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数分後、梓と轟はフルカウル状態の緑谷に救出された。


「2人とも大丈夫!?」

『轟くんが庇ってくれたから大丈夫。ごめんねいずっくん、ありがとう』

「俺も、梓に助けられたから大丈夫だ。ありがとう、緑谷」

「いや、怪我がないならいいんだけど…。っていうかなんで轟くんがここにいるの?ここって眷属しか入っちゃいけないって…俺も入ってしまってるけど…。ん、あれ?ちょっと待って今轟くん梓ちゃんのこと名前で呼ばなかった?」

「呼んだ」

「なんで距離縮まってるの!?いや待てよ、よく考えたら本棚どかした時めっちゃ密着してた気が」

「梓可愛かった」

「轟くんのこと助けなければよかった!!」


何進展してんだよ、と勢いよく膝から崩れ落ちた緑谷にフフンと笑う轟とおろおろする梓がいて、真後ろには散乱した本が山積みになっている。
てんやわんやの状況に心操は大きなため息をつくと頭を抱えた。


(九条さんに叱られるの俺なんだけど)


神聖な部屋がしっちゃかめっちゃかである。

ここは代々、当主と眷属のみが立ち入ることができる場であるが、今は緑谷も耳郎も轟も入ってきてしまっているし、本は散乱している。

緊急事態で緑谷を呼びにいったのは自分だが、まさか轟が原因だったとは。
はぁ、ともう一度ため息をついて、苦笑している梓に「なんで轟が」と聞けば彼女は首を傾げた。


『さぁ?』

「おい」

「ごめん、梓、心操。轟が部屋に入ってったの止めらんなかった。なんか、俺は一族じゃないから掟なんて関係ねえって言ってさ」

『「……まぁ、たしかに」』


申し訳なさそうに誤る耳郎から轟の理論を聞いて、確かに言わんとすることはわかる、と2人は思わず納得してしまった。と同時に目を見合わせるとクスリと笑う。


『…掟に縛られてもしょうがないか!』

「また九条さんに怒られるけどな。先人たちが守ってきたなんちゃらって」

『うーん…掟守んなくても人守ればいいんじゃない?心操、一緒に怒られてよ』

「あっけらかんとしてんなァ。…ま、いつものことだし一緒に怒られてあげるよ」


諦めたようにそう笑った心操に、
耳郎は梓が彼を頼りにしている訳を知った。

こうやって、一族の重圧や掟に縛られそうになるところを彼だけが救おうとしてくれているのだろう。
周りが怒ることを、彼だけが容認するし味方になる。
身内の中にいる最強の味方が心操なのだ。

ヒーロー科のクラスメートとして同じ土俵に立つ自分たちにはできない部分を補う彼に、耳郎は改めて安心した。


「にしても、あーあー。どうするんだ、この本の山」

「片付けるしかないね…。あ、梓ちゃん、かっちゃんが書庫から飛び出して裏庭の方に向かっちゃって、切島くんもそれを追いかけたんだ。僕がこっちを片付けるから、そっちに行ってあげてくれない?多分、梓ちゃんが行かないとかっちゃんの機嫌直らないと思うんだ。いいよね、心操くん」

