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廊下の角を曲がって広間が見えなくなった頃、


『避けてッ!!』


前を走っていた梓が弾かれたように足を止めると、焦った表情で後ろを追いかける心操と九条の胸をドンッと押した。


「え!?」「は!?」


と、同時にいくつもの刃が真横の階段からドドドッ!と少女を襲う。


「梓!」「お嬢!」


長く伸びた鋭利な刃は幾重にも重なっており、梓は隙間に体を滑り込ませながら(インターンん時に切島くん達が倒した個性ブースト敵と類似個性…!)と顔を引きつらせた。


「ヒャハハ!俺の刃に人が生きられる隙間はねェぞォ!!」


怒声とともに階段を登って姿を現したのは身体中から刃を出した黒いマントの男。


『っ…』


たしかに人が生きられる隙間は無さそうだ。
加えて、抜刀できるスペースもないし服が刃によって壁に固定されてしまっている。
また数本、梓目掛けて刃がヒュン!と伸びてくる。

焦って飛び出してくる九条と心操を横目に、梓は一回だけ深呼吸をすると、全身から雷を弾けさせた。


ードンッ、バリバリィッ!!


激しい雷撃によって体表近くの刀がボロボロと崩れ、抜刀スペースが出来たと同時に一気に嵐を解放し、周りの刃を薙ぎ払う。


ーズガァンッ!!


『あっぶな…かった!』


荒れ狂う風雷に敵は吹き飛ばされるが、ダメージは与えられなかったようで「ヒャハハ!やるじゃねェかチビ!」と猟奇的な笑い声をあげながら壁を走ってきた。


『エッ、身軽すぎ、』


足の裏から刃を出し、壁をザクザクと刺しながら電光石火の如く突っ込んでくる敵はステインを彷彿とさせる。
本気でやらなきゃやられる。
先ほどのサボテン攻撃で身体中切り傷だらけでじくじくとした痛みが脳に響くが、無理やり刀を構え、戦闘体勢に入る。

一瞬で間合いを詰められ迎え討とうと刀を振り上げるが、真横から利き腕に植物のツルがギュルルッと巻きついた。


『エッ、新手…!?』


腕だけじゃない、腰、足にも巻きつき一気に身動きが取れなくなる。
真横からのツルの攻撃は身を潜めていた2人目の敵の仕業だった。


(ヤバイ!!)


体はツルで固定され、大量の刃が自分に向かい、
あ、これ死ぬかも。と顔を引きつらせた、その時。


「なに手ぇ出してんだ!!どけッ!!!」


ードガァァン!!


真後ろのガラスが派手に割れたかと思うと耳をつんざく怒声と爆音とともに現れたのは爆豪勝己。
爆破で刃敵を派手に吹き飛ばす彼に『は!?』と目を白黒させていれば、体に巻きついていたツタがパキン、と全て凍り、砕ける。

ハッと横を見れば心配そうにこちらを覗き込む轟がいて、


『え、エエェェえ!?なんで2人がここに!?え!?』

「お嬢大丈夫か!?つーかなんで君らがここに!?」

「良かった…間に合ったか…!」

「『心操知ってたの(かよ)!?』」


何故ここにいるのかわからないクラスメートと幼馴染に思わず目が飛び出るほど見開いて絶叫するが心操は事情を把握していたようでホッと一息ついている。
思わず九条と一緒にツッコめば彼はバツが悪そうに顔を逸らした。


『えっ、えー…心操めっちゃ顔そらしてる、なにこの状況…』

「梓、大丈夫か?だいぶ怪我してんな…、わりい、遅くなっちまって」


ツル全体をバッキバキに凍らせた張本人が冷気を纏ったまま、頬や腕、足に切り傷を負った梓を気遣わしげに労わるものだから思わず『いや轟くんなんでここに!?』と叫べばキョトンと首を傾げている。


