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梓は、緑谷と相対していた敵を轟、爆豪とともに4人で袋叩きにして倒した。


「ありがとう、助かった…ちょっと厄介な個性だし、建物に傷つけたらマズイかもと思って遠距離攻撃が使えなくってさ…。っていうか梓ちゃん怪我してる、大丈夫?」

『ん、今それどころじゃないんだ。さっき戦いながら説明したけど、バンディット強盗団が…』

「うん、事情は把握した。とりあえず、この梓ちゃんをいじめて困らせるカナタさん派の人達を避難させるってことだよね」

「緑谷、俺の言えた義理じゃないがお前結構酷いぞ」

「間違ってることは言ってないと思うけど。それより、あいざっ…イレイザーヘッドはまだ交戦中なんだよね?大門を壊したパワー系の敵も見当たらないし、カナタさんたちがこの人らを連れて敷地外に避難して、僕ら仮免ヒーローがここに残って強盗団を制圧するのがいいんじゃないかな。カナタさんたちだって、戦えるんだし」

『うーん……、でも、もしこの人たちが残党に会ってしまったら』

「その為にカナタさん達がいる。あのハヤテさんの弟さんで梓ちゃんの叔父さんでしょ?強いんでしょ?」

『知らない。私は叔父さんと剣を交えたことはないし』


コソコソと話す仮免ヒーローの子供達と“脆弱”で“泣き虫”で“器ではない”ハズの現当主に、カナタ派閥の傘下たちは戸惑い始めていた。
広間、階段踊り場、そして中庭での戦闘で前に出て家紋を広げ戦ったのは、ずっと“脆弱”で“泣き虫”で“器ではない”と陰口を叩いてきたハヤテのひとり娘だ。

信じ、付き従ってきたカナタではなく、その部下でもなく。部下も少なく派閥も少ない少女が戦った。
汗を流し血を流し、時には目をギラつかせながら、人を守る為に小柄な体をめいいっぱい使っていた。


(ああ、そういえばひいお爺ちゃんが言っていたな…)


ふと傘下の1人の男に昔の記憶が蘇る。
その男は曽祖父の代に守護一族に救われていた。
その曽祖父が庭に咲くリンドウを見ながらよく言っていた。


“あの一族は、背で…目で、行動で語るのよ。薄っぺらい言葉なんぞなんの防具にもならん。あの目に惚れ、あの背に守られ、あの行いに付き従いたくて儂は奉公するのじゃ”


あの一族は器用に生きるのが下手なバカ正直者の集まりだから、彼らが騙されないように損をしないように、彼が純粋な守護の意志でまた人を救えるように、苦手な部分のお手伝いをするのが、我が家の宿命だと。

ずっと言い聞かされてきたのを思い出した。


「お嬢様…いえ、当主殿…、」

『…?ごめんなさい、今ちょっといずっくんと話し合ってる途中なので。っていうか誰…』

「バカ、宇佐美家だよ。ほら、曽祖父の宇佐美実頼さんを19代目?が守ったって、それ以降ずっと援助してくれてんの」

『九条さん凄いな。むりむり、覚えらんない。私が助けたんじゃないし』

「いいえ、当主殿、私は貴女様に救われました。今日三度も。カナタ殿の“格言”に惚れて、カナタ派閥を名乗っていましたが、今この時をもちまして宇佐美は、貴女様に付き従いましょうぞ!貴女様の目に惚れました!曽祖父の言っていたことは間違いではなかった…!」

『えぇ…何これ何時代怖あ…。さっきまで脆弱な!とか言ってたじゃんこの人ぉ』

「ばっかお嬢の良さわかってくれてたんだよ素直に受け取ろう!?」


ありがとうございます宇佐美殿!と梓の代わりに九条ががばっと頭を下げる姿を見て、この人はこの人なりに苦労してるんだな、と緑谷が少しだけ気の毒に思っていれば、1人の男が梓に近づいていこうとするところを轟が険しい顔で腕を掴んで止めていた。


「なに近づいてるんですか」

「と、轟くん…?その人誰…ってア゛ッ」

「いや、梓お嬢様に声をかけようとしただけだが」

「ダメだ」

「エッ、イタタタ」


わあ、轟くん掴んでる腕がミシミシいってる。
緑谷は思わず顔を青ざめさせるが彼の心情は十分理解できた。轟が止めた男は自分も知っている、梓のお見合い相手である加賀美朔太郎だ。

梓が九条と宇佐美と心操に気を取られている間に牽制するようにこれでもかと朔太郎を睨む轟と爆豪に(ヒーローの目つきじゃないな…!)と思うが、止める気にはならない。


(こいつが梓ちゃんのことを好きになったからこんなことになったんだし…)


と、八つ当たりのような感情に自分も大概だなと思っていれば、ふと足元に影が出来た。


「え?」


影?晴れているのに?
ふと上を向いて、驚いた。
マントを着た、かなり大柄の敵が降ってきたのだ。
恐らくバンディット強盗団のパワー系敵だと緑谷はサァッと顔を青ざめさせると、「来るぞ!!」と叫んだ。


ードガァァン!!


