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寮内の空気がどんよりと沈んでいる。


「どうすんだよ…」

「どうも出来ない。八方手詰まりだ…」


苛立った声で貧乏ゆすりをする爆豪の問いに答えたのは、A組の寮に来訪した心操だった。
彼は加賀美について書かれた古びた本を机に置いたままソファに座り込み、頭を抱えている。

書庫で調べ物を続行していれば、思い詰めた表情で戻ってきた梓から『縁談を受ける』と報告があった。
放心状態の轟と緑谷、そして言葉を失っている爆豪の代わりにいち早く冷静さを取り戻した心操が「どうして、」と問い詰めるが、彼女の強い意志は変わらず。

それどころか前向きに考えているようで『縁談を受けるし、相手の出方によっては籍もいれるから、変わらず加賀美について調べておいて。私は、九条さんに話に行ってくる』と心操に言うと、それっきり戻ってこなかった。


「なんで今更、お見合いなんてする気になったんだよ…。しかも結構前向きに考えてんだろ?東堂、あんなに嫌がってたじゃねぇか」

「どうしてそんな、心境の変化が…」


事情を聞いた瀬呂と八百万に、わからない、と耳郎が首を振る。


「…どうしてなんだろう…、突然、目が変わっちゃって」

「どういうこと?」

「爆豪を追いかける前までは、梓も迷いつつも縁談を破談にする方向で考えてたはずなんだけど…、戻ってきたら、なんか、一族第一主義の考え方に戻ってて、自分のことなんてまるで考えてなくてさ。確かに、最初から一族の考えとの間で揺れ動いてはいたけど、破談にするって決めたはずなのに。ね、心操」

「…ああ、どうやら、アポなしで来訪してきた加賀美朔太郎と鉢合わせをしたみたいで、多分色々と話をしたんだと思う。その話の中で自分で、“加賀美家がカナタ派から梓派に変わるのであれば、結婚する”って言ったらしい」


心操の発言に寮内はざわついた。


「エッ、まじで言ってんの?身売りして支持得ようとしてどうすんの。東堂らしくないよ!」

「何がどうなってそういう思考になったんだ!」

「も、もしその朔太郎がいいよって言ったら梓ちゃん結婚しちゃうの!?何その取引!なんで!」


芦戸、上鳴、葉隠が動揺する中、ずっと険しい顔をしていた轟がぽつりと心操に問いかける。


「アイツの本心はわかってる。結婚なんざしたくないはずだ。どうにかしてやれねえのか」

「……さっきも言ったけど、どうにもできないんだよ。本人が了承してしまっては打つ手がない。あれから何度も電話して話したけど、聞いちゃいないし…」

「ウチも連絡したけど、意思が強くて頑固で、なんか…思い詰めてて、体育祭の前の時を思い出した」

「あーー、爆豪と喧嘩してた時な」

「かっちゃんと喧嘩……、かっちゃん、まさかとは思うけど梓ちゃんに何か突き放すようなこと言ってないよね?」


いつも怯えている緑谷のジトッとした目から逃げるように視線を泳がした爆豪に切島は「あ〜…やっぱ、俺らのせいかァ…」とバツの悪そうな顔をした。


「「は?」」


ギロリと心操と轟に睨まれ、ずっと黙っている爆豪の代わりに切島は申し訳なさそうに眉を下げると話し始める。


「売り言葉に買い言葉でちょっとな…。アイツ飛び出してどっか行っちまって、爆豪もすぐ追いかけたんだけどなかなか見つかんなくてな」

「お前、何を言ったんだ」

「…てめェにゃ関係ねーだろ」

「いや、ある」

「あるよ。アンタがアイツと喧嘩してる間、俺も轟も、緑谷も耳郎さんも、ずっとアイツの為に加賀美について調べてたんだ。助けてやりたくて」

「……」

「そうだよ、爆豪。梓はもともと、縁談を受けるか受けないか迷ってたけど、ウチらが、受けたくないなら助けてあげるって言ったから、破談にすることを受け入れてくれたんじゃん。もし、爆豪との喧嘩が、梓の今回の選択のひとつのきっかけになってたら、それを取り除かないと戻ってこないよ」