「おい半分野郎、まだ終わってねェぞ!!」

「おう、心操、梓を頼む」

「アッ、ハイ」

『エッまだ私やれ』


肩を掴まれ心操の方にぐいっと押しやられたかと思うと爆風と熱風が真後ろで巻き起こった。


『ひい…!!』

「もう少しこっちに。ここはあの2人に任せよう」


心操は刃攻撃で傷だらけの梓を優しく引き寄せると、目の前で繰り広げられる戦いから守るように後ろに下がる。
窓を割って現れた2人は、梓を奇襲した2人の敵相手に交戦を始めていた。

刃を体から大量に出す敵は爆豪が、蔓を操る敵は轟が畳み掛けるように相手にしている。


『っ、なにがどうなってんのかもうよくわかんないんだけど…』


心操にもたれかかっていた梓は困惑していた。が、そう呟きながらも体はゆっくりと動き始めていて、心操の胸元をぐいっと押すと身を離し、血で滑る手を袴で拭くと、もう一度刀を握る。


『よくわかんないけど…、2人だけで戦わせるわけにはいかない…!』

「っ、待て!」

『轟くん、道作ってッ!』


迫り来る大量の蔓に対し炎で応戦していた轟の背に呼びかけると同時、梓は心操の制止を振り切って庇うように立つ轟の背に片手をつき跳び箱のようにして前に出る。

呼びかけ通り、瞬く合間に蔓が凍り、敵までの道が拓けていた。


「行け!!」


轟のスピードでは、たとえ蔓を凍らせたとしても敵に近付くまでに新しい蔓が出てきてしまったため炎で応戦する他なかったが、梓は違う。
それがわかっているからこそ轟は彼女の呼びかけで一瞬にして、彼女が通れるギリギリの道を作った。

少ない掛け合いで一気に敵を追い詰める一手を打った2人に思わず心操が(自称相棒は伊達じゃないなァ)と少しひいていれば、

梓が勢いよく敵への距離を詰め、蔓を怯ませるほどの雷を帯びた刀ででドガァンッ!と派手な峰打ちをし、相手を昏倒させている。
と、同時、手の空いた轟が一瞬で壁を凍らせたことにより足を滑らせた刃の敵を「オラァ!!」と爆豪が爆破した。


「よし」

「チッ、手ェ出してんじゃねェよ」

『ふう』


数秒で敵2人を昏倒させた3人に思わず九条は「ははっ、トップ3って呼ばれるだけあるわ」と感心していて、


『痛たた…』

「っ、大丈夫か?結構血が出てんな…」

「何くらってんだ。あのスピードなら躱せたろ。チッ、腕貸せ」

『いや、真横から至近距離で来たんだもん…』


両腕を爆豪の方に向ければ、持っていた包帯で手早く止血をしてくれる。
「それでも躱せよ。何みすみす傷つけられとんだ。つーかなんだこの状況」とブツブツ小言を言いながらも手つきは優しいのが彼のいいところである。

その間も轟は相変わらず気遣わしげに梓を顔を覗き込んでいた。


「痛いか?」

『だいじょうぶ。傷は浅いんだよ』

「ならいい、いや、良くないんだが…。それより梓、アイツだよな」

『え?ああ、お見合い相手?そうだよ。ま、それどころじゃなくなってんだけど。あ、かっちゃん止血ありがとう』

「次、足!あ、てめっ、脇腹もかすってやがんな?この服怪我がわかりづれェなクソが」

『エッもう大丈夫。腕だけ止血してもらえれば刀滑らなくなるから、これで十分。それより、早くここから進んで、この人たちを避難させないと』

「誰だこいつら。お前、この人数を守りながらここまで来たのか」

『いや、そのつもりで頑張ってたところに君たちが来てくれた。……助かった』


ホッと息をついた少女の少し憑き物が取れたような顔を見て、轟と爆豪は満足げに口角を上げた。
乱暴に割り込んだ甲斐があった。
「とりあえず屋外に出よう、話は走りながらで」と心操に促されるままに3人が先頭になって走り出す。