「あー…うん、わかった。耳郎と轟も手伝ってもらっていいか?場所は俺が指示するから。梓は爆豪を追いかけてきなよ」

『え、でも』

「ウチも片付けるの手伝うから行ってきなよ」

「片付けついでに加賀美の文献を探すか」

『…んー、ごめんねみんな。ちょっとかっちゃんの様子見てくる。マジギレしてたからあんまり会いたくないけど、』


梓は少し顔を青ざめさせながら申し訳なさそうに頭を下げると、子供の頃、よく爆豪と一緒に遊んだ裏庭へ向かった。





鹿威しがカコン、と風情のある音を立てる中、切島は爆豪を必死に宥めていた。
イライラした様子で松の木を蹴るものだから、木が折れないかヒヤヒヤである。


「爆豪、機嫌直せって」

「はァ!?別に機嫌悪くねェわ!!クソ髪テメーもどっか行ってろ!」

「一緒に戻って文献探そーぜ」

「テメーだけ戻れや!」


目を吊り上げて怒鳴る彼にどうしたものかと頭を抱えていれば、パタパタと足音が聞こえ、少しして縁側からひょっこり顔を出したのは梓だった。


『いた!』


爆豪の機嫌を良くする救世主となるか、それとも火に油を注ぐか。ヒヤヒヤしながら見守る切島をよそに、梓は物怖じしない様子でスリッパに履き替えると松の木の側で「何見てんだコラァ!」とヤクザさながらの威嚇をする爆豪に駆け寄る。


『かっちゃんなんで怒ってるの。ごめんって、機嫌なおしてよ』

「怒ってねェわ!来んな泣き虫無個性ヤローが!」

『ひっど。私もう無個性じゃないんだけど!ねぇ、どうして怒るのさ』

「だァから寄るなって言ってんだろ虫唾が走るんだよ!」

『むっ、なんでそんなこと言われなきゃならないの!かっちゃん離れていかないでよ!』

「テメーと話すことなんざねェよ!こっち来んじゃねェ!」

『私はあるの!かっちゃんのばか!怒鳴らないでよ!』

「誰がバカだ大馬鹿野郎が!近寄んな!」


近寄る幼馴染をドンッと突き飛ばすものだから、ヒヤヒヤと見守っていた切島が慌てて止めるように爆豪の腕を引っ張る。


「おい爆豪、落ち着けって…!」

「俺ァ最初っから落ち着いてんだよ!なのにこいつが!チッ…珍しく助けろなんて言いやがるから、幼馴染のよしみで手ェ貸してやろうかと思ったが、必要ねェじゃねーか。誰彼構わず巻き込もうとしてんじゃねェよ」

『〜っ、かっちゃんなんでそんなこと言うの…。わ、私がめんどくさい話に巻き込んだから?迷惑かけたから?』

「ああそうだよ、てめェが誰と縁談組もうが結婚しようが俺には関係ねェ!!ご自慢の眷属に助けてもらえばいいだろうが!」

『!!』

「…最初っからめんどくせェ話だと思ったんだよ。なにが縁談だよ勝手にしやがれ。ハッ、てめェは生意気でガサツで鈍感なんだから嫁の貰い手があって良かったんじゃねェの?加賀美だかなんだか知らねェが、」

『もう、いい』

「は?」

『……もういいよ!もうかっちゃんなんて嫌いだ!』


売り言葉に買い言葉でエスカレートしていった喧嘩は梓の「嫌い」という叫びでシン、と静まり返った。

梓は傷ついた表情で悲しそうに爆豪を睨みつけ、呆然としている彼をそのままにバタバタと裏庭から走ってどこかに行ってしまう。


「あっ、ちょ、梓!待てって!オイ、爆豪、追いかけなくていいのか!?」


咄嗟に切島は追いかけようと足を踏み出すが、立ち尽くしている爆豪が気になって振り向けば彼は唇を噛み締めており、思わず足を止める。


「爆豪、」

「……ほっとけ。別に俺が助けなくても眷属サマがどうにかすんだろ」

「おまっ…いい加減にしろよ。ちょっと言い過ぎだぞ。まァ…いきなり心操が眷属とか言われて、心中察するけど…あんな言い方して傷つけなくたっていいだろ」

「るせェんだよ。てめェにゃ関係ねーだろ」

「関係なくもないだろ。初めて梓が自ら出したSOSに応えたいのは何も、お前だけじゃねェんだよ」

「………」


初めてだった、彼女からの明確なSOSは。
爆豪や緑谷がどうにか助けてやりたいと思ったのと同じように、切島や耳郎だって、応えたいと思ったのだ。

確かに心操の事については驚いた。

驚いたし、少し嫉妬もした。が、彼の存在が一族内で梓の支えになっているのであればそれは良い事だと思った。
少し悔しい気もするが、同じクラスで同じヒーローを目指す仲間としている以上、家庭の問題についてはあまり深入りできないし、重荷を取り除いてあげることも難しい。できることと言えば、強くなり彼女と共に人を守ることのみ。

