ、何かを飲み込むように息をすると1人、また1人と抜刀し始める。

久しぶりに、背負う家紋に重みを感じた。


「お嬢様にここまで、言われんと目が覚めんとは…」

「よもや、頬を叩かれたのようだね」

「……、情けないねェ…、愚鈍な当主にここまで言われるとは。愚鈍…いや、愚鈍だったはずの当主に、」


守護の意志。
理解していたつもりだった。だから、それを高らかに叫ぶカナタに賛同したのだ。

でも違った。
理解していたつもりで、本当の意味ではわかっていなかったのかもしれない。
その意味を理解し、重みを感じ、それでも守護の炎を延々と燃やしていたのは、幼い少女の方だった。


カナタの側近頭は、九条の背にいるカナタを自分の背に移動させると、ポカンとしている九条に向かって
「九条、我々は当主様の部下であるお前に従おう。指示を!」とハキハキとした声を出した。


「エッ!?」

「ボサッとするな。現当主の足をお前が引っ張るか」

「あっ、了解!お嬢、轟君、緑谷君、爆豪君、ここは任せた!!」


ここは彼らに任せて皆さんこちらへ!バラバラにならないように!
カナタの側近頭の言葉でハッと我に返った九条の号令が響く。


『うん…っ、任された!!』


ニッと口角を上げた少女に九条は大きくなったなァと感涙しそうになるのを堪えると、しんがりを務めその場を去った。


一般人を守るように抜刀したカナタの部下が陣を組み、敷地内の雑木林を駆け下りる。


「九条さん、避難するったってどこに?」

「とりあえず、この見通しの悪い雑木林から出て敷地外に出さえすれば大丈夫だろ!」


後ろで九条と心操の会話が聞こえる。
そんな中、側近頭の背に揺られながら、霞む視界ではあるがカナタは意識を取り戻していた。


「…、なァ…」

「カナタさん…!よかった、意識が戻られたんですね!」


背から聞こえた主人の掠れた声に側近頭はホッと安堵して「今、九条の指示で避難を、」と状況の説明をするが、


「大きく、なったよなァ…」


という、カナタの初めて聞く切ない声に思わず「え?」と戸惑った。
カナタの声は掠れ、自嘲するようで、何かを思い出すようにため息をつく。


「梓…、ガキの頃……痛い怖いって、あんなに泣いてたのになァ……」

「………」

「似なくていいところまで、兄貴に似ちまって…、可哀想に、…、」

「………」

「継いで、やりたかったなァ……。普通の、女の子にしてやりたかった…」

「カナタさん…」

「でも、…あいつの言う通り……、俺じゃ、継げないんだろうなァ…」

「………」


痛みに浮かされた独り言のような小さな呟きは側近頭にしか聞こえない。

カナタがあの家を訪れたのはあの少女が3歳の頃。
もしかしたら、辛い叫びを聞いたのかもしれない。
ハヤテとの確執もありそれ以降、公の場以外で会うことはなかったが、幼子の泣き言をカナタは忘れられなかったのかもしれない。

ハヤテが継いだ時はなにも言わなかったのに、何故彼が梓の代になる前に自分が継ぐべきだと言い始めたのか、側近頭は少しだけ悟った。


(……、回りくどいし、歪んじゃいるが……あの子の為だったのか、)


きっと、後でもう一度聞き直したところで肯定はしないだろうが、独り言のようなそれにカナタの本心を垣間見たのは側近頭だけだった。

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