『で?なんで2人はここに?』

「見合いぶっ壊す為に決まってんだろ」

「同じく。心操に手引きしてもらってな」

『「はァ!?」』


驚きの犯行予告に思わず九条と声が揃えば、聞こえていたらしいカナタや加賀美家も騒ついていて、


「いきなり現れて…っ、君たちは、なんなんだ!」

「息切れしてんぞオッさん。ハッ記憶力も悪くなったかよ。会ったことあんだろが」

「俺は会ったことはねえが、体育祭で見たことはあるんじゃねえか?」

『叔父さんまあまあ落ち着いて。この2人は同じ高校の友達…』

「「は?友達?」」

『アッ、幼馴染と、相棒ね。うん。体育祭で、1位と2位だった子だよ。…あれっていうか2人とも個性使っていいの!?仮免…!!』

「昨日取ったんだよ。クソ、取って早々2回目の戦闘とはなァ…!」

「梓、それより状況を教えてくれ」

『ああ、そうだった。会合中に加賀美家の資産目当てにバンディット強盗団が襲撃してきたんだ。広間で応戦してたら相澤先生が割り込んでくれて、今は先生が応戦中!私はこの人たちを連れて避難してるところ!』

「バンディット強盗団…、マジか。他にも屋内にいるのか!?」

『わかんない!戦闘要員はいるけど、索敵要員がいないから…』

「戦闘要員?テメェと九条サンと洗脳ヤローだけだろ。人足りてねェよ」

『いや後ろ走ってるリンドウの家紋は東堂一族だから戦闘要員だって。カナタ叔父さんとその部下10人!だから、』

「戦闘要員じゃねえだろ。お前が致命傷受けそうになってた時、割り込もうとしてたの九条さんと心操だけだったぞ」

『それは………』


なんと言っていいかわからなくて口ごもり、ちらりとカナタを見ればバツの悪そうな顔をしている。
確か、カナタは無個性だ。他の者達の中に個性があるものもいるにはいるが、彼らはヒーローではない為個性の使用は許されていない。

無個性状態で一歩が出ない心情は理解できたし、考えたくはないが自分が死ねば彼が当主になれるのだから助けないという選択も理にかなっている。

梓は問い詰めるような爆豪の視線に居心地悪そうに頭をかくと、


『ほら、私たちと違って叔父さん達は個性使えないんだよ。無個性の人もいるし…』

「……」

『それに、私が死ねば叔父さんに家督は譲られる訳だし』

「……東堂一族の守護の意志とやらはそんなもんか。ガキの頃からテメーを見てきたが…、一度だって弱さの理由を無個性だって言ったこたァねェし、相手が誰だろうが自分が無個性だろうが敵に突っ込んでいく大馬鹿野郎だと思ったが…分家だと質が落ちんだな」

『……、』

「コイツと同じ意志があって一族名乗ってて、コイツの座ァ奪おうと思ってんならそれくらいの気概見せろや」


ギロリとカナタを睨んで牽制するように言った爆豪に梓は気まずそうに眉を下げた。

相変わらず、痛いところをついてくる。

爆豪は今、口だけになっているカナタ一派に発破をかけたのだ。
お前らも梓と同じ意思を持つなら、体現して見せろ、と。
本気でそう思っているのではなく、きっと挑発や嫌味の意味合いの方が強いだろうが、
カナタ派閥をハッとさせるには十分だった。

案の定、苦虫を噛み潰したような顔でカナタが睨んでくるが、


「爆豪くん言い過ぎ。カナタさんはいつも守護の意志を重んじて東堂の未来を“語って”んだよ、大声で高らかとな。対してお嬢は口下手だし、体育祭では泣いちまったし、敵連合には狙われちまってるし…、そりゃあ相応しくないと思われてしょうがねェ」

「…」

「ただ、体育祭で泣いたのはお嬢が全てを背負う覚悟を決めたからで、敵連合に狙われたのはお嬢の守護の意志に死柄木が魅せられたからだ。んで、お前らがこうやって助太刀に来てくれたのも、お嬢の今までを評価してくれてるからだろ」


爆豪の嫌味に重ねる九条の顔は意地が悪くて、思わず轟と爆豪は目を丸くした。
梓をいじめるので個人的に彼のことは苦手だがが言っていることは全くもってその通り。
一族の重圧を押し付けてばかりで酷いやつだと思っていたが、彼女に当主として過剰な期待をするのも厳しく当たるのも、結局のところ、彼が生粋の梓派だからだろう。

