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お見合い当日。
梓は九条と心操、そして相澤と共に某所にある加賀美邸に赴いていた。
流石、財閥の流れを組むだけあり、宮殿のような豪邸と庭園は圧巻である。

一族の正装を身に纏い、加賀美邸内の一室に通された梓は可愛らしく髪を結われた状態で窓の外を眺める。


『ひぇ〜…大豪邸。すんごいな、ここ。敷地広すぎない?』

「そりゃ、加賀美家の資産は莫大だからな。この本家の敷地も山2つ分あるっつー話だ。それよりお嬢…なんでこいつらがここにいんだァ!?」


イライラしたように九条がびしっと指をさした先には、同じようにイライラしているように見える相澤と心操がいる。
しかも九条や梓と違い、正装などしておらずいつもと同じ服装である。彼女の門出になり得る日を祝う気も花を添える気も全くないらしい。

片足安めでポケットに手を突っ込んで怠そうに立つ相澤は九条の怒りを増幅させるようにあからさまに大きなため息をつくと、


「…そりゃ、外出には同行しないとなァ」

「俺は先生の空いてる時間に修行をつけてもらいたくて同行してます」

「いや空気読めよ!どこまで干渉してくんだよ!心操の理由が一番意味わかんねェよ!つーか邪魔する気満々だろお前ら!!」

「「まさか」」

「棒読み!似た者同士かコラ!」


「九条様、カナタ様がお呼びですが」


扉の方から加賀美家で働くメイドにそう声をかけられ、九条はムッとしつつも命令には逆らえず「お嬢、もうすぐ桜の間でお見合いが始まるから散策には行くなよ」と梓に念を押すと足早に部屋を出て行った。


『はぁい、ってもういないや。相変わらず足早いな…。ところでお二人共、なんでここにいるんです』

「さっき言っただろうが」

『そうですけどぉ…、心操の理由が納得いかなくて』

「眷属として正規ルートで付いて行きたかったけど絶対邪魔するだろって九条さんに拒否られたからイレイザーヘッドについてきた」

『どんだけ付いてきたかったの。もう、心配しなくても別に前ほど嫌だって気持ちはないですよ』


あの時は泣いてしまったけど。
今はそんなに悲観的ではないのだ。


『最初は、嫌だどうすればいいのってなったけど…、加賀美家のことを知って、現状私派は劣勢で、それがこの選択でひっくり返せずとも良い方向に向くのなら、それは一族の長として当然の選択だと思うんですよ』

「お前自身の気持ちはどうなんだ」

『んー、朔太郎さんのこと好きではないですけど、それを伝えたら彼に言われたんですよ。“好き嫌いの感情に左右されていては、ますます衰退の一途を辿りますぞ”って。一理あるかも、って思っちゃって』

「え、アンタそんなこと言われてたの。おかしいだろその思考」

『そんなにおかしいかな。この一手で、状況が少しでも良い方向に変われば、と思っただけなんだけど。ああでも、もし加賀美家が私派に寝返ってくれないんなら、縁談なんて蹴っ飛ばしますけどね。そうなったら劣勢状態が続いて息苦しい思いするのは九条さん達なんですけど』

「「……」」


少しでも状況が変わればなぁ、と窓の外を眺めながらお茶を飲む少女は心を偽っている様子はなくて、ますますどうしよう、という気持ちで心操は助けを求めるように相澤を見上げた。


「どうしましょう…、作戦通り梓を奪っても、あいつまた同じ選択をし兼ねないですよ。寧ろ、軋轢を生んでしまって、ますます悪い状況に…。だからといって作戦中止をしてしまったら、向こうの出方次第では結婚を了承することになりかねないし」

「………、八方手詰まり感が否めないな」

「ですよね。どうしましょう。もう俺は思考が敵化してきてます。カナタを洗脳してやりてえ」


駄目だ駄目だ、梓に迷惑がかかる。
と頭を振るが、カナタを洗脳して加賀美を洗脳して操って仕舞えばこっちのもんな気がするのだ。
相澤も否定しないところを見るに、気持ちは一緒なのかもしれない。

ボーッと窓の外を眺める梓は可愛らしく髪を結われ、一族の正装は見たことがあるはずなのに珍しく感じてドキッとしてしまう。
どうしよう、このまま何もできないなんて嫌だ、と心操が唇を噛んでいれば、ふと、彼女は立ち上がった。