珍しい、耳郎の責めるような言い方に流石の爆豪もうっと押し黙った。
駄目押しのように、緑谷に「僕は、まだ梓ちゃんを引き止められると思ってる」と言われ、うるせェとぼやきながらも爆豪はやっと口を開く。


「……、巻き込んで迷惑かって聞かれたから、そうだっつった。縁談組もうが関係ねェ、嫁の貰い手があって良かった、勝手にしろって」

「「「「………はァ!?!?」」」」


それは情状酌量の余地ねェわ!
言い過ぎだろ!
つーかなんでそんなこと言ったの!?この前助けるって言ってたのに!
三奈ちゃん、きっと心操ちゃんに対するつまらない嫉妬よ。
ああ…、納得。いやでも言い方あるでしょ。

寮内は騒然とし、爆豪に対する非難の声が次から次にあがった。
緑谷は思わず手元にあったクッションを爆豪の顔にボフッと投げつけ、轟は持っていた湯呑みを投げつけようとして瀬呂に止められている。

心操は大きなため息をつくと、「やっぱり原因があったァ…」と突然の梓の心境の変化のキッカケがわかったことに少しだけ安堵していた。


「爆豪くんサイテー!これで梓ちゃんがマジで結婚しちゃったらどうすんのさ!」

「今んところマジで結婚する予定なんだろ?見合いの時に正式決定するんだっけ?やべェじゃん」

「アイツの運命を変えられないものか…」

「切島もその場に出くわしたんだろ!?なんで止めなかったんだよー!梓ちゃん可哀想じゃん!」

「いや…混乱する爆豪の気持ちもわかるしよ…すぐ謝らせて仲直りすりゃいいって思ってたんだよ…!まさか、縁談相手が来るなんて思わなかったんだ!」


ごめんって!ともみくちゃにされながら謝る切島とバツの悪そうな爆豪に周りから容赦のない罵声が浴びせられるが、それを諌めるように蛙吹が「みんな、落ち着いてちょうだい」と声をかけた。


「梅雨ちゃん、でも、」

「たしかに爆豪ちゃんの言ったことは梓ちゃんを傷つけたと思うわ。でも、梓ちゃんがそれを鵜呑みにして縁談を受けたとは、どうしても思えないのよ。2人は幼馴染で、喧嘩もよくしていて、梓ちゃんは爆豪ちゃんの素直じゃないところをよく知ってるはず。きっと爆豪ちゃんの事だけが、原因じゃないはずよ」

「蛙吹さんの言うとおりですわ。爆豪さんの件はキッカケのひとつに過ぎないでしょう。恐らく、縁談相手の方と実際にお話をして、早々破談できる話でもないと悟ったのかもしれませんわ」

「それか、実はその加賀美家が結構重要なポジションの家で、破談にして敵をますます増やすよりは味方にしちまった方がいいと思ったのかも」

「…、爆豪のことも原因の一つだとは思うけど、八百万さんと尾白の考えも一理あるね。総合的に考えて、ああいう判断をしたのかも」


蛙吹の持論に同調した八百万と尾白に、流石にヒーロー科は冷静だな、と心操は感嘆するとともに言葉を連ねた。


「調べてみてわかったんだけど、加賀美家は、昔は超裕福な反物屋だったらしいんだが、最盛期は…財閥を形成していて、解体した今もその流れを汲んだ超お金持ちで、東堂一族の資金源の一つとなっているらしくて、権力もある。そして、生粋のカナタ派なんだ。全てカナタの言葉を鵜呑みにする」

「前に梓ちゃんに聞いたことあるんだけど、カナタさんはハヤテさんのことをただの戦闘狂だとか言ってて、梓ちゃんのことも体育祭の時のことにつけ込んで弱いって言いふらしてるって。当主交代論も高らかに叫んでるんだよね?」