九条は嫌味ったらしく続ける。


「カナタさんはすげェが、まっ…俺らの主上は行動で語るもんでな。どっちが、24代目に相応しいかは…もちろん人それぞれだろうがね」

「九条さん…たまにはいい事言うんですね」

「おいコラ心操たまにはってなんだ」

「いえ、つい。な、梓…思うんだけどさ、アンタ自分だけに厳しすぎやしないか?一族としての責任とか守護とか、よく体現しちゃいるが…それって、当主だけの役割じゃないだろ。俺だって九条さんたちにアホほど守護について押し付けられたし」

『エッ…うん、まぁ…一族の生き方だから…そうなるけど、』

「当主張る覚悟があるなら、口ばっかで体現してない奴らを引っ張ることも必要なんじゃないのか。自分だけが頑張るんじゃなくてサ」

『それは、わかってるけど…、あの人たちはカナタ叔父さんの部下で、』

「アンタが当主だろ。胸張れよ」


いつもの見透かすような目でそう背中を押した心操に梓はどうしよう、と一瞬視線を迷わせた。
確かに広間から此処まで、あまりにも戦闘に参加してくれないカナタと部下に少しビックリしたのは事実だ。
でも、自分の身内ではないから。カナタがいる手前、何も言えないと思ったし、自分が守護に徹すればそれで良いと思った。

だから、出てきた言葉は『…無理』の一言だった。


「は?」

『だって……、わたし、この重圧を、私以外にかけるつもりないよ。…だって、しんどいし、死ぬかもしれないし』

「……」

『私は、一緒に守ってくれる人がいれば、それで。…』


一緒に守ってくれる人がいれば、それで。
ちらりと視線を迷わせた先にいたのは轟と爆豪と、そして心操。


『叔父さんたちが、本当は戦いたくないと思ってるんだったら…、無理強いはしたくない』


ぽつりと出た彼女の本音に(いやお人好し過ぎんだろ)と爆豪轟心操の心の内が合わさり、なんと返して良いかわからず言葉に詰まるが、
そんな少女の背中を九条が、バン、と咎めるように叩いた。


「例え、お嬢がそう思ったとしても周りはそうは思わねェ。お嬢、リンドウの家紋を身につけている限り、国は、そのリンドウの家紋に守護一族としての期待や信頼を寄せる」

『……』

「何百年と、リンドウの家紋は人を安心させてきた。それは、その家紋を背負う人間に人を守る覚悟があったからだ。お嬢の今の理論だと、お嬢がどんなに頑張って役目を果たしたとしても、この家紋に裏切られ守られない人が出てくるぞ」

『……』

「“血が繋がっていようがなかろうが、覚悟がないものは家紋を外せ”…常日頃、ハヤテさんが言ってたぜ」


九条の叱責は的を得ていた。
だからこそ何も言い返せなくて、梓はじくじく痛む傷が心を蝕むようで眉間にしわを寄せる。

堂々巡りしている彼女の思考を止めるように「お、お嬢様…!その扉を開ければテラスに出ます!そこから外部階段を降りて、」と加賀美の道案内が始まりハッとした。

今自分がすべきことは、この一般人たちを避難させることだ。
それ以外のことは後で考えよう。


『ありがとう、大五郎さん!…よし、とりあえずココから避難を、』


都合よく思考を一掃すると、梓は加賀美に礼を言うと勢いよく扉を開けテラスに飛び出ると中庭を見渡した。
と、そこでとんでもない光景を目の当たりにする。


『エッ!?!?』

「あ。」「お。」


テラスに出て、最初に視界に飛び込んできたのは中庭で敵と交戦している緑谷だった。
「そういや忘れてた」「足止めしてくれてたんだったな」と呑気に喋る爆豪と轟に『いずっくんも来てたの!?もっと早く言ってよう!!』と叫びつつ抜刀すると、勢いよくテラスから中庭に飛び降りた。


(いずっくん助太刀するよ!!)

(梓ちゃん!?エッ僕君を助けに来たつもりなんだけどなんで僕が助けられてる感じに!っていうかこの敵強いんだけどどういう状況!?)

_150/261
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