『ちょっと広間に行ってくる』

「…え?いや、さっき九条さんがもうすぐ桜の間に行かなきゃいけないから動くなって」

『うん、そうだけど…ちょっと広間に行きたくなった。今、広間でカナタ叔父さんとその派閥の立食パーティーが行われてるんだよ。…、お見合いまで待てばカナタ叔父さんと顔を合わせられるけど、できればそれよりも前に…、顔を見て話をしたい。24代目は私で、私が死なない限り次に委譲されることはないってちょっとハッキリ言ってくる』

「それは…、まぁ、賛成だけど…」


相変わらず強い光を放つ目だな、と見惚れつつ、それについては同意見だったため言う通りに扉を開ければ、俺も見に行くかな、と相澤も後ろをついてくるものだから心操は笑った。

だれも九条の言いつけなど守るつもりがないらしい。
それに、なんだこのデコボコ3人組は。
早歩きで広い廊下をブーツで歩く少女はすれ違うメイドや執事に深々と頭を下げられており、その度におっかなびっくりお辞儀を返している。
その後ろから真っ黒のヒーローコスチュームを着た相澤と雄英の制服を着た、お世辞にも愛想のいいとは言えない自分が付いていくのだ。

まるでカッコのつかない梓派の人間たちである。


『あ、えっと大広間どっちだっけ?あ、そこのお姉さん大広間はどっちですか?』

「えっ!?貴女は…梓お嬢様!?も、申し訳ありません!桜の間ですね!今、案内の者を!」

『えっ違います。大広間、叔父さんに会いたくて』

「ああ、そうでしたか!ですが…いま広間には誰も通さないようにと旦那様とカナタ様よりお達しがありまして、たとえお嬢様でも、」

『えぇ…』

「東堂、今この方は左に視線を投げた。恐らく左だ」

「え゛?」

『えっ先生の洞察力やば。お姉さんありがとう!左に行かせてもらいます!』

「えっ、ちょっと!梓お嬢様!?」


止めるメイドを無視して高級絨毯の敷かれた廊下を闊歩していけばしばらくして重厚な両開きの扉が目の前に現れた。


『…この先が広間か。ちょ、ちょっと緊張してきた。し、心操…襟元緩んでないよね?』

「きっちり締まってるぜ」

『あ、心操と相澤先生はここで待ってていただいてもいいですか?心操は…制服だし、先生は、たぶん、ヒーローに詳しい人もいるんで身バレしちゃうかもなんで』

「確かに、付いてこれるのは流石にここまでだな。ここで待っていよう」

「エッ、アンタ1人で大丈夫なのか?」


確かにこの先についていくにはリスクが高いが、どうしても心配でそう問えば梓は少し無理したように口元を引きつらせつつも笑っていて、


『先生や、心操が…こうやって干渉してくれるまではずっと1人で戦ってきたから…ここまで一緒に来てくれただけで嬉しい。大丈夫、ここから先は任せて』


その強い目に心操は渋々といった形ではあるが引き下がり、梓はよし!と気合いを入れるように一呼吸置くと、両開きの扉をゆっくりと開けた。


ーギィ、


立食パーティー中に開いた、大きな扉に一同の視線が集められ、驚愕した。

そこにいたのは、檸檬の差し色の入った伝統的な色紋付羽織袴を着、ブーツを履き、腰に二本の刀を携えた少女。
その正装は正しく、東堂家当主の召しものである。


「あれは…、東堂梓…」

「カナタ様の姪っ子の、現当主の、」

「何故彼女がここに?」

「じきに桜の間で朔太郎殿と見合いのはずでは」

「いやはや、まさか呼ばれもしないのに来られるとは」


ざわざわと聞こえる言葉に好意的なものは1つもなかった。

一歩一歩階段を降りていきつつ、怪訝な顔でこちらを見上げるカナタと目を合わせる。
彼は、この家の主人である加賀美大五郎、そして朔太郎と談笑していたようだった。


『カナタ叔父さん、久しぶり』


緊張と重圧で引きつる頬を無視して無理やり笑って手を振り、カナタの元へ歩みを進める間も「見るからに弱そうな」「この子が守護の意思を体現できると誰が思おうか」「いやはや、飛び入りで参加してくるとはなんと非常識な」「カナタ様の方が相応しいのに」「守護の者として恥ずかしくないのかしら」と周りからヒソヒソ話が聞こえ、四面楚歌だなぁと顔を引きつらせつつも、カナタの前に立つ。

苛立ったような表情で見下ろしてくるカナタは、一言「何の用だ」と低い地を這うような声を出した。
加賀美大五郎と朔太郎が戸惑いおろおろする中、梓は少しだけムッと口をまげると、


