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ボロボロの正装から心操が持ってきてくれていた制服に着替えた梓は待合室で刀を袋に入れて、手続きを終える相澤を待っていた。
と、その時、


「お嬢様、いえ…当主殿、」


後ろから聞き覚えのある声で名を呼ばれ振り向けば、今日お見合いをする予定だった加賀見朔太郎がいた。
頑なに当主殿と呼ばなかった彼のおずおずとした声音に梓は首を傾げる。


『加賀美さん…お怪我は?』

「何もありませんよ。僕も、父も、他の関係者も。家の宝物庫も、イレイザーヘッドが屋敷内の敵を抑えてくれたことで全て無事でした。家の者も、全員避難していたので、被害は最小限です。本当に、なんと感謝すればよいのか、」

『………』

「かつて我が家は東堂家に救われました。強盗や破落戸からいつも守ってもらっていて…時代が変わっても恩を返すことは家訓でした。そして、今日、また…あなたに救われた。感謝してもしきれない。それと同時に、僕は、あなたのことを何もわかっていなかった。きっと不快な思いをされたでしょう。申し訳、ありませんでした」

『…ああ、散歩に行った時のことを言ってるのであれば気にしないでください。私だって、反論とかしなかったし。それに、未熟者なのは仰る通りなので』

「いえ、宇佐美殿が言っていました。東堂一族は言葉ではなく背で語るのだと。その背に惚れて、人が集まるのだと。当主殿の戦う姿を見て、思い知らされました。先日はご無礼を…」

『むしろ私こそすみません…。お見合いだったのに、バンティッド強盗団をすぐに制圧できなかったから、』

「ああ、あの状況では無理でしょうな。その、お見合いの件についてなのですが、」


今日予定していたお見合いはバンティッド強盗団の襲撃のせいで取りやめとなり、後日開かれることとなったと九条に聞いたばかり。
その件だろうか?嫌だな、と梓が少しだけ眉間にシワを寄せていれば、目の前に立っていた加賀美朔太郎がぐいっと横に押し退けられた。


「うおわ!?」

「退け、ボケカス野郎」

「いきなり現れて酷いな!?」

『おうかっちゃん、怪我もう平気?』

「おう、リカバリーされた。それより、」


突然現れたのは爆豪だった。
彼は乱暴に朔太郎を押しのけると、まるで彼から距離を取らせるように自然に梓を後ろに押しやりソファに座らせる。

そして、警戒するような鋭い眼光でギロリと朔太郎は睨まれ、その威圧感に息ができなくなった。
殺気だ。これで本当にヒーロー志望かと思うほどの。
爆豪は一歩、朔太郎の方へ足を踏み出すと脅しのように掌をチラつかせつつ、


「テメェにゃ渡さねェよ」


一言。その一言で朔太郎は彼がなぜ自分に殺気を向けてきたのかを悟った。
梓だ。そういえばそもそも彼らが加賀美邸にいたのは、此度のお見合いを壊す為だったと聞く。


「こちとら10年も前から……いや、そんな話をしにきたんじゃねェ、オイ、朔太郎とか言ったな?」

「あっ、ああ…」

「こいつは、俺と結婚すんだよ。だからテメェの出番はねェし、入る隙もねェ」

『え?なんの話?』

「黙ァってろ。こいつの親父も了承済みだ。わかったか?許嫁って奴だ。テメェとは付き合いの長さもちげーんだよ」

『え?なんの話?』

「空気読め馬鹿黙ァってろっつってんだろ!後な、例えテメェがカナタ派から寝返らなくたって、こいつの家を援助する家がなくなったって、痛くも痒くもねェんだよ。なんたって、俺が、将来No. 1ヒーローになって世界に名轟かせて大金持ちになんだからな」

『え?そんなすんごい夢持ってたの?』


きっと梓の反応を見る限り、許嫁などハッタリだろう。それでも、爆豪のその感情が、嘘偽りない事は朔太郎にもわかった。
そして、梓という存在に少し苦労していることも、なんだか噛み合っていない2人のやりとりを見て察していた。

思わず朔太郎はプッと吹き出してしまい、「ああ゛!?」と爆豪に威嚇される。


「馬鹿にしてんのか!?」

「ああ、悪い!馬鹿にはしていないよ。当主殿の幼馴染の爆豪君だよね?…話は分かったよ。でも、ちょっと勘違いしているみたいだ。僕は、お見合いの件で話に来たとはいったが、それは次の日程の話ではないよ」