地面が抉れるほどの衝撃に地が揺れる。
戦える人間それぞれが、戦えない人間を庇って後ろに下がった事で真ん中にクレーターが出来た。


「パワー系だ!大柄だし、被害が広がる!早くみんなを下がらせて!」

『これは…っ、ちょっと考えたくないけど脳無レベルの馬鹿力じゃない!?まともに力比べできるのいずっくんくらいだぞ!』

「デクだけでどうにかできる相手じゃねェ!クソだりィが、」

「4人で、やるぞ…!」


大柄敵が、ガァアアアア!!と人とは思えない叫び声をあげる中、心操や九条たちが一般人を出来るだけ遠くに下がらせたのを見届けると、梓は左手を鍔にかけつつダンッと地面を蹴る。

反対側からは緑谷が突っ込んでくるのが見え、爆音とともに爆豪が上から爆破しようと降りてきている。
ふと敵の足元を見ればがっつり凍らされていて、
幼馴染トリオは(イケる!)と口角を上げると、それぞれが斬り合わないように気をつけつつ最大火力をぶつけた。


ードガァァンッ!!


緑谷の最大フルカウルシュートスタイルが大型敵の脇腹にめり込み、梓の疾風迅雷が腹部を掻っ切り、爆豪のハウザーインパクトが追い打ちを食らわせる。


(僕たち近接攻撃してんのにハウザー撃つ!?)


ハウザーインパクトは爆豪の最大威力だ。
梓の疾風迅雷と合わされば爆風はとんでもない。
爆風に飛ばされ、屋敷の壁にガンッとぶつかるように着地し、反対側にいた少女をハッと姿を探すが、心配の必要はなかった。


「はは…、」


吹き飛ばされ壁にぶち当たる前に爆豪が壁と梓との間に滑り込んで受け止めていて、無事だった。ハウザーを撃ってすぐに彼女の後ろに回り込んだのだろう。

そりゃ、かっちゃんが梓ちゃんのことを気にしてない訳ないか。少しは僕の心配もしてほしいところだけど、と苦笑いをするが、「終わってねえぞ!!」という焦った轟の声で現実に引き戻された。


3人の最大威力攻撃が炸裂し、手応えもあったし倒せないわけがないと思ったが、たしかに轟のいう通り、爆風の中に敵の気配を感じた。
と同時、梓が自分を後ろから支えていた爆豪の腕を背負うように掴むとガンッと壁を蹴る。


ードガァンッ!


梓と爆豪がいた所は大型敵の攻撃で派手に抉れていた。


『あぶなっ…』

「お前、今の見えたんか…」

『見えなかった、けど、空気が揺れたのでわかった。あと、音で…ちょっと信じらんないんだけどあれ見てよ…』

「あ?…なんだ?なんか、一回り小さくなってねェか…!?」


「梓!爆豪!上に避けろ!!」


轟の声に反応して、爆豪は梓の腰に手をまわすと真下に掌を向け爆破し、高度を上昇させた瞬間真下に敵の攻撃が掠める。
と、そこでやっと気付いた。


『「3体!?」』

「元の大型ヴィランが分裂した!全部で6体いるぞ!」

「はァ!?パワー系の個性じゃなかったんか!」

『ウワッ、マジだ!6体いる!私たちの攻撃を分岐に、分裂したんだ!しかも私たちを攻撃してきた威力を見るに、パワー系能力も健在なんじゃない!?』

「分裂!?どういうこと!?」


次々と襲ってくる敵の攻撃を避けつつも4人は混乱していた。


『轟くん横!氷壁出して!』

「梓ちゃんかっちゃん挟み撃ちにされてる!」

「梓下がれ!!」

『ッと、なんだこいつらちょっと俊敏だぞ!?』


「確かバンディットの構成員に触れた対象を分を持つ奴がいたぞ!ただ、情報じゃたしかに分裂させても2人まで!6人に分裂してるってこたァ、個性をブーストさせる薬を使ってやがるかもしれねェ!緑谷君、お嬢!ブーストさせる個性が厄介なのは知ってんだろ!?気をつけろよ!」