「ああ、加賀美家が一番うるさいし、面倒だとは九条さんも言ってた。だから、九条さんは加賀美を取り込みたいんだよ。そうすれば、随分、梓が楽になるから」

「……加賀美家もだけど、援助してくれる人たちにカナタ派が多いのはなんでなんやろう。その人たちは、東堂一族に恩義を感じて、その恩を返すためだったり、力になりたくて、ずーっと援助してくれてるんよね?なのに、なんで当主である梓ちゃんが困るようなことをするん?なんで後継うんぬんに首突っ込んでくるん?なんか、自分たちが幹部って勘違いしとらん?」

「麗日さんの言う通り、俺もそこは疑問に思って九条さんに聞いたことがあるんだけど…、援助してくれてる人たちは、守護一族を崇拝してるんだよ。幻想を抱いてるからこそ、梓よりも、カナタさんの方が良いって思うんだ。守護一族の意思を高らかに叫ぶのは、カナタさんの方だから。口うまいらしいし」

「でも実際は梓ちゃんの方が強いやろ?」

「さぁ、それはわからないけど。少なくともカナタさんは梓の親父さんよりは弱かったらしいよ」

「ふぅん」


あまり納得できていないのか、微妙な顔で相槌をうつ麗日に「僕は梓ちゃんの方が強いと思ってる!」と緑谷が鼻息荒く拳を握れば、隣に座っている心操も「俺もそう思いたいよ。でもカナタさんの実力見たことないし」と冷静につぶやいた。

彼の表情は険しかった。


「…とりあえず、アイツの心境の変化の原因や加賀美について、わかったのはいいけど…問題はこれからどうするかなんだよなァ」

「どうしようもねえのか」

「本人が、了承してる限りはね。しかも、見合いの日は明後日だし。早く手を打たないと」

「早くないか?」

「丁度、その日に加賀美邸でカナタ派閥の一部の関係者の会合があるらしくてさ、どうせだったらカナタさんに立会人を頼もうとか、朔太郎さんが言ったみたいで。流石にそれは梓も、相手のテリトリーに入りたくないとは言ってたけど、結局納得してた」

「…その加賀美邸ってのは、どこにあるんだ?」

「ああ、此処だけど」


ぽんぽんと小気味よく会話をする心操と轟に周りは少し意外そうな顔をした。
梓依存症の彼が思っていたよりも心操を敵視していないことに驚いたのだ。
やっぱり何かあったんだ、と書庫でのことを思い出しジトッとした目を向ける緑谷を無視し、轟は心操の携帯を覗き込む。


「此処か。明後日だよな?」

「そうだけど…」

「お前は同行すんのか?」

「まァ…、しようとは思ってる。俺は九条さんにとって反乱分子だから止められるかもしれないけど」

「どうにか同行してくれ。で、中から俺を手引きしてくれ」

「…は!?」

「奪いに行く。多分、爆豪もそのつもりだろ」


轟の言う通り、爆豪も心操の携帯を覗いていて、自分の地図アプリに打ち込んでいる。
当然のように奪おうとしている2人に心操は焦った。


「ま、待てって。梓が同意している以上、割り込んだら捕まるぞ!?」

「捕まらないようにテメェが上手くやるんだよ。眷属かなんだか知らねーが、ちったァ役に立てや」

「無理だろ!?大体、爆豪があんなことを言うから…」

「轟くん僕も!僕も奪いに行く!」

「おう、緑谷もな。あんまり人数多くなると潜入が難しくなるが」

「俺の負担が凄いんだが…しんどい」


突然の轟の発言にA組のクラスメイトたちも一瞬驚いたが、しばらく経てばノリノリで梓奪還計画の作戦会議を始めた。
そんなヒーロー科の彼らを見て、二度も敵連合の襲撃を受けた奴らは肝が座ってんなァ…と引いた目を向ける心操だった。

その後、相澤から九条と梓の説得をすることはできなかった、との連絡が入り、心操を始めとした面々は致し方ない、と覚悟を決めるのだった。

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