「『え??』」

「此度の縁談を破談にしようと思っていてね」

『え!!』「なっ!」


すぐにパァっと明るくなった2人の表情を見て、それだけ悩ませてしまっていたのかと朔太郎は申し訳なくなりつつ口を開く。


「お嬢様、いや…当主殿に一目惚れをしたことは本当だ。でも、縁談は…そう事を急かなくてもいいのではないかと思っているのです。はじめは、当主殿が、24代目に相応しくないと思っていたのでカナタさんに家督を譲る為にも早めに縁談を進めた方が貴女のためだと、それがあなたの幸せだと思っていましたが、どうやら違うようだ」

「『……』」

「惚れ直しましたよ、24代目。しばらくお側で力になりましょう。そして、いつか、」

『やった縁談破談した!今日は赤飯だよかっちゃん!!やったー!!』

「えっ、お嬢様!?話の途中…」

『いずっくんと轟くんにも報告しにいこ!!ねー早く!あっ!いずっくんの言った通りになったよ!?私派にしつつ縁談は破談にするって!いやー色々しんどかったしキツかったけどなんか一件落着って感じだ!かっちゃんはーやーく!あっ、朔太郎さんさようなら!またいつか会う日まで!』


じゃ!と手を挙げた梓は、膝をつき忠誠を誓おうしている朔太郎に、放課後のような軽めのテンションで別れの挨拶をすると爆豪の腕を掴んでぐいぐいと進み出した。
これには流石の爆豪も一瞬朔太郎に同情してしまうが、そもそもの元凶コイツだったわ、とすぐに恨みを思い出すとザマァみろとばかりに鼻で笑っていて、


「エッ…まだ話の途中…っていうか、君そんなに弾ける笑顔が出来たんですね…。つら、」


朔太郎は心が折れた。


その後、嬉しそうに待合室から出た幼馴染は晴れ晴れとしていて、久しぶりに見た明るい表情に爆豪は色々あったが一件落着か、と眉間のシワをゆるめた。

とりあえず、縁談は破談である。
加賀美はまだ何か言いたそうにしていたが梓が会話をぶった切っていたし、その後いろいろ付き纏ったとしてもまた返り討ちにすればいいだろう。
縁談もなくなり、お家騒動も今回の件を持って梓派に傾きそうだ。

少しでも彼女が息がしやすい環境になればいい、と爆豪は言葉には出さずとも常日頃から思っていた。


ふと、前を歩いていた梓が振り返る。


『あ、かっちゃん、そういえばさっき…どうして嘘をついたの?』

「あ?」


目をまん丸させてそう問うその優しい双眼に、そういえばさっき自分は守りたいが為に焦ってとんでもない発言をした事を思い出し爆豪は思わず顔を赤くした。


「っ…ああそうだよありゃ嘘だ!誰がテメェみてーなちんちくりんのアホと結婚なんざするか!してェなんてカケラも思ってねェ!」

『いやわかってるけど。だから、なんで嘘をついたのかを』

「それはっ!…、前に言っただろーが、どんな手を使ってでも助けてやるって」


確かに言った。
あの日、梓が爆豪に助けてほしいと頼んだ日。
彼は彼女を抱きしめて「大丈夫だ。ぜってェなんとかする。この際、使える手全部使ってどうにかしてやる」と言い聞かせるように言った。

その後、喧嘩をしてひどいことを言った自覚もあったし、それがキッカケで梓が縁談を受けたり、と色々ありはしたが、
本心が変わったことは一度だってなかった。


『…かっちゃん、あの日、あんなに怒ってて嫌そうにしてたのに、結局助けてくれてるんだから優しいよねぇ』

「……るせェよ。別に、びーびー泣かれたら心臓に悪いだけだ」

『ねぇねぇ、かっちゃんはどんな人と結婚したいの?』

「はァ!?」

『いや、今回結婚をめっちゃ真剣に考えて…、いずっくんやかっちゃんは将来どんな人と結婚するのかなぁって思ったんだよ』

「んなこと考えたこともねェよ。しねェかもな」

『え、しないの?』

「さァな。…お前は?」

『……私は、かっちゃんの言うとおり、そもそももらってくれるような人がいないかもなぁ』

「ハッ、そうだろうな。仕方ねェから、俺がもらっ」

『でも、ずっと1人でもいいかなと思ってたりもするんだ。だって、私と結婚したら絶対しんどいし、面倒なことばっかりだし、そして何より、後継を作るべきなのかどうかも悩んでいて。こんなこと九条さんに言ったらめっちゃ怒られちゃうけど、この重圧を私以外にかけたくはない。あ、さっきかっちゃんなにか言いかけた?』