『けしかけてきたの、そっちじゃないか…。息のかかった加賀美家をけしかけて、九条さんに圧力かけて、私を引きづり下ろそうとして』

「…人聞きが悪い。俺は、お前のためを思っていい縁談を組もうとしたに過ぎん。敵に狙われ、満足に1人で出歩けん貧弱者をもらってくれる優しい家をな」

『そ、それは…否定は、できないけど…叔父さんは今まで通り気にしなくて、私がこの座を降りるのは、私が死ぬ時だし…』

「お前のような守護の意思が何たるかもわからん貧弱者に当主は継げぬと何度も言ったはずだ。身の程をわきまえ、すぐに座を降りろ」

『……確かに私は弱いけれど…、叔父さんに譲ったところで守ることはできないでしょ』


もごもごと言いづらそうに下を向くものの、きっぱりとそう言えば、場がざわついた。
なんて無礼なんだ、誰に向かって物を申してるんだ、と周りからヒソヒソと聞こえるが梓は聞こえないふりをすると、


『…叔父さんには、背負えないよ』


ぽつり、また足元を見て言葉をこぼす。


「貴様、口の聞き方には気をつけろよ…」

「ちょっ…梓お嬢様、いきなり割り込んできた上に、カナタ殿への暴言…おイタが過ぎますぞ!ハヤテ殿は立派な方だったことは我々も承知しておりますが、お嬢様がカナタ殿を否定していい理由にはなりませぬ!それより、もうすぐ我が息子、朔太郎との見合いを控えているというのにまるで喧嘩を売りにくるようなことを…!」

『今から見合いだから…、だから先に言っておこうと思ったんだよ。私は譲らないって』


ちらりと朔太郎を見上げれば、バツの悪そうに俯き、目をそらす。
そんな彼を見て(ああ、やっぱり私派に寝返ってくれないのかなぁ)と少し悲しい気持ちになり、梓はもう一度カナタを見上げる。


『叔父さん、知らないかもしれないけど、私…、この1年色々あったよ。敵連合の襲撃にあったり、…お父さん死んで、重圧に潰されそうになったところを幼馴染に救われたり…。ステインから人を守る為に、クラスメートと博打のような共闘をしたり…、敵連合に捕まったけど、みんなが助けに来てくれて…、インターンで女の子を助けたけど、1人じゃ何もできなかった』

「………。」

『叔父さんの言う通り…、私は弱いよ。強くない。いっつも誰かに助けられてばっかりだ。…だから、必死に強くなってきたつもりだけど、どんなに頑張って強くなっても、何か一つできるようになっても、まだ目の前に分厚い壁があるんだ。……すごいひとは、もっと先で戦ってるのに、私はまだそこへ行けない』


そう悔しそうに瞳を揺らす梓の脳裏には、先日のエンデヴァーとホークス、脳無との戦いが過っていた。


『覚悟はあるのに、頑張れるのに、足元にも及ばない…まだ、道ははるかに続いていて、時々気が遠くなるんだ』

「ならば、座を譲れ。その苦しみから解放してやる。お前にその座は役不足だ。敵連合に狙」

『違うよ。叔父さん、譲ったところでこの苦しみからは解放されない。だって、私は、生まれた時からずっと、人を守ることを第一義として考えてきて、守れなければ存在意義などないって、耳が腐るほど言われてきた』


ずっと、父に、母に、
“守りたいと思うものを死ぬ気で守り通し、胸を張って生きろ。自分の弱さや不甲斐なさにどんなに打ちのめされても、弱い感情をすべて閉じ込めて前を向け”と言われ育ったのだ。
今更この定めから逃げたところで楽になれるはずがない。
真正面からぶつかり、昇華するしか道はないのだ。


「………、」

『確かに私は弱いけど、その思いがあって、打ちのめされることがあっても前を向いてここまで来た。だから、叔父さんにその道を閉ざされるわけにはいかないんだ。この道から外れてしまったら、私は…守りたいと思ったものを守れない人間になってしまうから。それだけは、嫌だ』

「……間の抜けたことを、」

『こんな私でも、頼りにしてくれる人たちはいるんだよ。だから叔父さん、私は何を言われても何をされても、絶対に』


と、その時、ビーッ!ビーッ!と警報音のようなものが一帯に鳴り響いて、梓は『なに!?』とおっかなびっくり肩を揺らした。
その警報音に呼応されるように赤いランプがカチカチと部屋中を照らし、場内は騒めき不安げな雰囲気となる。


ービーッ!ビーッ!