だからこそ切島は、身内の中に絶対的な梓の味方がいると知り、少しホッとしていた。


「お前は、アイツの事をすげェ大事に思ってるのは、4月からずっと見てきたからわかるぜ」

「別にそんなんじゃねェよ。ただの、腐れ縁だ」

「ただの腐れ縁が、お互いの命を賭けるかよ」


敵連合に攫われた爆豪を梓が追いかけて、2人で捕まってしまった時。
爆豪は、梓に何かしたら舌を噛み切ると、そして梓も、爆豪に何かしたら舌を噛み切ると言ったという。

それだけの事ができる2人が、ただの腐れ縁な訳ないのだ。
爆豪を隣でずっと見てきた切島は、常日頃から彼が梓を中心に動いていたのを知っていた。過保護すぎるしモンペじみているが、本当に大事に想っているのを知っていた。

だからこそ、いつのまにか眷属という立ち位置に心操がいることを知ったことで彼が嫉妬や怒りで混乱しているのだろう。
気持ちはわかる。切島だって、今までなにも知らなかったことやいつのまにか自分たちではなく別の人間がとなりにいたことに少し傷ついたのだから、爆豪のそれは比じゃないに決まっている。


「俺さ…、たぶんお前がいなかったら梓に完全に惚れてたわ。いや、今も生き様に惚れてんだけど、そういう意味じゃなくて、恋愛感情的にな」

「は??」

「目ェ怖ぇ。俺、お前がいなかったらぜったいアイツのこと好きになってた。それは確信してる。でも、お前がいたから…」

「……」

「爆豪の、アイツに対する想いの重さに敵わねェって思って、諦めたんだよ」


突然のカミングアウトに爆豪はフリーズしていた。
彼が友達以上の存在として梓を意識していそうなことはなんとなく感じ取っていたが、まさかこうもはっきり言われるとは。

想いの重さなんて失礼な表現を否定することもせず、肩に手を置く切島を呆然と見ていれば、切島はなだめるように言葉を続ける。


「なァ爆豪…お前が混乱する気持ちもわかるけどさ…アイツの鈍感さは今に始まったことじゃねェだろ?梓からしたら、突然怒鳴られてキレられてあんな事言われてすげーショックだと思うぜ」


少し責めるような口調でそう言われ、頭に血が上っていた自分を思い出す。
幸か不幸か、先程の切島のカミングアウトのおかげで爆豪の怒りは少し沈み始めており、むしろ去り際の梓の泣きそうな表情を思い出し胃がキリキリ痛み始め、


「…るせェよ」


辛うじて紡いだ言葉は掠れていた。


「眷属がいるなら、あいつがどうにかすりゃいいだろ…」

「いじけんなよ」

「いじけてねェわ!俺が出張る必要がねェっつってんだ」

「違ェよ。最初に梓が“助け”を求めたのは、眷属である心操でも相棒である轟でも、幼馴染の緑谷でもねェ…お前だろーが。ま、ちょっと乱暴に引き出した感はあるけど」

「!!」

「あの涙と、助けてって言葉、無視すんなよ。あれ思い出すたびに俺、胸んところが張り裂けそうになんだけど」

「…だらだら喋んな。うるせェんだよ。…俺に説教垂れんじゃねェ」


相変わらず反論はするが、その言葉に先程までの覇気はなかった。
瞳が揺れ、「クッソめんどくせェ…」と唇を噛むその表情は、動揺しているようにも見える。
今になって罪悪感が増してきた。
久しぶりに喧嘩をして梓が飛び出していったので、どう仲直りすればいいかも分からず、モヤモヤとしていれば切島が苦笑した。