「おもっくそ言いかけたわ。お前マジでクソだな」

『ええ、ひど』

「あと、いい加減家のこと考えずに少しは好きに生きろよ。んで、もし後継が出来たとしても、テメェが好きに生きさせりゃいい話だろ」

『…ははっ、いばらの道だ』

「そんくらいのいばら、俺が爆破してやらァ」


できるかなぁ、と困ったように笑う梓の頭を爆豪が押さえつけるように撫でていれば、前方から相澤が歩いてくるのが見えた。

押さえつけていたはずの頭はするりと抜けると相澤に向かって駆け寄っていく。
相変わらず無愛想で口数が少ない担任に随分懐いているようで、爆豪は思わず顔をしかめつつその背を追いかける。


『先生!聞いてください!朗報が!』

「病院では静かに。どうした?」

『あ、すみません。縁談、なくなりましたっ。朔太郎さんが引っ込めてくれて』

「ほう」


本当か?と相澤から視線を投げられ爆豪が頷けば、少しホッとしたように「何はともあれ、良かったな」と口元を緩めた。


『はいっ』

「しかし、こちらが手を打たずとも向こうから引っ込めるとは、心変わりか?」

『ええと、なんか見直した?とか縁談はそこまで急がなくていいと思ったとか?』

「……ん?それ、延期になっただけじゃないよな」

『え゛?いやいやいや、かっちゃん、なくなったよね?破談になったよね?』

「あー…、」


どういうことだ?とまた自分に視線が投げられ爆豪は梓の説明の仕方が悪い、と頭をかいた。
そもそも朔太郎の意図をちゃんと理解していないのだ。

彼は、此度の縁談は取り下げたが、梓を諦めたわけではない。
今度は半強制的ではなく正々堂々と、そばで力となりゆくゆくはもう一度縁談を組みたいと思っているはず。半強制的ではなく、円満に。

それを理解していた爆豪が梓の頭をガシッと掴んで押し除けて、怪訝な顔をしている相澤に伝えれば彼は「ああ、そう言うことか」とボサボサ頭をかいた。


「東堂、爆豪が一緒にいて良かったな。お前だけだったら加賀美朔太郎の真意に誰も気付けず楽観視するところだったぞ」

『え?なんの話です?』


お前本当に危ういな。爆豪、しっかり見とけよ、と相澤が引き気味にそう言った時だった。


「当主殿ー!!」


パタパタと廊下を走りながら追いかけてきた朔太郎に梓は何事だと肩をびくつかせた。
爆豪と相澤が警戒する中、当の本人は「朔太郎さん?なに?忘れ物ありました?」と素っ頓狂なことを聞いている。

朔太郎は梓の目の前で止まると、相澤と爆豪など見えていないようにガッと膝をついた。


「当主殿、先ほども申しましたが僕はあなたに惚れ直しました。これからも加賀美は東堂一族に尽しましょう。共に歩みましょう。そして、先の話にはなりますが、いつか、あなたと共に、」


頬を赤らめて自分を見上げる朔太郎に何事だと目を白黒させていればパタンッと後ろから耳を相澤に押さえられ梓は何も聞こえなくなった。


『んん?』


耳を押さえられたまま後ろを振り向けば、虫を見るかのような目で朔太郎を見下ろしている相澤がいて、思わず『ひい』と声を漏らす。


「お前ちょっといい加減にしろ。俺と同い年だろ。普通に考えて犯罪だぞ。引っ込め」

「え゛。僕はただ、当主様に思いの丈を伝えようと」

「だからそれをやめろっつってんだよ」

「梓がテメェみたいなカスに靡くわけねェだろうが。引っ込め。せいぜい貢いでろ」

「そういうことだ。帰るぞ、爆豪、東堂」

「うっす」

『えっえっ何も聞こえない。えっ耳押さえたまま帰るの?いいの?朔太郎さんなんか涙目だけど先生何言ったんです!?』


その後、相澤と爆豪が朔太郎とどう言う会話をしたのこ聞くが、結局教えてもらえずにモヤモヤとしたまま過ごす梓だったが、
寮に帰って、クラスメイトたちと赤飯を炊いてお祝いしてすべて忘れたのだった。


(え、じゃあ奪うとか意気込んで行ったはいいものの、結局全て解決したきっかけって梓ちゃんのカッコ良さじゃね!?)

(うるせェアホ面!)

(デクくんもっかい言って!)

(馴れ合ってる暇があるんならば剣を抜け、あがけ!それが守護だ!)

(かっこ良すぎかよ…!ってか、一言一句覚えてる緑谷やばない?好きすぎでしょ?ちょっと執念感じて怖いんだけど)

(三奈ちゃん、それは言わない約束よ)


お家騒動 完
_154/261
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