突然の敵増殖にてんやわんやになっている4人に助け舟を出したのは九条の情報だった。


『…、このパワー系個性も、もしかしたらブーストかけてるかもしれない!みんな、気をつけて!』

「テメーに言われなくとも気ィつけてるわ!ちィッ、全員意地でも周りに飛び火させんじゃねェぞ!!」

「「『おう!』」」


そして、4対6の戦闘が始まった。





激闘だった。
爆風と氷壁と炎と雷と水が入り乱れ爆発し、かなり距離を取っているはずなのに踏ん張らないと立っていられない。


「やべェな…!」

「あれが…梓お嬢様と、ヒーロー科の友人達…」

「九条さん、梓の状態結構ヤバくないですか」

「ああ…、」


梓だけではない。
4人ともギリギリの状態であるのは九条も察していた。近接で敵の攻撃をモロに受け吹っ飛ばされる轟を助けるように梓が飛び出すが、血を流しすぎているのかフラつき攻撃を完璧に受け流せず2人揃って糸の切れた人形のように転がる。

爆豪も緑谷もそれぞれ敵を相手にしており、フォローに入れる状況ではなかった。


『っ〜…!』

「ぐっ…、」


2人が同時にダウンしたことでフリーになった敵3体が離れている九条たちの方へ向かう。


「やべえ…ッ、」

『あっ、駄目…そっちには、行かせない…!!』


軋む身体に鞭を打って梓は必死に追いかけた。
あの敵を、人がいる所に向かわせてはならない。
人が、死んでしまう。守りきれない。

がくん、と膝をつきそうになるが、刀を抜き吐きそうになるのを無視してブーツに嵐を一気に纏わせる。


そんな、ギリギリの状態で自分たちを守ろうとこちらに向かう少女に、九条は堪らず抜刀して叫んでいた。


「お嬢、大丈夫だ!!俺がいる、俺が守る!どんな敵相手だろうが時間稼ぎぐらいは任せろ!お嬢は息整えて、」

『っ、くそ、轟くん、立って!お願い!私ごとでいいから!炎熱あげてアイツの動きを、っ』

「〜ッ、左は、ベタ踏みになる…!周り、溶かしちまう!」

『ううっ…、轟くん!私に構うな!ゲホッ、九条さんを、炎熱で、手助けしてっ、ああ!!』


敵の1人が加賀美大五郎に襲いかかる。
九条は大きく息を吸うと、近くにいた者たちを乱暴に突き飛ばし前に出ると刀で振り下ろされた腕を受け止めた。


ーズゴォンッ!!


「ハッ…!!とんでもない衝撃だな…!!お嬢たちこんなの相手にして、」

「九条さん、残り2体もこっちに向かってきます!」

「心操下がれ、っ、お前じゃ、無理だ」

『九条さん!!!轟くん!!たのむ!私ごとでいいから!!氷は砕かれるけど、炎熱なら!!』

「っ…!梓、信じるぞ!溶けるなよ…!!」

『うん!!』


ブワッと熱が向かってくる。

梓は最後の力を振り絞るように自分の周りに圧縮した水の膜を張ると、敵2体に追いつき、マントを掴んで思いっきり引っ張った。

そのまま自分ごと炎熱の中に飛び込むと、熱さに悶え動きの鈍くなった敵2体に雷混じりの強い峰打ちを食らわせ、雨が蒸発しきる前に炎熱から飛び出す。
と、同時に轟が見計らったように氷を出し、一気に空気を冷やし、同時に梓がノックアウトした敵2体を凍らせた。


「『っ、よし!!』」


とんでもない捨て身の連携技である。

相変わらずお互いの命預けるような無茶な連携の仕方をするものだ、と九条は将来が不安になりつつも目の前の敵に集中せねばと刀を握る手に力を込めるが、
いかんせん相手は強い。パワー系の個性持ち、しかもブースト済みである。

立て続けにくる攻撃をどうにかいなすが、


「チッ、」


3発めの拳打を刀で受けた瞬間、パキンッと切ない音がして刀が折れた。

あ、ヤバイ。振り下ろされる拳を前に頭は妙に冷静だった。
自分を呼ぶ少女の泣きそうな声が遠くに聞こえ、お嬢が頑張って2体も倒してくれたんだから、時間稼ぎくらいはしてやりたかったな、とコンマ数秒の間に少し後悔をする。

が、ドゴォンッ!!という音の割に痛みは来ず、九条は状況が理解できなくて目をぱちくりとさせた。
いつのまにか自分を守るように前に出ていたのは、同じリンドウの家紋をつけた、男。

重い拳をくらったのは、九条ではなく、梓の叔父の東堂カナタだった。
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