「謝ってこいよ。言い過ぎたって」

「……誰が謝るか」

「アイツなら許してくれるって」

「るせェ」


そういいつつも足早に屋敷内に入っていった爆豪の背に切島は「素直になれよー」と茶化すような声をかけるのだった。





どたどたと足音を立てて廊下を歩く少女の表情はむすっとしており不機嫌だった。

なぜ爆豪があんなにも怒ったのかわからなくて、問えば面倒だ迷惑だと言われ、歩み寄ろうとしたのに拒絶されて、
ショックとむかつきが綯い交ぜになってモヤモヤとした気持ちのまま気づけば玄関まで来ていた。


彼なら力になってくれると思ったのに。助けてくれるといってくれたのに、なんで今になってあんなに怒ってしまったんだ。
爆豪の怒るタイミングについては、昔からあまり理解できていなかったが、あんなにも拒絶されたのは久しぶりで思わず泣きそうになったし心が傷ついた。


(なんだよもうかっちゃんのバカ)


嫁の貰い手があって良かった、だって?余計なお世話だ!人の気も知らないで!と怒りでますます顔をムッとさせながら靴を履くと屋敷を飛び出す。


(くそー、このままみんなの所に戻っても迷惑かけるだけだし、頭冷やしてこよ)


石畳を早歩きで抜け、門扉に手をかける。
ちょっとだけ抜け出そう。近くのコンビニでアイスでも買って、気を鎮めよう。
深呼吸をしながら思い門扉を引っ張った、その時。

反対側から門扉が開けられ、タキシードを着た男がひょっこり顔を出した。


「こんにちは、ってワァ!出迎えが早い!さすが御当主様!」

『あっ』


突然の来客は、扉のそばにいた梓を見下ろすとにんまりと口角をあげ嬉しそうな声でそういうものだから思わず“たまたまタイミングが合っただけで”と言おうとするが、彼女は来客者を認識して言葉を失った。


『……あ、なたは』

「僕のことを覚えてくれてるんですね!?継承式で初めてお会いした時に一目惚れをしまして、この度やっと縁談までこじつけました。ご存知とは思いますが改めて、加賀美朔太郎といいます。梓お嬢様」


膝をつき、手を取って甲に唇を寄せた縁談相手に梓はぞわりと鳥肌がたった。
ヒィッ!と悲鳴をあげ思わず後ずさるが、朔太郎は気にしていないようであっけらかんと笑っている。


「この度の縁談はお嬢様にとっても悪い話じゃありませんので、当然受けていただけるとは思っていますが気が急きましてね、自らお返事を聞きに伺った次第です」

『……、いや、あの』

「中に入らせていただいても?」

『いやっ、今はちょっと…たくさん友達が来てるので』

「お嬢様のご友人!ということはあの雄英高校のヒーロー科ですかな?」

『ん、と、ですね。なので、今はちょっと』

「そうですか!でしたら、一緒に散歩にでも行きませんか?お返事も聞きたいところですし」


人の良い笑みを浮かべて手を差し伸べられる。


(ど、どうしよう…みんながいるのに中に入ってもらう訳にもいかないし、帰ってもらっては失礼に当たるし…、少しだったら)


突然現れた件の男の勢いに押されるように梓はぎこちなく頷くと、差し伸べられた手を躱して門外へ出た。


(話せばわかってくれる人かもしれないし…、もしかしたら縁談を取り下げてくれるかも)


少しだけ淡い期待をするが、数分後、そううまくはいかないことを思い知るのだった。





「梓お嬢様、勉学の方はいかがでしょう?ヒーロー科はレベルが高いと聞きます。さぞお忙しいのでは?」

『…。』

「仮免許を取得されたと聞きましたが、ヒーローになられるおつもりで?体育祭を見るに、ヒーローや東堂一族の重荷は貴女にはあまりにも厳しい道なのでしょうなァ。一族に縛られて苦しい道など歩かずとも、加賀美家に婚いでくれさえすれば、後は貴女の叔父上にあたるカナタ殿がどうにかしてくれますよ!」