『なにこの音!?警報音!?』

「加賀美殿、これは…!?」


《セキュリティ4が突破されました。来客の皆さんは速やかに屋外へ避難してください。セキュリティ4が突破されました。来客の皆さんは速やかに屋外へ避難してください》


『加賀美さん、叔父さん、セキュリティ4ってなに!?』

「3が敷地内侵入、4が建物内侵入です!そんな、このセキュリティを突破するような敵は今までいないのに…!」

「なんだと…!?感知されずに敷地内に侵入し、建物内にも侵入しているというのか!?」

「加賀美家のセキュリティは最高峰なんじゃなくって!?」

「侵入者ってなんなんだ!?敵なのか!?!?」

「誤作動の可能性は!?」


真っ青な加賀美大五郎の言葉に場内はパニックに陥った。
屋外に逃げるったって、敵がどこにいるかもわからないのにむやみやたらに外に出るのは危険すぎる。


(どうしよう、敵の場所を正確に把握して迅速に避難誘導したいところだけど、とりあえずはこの金持ちのボンボンたちのパニックを鎮めないと…!)


『お、落ち着いてください!避難をするにも、道を選ばないと…!えーと、加賀美さん、侵入者の場所は感知できます!?』

「できるわけがなかろう!私は無個性なんだ!」

『いやそういうことじゃなくて!もう、この家の主人がパニックにならないでよ。セキュリティが突破された場所がわかれば大体わかるじゃんか!』

「梓、退がれ。お前では対処できん」


梓をどん、と押し、前に出たのカナタだった。
先ほどまで警報音に驚いてフリーズしていたのに、彼は固い表情を作って前に出ると、


「皆の者!!落ち着いてくれ!!たった今、この加賀美邸に侵入者警報が鳴った!!誤作動か、はたまた本物の侵入者かはわからんが、たとえ侵入者だとしてもここにいるのは東堂カナタである!!守護一族の1人として、そして次期当主として、皆には指一本触れさせん!!」

「「「おお…!!」」」

「そうだわ!カナタ様がおられる!ここには守護一族が…!」

「カナタ殿がおられるなら私たちは安泰だ!!」


(えー……、別に中身のあること言ってないのになんでここまで心酔するの)


カナタはただ状況の説明をし、守ると言っただけだある。
敵が誰かもわからず、何人かもわからず、狙いもわからない状態で。
思わず、『叔父さん、部下は何人連れてきてるの』と小さく聞けば「10人だ。お前の出る幕はないな」とドヤ顔をしてきていて、
この何もわかってない状況でよくそんなに余裕があるなと不思議に思っていたところで窓が開き、誰かが慌ただしく走ってきた。


「お嬢!やっぱりここにいたか!」

『九条さん?』

「侵入者がわかったぞ!バンディット強盗団だ!!」


汗を流して走ってきた九条の情報にカナタは「流石に先代の直属の部下は、情報が早いな」と感心するが、“バンディット強盗団”と言われ、顔をしかめた。

それは周りも一緒である。
一度はカナタの言葉で落ち着きを取り戻していたが、よくニュースで耳にする強盗団の名前にまたザワザワと不安を漏らし始めていた。


「九条殿、バンディット強盗団とは、あの、最近巷を賑わせている凶悪な敵ばかりが徒党を組んだ強盗集団か!?」

「父上、なぜそのような奴らが我が邸に…!」

『そりゃ、ここの資産を強奪するためじゃない?九条さん、何人?方角は?』

「わからねェが、正面玄関がぶっ飛ばされてんのは見た!門兵が怪我してたんで避難させたんだがその時にバンディットだって言ってたんだよ。そこから最短距離でここまで来たから、敵はまだ侵入して間もない!」

『正面玄関ぶっ飛ばすって、パワー系がいるのか…!』


思わず顔を引きつらせれば、怯えていると思われたのか「お嬢様は下がっておられた方が…!」と朔太郎に肩を引かれる。


「朔太郎殿の言う通りですぞ!」

「ハヤテ殿のご息女が怯え死ぬところを私は見とうございません」

「ここはカナタ殿に任せ、貴女は身を退かれるべき…!」


周りも同じ意見らしい。カナタ派とはいえ、一族に恩義を感じていることに変わりはないからこそ、梓の身を案じる者もいるのだろう。
だが、それに梓が言い返す前に、けたたましい音が場内を襲った。


ーガシャァァアアン!!


大量の窓ガラスが割れる音。

外からガラスを割って侵入してきたのは、黒いマントを身に纏った5人の敵だった。



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