『……。』

「貴女のような華奢でか弱い少女が戦闘だなんて、先代はもっと早くに見切りをつけカナタ殿に家督を譲るべきでしたなァ。お辛かったでしょう、なぁに、これから僕が守って差し上げますから。加賀美は東堂に受けた恩を忘れたことはございませんよ!」

『………。』

「ああ、お可哀想に。先代とその眷属がご逝去され、先代の意志を継いだイかれた部下にご苦労なされたでしょう。身にそぐわぬ重圧に潰れてしまっては元も子もないのに、九条殿達の貴女に対する重圧の掛け方といったらもう。意地など張らずにカナタ殿に任せて仕舞えば一族も安泰でしょうに」


こいつ、よく喋る。
問いかけに答える暇も反論する暇もなくずっと喋り続ける朔太郎に梓は(こいつ本当に相澤先生と同じ年か?)とげんなりした。

話を聞くに、どうやら彼は頭が弱いらしかった。
カナタの言うことを全て鵜呑みにして、体育祭での梓の涙だけを見て、当主の器ではない、か弱い少女だと思っている。

彼なりに思いやり、気遣ってくれているのだろうが、梓の考えとは随分乖離していて、反論する気力も起きなかった。


「お嬢様?聞いてます?」


幼い頃から付き合いがある者を除き、関わりのある家の者は基本的に“当主殿”と呼ぶが、お嬢様、と呼ぶあたり、朔太郎は梓を当主としては見ていないのだろう。
梓は不機嫌そうに眉を寄せた。


(お嬢様って呼ばれるのやだなぁ。それにしても、言ってることは的外れでひどいけど、冗談ってわけでも挑発してるわけでもない。本気で言ってるんだな…)


朔太郎は、冗談抜きで自分が梓と結婚をすることが、梓を守ることにつながると思っていた。

彼女を加賀美家に取り込むことで、カナタを当主とし、梓の重圧を減らせると。
それに、カナタのほうが当主に相応しい、と。

可哀想な運命にあるこの子を助けたい、と。

本気でそう思っているようだった。


(見当違いも甚だしいな)


いくら言葉で否定したところで彼は聞く耳を持たないだろう。正直言って、カナタの口車に乗せられた人間の意識を変えることは難しい。そこまで梓は口が上手くなかった。


(どうしよ、帰りたい)


そんな彼女の気持ちとは裏腹に、
隣を歩く朔太郎は心底楽しそうにくるりと回ると梓の前に通せんぼするように現れ、にかりと笑う。


「さて、正式な見合いはいつに致しましょう?一度は見合いをしておかなければ!お嬢様も僕のことをあまりご存知ないでしょうし、」


突然飛躍した話に梓はやっと素っ頓狂なこえをあげた。


『エッ?』

「え?」

『いや、私まだ縁談受けるって言ってないデス』

「ええっ?お受けにならない選択肢もあるのですか!?」

『そりゃ…そもそも、私、あなたのこと好きじゃないし…』

「好きかどうかなど些細なことを気になさるとは…。加賀美家は東堂一族の傘下の中でも力を持った家のひとつです。嫁いで来れば何一つ不自由はさせませんし、当主の座を明け渡した後もカナタ殿がいれば問題ない!好き嫌いの感情に左右されていては、ますます衰退の一途を辿りますぞ」

『…エッ、それは…私が当主であるうちは、衰退してるってこと?』

「……カナタ殿に比べたら、の話です。東堂一族は“強く”あらねばなりませんから。お嬢様はか弱く華奢で、守護一族には向いていないことは周知の通り。ああ、安心なさってください、僕が守りますよ」


何ドヤ顔をしてるんだ、と梓は朔太郎の顔に水をぶっかけたくなった。
ナチュラルに人の覚悟や守護の意思を踏みにじって見下してくる彼にモヤモヤとした感情が増す。

きっとカナタ派はこんな輩ばかりなのだろう。
こんな輩相手にいつも当主交代論を鎮めてくれてありがとう、と心の中で九条たちにお礼を言いながら、梓は面倒そうな目を朔太郎に向ける。


『加賀美家は…うちの傘下の中でも力を持ってるんですか』

「そりゃあ勿論!」

『ふーん…あのさァ、私はね、東堂一族に傘下なんてものは存在しないと思ってるんです。昔先代たちが助けて、恩義に感じてずっと援助してくれる人たちはいるけれど、それはその人たちの気持ちや意思が第一義だ。別に傘下に入れたわけじゃない。カナタ叔父さんがどういうスタンスでいるかは知らないけど、勝手に子分づらしないでください』

「へっ!?」

『あと、なんか色々言ってたけど、私…当主の座を叔父さんに譲るつもりはありませんから』

「えええ!?何を言ってるんです!?今、一族は衰退の一途を辿っています。カナタ殿に代わらなければ援助する者が1人また1人と減ってもおかしくない…!金銭面での援助が無くなれば、苦しむのは貴女です。そんな、落ちぶれた東堂一族など私は見たくありません!」

『守護の意思がある限り、東堂一族は終わんないし、落ちぶれない』


きっぱりそう言った梓の横顔は、体育祭の時とは別人のようで朔太郎は言葉を失った。


「……、」

『でも、まぁ、資金援助がないと最悪、九条さんたちが路頭に迷っちゃうから…それは避けたいし、今まで脈々と継がれてきた関係各家との絆も、大事にしたいとは思ってます』

「……、」


ぽかんとしている朔太郎の方を見上げるその目にハッとする。
強い光の宿るその目に、そういえば初めて目が合った気がすると少し心を躍らせていると、梓の口が意を決したようにゆっくりと開いた。


『だから、私は…関係各家の当主交代論を鎮めなきゃいけないんです。…ねぇ、加賀美朔太郎さん、結婚を前提にお見合いするから、私派に寝返ってよ』

「…え!?!?それでは、君を守るという僕の役目やカナタさんの立場が、」

『私、まだ結婚したくないです。でも、もし貴方達加賀美家が、私派になってくれるというのなら、別に結婚してもいい。我慢します』

「あれ!?なんかひどい言い草だな!?」

『どうするんですか』


半分投げやりだが、賭けに出た梓に朔太郎は慌てた。予想もしていなかった提案である。
この少女に一目惚れをしたので結婚はしたいが、カナタに当主を交代しないのは少々問題がある。
どうしたものかと考えるが答えが出ず、暫く朔太郎はうなった。


「うーん…うーん…」

『5.4.3.…』

「カウントダウン!?わ、わかった!わかりました!検討しましょう。お返事は見合いの席にでも。それでよろしいかな?」

『……まぁ、いいです。で、見合いはいつ?嫌なことはすぐにでも終わらせたいんですけど』

「かなり当たりがキツイですね。僕何かしました?ええと、そうですね…そちらが早急にセッティングされたいとおっしゃるなら、3日後にでも加賀美邸で執り行いましょう。丁度、3日後に会合がありまして、カナタ殿が来訪予定なのですよ。立会人を頼みましょう!」

『…、加賀美邸…あんまり人のテリトリーに入るのは好きじゃないんですけど』

「ご辛抱ください。その日はカナタ殿ではなく、ほかの傘下のメンバーもいますし、運が良ければ結婚の挨拶を済ますことも出来ますから」

『………わかった。念を押すけど、結婚の条件は…私派に寝返ること。しっかり検討してくださいね』


心底嫌そうにそう伝えれば、朔太郎は困った様子で頬を掻きながらも“検討はします”と頷いた。

こうして、相澤や心操、爆豪たちの知らないところで梓と加賀美朔太郎の見合いが正式に決定し、それを後から知った仲間たちは、書庫の中で驚愕の悲鳴をあげるのだった。

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